東方外来禄 -往年幻想物語-   作:くりすてぃあーね2世

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巻ノ十四 紅魔館流

 

半人半霊の少女、妖夢と出会ってから幾日か過ぎた。正確には幾週間か。

激しい降雪が収まったのも束の間、大雪は直ぐに里を襲った。

春が到来するとばかり思っていた里人は、この異常気象に驚きつつも特に異変だと決めつける事もなく、普段通りの日常を過ごした。

 

僕はと言えば、大雪が再び降り始めたのを認識した直後に、脳裏に"春度"を集めていた少女の姿が過ぎった。

推測が確信に変わる瞬間である。やはり彼女が"春度"を回収した事により、春が遠のき冬の季節が延長されるという事になったのか。

その事に関して一時、これを異変だと判断し行動しようかとも考えた。

けれどもよく考えてみると、月日は既に五月。後一ヶ月もすれば忘れ去られた春を飛び越して、灼熱の孟夏が訪れる……どうせこの異変は自然と終息するだろうと、楽観的な考えから異変を解決しようという考えは消え失せた。

 

尤も、僕が動かずともあの紅白の巫女が行動を開始するだろう。巫女は異変を解決するのが職務であり、義務でもあると天狗の記者から聞いた覚えがある。

ともあれば僕がするのは、普段通りの日常……つまり、お店にどっしりと構え、来客を待つだけである。

今日も今日とて、店内で身辺の整理をしていると、とあるものに目が行った。

 

「……ん、これは」

 

店舗の入り口付近を整理していた最中、扉の隙間に紙のようなものが挟み込まれていた。

恐らく誰かが意図的に仕組んだものであろうそれは、手紙のようにも見える風貌であった。

それを手に取り、封を切って中身を出してみると、予想通り中身は誰かが執筆した手紙に間違いなかった。

 

「誰からだろうか。読んでみよう……拝啓、天道様」

 

手紙に綴られていた内容を要訳すると、こうなる。

 

"特別に客人として紅魔館に招待し歓迎してあげるから顔を出せ。後、お土産を忘れるな"

 

長々と文字が綴られているが、手紙が僕に伝えたい事は、つまりはそういう事であった。

一体いつの間に、音も立てずに手紙を扉に挟んだのか、こんな降雪のなかでも紅魔館に行かなくてはならないのか。

様々な疑問が脳裏を過ぎり、遂には手紙を見かけなかった事にして処分してしまおうかとも考えた。

しかしそんな事をすれば当然、紅魔館の連中との関係が拗れてしまい、幻想郷での生活が過ごし難くなってしまう。

そうなってしまうのは僕としても宜しくはないので、この場は素直に従い軽い身支度を整える事にした。

 

お店から紅魔館までは大分距離がある。移動中に風邪を引いてしまわぬよう、防寒具に余念はない。

黒っぽい外套にマフラーを巻き、手袋をしっかりと手首まで伸ばして装着した。

向かう先は吸血鬼の住む紅い館。僕は窓から外の景色を窺い、辟易としつつも店の戸締りをした。

 

 

 

*

 

 

 

頭上を暗雲が覆った降雪の中、頭に被った笠に雪が積もり重みを感じつつも紅魔館の門前へと到着した。

富士笠のような形状の笠ではあるが、雪の前ではその傾斜部も役に立たず、雪は積もり放題であった。

 

紅魔館の門前には、前回の異変の時と変わりなく門番である、紅美鈴が佇んでいた。

こんな降雪の中、彼女の服装は半袖姿であり、身に染みる寒さを体験している最中であった。

腰まで伸ばした赤い長髪なのだが、今では赤髪なのか白髪なのか判断がつかない状態になっていた。

そんな中であるが、僕の存在に気がついた紅美鈴は手を振り、出迎えてくれた。

 

「あ、天道さんですね。お嬢様から聞いております、こんな豪雪の中、ご苦労様です!」

 

「どうも。えーと、確か紅美鈴さんですよね」

 

「私の事を知っていたのですか」

 

「巫女との会話を立ち聞きしていたもので」

 

彼女の名を知ったのは、かつての異変の際に博麗の巫女である博麗霊夢と彼女が会話しているのを僕が傍観しており、

その際に彼女の名を知った程度である。勿論、彼女の名前以外には何も知らない。

 

「紅さんも、お勤めご苦労様です。こんな寒い中で立ち仕事は大変ですよね」

 

「ヘーキですよ、鍛えてますし。ささ、どうぞ中へ。咲夜さんの所まで案内しますよ」

 

そう彼女は言い放ち、紅魔館の中へと進んでいった。手招きをし僕の事を待っていたので、彼女の後に続いた。

 

 

 

*

 

 

 

紅魔館の内部は相変わらず、紅の装飾で埋め尽くされていた。

紅以外の色が見当たらない程、壁紙から床面、扉から窓のフレームまで全て紅に染められている。

僕は紅魔館の内部事情などに関しては全くの無知なので、紅美鈴に連れられるがままとなった。

道中で様々な扉が見受けられたが、客室なのか応接間なのかは分からなかった。恐らく、多くの従者がいるのだろう。

静寂のまま案内をされていたが、やがて紅美鈴が口を開いた。

 

「天道さんは、人間の方ですか」

此方へは振り向かず、前方に視線を据えたまま訊ねてきた。

 

「ええ、妖怪ではありません」

 

「そうなんですか。お嬢様の気に入られたお方だったので、人外かと思っておりましたが」

 

「長生きだけは無駄にしているので、よく言われます。長生きなど、するもんじゃあないですよ」

 

道中、紅美鈴と世間話をしながら紅魔館の中を案内してもらった。

会話の内容は彼女の主人の事、図書館の魔女の話など、紅魔館の住人達の事を色々と教えてもらった。

どうやら紅魔館の内部は、瀟洒なメイド長が能力を使用しているおかげで、外観よりも内装は広々としているとのことだ。

 

 

「そういえば、幻想郷には大結界が張られていますよね。僕もいつか外の世界に出たいと思っているので、何とかならんのかなと思っております」

 

世間話をするのも久方振りだったので、思わず本音というものが飛び出した。

紅美鈴は僕の言を聞くと、何かを思い出すかのような遠い目をし、口を開いた。

 

「天道さんは知らないんですか?」

 

「何がですか」

彼女の言っている事はわからない事だったので、問い返した。

 

「外来人の事ですよ。稀に、外の世界から幻想郷に迷い込んでくる人がいるんですよ」

 

「……そうなんですか」

 

「はい。どういった原理で結界を抜けてくるのかは分かりませんが、最近も何人かの外来人が迷い込んでいると聞き及んでいますね」

 

「何故、そういった人がいると分かるんですか」

 

「迷い込んで来た人たちは皆、人里に居ますからね。実際に私、その人たちと話してみたんですが、全員の方が気付いたら幻想郷にいた、と。そう言っていましたね」

 

口を揃えてそう言った、と紅美鈴は言った。

外の世界から知らぬうちに幻想郷に迷い込んでくる人間の事を、ここでも外来人と表現するようだ。。

実際にそうなった人間は、自然と人里に集まるというらしい。僕はそんな外来人達は、今まで見たことがない。

気になったので、彼女に質問をしてみた。

 

「外来人の方達は里に居るんですよね。何処にいるんですか」

 

「具体的には分かりませんね。お店で働いてる人もいれば、農業をしている人もいますし、独立してお店を開いてる人もいますよ……っと」

 

彼女はそこまで言うと、歩みを止めて立ち止まった。そうして此方へと振り返り、口を開く。

 

「着きましたよ、少し待っていて下さいね。咲夜さんを呼んできます」

 

紅美鈴はそう言うと、少々立派な装飾の施された扉を開き、中へと入っていった。

誰かの私室とは思えない、推測するに何か特別な作業をする大広間の扉、といったところか。

待っていろと指示をされたので、僕は壁に腰をかけて彼女の帰りを待つ事にした。

 

しかし、外来人という外の世界からやってきた人間が幻想郷にもいるとは、意外である。

僕自身としては、外の世界へと行きたいと考えている。けれどもそれは、大結界により阻害され叶わぬものとなっている。

知人の妖怪を説いてみたが、頑なに拒まれているのが現実だ。

だが外来人……外の世界からやってきた人から話を聞けば、もしかしたら外の世界に関する事を知る事が出来るかもしれない。

 

外の世界へと行く為の手掛かりとなるものを知る事が出来たと同時に、あの広大な人里の中から、数十人程度の外来人を捜索するという現実を考えた途端、辟易とした。

見つかりっこない。仮に出会えたとしても、外の世界への出入りに関する情報を得られるとは思えないし。

そう思考を巡らせているうちに、頭痛がし始めたので一旦考える事を止めた。

 

「……うん?」

 

壁に手をかけ寄りかかっていたが、何やら壁面に刻み込まれているのに気付いた。

僕はそれを注視してみる。

 

「なんだ、これは」

 

壁面に刻み込まれていたのは、爪で引っかいたような跡であり、文字であった。

紅色の壁面から、薄っすらと滲む血色の文字で落書きが施されている。

 

壁面には様々な文字らしきものが刻まれていたが、粗雑過ぎて読む事は出来なかった。

あまりにも異常な光景に、僕は自身の目を疑い、何度か目を擦った後に再度壁面を注視して見てみた。

よく見ると刻まれた壁面に接している床面は、注視して見ないと気付かない程の、薄っすらとした濃い赤色に染められていた。

 

 

「すみません、天道さん。もう少し待って……あれ、どうかしましたか」

 

扉を開き出てきた紅美鈴が、壁面を注視している僕に気付き声をかけてきた。

僕は素直に疑問に思った事を、彼女に向けて問うてみた。すると彼女は、真面目な表情に切り替わり口を開く。

 

「……ああ、その壁の事ですか。簡潔に言いますと、そこで人間が死んだんですよ」

 

「人間が……」

 

「そうです。先程も言いましたよね、外来人の話。そこで死んだ人間の人も、外の世界から幻想入りした人です」

 

彼女はそう言いきり、言葉を続けた。

 

「うーん、聞かれるまでは黙っているつもりだったんですが。天道さんも知っていると思いますが、大結界騒動で妖怪は人間を襲い難くなりましたよね」

 

「ええ。妖怪同士で争った騒動でしたね」

 

「本来、妖怪は人間を襲うものです。妖怪が人間を襲えなくなったのに、今までそれが問題にならなかったのは、何故だと思いますか?」

彼女がそう質問してきた。僕はそれに答える。

 

「それは確か、食料係を勤めている妖怪が、妖怪達に食料を配布しているからじゃあないのですか」

 

「ええ、その通りです。では、その食料とは」

 

「……ああ、そうですか」

 

彼女の言いたいことが、理解できた。

つまり幻想郷には、"食料"として幻想入りする人間がいるという事。

 

「では、この壁面の文字も」

 

「天道さんの思っている通りですね。紅魔館にも昔、"食用の人間"が配布されていた時がありました。けれどもお嬢様達は吸血鬼なので、人間を食べるという事はなかったのですが」

 

「血を吸うわけですね」

 

「その通りです。食用の人間の多くは、外の世界で生きる事を望んでいないような方達でしたね。始めから意識を失っていたり、或いは精神的に狂っているような人たちばかりでした」

 

推測すると主に自殺願望者や、長くは生きられず精神的に衰弱しているような人間が、食用として幻想入りさせられているようだ。

紅美鈴は表情を崩さず、言葉を続ける。

 

「しかし、紅魔館に配布された食用の人間の中で、一人だけ正常な人間が混じっていました。彼女は肉体的にも、精神的にも健康体そのものでした」

 

「彼女?」

 

「はい、若い女の子でした。彼女も食用として紅魔館に供給されたのですが、正常な人間が殺されるのをゆっくり待つ筈もありませんでした。

彼女は妖精メイド達の目を掻い潜り、紅魔館からの脱出を試みたのです。でも、只の人間が一人で紅魔館を出る事なんて、とてもとても」

 

彼女は先程言っていた。メイド長が能力で内部空間を弄り、操作していると。

確かに僕でも、紅美鈴がいなければ直ぐに迷ってしまうような内部構造だ。

 

「丁度その時、お嬢様が私用で外出しようとしていたんですよ。それで彼女は逃げる最中、お嬢様と遭遇してしまって……」

 

「それで、殺されたと」

 

話の締めかと思い、彼女に向けてそう言い放ったが、彼女は言葉を続ける。

 

「いえ、違います。彼女はお嬢様に威圧されて腰を抜かしてしまったのですが、意を決して自分が外来人であるという事を告白しました。

そして話を聞いたお嬢様は彼女を、紅魔館から逃がしてやる、と約束しました」

 

「良い主人じゃあないですか」

 

「さあ。それを判断するのは貴方ですよ。……けど、その約束には一つの条件がありました。

それは、"妹と遊び満足させられれば"というものでした。実はその時、妹様も地下室から出ておられまして」

 

彼女の主人、レミリアには妹のフランドールがいる。

事情があって妹の方は地下室で生活していたらしいのだが、最近になって頻繁に館内を歩き、生活をするようになっていると聞いている。

紅美鈴の話は過去の話だ。恐らく当時のフランドールは、気性が荒く地下室に閉じ篭もっていたという時期。

その時期に彼女が地下室を出ているという事は、余程の事態だという事が推測できた。

僕が推測しているところ、紅美鈴は話の続きを始める。

 

「お嬢様は彼女に命じました。妹は館の何処かにいるから、先ずは探して連れて来い、と。

当然彼女はそれに従い、約束を果たせば外に逃げられるものだと考え館中を探し回りました」

 

「ところで、君がその話を知っているのは、当事者だからですか」

 

「半分正解、といったところです。その後お嬢様は、私と咲夜さん、一部の妖精メイド達を緊急召集しました。

召集の内容は、当時は通常通りの"妹様を地下室に連れ戻せ"といった内容でした」

 

紅美鈴は言葉を続ける。

 

「私達が妹様を探し行動を開始して、およそ一時間もしないうちに事態は終息しました。それはもう、簡単に妹様の場所を特定することができましたからね。

現場から人間が発するとは到底思えないような悽惨な悲鳴が聞こえれば、耳の遠い老体でも気付くというものです」

 

「……彼女は餌だった、という事か」

 

「私が現場に到着した頃には、妹様は昏倒され事態は解決した後でした。現場は凄惨な状況でしたね。

後から妖精メイド達から聞いた話なのですが、館の修繕よりも現場の清掃の方が大変だった、と」

 

「では此処は、その当時の現場という事ですか」

 

「そうなりますね」

 

手違いで食用として供給されてしまった正常な人間が、吸血鬼に弄ばれて殺害されたという話であった。

彼女の話を聞く限り、幻想郷における外来人の扱いというものは、非常に雑なものだと感じた。

外の世界に関して知識のある僕に関しては、非常に腹立たしい話になるのも事実である。

少々気分を害してしまったが、ここで彼女に当たるのも稚拙な者がする行為なので、僕は押し黙り平然を装う。

 

 

「……ま、致し方ない事ですね。人間が妖怪に害されるのは、今も昔も変わらないという事です」

 

「そうですね、外来人とはいえ人間ですものね」

 

「何も変わっていないのですよ、何にも。僕がどうする事もないのですがね、貴重なお話をありがとうございました」

 

「あはは、丁度良い時間つぶしになりましたし、此方こそ、お粗末さまでした」

 

屈託のない笑みでそう言い放つ紅美鈴、僕もそれに答え、悪意のない表情をした。

その後も数分ほど二人で世間話をしていると、再び扉の開かれる音が聞こえてきた。

出てきたのは予想通り、紅魔館の瀟洒なメイド長、十六夜咲夜であった。

 

 

 

 

*

 

 

 

 

案内を終えた紅美鈴は職務に戻ります、と一言告げた後、十六夜咲夜に案内を任せて来た道を戻っていった。

案内役が紅美鈴から十六夜咲夜に変わり、場を包む雰囲気が変貌した。

穏やかな雰囲気から、殺伐としたような、気まずいような。口を開き難い雰囲気に変貌した事により、僕達は只管に足を動かすだけである。

十六夜咲夜は交替した当初に簡単な挨拶をしただけで、以降は世間話の類はなかった。

真面目なのか単に僕と会話をするのを嫌っているのか、真意は分からぬが、それも主人の下へ到着するまでの辛抱であると思い気に止めぬ事にした。

 

少し歩いたところで十六夜咲夜は立ち止まり、到着した旨を告げる。

扉は立派な装飾が施されており、誰がどう見ても館主の私室を想定させる造りになっていたので、そこがレミリアの私室だと僕は推測した。

失礼します、と彼女が扉を開き中へ入る。僕もその後に続いた。

 

「遅かったわね、咲夜。それと貴方も」

 

「どうも、レミリアさん。お世話になってます」

 

軽い挨拶を交わし、十六夜咲夜に誘導され椅子に着席した。

室内の内装はとても豪華に飾られており、僕の着席している椅子は勿論の事、眼前のテーブルも豪華な造りとなっているのが分かる。

更にテーブルの上には何も置かれていない、これから何かを用意するのだろうか。

そう考えていると、十六夜咲夜が主人に向けて紅茶を淹れて参ります、と一言告げ、部屋を後にした。

室内には僕とレミリアの二人だけになり、何となく気まずい雰囲気になっている。対面に座っている彼女はテーブルに肘を付き、指を絡ませそこに顎を乗せるという何とも偉そうな姿勢を作っていた。

無言のままで居るのも悪いと考え、軽い世間話を仕掛けてみる事にした。

 

「外は相変わらずの天候ですね。それに対してこの部屋はとても暑い」

 

「でしょうね。寒いのは苦手だもの、温度管理は徹底してるの」

 

紅魔館の廊下は冷えていたが、この室内はとても暑い。暖房器具が何処かに設置されているのだろうか、比較的高めの室内温度を維持されている。

視線を四方八方に巡らし室内を観察していると、レミリアが口を開いて話しかけてきた。

 

「ねぇ見て、外の景色」

 

レミリアがそう言ったので、室内の窓に視線をやってみた。

けども窓ガラスは霜で覆われており、とても外の景色を見れる状態ではなかった。

見えないじゃないですか、とレミリアに言うと、彼女は表情を変えぬまま口を開く。

 

「五月だと言うのに、雪は収まるどころかその勢いを増している始末。では何故雪は収まらないのかしら」

 

「分かりません。僕は気象に関しては詳しくないので」

 

「館の燃料も直に底がついてしまう。流石にこんなにも冬が続くと思わなかったからね、館中の燃料を掻き集めても、精々十日分しか残ってないわ」

 

「はあ、それはお気の毒です」

 

暖房を焚く為の燃料が少ないというのに、この室内はこんなにも暑いのは、少々おかしいのではないかと思ったが、口にはしない。

レミリアの言っている事は僕も同意できる事だ。

季節は既に春も終盤、なのに未だに降雪が続いており桜の木は開花の兆しすら見せない。

 

「前に言っていた事が現実になりましたね。事態は既に異変の域に達している」

 

「そういう事。それで今日貴方を館に招いたのは、ひとつお話がしたいと思って」

 

「お話、ですか」

 

「ええ。今直ぐに話しても構わないのだけれど、先に食事の方を済ませましょうか」

 

彼女がそう言うと、タイミングよく十六夜咲夜が戻ってきた。

どうやら僕とレミリアの分の紅茶を淹れて来てくれたのだろう、紅茶のカップをソーサーの上に乗せて用意してくれた。

彼女はそれらをテーブルの上に並べると、再び扉を開き場を後にした。

軽い食事を用意させるわね、とレミリアが僕に言ったので、再びそれを待つ事になった。名目上は僕を館に招待しているので、僕の立場所謂お客さんに等しいのだと思うが。

 

「今日は私が貴方を館に招待しようと思ってね、この紅茶は私からの親愛の印」

 

レミリアは満面の笑みで、僕に向けてそう言った。

彼女は先に紅茶のカップを口に付けた。そして言葉を続ける。

 

「前に馳走になったから、今回は私から貴方に馳走しようと思って。そのティーカップは希品でね、滅多な事じゃあ使わない事にしてるの」

 

笑みを浮かべたまま彼女はそう言い放つ。

彼女は遠慮せず飲めと僕に言い、そこまで気持ちを込められているとは思わなかった僕は、軽く動揺したものの紅茶のカップを手に持った。

そうして頂きます、と一言添えた上で紅茶を飲もうとした。

 

「では、頂きます………ッ」

 

紅茶のカップを口元に運び、先ずは香りを楽しもうかと思った矢先である。

紅茶とは程遠い香りが鼻を突き、異変に気付いた僕は思わず唸り声をあげた。

 

「どうしたの? 貴方は"頂きます"と言ったのよね。そう私に向けて言ったのなら、飲まないというのは失礼なのではないかしら」

 

希品のティーカップに注がれていたのは、紅茶ではなく真っ赤な液体であり、フレーバーな香りなど一切しない。

そういう種類の紅茶かとも思ったが、香りが普通ではないので、その推測は直ぐに否定された。

 

ティーカップの中身は、紛れもない"血液"であった。

異常事態に対し、僕はレミリアに視線を向けたが、彼女は相変わらず満面の笑みを浮かべている。

否、満面の笑みは何時しか憫笑に変わっており、僕の行動の一つ一つを彼女は観察しているようにも窺えた。

 

僕は思考した。

彼女は僕の事を歓迎し、持て成すと言った。

だがそれは紅魔館流なのか、或いは単純に弄んでいるのか。紅茶と言いつつ生の血液をカップに注ぎ、提供するなど通常では在り得ない。

 

ならばどうするか。

"こんなもの、飲めるか"と憤怒し、館から出て行くのは簡単である。

しかしそれは彼女の歓迎の意を否定する事になり、今後の紅魔館との付き合いも悪化の一途を辿るに違いない。

ならば、僕が取るべき行動はひとつ────

 

 

「頂戴します」

 

そう一言添え、ティーカップを斜めに傾け口の中に注いだ。

ティーカップに注がれていた血液の量は凡そ160cc程度。たかがその程度であるが、中身は血液である。

血液を直接口で飲んだ事はないが、恐らく普通の人間ならば忽ち嘔吐感が鬩ぎあがってくるであろう。

その所業を見ていたレミリアが憫笑を止め、圧倒されたかのような表情に変え驚愕の声をあげた。

 

「ッ……飲んだのか? いや、飲んでいないな。どこかに隠したのかしら」

 

訝しげな表情で、先と変わらぬ穏やかな声色でそう問いかけてきた。

飲んでいないと指摘されたのは、恐らく僕の喉仏が動かなかったのを観察していたからだろう。

 

「さあ。飲んだつもりだったのですが。満足してもらえましたか」

 

「いや、全然。嗜めるつもりだったのだけれど、貴方、私に隠し事が多いんじゃないの」

 

「隠しているつもりではないんですがね。教えろと言うのなら教えますが」

 

「じゃあ教えて」

 

レミリアはそう言い放ち、紅茶を一口飲んだ。僕はそのまま言葉を続ける。

 

「飲む寸前にティーカップの中身が無くなれば、飲むフリができますよね。例えば、唇に触れる直前とか」

 

「ええ、そうね」

 

「つまり、そういう事です」

 

「……はぁ?」

 

僕の言に対し彼女が苛立ちを見せ始めた。気分を害させるつもりはなかったので、素直に言葉を選んで発言する事にした。

 

「僕の能力の事が知りたいんですよね」

 

「そうよ。回りくどいのは必要ないから、早くして」

 

「分かりました。特に名前といったものは無いのですが、強いて言うのならば────」

 

自身の能力の呼称を告げる途中で、再び室内の扉が開かれた。僕は扉の方へと視線を向けたが、彼女は僕を睨んでいる気がする。

扉から続々と現れたのは、十六夜咲夜さんと妖精メイドの従者部隊である。

それぞれが料理を運び、配膳をしてテーブルを飾っていった。中身の無いティーカップは下げられた。

レミリアは頭を抱え、間が悪いと小さく呟いた。従者達は小首を傾げたが、それだけである。配膳は速やかに終了し、テーブルは様々な料理で豪華に飾られた。

 

 

 

*

 

 

 

テーブルを飾る料理は多種であり、主に西洋系の料理が多く目立っている。

リゾットやポタージュスープ、ミートローフなど視界に移り込むものだけでも、涎が滴りそうになる。

西洋料理のマナーというのは中々煩いものなのであるが、幸いにも紅魔館では煩く指摘される、という事はなさそうである。

ナプキンで手を拭いている最中、気になった事があったので十六夜に訊ねてみた。

 

「このお皿に盛られている料理は、何というものですか」

 

手近に置かれている西洋料理のうち、カラフルな野菜で装飾されたお皿の中心に、調理された鶏肉が盛られている。

十六夜は僕の問いに対し、答える。

 

「鶏肉を赤ワインで煮たものです。そちらのラザニアは、シーザサラダと一緒にどうぞ」

 

「これは凄い。僕よりもずっとレシピが豊富だ」

 

紅魔館で出された食事は、僕が知っているレシピもあるが、知らないレシピも多く存在していた。

レミリアは何処か誇らしげに、遠慮せず食べなさいと僕に言ったが、それどころではない。

食事を進める最中、僕は十六夜に問う。

 

「紅魔館の食事は、全て君が作っているのかい」

 

「基本的にはそうですわね。簡単なものや大雑把な工程は、妖精メイド達にやらせていますけど。野菜を切ったり何かは、全てメイド達の仕事ですわね」

 

十六夜がそう言った。

どうやら簡単な工程は全て妖精メイドとやらが処理し、野菜を切ったりする程度のルーチンワークも妖精メイドが担当しているらしい。

 

「それはとても素晴らしい。お宅の妖精メイドを一人分けてもらえないだろうか」

 

「ダメですわ」

 

お店にお手伝いさんの一人でもいれば楽になるだろうと思い、そんな事を提案してみるが、呆気なく断られた。

その後も黙々と食事を続けた。黙々としていたのは僕だけで、レミリアと十六夜は談笑をしており、会話の合間合間に僕に意見を求めてきたりしたので、それに答えていた。

どう、美味しいでしょう、とレミリアが再び誇らしげに訊ねてきたので、とても美味しいですよ、と十六夜に向けて言った。

半刻も過ぎれば食事も終わり、食器を片付けに妖精メイド達が再びやってきた。

 

「ちょっと君」

 

「は、はひっ!」

 

片付けをしている妖精メイドに声をかけてみた。妖精メイドも声をかけられると思っていなかったのか、驚き声をあげた。

 

「君はメイドに就いて長いのか」

 

「あ、あの、私まだ、そんなに」

 

「仕事は大変か」

 

「あ、は、はい。大変です、とても……」

 

「そうか。どうだ、僕の店で働いてみないか」

 

「えっ……」

 

店内スタッフの勧誘を試みた。僕の言葉を聞いた妖精メイドは、しどろもどろし言葉を詰まらせた。

 

「ちょっと、勝手にうちのメイドを引き抜くのはやめて頂戴」

レミリアが僕にそう指摘する。

 

「良いじゃあないですか、僕の店は少々人手不足でしてね」

 

「だからと言って私の許可なしに勧誘するのは頂けないわね。間抜け揃いの妖精から、知性のある妖精を引き抜くのは大変なんだからね」

 

「そうですか、それは残念です。では十六夜さんはどうですか。優遇しますよ」

 

妖精メイドを勝手に引き抜くなと叱責されたので、十六夜の方を勧誘してみる。

彼女は僕の言を聞き、若干驚いたような表情をした。その後に僕の顔とレミリアの顔を交互に見比べた。

レミリアは何を馬鹿な、と従者の忠誠心を確信していた。そんな表情の主人を見た十六夜は、頬を緩ませ口を開く。

 

「そうですわね、それも面白いかもしれませんわ」

 

「でしょう。衣食住完備、福利厚生も充実してますよ。勿論、完全週休二日制です」

 

「まあ、素敵」

 

「明日からでもどうですか、歓迎しますよ」

 

レミリアの表情が崩れ始め、顔を顰めた。

 

「ちょ、ちょっと咲夜まで」

 

「うふふ、ジョークですわ、お嬢様」

 

瀟洒なメイドジョークだと十六夜はレミリアに言い放ち、彼女は安堵とも取れる表情になっていた。

流石にメイド長の彼女ともなれば、主人に対する忠誠心は底知れぬものとなっており、簡単に心情は傾かないという事が窺えた。

 

「ま、分かってたけどねっ」

どの顔がそう言うのか、レミリアがそう僕に向けて言い放つ。気のせいか、十六夜は苦笑しているようにも見えた。

 

 

 









以上となります。
感想、評価などお待ちしておりますので、よろしくお願いいたします。
週休二日制(大嘘)
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