東方外来禄 -往年幻想物語-   作:くりすてぃあーね2世

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巻ノ十二 雪時々吹雪

 

もうすぐ春が訪れる頃合だろうか、だが外の景色と言えば銀の世界が幻想郷中に広がっている次第である。

一面の銀世界。その言葉はとても美しく、神秘的な表現でさえあるのにも関わらず、生物達にとって脅威であると共にその生命活動を自粛せざるをえなくなる。

それらは昆虫、植物、動物……そして人間から妖怪に至るまで、全ての生命体に向けて猛威を振るっていた。

 

また生命活動だけではなく人間達にとっては商売の妨げにもなる、まさに自然の災害ともいえるものである。

猛威を振るう吹雪に加え、大量の積雪が原因で各商店街は件並み全滅状態に陥っている。

除雪活動も虚しく、積雪が緩和される事はなかった。

たとえ昼間であろうとも降雪はやまず、太陽がその姿を見せる事はなかった。

このような状態に陥ったにも関わらず、誰も根本的な解決策を打ち出そうとする者は存在しなかった。

 

それは当然かもしれない。

"冬だから雪は降って当然"。これが人間達の解釈である。

春が訪れるまでの辛抱だ。人々は皆、そのような類の言葉を口にしつつ、本日も除雪に精を出すのであった。

 

さて、その一方で彼の小料理屋はといえば。

彼の店も当然の如く豪雪による被害は受けている。

それは少なかった客足が、更に少なくなった事である。ここ数週間、彼の店には客人が一人たりとも訪れてはいないのだ。

秋頃までは妖怪の知り合いや妖精の知り合いなどが訪れていたのだが、冬が到来してからは誰も訪れなくなったのである。

 

冬の初頭に彼の妖精の知り合い、チルノという名前の氷の妖精が訪れたらしい。

けれどもその氷の妖精は彼の店に来店するなり、「暑い」と眉間に皺を寄せ額に汗を滲ませながらそう呟き、以来彼の店を訪れる事がなくなったそうだ。

 

それは彼の店では、いや人間達の住む建物全般で言えるだろう。

厳寒を凌ぐための"建物を暖める装置"を使用している為、彼の店は外気温よりもずっと温度が高くなっているのだ。

その為彼は寒さに眉を顰める事は無くなったが、寒いのが好きなチルノにとっては、眉を顰める環境となってしまったというわけである。

 

そのような事もあり、彼の店では閑古鳥の大演奏会が開演されている最中なのである。

彼はその事に対し、「どうという事はない、春が訪れるまでの辛抱だ」と苦言を呈したのを、知人の妖怪が語っていた。

しかし彼の悩みも、とある来訪者の前に露となって消えるのであった。

 

 

 

*

 

 

 

彼の店、小料理屋"天堂"。

看板が設置されており、外観からして食べ物を提供するお店だという事が見て取れる。

今でこそ降雪が原因で看板の文字が見え隠れしておるが、とある来訪者にそのお店が"彼の店だ"、という事を理解させた。

そうしたうえで来訪者───否、来訪者達は、彼の店の扉を叩いた。

 

───店内で暖を取っていた彼は、扉の叩かれる音に僅かに出遅れたが、間もなく客人という事を理解して扉に駆け寄っていった。

こんな時間帯に誰だろう、もうすぐ日も沈む頃なんだけどな。と彼は思考した。

昇ったところで雲に遮られて見えない太陽だが、それでも毎日昇り沈みを繰り返すのだから律儀なものだ。

 

今日こそは、今日こそはと雲のない日を太陽も願っているのだろうか。

そんなくだらない事を思考しながら、彼は扉を開いた。

 

 

*

 

 

扉を開くと、内気温と外気温の温度差を肌に感じた。

外はとても寒い、ここにいつまでもいたら凍えてしまいそうだ。けれども視界に広がる美しい銀世界は、いつまでも眺めていたい。

そんな矛盾を感じつつ、僕は目の前の客人達を視界に入れた。

 

客人は一人ではなかった。小さな女の子が二人と、二人と比べたら背の高い少女が一人の三人である。

そのうちの二人には見覚えがあり、残りの一人は見覚えのない女の子であった。

僕はそんな客人達に対し、言葉を投げた。

 

「やあ、いらっしゃい。珍しいお客さんですね」

 

僕の言葉に対し、客人のうち背の小さな青っぽい髪の女の子が答えた。

 

「でしょうね。この私がわざわざ時間を作って来てやったんだから、感謝すらしてほしいんだけど」

 

異様に態度のでかい女の子に、僕は見覚えがある。

かつての紅い妖霧の異変の首謀者、レミリア・スカーレットである。

そして比較的背の高い女の子は、それの従者、十六夜咲夜。

この二人に会うのは異変以来、つまり半年ほど前になる。

 

「いらっしゃい、レミリアさん。それと十六夜さんも」

 

「ええ、お久しぶり。貴方と話すのはあの時以来になるのかしら」

 

「そうですね。異変が解決して以来、僕はお店の方に力を注いでおりましたので」

 

「ふぅん。そういえば宴会にも来てなかったわね」

 

僕はレミリアの呟きに対して、疑問を投げた。すると彼女は嫌な顔を一つせず、答えてくれた。

 

「博霊神社の宴会よ。私達と神社の関係者とで宴会をしたの」

 

「へえ、そうですか」

 

神社の関係者と言って脳裏に浮かぶのが、あの二人の女の子だ。

恐らく異変の首謀者という事で、その異変が解決されたので今後仲良くしましょうね、という意図でもあったのだろう。

 

「異変の当事者という事で、天道さんも呼ばれるはずだったんだけど……その時は此処が天道さんのお店だという事が分からなかったらしくて」

と十六夜さんが言った。

 

「その時は看板など設置してなかったので、致し方ないかもしれませんね」

 

「ま、そうよね。設置しない方が悪いね。で、さっさと中に入りたいんだけど」

 

レミリアがそう急かすので、僕は手招きをして客人達を店内に招いた。

彼女が先頭、次いで十六夜さんが続いて……

 

「……」

 

最後尾に後からついて来た金髪の女の子が、それに続いた。僕は彼女を知らない。

そうして全員が店内に入ったという事で、厳しい寒さを見せる外との空間を繋ぐ扉を、静かに閉めた。

 

 

 

*

 

 

 

「あら、凄く暖かい」

店に入るなり、レミリアがそう呟く。

店内は常に空調管理されており、外気温よりもずっと高い水準を保っているのだ。

 

「思っていたよりも小奇麗なお店ですね」

 

「ええ、そうね。もっと雑なものだとばかり思っていたけれど」

 

二人の主従がそう会話する。後ろの女の子は会話に加わることはなく、黙っているばかりだ。

そんなお三方に僕は席の誘導をした。

 

「どうぞ、座ってください。席は自由に選んで構いませんからね」

 

とは言うものの、カウンター席しか用意されていないので、自動的にカウンターと対面する形になる。

三人の客人がカウンター席に座り、対面に立っている僕を凝視した。

こういったシステムのお店は幻想郷には無かったので、物珍しさも含まれているのかもしれない。

 

「お品書きです。好きな物を……」

僕がそこまで言葉を紡ぐと、レミリアが静止の声を上げた。

何だ何だと思い、僕は彼女に視線をやる。

 

「貴方にはまだ紹介していなかったわよね」

彼女はそう言葉を紡ぐと、隣りに座っている金髪の女の子の肩に触れた。

 

「私の妹のフランドールよ。精神的にまだ未熟なところがあるけれど、大分落ち着いてきたからね。

外の世界を体験させてあげてる最中なのよ。今までは館の中だけで生活していたからね……さ、フラン、ご挨拶は」

 

「……」

 

レミリアはそう言い放ち挨拶を促すが、フランドールという名の少女は口を開こうとはしない。

聡明な彼女とは違い、妹さんのほうは大人しい性格なのだろうか。

彼女の生い立ちや、どういう生活をしてきたのかを知らないので、彼女がどういう性格なのかまるで想像がつかない。

一向に口を開こうとしないので、僕から言葉をかけてみる。

 

「やあ、フランドールちゃん。緊張しているのかな、僕は天道っていうんだ。君のお姉ちゃんとは半年ばかり前に知り合ってね。

良ければ君とお友達になりたいんだけど……」

 

「ちょっと天道」

 

問いかけるような口調でフランドールに向けて言葉を紡いでいたが、その途中でレミリアに止められた。

彼女は呆れたような表情で僕に向けて言葉を吐く。

 

「私たちはこう見えても数百年以上生きている、誇り高き吸血鬼なのよ。そんな幼子をあやす様な言葉遣いをするのは止しなさい」

 

「そうですか。それは失礼しました」

 

そう言ってぶりぶりと怒るレミリアは置いておき、僕は再び口を開く。

 

「すまなかったね、フランドールちゃん。そうだ、僕も君の事をフランって呼んで良いかな」

 

「……別に、良いけど」

搾り出すような声で、フランドールは肯定した。

 

「そっか。じゃあフランちゃん、此処は食べ物を提供するお店だ。何か食べたいものはあるかい」

 

僕はそう彼女に告げ、お品書きを手渡した。

受け取ったフランはそれに目を通し、暫く思考する素振りを見せた。

隣りに座しているレミリアもお品書きに目を通し、従者や妹と会話しながら注文する品を決めていった。

フランはあまり喋らない性格なのだろうか。それとも人間の事をあまり良く知らない為に、人見知りをしているだけなのか。

今まで館の中だけで生活していた、とレミリアは言っていた。もしかしたら、人間と会うのは初めてなのかもしれない。

 

「決めたわ」

 

お品書きを若干強めにテーブルに叩きつけ、レミリアがそう僕に告げる。

僕は彼女に、「何になさいますか」と問うと、彼女は偉そうな表情のまま口を開く。

 

「"この店で一番美味しいもの"と"この店で一番美味しいお酒"を頂戴」

 

どこか誇らしげに、そして然も当然と言わんばかりにレミリアはそう言い放った。

因みにお品書きには、そんなメニューは存在しない。これらは全て、言葉通りの意味なのだろう。

そんな高慢な態度を見せるレミリアを横目に、十六夜は口を開く。

 

「ごめんなさいね、そういう事だから」

 

彼女は微笑みつつ、軽い謝罪を述べてそう言い放つ。

何がそういう事なのか、全く理解できないがとりあえずその言葉に従わざるをえない。

 

「分かりました。フランちゃんは、決まりましたか」

 

僕がフランにそう問うと、「お姉様と同じもの」と答えた。どうやら血の通った姉妹というのは、本当らしい。

 

「十六夜さんは如何なさいますか」

 

「私はいらないわ。職務の最中だからね」

 

「分かりました。暫くお待ち下さい」

 

仕事に対して真剣な十六夜は、職務中という事もあって注文はいらないとのたまう。

大まかな注文内容が決まったので、僕は厨房へと足を運んだ。姉妹達は店内の装飾品に気が入ったのか、周囲を観察していた。

 

 

 

*

 

 

 

厨房に入ると、店内よりも若干冷気に包まれているのが分かる。

流石に厨房までは空調管理されておらず、客人を相手にする店内と比べると温度差が生じてしまう。

注文も大まかに決まっているので、早速調理に取り掛かることにした。

まず冷蔵庫を開けてみると、中には色々な食材が詰まっているのが見て取れる。

その中の材料を吟味し、彼女言った"一番美味しいもの"を作れるか思考してみるが、料理というのはその時々で味付けが微妙に変わってくるので、

彼女の言う"一番美味しいもの"は作れないと判断を下した。

ならばどうしようかと考えたところ、彼女が吸血鬼なのを思い出してある食材を使用してみる事にした。

 

「真っ赤なトマトがあるな。こいつは今晩僕が食べようと思ってたけど、仕方ない」

 

保管してあった真っ赤なトマトを用いる事にした。

それで作る料理を模索し、足りないものは定型メニューの食材を少し使用する事にして対応した。

 

「おっと、まず始めに飲み物を提供しないとな」

 

作る料理もそうだが、それを待つ間に舌が乾いてしまわないように飲み物を出さなければ。

今度は"一番美味しいお酒"とあるが、これも中々思いつくものではない。

それに僕はお酒に詳しくはないので、どのお酒が美味しくて、どのお酒が癖のあるものなのか、よく知らない。

 

「そうだ、吸血鬼だからワインとか好きそうだな」

 

うん、そうだ。それにしよう。

それも赤ワイン、血の色っぽい赤ワインを提供する事に決めた。

けれども僕のお店では、ワインは取り扱っていない。さてどうしようかと考えたが、答えはすぐに見つかる。

おもむろに冷蔵庫を開き、中の奥深くに手を突っ込み、暫くそのままの状態で待機した。

すると少しして手に冷たい何かを掴む感触がしたので、それを引っ張り出した。

 

「コート……ド………とか書いてあるな。これはお酒なのかしら」

 

"能力"を用いて手にしたお酒らしき、ボトル。試しに栓を抜いて匂いを嗅いでみると、濃厚なアルコールの臭いを感じたのでお酒と判断した。

この赤ワインっぽいお酒をグラスに注ぎ、提供する事にした。

冷やして飲むものなのか、温めて飲むものなのか分からないので、そのままの形で提供しよう。

 

その前に、料理を作る下準備をしてから出そう。その方が効率が良い。

トマトは湯むきにして小さめに切るとして、バジリコと……あとにんにくも必要だ。

アンチョビバターも作らないといけないし、後はパンだ。それも固いやつ。

ごちゃごちゃと用意をし、それらが終了した後にお酒を提供する事にしよう。僕は再び、冷蔵庫の空間へと手を突っ込むのであった。

 

 

 

*

 

 

 

あれから数十分後、吸血鬼の姉妹は提供された赤ワインを嗜みつつ、談笑していた。

赤ワインは律儀にも、専用のワイングラスに注がれて提供されていた。

 

「フラン、グラスの持ち方が変」

 

レミリアがフランを叱責する。原因はワイングラスの持ち方にあるらしい。

フランはワイングラスを初めて持つのか、グラス本体のボールの部分を持っていた。

 

「いいじゃない、別に。お姉様はまた私に意地悪をするの」

 

「そうじゃないの。私は貴女にスカーレット家としての教養を……」

 

そう言いながらフランに説教をするレミリアを、咲夜は愛しい視線で眺めていた。

一見すると危ない変質者に見えるが、幸いにもメイド服を嗜んでいるのでそう捉えられる事はないのだろう。

レミリアはフランに向けて言葉を続ける。

 

「グラスはね、ここを持つのよ。貴女の持ち方は見っとも無くて、はしたないの」

 

レミリアはグラスの本体直ぐ下……ステムの部分を手にしている。

ワイングラスの細い脚となる部分の事だ。彼女は指を揃えてそれを持っており、赤ワインを嗜んでいた。

叱責されたフランは仕方無しに、そして面倒臭そうに彼女の仕草を真似た。

 

「めんどうくさいなぁ……あ、お姉様。ほら見て、あの人もうすぐ戻ってくるんじゃないの」

 

フランはそう指を刺し、厨房に向けて指を刺した。ほんのりと、料理の匂いが漂ってくるのだ。

 

「お姉様、中の様子を見に行きましょうよ」

 

「ダメよ、はしたない。料理が完成されるまで待つのも、一つの楽しみ方よ」

香りを嗜みなさい、とレミリアはフランに告げた。

 

「ちぇ、でも良いのかしら。何か得体の知れないものが入ってるかも」

 

「何故そう思うのかしら」

 

「だってお姉様、あの人とは異変の時に衝突したんでしょ。だったらその時の恨みとか、あるんじゃないの」

 

フランがそう言うと、レミリアは少し考える素振りを見せた。

これは押せる、そう考えたフランは言葉を続けた。

 

「嫌だなぁ、私。何か変な物でも食べてお腹を壊したらどうしましょ」

誰に向かって言うでもなく、フランはそう呟いた。

実は妹想いのレミリアが、不安がっている妹を無視するはずもなく、彼女は少し思考した後に意を決したように言葉を放った。

 

「そんなに不安になるのなら、見に行ってみましょうか。フラン、後に続きなさい」

 

「うふふ、流石はお姉様ね」

 

カウンターに回り込み、彼女は厨房の方へと向かっていった。

当のフランはと言えば彼女よりも大分遅れて後に続き、そのまま厨房へ───は向かわず、咲夜に視線を合わせた。

咲夜は急に視線を合わされ、何かあるのかと疑問に思ったが、それが言葉に出される事はなかった。

厨房へと消えたレミリアを余所に、フランは板場に置いてあった"あるもの"に手を差し伸べ、蓋を開いた。

 

「妹様……」

 

咲夜は額に汗を滲ませ、そう呟いた。

フランが手にしている容器には、"Tabasco"と真っ赤な文字で表記されていた。

おもむろにその蓋を開けたフランは、レミリアの飲みかけの赤ワインの中に、それをぶちまけた。

その凄惨な光景を目の当たりにした咲夜は言葉を失い、当のフランはケラケラと笑っていた。

 

「煩いお姉様にはお仕置きが必要よね」

 

仕上げにフランが指をグラスに宛がうと、調味料の濃厚な匂いが徐々に和らいでいった。

そうして容器を元に戻したフランは、何事も無かったかのようにレミリアの後に続こうとした。

けれどもその瞬間、厨房の入り口からレミリアが押し戻されてきたので、フランは吃驚した。

 

 

 

*

 

 

 

まず結果から言うと、料理が完成し提供しようと思った矢先に、レミリアがずかずかと厨房に上がりこんできた。

なので僕は彼女を一旦厨房の外へ無理矢理押し戻し、料理を提供した。

 

「ちょっと、レミリアさん。勝手に厨房に上がり込むのはどうなんですかね」

 

「少しぐらい良いじゃないのよ。どうせ減るものじゃあないでしょ」

 

減るものではないが、雑菌などが入り込む可能性があるだろう。

まあ、そんな細かい事を言ったところでしょうもない、さっさと提供しよう。

 

「お待たせしました……おや、フランちゃん。どうかしたのかい」

 

「い、いや! 何でもないわよ、何でも」

 

気付けば彼女もカウンターの内側へと回り込んできていた。

どうせレミリアに唆されたのだろうと、僕は気にしない事にした。

吸血鬼の姉妹二人がカウンター席に戻ったのを見計らい、僕は料理の説明をした。

 

「では、お待たせしました。こちら、ブルスケッタとアンチョビバタートーストになります」

 

横文字ばかりの聞き慣れない料理に、二人とも疑問な表情を浮かべていた。

適度な大きさにスライスしたフランスパンに、アンチョビバターを塗って焼き、その上にブルスケッタをのせた物だ。

 

「ブルスケッタは、とある国での軽食の一つです。こちらのパンは、アンチョビバターを塗って程好くトーストしたものです」

 

どうぞ、と言ってレミリアの前に皿を置いた。

 

「想像していたのよりも、洒落たものが出てきたわね」

どうやって食べるの、とレミリアが問いかけてきた。

 

「どうぞ、お好きなように。特に決まった食べ方というものは御座いません」

 

「そ。じゃあ、頂くとしましょうか」

 

「ねえ、私のはないの」

 

レミリアが料理を食べ始めた頃に、フランがそう問いかけてきた。

当然、フランの分も作ってある。

 

「育ち盛りのフランちゃんには、こちらを。仔牛肉のピッカティーナで御座います」

 

柔らかい仔牛肉をスライスしたものに、生ハムやイタリアンパセリなどを加えて仕上げたものだ。

付け合せの野菜としてズッキーニやピーマンなどが加えられている。

勿論、量などは彼女に合わせて作ったので、少なめである。腹を満たす目的で作ったものではない。

 

「へぇ、お肉ね。お姉様はパンで、私はお肉」

 

「申し訳ない。もしかして、お肉は好物ではありませんでしたか」

 

「ううん、そうじゃないの。ただ私の方が高価なものだったから、ちょっとね」

 

フランがそう呟くと、レミリアから嫌な視線を感じた。

なんだ、もしかしてこの姉妹は仲が悪いのか。否、その視線は僕に向けられている気がする。

 

「すみません、別に他意はなかったのですが」

 

気まずい雰囲気に変化する前に、とりあえず侘びを入れておく事にした。

その間にもフランは「いただきます」と言って、料理に手を付けた。

吸血鬼の姉妹が料理を嗜み始めた頃、僕はもう一つの品を十六夜さんに提供すべく運んだ。

 

「どうぞ、十六夜さんも」

 

「あら、良いのかしら」

 

「構いませんよ。僕の淹れたもので良ければ」

 

いくら何も注文しなかったとはいえ、僕の方が心苦しいので何かしら用意する事にしたのだ。

十六夜さんに提供したのは、ただの紅茶。銘柄も何のものか分からない。確か、人里の商店街で購入したものだ。

僕の淹れた紅茶を受け取った十六夜さんは、それを口に含んだ。

 

「大丈夫よ。普通に飲めますわ」

 

「そうですか、それは良かった」

 

「お気遣い感謝致しますわ。ところで、天道さん。あの時の怪我は大丈夫なのかしら」

 

紅茶のカップを置いた十六夜さんは、僕にそう問いかけた。

僕は少し思考した後、いつの傷なのかを思い出した。

 

「ああ。ええ、大丈夫です。後遺症なんかは残っていませんし、痛みもありません」

 

「そ、無事で何よりね。あの時は私も気が立っていたから、悪いことをしたわね」

 

「あはは、そうでしたか。僕は気にしておりませんので、十六夜さんも気にしないで下さい」

 

あの異変の時に、ナイフを何本か刺されたのを思い出した。重要な傷になったという訳ではないので、僕は何も気にしていない。

当の十六夜さんも、さらっとした顔で紅茶を嗜んでいたので、彼女自身も大して気にしてはいなかったのではなかろうか。

そんな事を考えていると、レミリアが僕に話しかけてきた。

 

「結構美味しいし、見た目も洒落てて悪くないわね。お酒のほうはいまいちだったけれど」

 

「ありがとうございます」

 

「他にも興味あるけど、お腹も膨れてきた事だし今日は遠慮しておくわ」

 

レミリアは小食のようだ。見た目も小さな女の子なので、致し方ない事なのだろうが。

しかし小食な割には態度はでかいし、プライドも大きい。隣で自分よりも高級なものを食べているフランに目を向け、次に僕に視線を向けて睨み付けてきた。

食事よりも姉としての威厳の方が大切なのだろうか、僕はその視線を辛くも逸らした。

 

「どうですか、フランちゃん」

 

「美味しいよ、十分」

 

「お酒のほうは」

 

「飲めるよ。私はもっと甘いほうが好きだけど」

 

僕にあまり興味がないのか、素っ気無い返事ばかり返って来る。

そして相変わらずお酒のほうは人気が低い。まあ、適当に選んだものなのでしようがないのだが。

一通り食事を終えた二人を見計らい、僕はもう一品彼女達に提供した。

 

「では最後にどうぞ、ホットケーキで御座います」

 

最後はお馴染みのホットケーキ、それも蜂蜜をたっぷりとかけたものである。

洋館住まいの3人はきっと食べ慣れているのだろうが、逆に食べ慣れているほうが親しみもあって良いだろうと思い提供した。

 

「わぁ、甘いもの!」

フランは言葉尻が上がり、嬉々とした表情でそう喜んだ。

 

「あら、気が効くわね」

レミリアも予想していなかった為か、少し驚いたようにそう呟く。

 

「どうぞ、十六夜さんの分も作ってありますから」

 

「悪いわね、気を遣わせてしまったかしら」

 

「とんでもない」

 

3人分のホットケーキに、ナイフとフォークをセットでカウンターに置いた。

少女ら3人はそれぞれ食器を手に取り、食後のデザートに勤しんだ。

 

 

食事をしている3人を余所に、僕は窓の外へと視線を移した。

外は相変わらずの豪雪で、とどまる事を知らずにいた。僕はふと、彼女達に向けて口を開いた。

 

「この降雪は、いつまで続くのでしょうかね」

 

「さぁね。春が来れば自ずと止むと思うけど」

レミリアがそう返した。

 

「そうだと良いですが。もう直ぐ春だというのに、この吹雪は少々おかしいと僕は思いますよ」

 

もうすぐ三月も終わる頃なのに、未だに吹雪が続いているのだ。

三月といえば既に初春、寒い地域なら雪が降っていてもおかしくはないが、幻想郷で雪が続くのは少しばかり珍しい。

周囲は「四月になれば止む」と思っているらしいが、外の様子を窺うに止むとは到底思えなかった。

色々と思考していた僕に向けて、レミリアが口を開いた。

 

「なら聞くけど、春になっても雪が止まなかったらどうするつもりなのよ」

 

「それは……どうする事もできないと思いますね。自然の問題ですから、自然に解決するのを待つしかないかと」

 

「そういう事よ。今足掻いたところで状況は何も変わらない。ならば季節が巡るまで待つべきだと思うのだけれど」

 

四月過ぎまで待ってみろ、という事か。もしかしたら僕の考えは杞憂に終わるのかもしれないし。

流石にこんな豪雪が続いたのでは、商売あがったりである。客足も完全に途絶えていたのだ、今日の今日まで。

 

「それにしてもこのお店、暖かいね。館よりもずっと暖かいよ」

フランがそう呟いた。

 

「僕のお店では空調管理をしておりますので、居心地の良い空間を提供するよう心がけております」

 

「へぇ。暖炉とかじゃあないのね、不思議ねぇ」

 

「仕組みは教えませんよ。ま、フランちゃんさえ良ければ、ずっと此処にいても構わないけど」

 

「うふふ、貴方面白い人間ね」

 

僕の冗談の言葉を受けると、フランはお淑やかな笑みを浮かべた。

隣に座しているレミリアは穏やかではなく、更にその隣りの十六夜さんも宜しくない雰囲気を醸し出していたので、僕は自重する事にした。

その後、若干の沈黙が続いたが、レミリアがその状況を打破した。

 

 

「……ま、もしも雪が降り止まないのなら、それは間違いなく異変でしょうね」

 

顎に手をあて、レミリアはそう呟いた。

 

「そうですね。僕としてはとても迷惑なので、今すぐにでも解決してほしい異変ですが」

 

「けれど今、異変と断定するには些か早いわね。そう……五月頃まで降雪が続いたのなら、完全に異変で間違いないわね」

 

「ええ。せめて吹雪がおさまれば良いのですが」

 

暫くの間、降雪の事や紅魔館の事など色々な話をした。

そして一刻ほどが過ぎた後、会話の折り目を見て十六夜さんが言葉を挟みこんできた。

 

「お嬢様、そろそろ」

 

その言葉だけで状況を理解したのか、レミリアは立ち上がった。フランは立ち上がらなかったが、レミリアに促されて渋々立ち上がった。

 

「それじゃあ、そろそろ館に戻るとするわね」

 

「分かりました。すみません、お酒の方はお口に合いませんでしたか」

 

グラスに半分ほど残されたお酒に目が行き、僕はレミリアに向けてそう言葉を吐いた。

飲み残しが多いという事は、口に合わなかったという事なのだろうし。

僕が残念そうに言葉を告げた後、フランが口を開いた。

 

「そんな事ないよ。私はもう少し甘ければ美味しいと思ったけど」

 

フランはそう言いつつ、自分のグラスに残った赤ワインを口に運び、グラスを空にした。

やはり提供した料理やお酒が完食されるのを見ると、気持ちが良いものだ。

フランの行為を見ていたレミリアも、流石に半分も飲み残すのは悪いと思ったのか、グラスを手に持った。

 

「そうね、私の口に合わなかっただけかもね。質自体は悪くなかったから、きっと他の人には────ッぶ」

 

グラスを手に持ち赤ワインを口に含んだ瞬間、物凄い勢いで口に含んだ赤ワインを吐き出した。

その珍妙な光景に呆気にとられていた僕なのであるが、フランは腹を抱えて笑っていた。

当初は仲の悪い姉妹なのかと思っていたが、やっぱりその言葉は撤回しよう。本当は仲の良い姉妹なのだな、と僕は理解した。

 

 

 

 

*

 

 

 

帰路に着く旨を僕に伝えたレミリア達は、帰り仕度を終えた。

お会計の方は従者である十六夜さんが済ませた。久々の収入に、僕は心躍らせた。

 

「思っていたよりも安いのね。こんなので経営できているのかしら」

 

「問題ありませんよ」

 

通常よりも安目に値段を設定しているので、そう思われる事も良くある。

支払いを終えたレミリア達が扉の前へと移動したので、僕もそれに続き見送りをする。

 

「気が向いたらまた来るわよ」

と、レミリアが言い放ち扉を開けて外へ出た。

 

「じゃあね、天道。また今度」

と、フラン。頭にはコブが出来ており、先程の悪戯でレミリアにぶん殴られたのが原因だ。

あの高貴なレミリアが激怒して妹を引っ叩いていたので、流石の僕も少し引いたのは余談である。

 

「では、また今度。今日はお嬢様の話し相手になってもらってありがとうね」

十六夜さんがそう言って一礼した。

僕は「とんでもない」と言って、礼を返した。結構キツイ性格をしている少女であるが、礼儀正しい一面も持っている。

 

 

3人の客人が帰路に着き、店内に残されたのは僕一人となった。

カウンターに残された食器類を盆にのせ、手際よく片づけを開始する。

このような吹雪の中、僕のお店に来る物好きはやはり人外の類ばかりである。

春になればきっと、この降雪も収まるのだろう───そう信じて、僕は次の客が訪れるのを静かに待った。

 

 








筆者は、ワインは甘口しか飲めません。カクテル美味しいです。

本編は春雪異変の章に突入しましたが、執筆活動の方は筆者の精神状況を判断し、本編を途中にして現在は過去編を執筆していたりします。
過去編の方はある程度執筆していたのですが、正直本編との温度差が大きくて自分でも引きました。
なるべく作品がズレないように執筆はしておりますが、オリジナル展開なので簡単なオリキャラなども登場してしまいます。
戦闘描写なども多く執筆したいと思っておりますが、難しいところですよね。

以上、十二話になります。次話もよろしくお願いいたします。感想等、お待ちしております。
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