東方外来禄 -往年幻想物語-   作:くりすてぃあーね2世

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巻ノ九 往年の話 天狗社会

僕は昔から揉め事や、騒動に巻き込まれやすい性質だ。

その度に辟易したり、死にかけたりもした事がある。

今からずっと昔、幻想郷が出来る頃よりもずっと昔、僕は随分と酷い性格をしていた。

所謂"黒歴史"といわれるものだろうか。

自分の能力を過信し何処までも、彼方までも自分の存在を誇示しようとしていたのを、まだ憶えている。

 

僕のような酷い過去を持っている人間でも、酔ってしまえば只の人間だ。

嫌な事も、うんざりするような事も、酔ってしまえば全て忘れる事が出来る。

僕はお酒があまり好きではない。

けれど酒は百薬の長、酒は天の美禄ともいう。お酒を飲んだ時の酔い心地は、とても素晴らしい。

そんな心地の良い空間を、素晴らしい酔い心地を、僕の店に訪れた人達に伝えたい。

 

 

と、こんなに向上心のある事を考えたところで、お客さんが来るわけもない。

ルーミアとチルノが訪れた後、その日も閑古鳥が鳴く。翌日、翌々日と経過しても、店の戸が叩かれる事は無い。

そこでひとつ、昔話でもしようと思う。

幻想郷が出来るよりも昔の話、目的も無く大陸という大陸を渡り歩いていた日々の話。

 

 

 

 

*

 

 

 

 

天狗と呼ばれる種族の妖怪がいるのを知っているだろうか。

妖怪にしては仲間意識が強く、独自の社会を築いているという賢しい妖怪だ。

あてもなく大陸を渡り歩いていると、様々な騒動に巻き込まれるのであるが、そのうちの一つがこの天狗と密接に関わっている。

 

この頃には僕も落ち着きを見せ始めていたと思う、無闇に生き物を襲うという事もなかった筈だ。

けれどもある時、確か山を散策している時である。その時に運悪く、天狗と遭遇してしまったのだ。

どうやら僕は散策していた山は、"妖怪の山"と呼ばれていたらしく、天狗達の縄張りだったらしい。

古くから妖怪の山を縄張りとしていた天狗は、部外者である僕が無断で立ち入って来た事を面白く思わなかった。

まず始めに、白狼天狗という種類の天狗に威嚇された。毛並みが白かったので、白狼天狗との推測だ。

 

 

「そこの貴様」

 

言葉の切り出しは、こんな感じ。初対面にしては酷く失礼な言葉遣いであったのを憶えている。

僕はそんな態度を見せる、およそ僕と同い年くらいの天狗に対して苛立ちを覚えた。

 

「これ以上先に足を踏み入れるというのなら、容赦はしないぞ」

 

盾を構え剣を此方に向ける白狼天狗。

僕としては先に通して欲しい、今晩の食事を確保する為に、自然の実りが豊かなこの山を散策しているのだから。

 

「通してくれないか、僕は腹ペコなんだ。それとも君が僕の食事を用意してくれるのか」

 

「ふざけるなよ、人間風情が。おれは侵入者を殺してはいけない、とは命令を受けていないんだからな。あまり舐めた口聞いてんじゃあねえぞ!」

 

この白狼天狗は男だった。男なら対応しやすいので、僕としては嬉しい。

 

「話にならないな、君こそ帰れ。下っ端の天狗と話している暇はないんだよ」

 

「ふん、それは此方の台詞だ。言葉で分からないのなら、実力行使だ!」

 

白狼天狗が、剣を振り回して突っ込んできた。

とても物騒である、斬られたら凄く痛いだろう。

 

「あーあー、やめてくれ。乱暴な事はしないでくれ」

 

「やかましい! 後悔するなら死んでからにしろッ!」

 

剣が僕に向けて振るわれ、空気を裂いた。

妖怪らしい強靭な腕力で振るわれた斬撃により、物凄い風圧が僕の髪の毛を揺らした。

しかし振るわれた剣は、鍔から先の刃に当たる部分が無かった。

 

「……おや、ところで君の剣、刃がないんだけども」

 

「は?」

 

白狼天狗の振り回していた剣、青龍刀のようなものだが、なんと鍔から上の部分……刃にあたる部分が綺麗サッパリなくなっていた。

振り回していた気付かなかったのだろうか、刃のない剣など振り回したところで、斬られるはずもない。

僕の指摘に慌てふためき、無くなってしまった刃を探す白狼天狗。

けれど、見つからない。当然だ、その刃の部分は僕が持っているんだから。

白狼天狗が剣を振るった瞬間、刃が僕の身体を捉える寸でのところで能力を発動し、鍔と刃を切り離してやったのだ。

 

「あ、もしかしてコレかな」

 

はい、と白狼天狗に刃を渡した。

 

「き、貴様ぁ……おれを侮辱しているなッ!」

 

僕から刃を掴み取り、それを投げつけてきた。

軽い動作でそれを避けると、今度は白狼天狗自ら殴りかかってくる。

右腕を振り回し、左腕で腹部を殴ろうとしてくるが、どれも避ける避ける。

 

「なんだ、僕と喧嘩する気か」

 

「ううるさい! 人間の癖に天狗を侮辱した罪ッ! 思い知らせてやるからなッ!」

 

「あっそ、面倒臭いから眠っていてくれ」

 

あまりにも稚拙な攻撃に嫌気が差してきたので、速攻で終わらせた。

白狼天狗の大振りの攻撃の隙を突き、顎を狙って右フックで決めてやった。白狼天狗は卒倒した。

 

能力を使って白狼天狗の武器の刃部分を奪い、混乱させたのが功を奏したのだろう。

やはり、僕の能力は万能だ。

邪魔者も気絶してしまって何も言ってこないので、先に進む事にする。

 

 

*

 

 

暫く歩いて先に進むと、先程と似たような天狗どもが次々と現れ、僕の行く手を塞いだ。

その度に気絶させたり、脅しつけたりして対処していったが、どうやらそれも限界のようだ。

目の前に広がる光景がそれを思わせていた。

天狗の家並みというのか、というよりかは何かの施設のようにも窺える。兎に角、これより先は天狗が沢山住んでいる、というわけだ。

そんなところに、歓迎されていない僕が進めばどうなるか。結果は説明するまでもない、襲われるに決まっている。

 

「めんどくさいなあ、遠回りして散策しよっと」

 

そういえばここら一帯は天狗に手入れされており、自然の幸があまりない。

と言う事はつまり食料も得られないので、とんだ歩き損である。これなら最初から、こんな山なんかに入らねば良かったとさえ思えてくる。

さっさと遠回りして山を抜けよう、そう思った時であった。

ふと振り向くと、天狗の少女が、木の影から僕の事を見ていた。そして僕が振り向いた事もあり、視線が合ってしまった。

 

「あっ、にんげ───」

 

天狗の少女が言葉を発する前に、僕は動いた。

即座に天狗の少女の前まで移動し、その口を塞いだ。

天狗の住処の手前、こんなところで大きな声を出されでもしたら、数多の天狗が僕の事を襲うであろう。

それだけは何としてでも避けたい。

僕が口を塞いだ天狗の少女は、暫くの間暴れまわったが、やがて抵抗も弱くなってきた。

 

「……お前、いつからそこに居たんだ。どこから見ていた」

 

「………!!」

 

口を押さえられているので、質問には一切答えられない。

 

「僕は君たちにとって部外者だ。出来れば穏便にこの山から降りたいと思っている。

そこで君に山を降りる安全な道を教えてほしいと思ったんだけど……君達の種族はとても狡猾な種族だと知識として知っている。

単純に教えてもらっちゃあ、どうにも信用できない」

 

「……」

 

「手を離した瞬間に大きな声を出されたら堪らないからね。僕としても騒動になるのは避けたい」

 

押さえつけている手とは反対の手で、近くの木の枝を折って天狗の少女の首もとに向ける。

 

「そこでひとつ、僅かでも安心できる方法をとろうと思う。僕は今から君の口を押さえている手を離そうと思う。

そうしたら君は可能な限り小さな声で僕の質問に答えてほしい。なに、乱暴な事はしないよ」

 

「……」

 

「でもね、もしも大きな声を出そうとしたら、とても痛い目をみる事になる。この木の枝が、君の首を貫いてしまう。

頚動脈って知ってるかい。天狗にもあるかは知らないけど、そこを切断すると血が沢山出るらしい。確か、ここ……喉仏の横側」

 

「……!!」

 

そう軽く脅しつけると、天狗の少女の瞳が潤いだす。

身体を震わせ、目から涙を零している。抵抗する力もなくなり、完全に恐怖に包み込まれていた。

 

「じゃあ、今から3秒間。その間だけ手を離してあげるから、僕の質問に答えて。

下手に時間をかけたくないから手短にね。質問以外の事を喋ったら殺しちゃうから。あと、余計な事を喋っても殺すからね」

 

「………」

 

「じゃ、教えて。天狗の監視が少なくて、一番早く山を降れる道を教えてくれ」

 

そう少女に質問し、口元を押さえている手を離した。

 

「………うぅ…」

 

すると少女は緊張の糸が切れたのか、或いは我慢の限界を超してしまったのか、大きな声で泣き出してしまう。

これは拙いと思い、僕は直ぐに行動に移る。

 

「あーあーあ、これはダメだな。始めからこうしてれば良かった」

 

大声で喚き始めた天狗の少女の口元を再び押さえつけ、首もとに突きつけていた木の枝を───

 

「怖かったよね、許しておくれ」

 

木の枝を捨て、天狗の少女の頭を軽く小突いた。

たったのそれだけで、天狗の少女は糸が切れた人形のように崩れ落ち、意識を失った。

軽く妖術を込めたので、痛みとかは無かったと思うのだが。始末してしまおうとも考えたが、何だか興が醒めてしまったので止めにした。子供は苦手である。

気絶した少女を地面に軽く寝かせ、さっさと立ち去ろうと思った時であった。

 

「いたぞ、あそこだッ!!」

 

「取り押さえろッ! 囲め、囲めーッ!」

 

どうやら見つかってしまったらしい、後方は既に天狗が数十人、前方は天狗の住処。

上を見上げれば、数匹の天狗が僕を見下ろしているのが分かる。飛んで逃げても、直ぐに捕まりそう。

全力で抗えば逃げられなくも無さそうであるが、あまりリスクのある行為はしたくない。

そもそも不法侵入と軽い傷害を与えた程度なので、捕まって殺されるという事はないと思うので、この場は素直に取り押さえられる事にした。

 

 

 

 

*

 

 

 

両手を縛られ、腕と胴体を縄で厳重に結び付けられながら、僕は天狗のお偉いさんの場所まで引っ立てられた。

道中で一般の下っ端天狗が、僕の事をジロジロと見ていたのが気になった。

何だか見世物にされたような気分になり、辟易とした。

 

「その方が我らの縄張りを侵した者か」

 

裁判所のような施設に通され、中でも一番偉そうな服を着た天狗がそう言葉を発した。

 

「左様で御座います、大天狗様」

 

僕を引っ立てた若い天狗が、そう言葉を返した。

 

「ふむ。罪状は……侵犯及び哨戒天狗への傷害行為、か」

 

「道に迷っただけです。あと、正当防衛」

 

「やかましい、貴様は黙っていろ」

 

僕が意見を述べると、僕を引っ立てた若い天狗にそう言われた。

 

「反省の色は無し、傷害行為に対する罪の意識も低いと見える」

 

大天狗と呼ばれた天狗が、そう呟く。

何だか思っていたよりも適当に処理されそう、面倒臭いから死刑にします、なんて言われたらどうしようか。

 

「あい分かった。この件は上層部と話し合いの上、処罰を決定する。その間は投獄しておけい」

 

「御意!」

 

「痛たたた、急に引っ張らないでくれ」

 

投獄が決まったらしい。すぐさま僕を縛り付けている縄が引っ張られたので、凄い痛みを感じた。

山に散策に来たはずが、どうして天狗達の手によって投獄されなければならないのか。

考えど考えど辟易するので、一人になるまで僕は考える事をやめた。

 

 

*

 

 

粗末な造りの、牢屋らしき場所に連れられ、その中へ叩き込まれた。

なんと縄を繋いだまま投獄された。これでは身動きが取れないじゃあないか、と抗議を入れたが無視された。

僕を投獄した天狗が去り、漸く一人となった。これで落ち着いて思考する事が出来る。

 

「やれやれ、とんだ災難だ」

 

僕は繋がれた縄を能力で切断し、壁に背を預けて楽な姿勢をとった。

冷静に考えると、この程度の粗末な造りの牢屋など、少し手を込めれば簡単に壊せそうだ。

しかしそんな真似をすれば、罪状に脱獄まで加わってしまう。とりあえず今は落ち着いて、仮眠でも取る事にしよう。

なに、きっと悪いようにはされないさ。

 

 

 

ふと目が覚める。仮眠を取っていたのだが、周囲は既に日没を終えていた。

どれぐらい眠っていたのだろうか、恐らく数時間程度の筈なのだが。

軽く欠伸をし周りを観察してみると、牢屋の鉄格子の前に盆が置いてあった。

 

「食事のつもりか」

 

恐らくは囚人向けの食事なのだろう、錆びれた盆の上に置かれたのは、欠けたお皿に乗せられたかび臭いパンのような物体。

それに付け合せのつもりか、埃まみれの徳利が添えられている。

 

「中身はただの水だな。……この食べ物のような物体は、乾燥してて堅くて不味い」

 

素直な感想は、これだ。

表面はカチカチ、中身はパサパサで味も何もしない。徳利に入っている水も、何だか少し鉄臭い。

囚人らしい食事といえばその通りなのだろうが、余りにもお粗末な食事だなと僕は一人で不貞腐れた。

 

与えられた食事を何とか食べ終えたが、口の中が嫌な感じがする。砂を齧ったような、泥を舐めたような、なんともいえない不快感。

皿を元の位置に戻して、再び楽な姿勢をとる。これから暫くこんな生活が続くと思うと、溜息しかでない。

 

「おい新入り、起きてるか?」

 

寝転がって暇を持て余していると、不意に隣りの部屋から僕を呼ぶ声がしてきた。

部屋、というよりは牢屋か。恐らく僕以外の囚人も収容されているのだろう。

 

「起きてるよ」

 

「はっはは、そうか。お前さんは何だ、何を仕出かしたんだよ」

 

「さあ。不法侵入と傷害の罪とか何とか」

 

僕自身、何で此処にいるのかさえ分からない。

ただの妖怪の山に入っただけなのに、そこで築かれている社会の法律の網に引っかかってしまったのだ。

 

「ほう。そん程度なら十年もありゃあ、出してもらえるんじゃねえか」

 

「十年だって? とんでもない、僕は明日にでも帰るつもりだよ」

 

「言うねえ。お前さん、天狗の強さを知らないな?」

 

知るわけがないので、そこは素直に肯定した。

きっと上層部の天狗は、警備を担当している天狗よりもずっと強いのだろう。

 

「ま、死にたくなけりゃあ大人しくしてろってこった。素直に従って愛想振りまいてりゃ、早めに出してもらえるだろうよ」

 

「そんなものか」

 

真面目な囚人は、規定の年数よりも早めに牢屋から出してもらえるのか。

にしても推定十年の収容は、とても辛い。こんなかび臭い食べ物を毎日食べるなんて、僕には無理だ。

 

「ところで君、ひとつ質問してもいいか」

 

「ああ、何でも聞いてくれ」

 

「この収容所に収容されている囚人は、何人ぐらいいるのかな」

 

素朴な疑問である。まさか僕達二人だけなんて話があるわけがないし。

 

「さぁな。詳しい数は知らねえが、別棟を含めたら百以上はいるんじゃあねえか」

 

「へえ、凄い数だね」

 

「そりゃあそうさ、お上の意見に背いたら、反逆罪で牢獄行きだかんな」

 

「因みに、君の罪は」

 

「仕事で頭に来たから、大天狗の野郎をぶん殴ったんだよ」

 

何ともまあ潔い話である。天狗による縦社会が構築されている反面、こういった者達が後を絶たないのだろう。

まあ、部外者の僕には関係の無い話である。明日になっても状況が変わらなかったら、さっさと山を降りることに決めた。

とりあえずやる事が無いので、再びお呼ばれするまで仮眠を取る事にしよう。

 

 

 

*

 

 

 

仮眠というよりは、熟睡してしまったようだ。

目が覚めると既に太陽が昇っており、周囲は明るい。僕はといえば、堅いところで眠っていたので腰が痛い。

天狗社会の囚人達は、特に仕事のような事をしたりしないのだろうか。何もしないというのも、ひどく苦痛な事だと思うのだが。

ともあれ、とりあえずは食事にありつく事にする。

いつの間にやら食事が置かれているので、放置はされていないようだ。

今度は黄土色の液体が盛られた皿に、動物の排泄物のような形をした固形状の物体。

これが食べ物なのか、僕には分からない。けれどもこれ以外に食べるものもないので、口にする。

 

「……不味っ」

 

黄土色の液体……スープだと思われるそれを飲んだのだが、砂利水が口の中に流れたのかと一瞬錯覚してしまった。

次に固形状の物体を口にしてみたのだが、これがまた酷い。

パサパサなのに、非常に粘度が高い。もちゃもちゃ、ねちゃねちゃ。擬音で表すのなら、そんな感じ。

とてもじゃあないが、食べられたものではないので吐き出した。

 

「絶対に許さん、牢屋を出たら口直ししてから山を降りるぞ」

 

僕は憤慨した。囚人とはいえ扱いが粗末すぎる。拾ってきた犬猫じゃああるまいし、いや、まだそちらの扱いの方が上である。

兎に角、僕は溝鼠じゃあない。もう少しまともな食にありつきたい。

そう一人で憤慨していると、看守のような天狗が僕に声をかけてきた。

 

「お、貴様起きているな」

 

槍を片手に、僕に向けてそう言葉を放った。

 

「どうして縛っていた縄が切断されているのか気になるが、まあいい。食事は済んだのか」

 

「これは食べ物なのか。天狗は随分と下品なものを食べるんだな。もう少しまともな食事はないのか」

 

「人間風情に与える食事など、これで十分だ」

 

天狗らしい台詞だなと思いつつ、これ以上抗議することを諦めた。

お腹も空いているし、何だか物事に対して億劫なのだ。

 

「まあいい、出ろ、貴様の処遇が決定された」

 

「おや、本当か」

 

がらり、と牢屋の扉が開いた。

縄で縛られていない俺は、今は自由である。この天狗を此処で始末する事も出来るのだが……

 

「なんだ、随分と無用心じゃあないか。僕が暴れるとか思わないわけ」

 

「ふん、やれるものならやってみろ。おれは白狼天狗の中でも、かなり力には自信があるからな」

 

「あっそう」

 

自分に自信があるから、やれるものならやってみろ、と。

しかし此処で騒動を起こしても、後で面倒臭い事になるのは火を見るよりも明らかである。

とりあえず今は、この白狼天狗に従う事にしよう。そう思い、白狼天狗の後を着いて行く事にした。

 

 

「───間抜けが、慢心する相手を間違えたね」

 

「……なッ」

 

……と、着いて行くわけがない。

奴が僕に背を向けた瞬間、即座に攻撃を仕掛ける。攻撃と言っても至極簡単なもの、手刀である。

軽く気を込めて叩きつけると、白狼天狗は小さい呻き声を漏らして気絶した。

 

「ふふふ、頭悪いな。さて、妖術を仕掛けておこう」

 

あまり得意ではないが、妖術を行使することにした。

僕は妖術と表現するが、本当に妖術かどうかは僕にも分からない。

もしかしたら魔術かもしれないし、法術かもしれない。まあ、人外の力という事に間違いは無い。

気絶させた白狼天狗に妖術を施し、軽い細工をしてから僕の処遇の話を聞きに向かおう。恐らく先日の大天狗様とやらの場所に向かうのだろうが。

 

 

 

*

 

 

 

正午過ぎ頃、先日と同じ場所で判決が降されるという事で、再び足を運ぶ。

道中では天狗達から奇異の眼差しで見られ、それは侮蔑した視線とも捉える事ができた。

やはり天狗の社会はどこか排他的であり、部外者に対する扱いも雑である。

それは僕に対しても例外ではない。主に食事の部分に対して、僕はとても憤慨している。

山を降りたら早急に口直しの食事をしたい……そんな食の妄想を繰り広げている合間に、大天狗の座している建物に到着した。

 

 

「さて、人間。貴様の罪状に対する処罰が決定した。己が行為を認め、贖罪に励めよ」

 

大天狗らしき、偉そうな風貌の天狗がそう言い放った。

大天狗は他の天狗と比べ、体格が一回り程大きいので一目で分かる。

更に天狗社会の頂点に君臨しているという、天魔という天狗はもっと巨大なのだろうか。

 

「我らの縄張りへの侵犯行為、哨戒天狗に対する傷害行為。そして……」

 

そこで大天狗が言葉を切り、手元の資料に目を通した。

 

「もう一つ。幼年の天狗に対しての恫喝行為、及び殺傷未遂、拘束具破損による脱獄未遂。これら全てが貴様の罪状だ」

 

大天狗がそう言いきった。

縄張りへの侵犯行為だけかと思っていたのだが、余罪のバーゲンセールとはこの事だ。

こじ付けがましい事ばかりであるし、脱獄未遂なんて覚えすらないぞ。いや、確かに縄は切断したが。

 

「拘束具破損による脱獄未遂は、昨夜行われたそうだが……間違いないか?」

 

大天狗が看守を務めていた白狼天狗に対して、そう質問した。

 

「え、ええ。間違いありません、私が監視しておりましたので」

 

白狼天狗は若干威圧され気味に、そう恐る恐る答えた。

回答に対して大天狗が少し吐息すると、再び手元の資料に目を通した。

 

「恫喝行為と殺傷行為に関しては、既に報告が上がっている。これら全ての罪状に対する処罰は────懲役八十二年、加えて三十八年間の社会奉仕活動だ」

 

大天狗は判決を下し、卓上に置かれていた槌を何度か鳴らした。

その瞬間所内の天狗達がざわめき出し、何やら騒々しい雰囲気となりだした。

懲役とは主に隔離、抑止、矯正の目的で行われる自由刑だったと思う。

長期間の自由を奪い、犯罪行為を割りに合わないものだと思わせる目的があるという事だが……八十二年とはこれ如何に。

社会奉仕活動とやらの三十八年間を加えると、合わせて百二十年間も妖怪の山に隔離、奉仕させられるという事になる。

こんなふざけた判決が存在して良いのか。いや、良いはずがない。

 

「誰か、異論を唱える者は」

 

誰かがそう言葉を発した。けれど、僕は異論を唱える気はない。

天狗の裁判長らしき大天狗がそう決定したのだ、僕は反論した程度で覆るわけもないし。

暫くの静寂の後、再び槌が叩かれた。

 

「では、これにて解散とする。各自、持ち場に戻り職務に当たれ」

 

大天狗がそう言い放つと、周囲の天狗達……傍聴者も含めて全ての天狗が所内を後にした。

 

「この者は再び牢に繋いでおけ。おいお前、頼んだぞ」

 

「はい、了解しました」

 

大天狗が白狼天狗に向け、そう命令した。

白狼天狗も素直にそれに従い、縛り付けてある縄の端を手に掴んで所内を去る。

が、去り際にて再び大天狗に声をかけられた。

 

「待て。お前……あまり見ない顔だな。所属は何処だ」

 

「は。私は看守にてこやつの監視をしておりました。西の出身であります」

 

「……む、そうか。では頼むぞ」

 

「御意」

 

それだけのやり取りをした後、縄を掴み所内を去っていった。

 

 

 

*

 

 

 

判決が下され、再びあの臭い牢屋の中に戻ってきた。

牢屋の敷地に入ると囚人達の話し声や、不快な悪臭などが漂ってくるので、嫌悪した。

こんな場所に八十二年間も収容されるとは、とんでもなく不幸な話である。

僕なら絶対に耐えられない。そう、僕なら……

 

 

「入れよ。ほら、昼食だ。食べられるか分からないけど、ここに置いておくよ」

 

僕は牢屋の中に、"僕"を叩きいれた。

牢屋の中に収容されたのは、見た目は僕にそっくりな男。けれど、中身は全くの別人である。

そして当の僕はといえば、見た目は白狼天狗に変化し、看守という立ち位置に回っている。

 

「ふふふ、僕の変わりに刑期を全うしてくれよ」

 

虚ろな視線で牢獄の中で座り込む僕、もとい白狼天狗。

自分で自分を見据えるというのは、何だかとても複雑な気分に陥る。早急にこの場を脱したい。

牢屋の敷地内を出て外へと向かおう。

 

しかしながらこの変化の術、まだまだ未熟である。

一般の天狗どもは上手く騙す事が出来たが、大天狗に感付かれそうになった。

恐らく顔が看守の白狼天狗になりきれていなかったのだろう。

まあ、その場は凌ぐ事ができたので良しとしよう。どうせこの変化の術、数時間しかもたないし。

あまり落ち着いていると術が解けてしまい、再び騒ぎになってしまう。その前に山を降りよう。

 

 

 

*

 

 

 

僕は今、白狼天狗の姿のまま天狗の縄張りを闊歩している。

道中で色々な種類の天狗と遭遇するが、特に警戒される事も無く通り過ぎる事ができた。

やはり変化の術はとても便利である。もしも人間の姿のまま天狗の縄張りを闊歩しようものなら、たちまち天狗達に取り押さえられた事だろう。

 

「流石に縄張りにする事だけはあるな……自然が豊富だ」

 

天狗の縄張りには、自然の木の実やら野草などが沢山生い茂っている。

昔の人間達は、川沿いに集落を作ったという。それは説明するまでもなく、水場が近くにあると便利だからである。

天狗達も自分達の縄張りに、自然の豊かなこの場所を選んだのだろう。

 

ま、僕には関係ない。どうせ二度とこんな場所には近づかないだろうし。

自然の食べ物には興味があるが、牢屋で食べた食事が脳裏を過ぎり食べる気が起きない。

さっさと降りよう、未練の欠片もないし。そう思っていた時、不意に声をかけられた。

 

「おいお前、そこで何をしている!」

 

「……」

 

「待て待て待て、お前だお前!職務中に何処へ行く気だ!」

 

「……僕、ですか」

 

声をかけられて振り向くと、目の前には僕よりも背の高い天狗が僕を見下ろしていた。

二メートル近くはあるのだろうが、恐らくこいつも白狼天狗だ。

僕の事がバレたのではなく、きっと僕が今化けている白狼天狗の先輩、といったところだろうか。

 

「すみません、少し用足しに」

 

「はあ? そんなもの、休憩中に済ませておけといつも言っていただろうが」

 

「すみません」

 

「すみませんで済むか、馬鹿者が。さっさと仕事に戻れよ」

 

背の高い白狼天狗はそれだけ言うと、何処かへ歩き去っていった。

周囲から嘲り笑う声が聞こえてくる。ひょっとすると僕は、叱責を受けたのか。

まあ良いか、僕の風評が悪くなったわけじゃあないし。ひとつ我慢すれば済む話だ。

そうして先輩天狗の指示に従うわけでもなく、僕は縄張りの外へと向かって歩き出した。

時間にしておよそ半刻ほど歩いた程度か。僅かに水流の音がしてくるあたり、付近に川の通っている場所に辿り着いたらしい。

随分と山を降っていたので、もう天狗と遭遇する事もない。僕は変化の術を解き、本来の素顔に戻した。

 

「……はあ、変化の術は便利だけど、窮屈なんだよ。水場で少し休憩しよっと」

 

少し精神的に辛かったので、水場で水分補給をしてから山を降る事に決めた。

どーせ天狗とはもう会わないだろうし、万が一出遭ったとしても縄張りの外だ。襲われたら始末してしまえば良い。

 

「川に河童でも居ないかな。居たらきゅうりをお裾分けしてもらおう」

 

妖怪の山の水場という事もあり、もしかしたら河童がいるかもしれない。

河童という種族は何故か、女性比率が高い。僕としては目の保養になるので嬉しい限りであるが、種族繁殖に関しては如何なのだろうか。

川に辿り着いて直ぐに周囲を見回してみるが、生物の気配は感じられない。

生息しているのは川魚だけであり、河童という種族は確認できない。

仕方ない、水分補給をして休憩した後、山を降りるか。流石に火は焚けないので、魚を調理する事は出来ない……食事は山を降りてからだ。

 

「ん、冷たいな。しかし、地上より綺麗な水だなぁ……うん?」

 

手の平で水を掬い水分を補給していると、何者かの気配を感じた。

一瞬、河童が現れたのかと思ったが……翼の擦れる音が聞こえる辺り、天狗の追っ手だろうか。

カコン、と木が石に当たる音が聞こえ、現れた相手を確信した。

ほぼ確実に天狗だだ。しかし此方から突っ掛かる事もない、知らぬふりをしよう。

 

「……」

 

僕は一言も言葉を発する事無く、水を口に含み続ける。

少しの間それを繰り返し喉の渇きが潤ったところで、立ち上がり山を降りるべく水の流れる方向へと視線を向ける。

僕の背後に現れた人物も、特に声をかけてくる気配はないのでそのまま帰ろうとしたが…

 

「待って」

 

呼び止められた。声質から声の主は女性のもの、それもまだ成人には達していないと推測できる。

声の主が何者かを確かめる為、僕は振り向いた。

視線に飛び込んできたのは天狗の少女であり、それも見覚えのある者である。

目と目が合うが、互いに沈黙してしまったので、僕から声をかける。

 

「何か用か」

 

「貴方、捕まったんじゃあ……」

 

天狗の少女が口元に手を当て、そう問うてきた。

 

「取るに足らない事を聞く。僕を捕縛できたと思っていたのは、君達だけじゃあないのか」

 

「……」

 

「言いたい事はそれだけか。それなら僕はもう行くが」

 

口を開こうとしない天狗の少女に痺れを切らし、いい加減山を下ろうと天狗の少女に背を向けた。

そうして歩き出した時、天狗の少女が言葉を発す。

 

「……どうやってあそこから出たの。見張りの天狗がいたはず……縄張りから出るまでに見つからないわけが」

 

天狗の少女が此方に近付き、積極的に言葉を投げかけてきた。

対して僕は背を向けたまま、天狗の少女に向けて口を開く。

 

「教えるわけないだろう。言葉遣いもなってない小娘が、家に帰って水浴びでもして寝ていろ」

 

「……ぐぐ。……教えて下さいよ、どうせ減るもんじゃありませんよね」

 

敬語に直せば教えてもらえるとでも思ったのか、天狗の少女が口調を改めた。

不審者に対し、こんな密接に関わるなんて有り得ない事だ。仮に僕ではなく強力な妖怪だとしたら、惨殺されてもおかしい話ではない。

天狗の少女のこの、減らず口に対して若干腹立ちを覚えるが、僕は彼女に対して手を上げない。

この天狗の少女は恐らく、実力者だろう。或いはそれに近い、能力所有者か。

あくまで推測の域である。しかし、この僕に対してこの不躾な態度……余程の自信がなければ、こんな真似はできないだろう。

暴力を振るわれても、それを覆せる"何か"を少女は持っているに違いない。

それを試してみるのも面白いかもしれない。が、そんな事をすれば再び天狗の集団が駆けつけてくるだろう。天狗殺しは間違いなく、極刑だ。

 

少し冷静になり思考する。

答えは深く考えずとも、簡単に出る。

 

「僕の居た牢屋に行ってみなよ。そこにいる奴と話してみれば分かるんじゃあないかな」

 

「……そうですか」

 

答えは、必要な情報を提示しさっさとこの場を離れる、だ。

だんまりを決め込んで、後でこの少女に密告でもされたら面倒な事になる。

そうならないように、それっぽい情報を少女に教えてしまえば良いのだ。

 

会話が続かぬようさっさと帰ろう。

と思ったが、最後に一つ……ふと、疑問に思った事があってので、少女に訪ねてみた。

振り向いて少女の方を見てみると、何やら紙っぽいものに何かを書き込んでいたが、気に止めない事にした。

 

「なんで僕をつけてたんだ。そんな事をしても得は無いだろうに」

 

書き物に夢中な天狗の少女は、その手を止めずに質問に答える。

 

「新鮮な情報は、鮮度が大事なんです。それに……」

 

天狗の少女は書き物を止め、此方へと視線を向けた。そうして少し間を伸ばした後、言葉を紡ぐ。

 

「そんな事をしても得は無い、だなんて。そう考えているのは貴方だけですよ」

 

「……あっ、そ」

 

小生意気な口を効く天狗の少女。不思議と苛立ちは覚えなかった。

それよりも早く、この場を離れようという気持ちの方が強かったのかもしれない。

僕は軽く天狗の少女をあしらい、早足で下山するのであった。腹の虫は、今朝から鳴りっ放しであった。

 

 








どうも、くりすてぃあーねです。
主人公の過去話というものを本編中にはさみました。
過去話という事もありまして、内容は30円で食べられる豚カツのように薄く、また進行も駆け足で進んでおります。
正直執筆していて、少しテンポが早いかなと思いましたが、15000文字近かったのでまあ大丈夫かなと思いつつ投稿しました。
本編進行中にどかっと過去話を投入したいと思っておりますので、もしも次回過去話があるとすれば、長編になる可能性がございます。
軽く読み返してみましたが、主人公がチートですね。あうあうあ^q^

それでは、ここまでお読みいただきありがとうございました。

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