紅魔館に招待され、西洋風の持て成しを受けた後、レミリアは冒頭にも告げた話を再び繰り出してきた。
内容は至極単純なもので、春が訪れず冬が延長されている事に関してである。
長引く冬は次第に生活にも大きな支障を来たすようになり、紅魔館に関して言えば、暖気を確保する為の燃料が底を尽きそうになっているという。
此のままの状況を維持するのは紅魔館にとっても、幻想郷にとっても憂慮すべき事態な為、何かしらの手段を用いて当異変を解決しよう、という話になった。
「異変を解決しようと言うけども、解決する手立てはあるのかい」
そうレミリアに質問する。
「さぁ。先ずはその手立てを探す事から始めないとね。貴方は何か心当たりとかないのかしら」
レミリアがそう問いかけてくる。
僕は記憶を掘り起こし、この数ヶ月の間に何があったかを思考してみた。
冬の合間は兎に角、客足が薄かった。厳寒で嬉々としていたチルノが一度だけ訪れたが、空調管理している僕の店は暑苦しいと、以来来店する事はなかった。
次に訪れたのが名も知らぬ客人、人里から訪れてきた珍しい客人であった。
恐らく食の評論家の方なのか、色々と指摘されたのを憶えている。その後に食の調査でもしてみようと、人里に足を運んだ。
特に収穫という収穫は無かったが、半人半霊という珍しい種族の人物と出会った。
名前は確か、妖夢という少女。腰に一本、背中に一本の刀を背負っており、物騒な印象が残っている。
彼女は人里で"春度"というものを集めていた、何が目的かは知らないが。
「春度を集めている少女がいたね」
「春度? なに、それは」
「知らない。積雪されていた苗木から桜の花びらのようなものが舞っていたが、少女がそれを"春度"と呼んでいた」
「ふぅん。奇妙な話ね、それ。確かめてみる余地はあるんじゃあないかしら」
レミリアはそう言い、紅茶を嗜んだ。そして再び口を開く。
「どうかしら、貴方が異変の解決に乗り出すというのなら、うちの咲夜を貸すけど」
「おや」
「端から咲夜に動いてもらおうかと思っていた事だし、二人で行動した方が効率的と思ってね」
レミリアがそう言って、十六夜に視線を送った。
紅魔館側は始めから異変解決に乗り出す気でいたらしく、僕が異変を解決する為に動くというのなら、十六夜も同行させてみてはどうか、という話だ。
「咲夜がいれば何かと役に立つ筈よ。腕も立つし、貴方一人じゃあ何か起きた時に大変でしょ」
うちの咲夜は優秀だからね、とレミリアが言う。
確かに一人で異変を調査するよりは、二人のほうが効率的に事が運ぶのは間違いない。
僕も長い冬にうんざりしていたので、丁度良い機会か。
「そうだね。二人で調査した方が効率的だし、それが良いかもしれない」
「そういう事。咲夜、天道と二人で異変の調査に向かいなさい」
レミリアの指示に、十六夜は了承の意を込めて小さくお辞儀をした。
十六夜は支度を始める為か、レミリアに一言入れて室内を後にした。
レミリアは僕に、直ぐに支度をしなさいな、と言うので、僕は彼女に君は調査に参加しないのか、と訊ねると
「私は行かないわよ」
「何故」
「寒いのは嫌だから」
彼女はそれだけ言うと、まだ暖かい紅茶を一口だけ飲んだ。
主人がこれでは従者は大変だろう、と僕は考え十六夜以下妖精メイド従者部隊に軽く同情した。
*
暫くして支度を整え終わった十六夜が、僕を紅魔館の館の外まで案内してくれた。
道中で壁面に文字が刻まれた箇所を通過し、複雑な気持ちになったが今は考えない事にした。
そうして外まで出ると、紅美鈴と再び出くわした。彼女は事の成り行きを知らない為、お出かけですか、と質問してくる。
それに対して十六夜が仕事に集中しなさい、と彼女を叱責していた。上下関係とは理不尽なものが多いのだな、と紅美鈴に同情した。
「さ、それじゃあ行きましょうか、天道さん」
メイド服に防寒具は赤いマフラーだけの十六夜。寒くはないのかと訊ねると、寒いわよ、と返ってきた。
女性というのは何かと大変なのだな、と防寒機能の優れた外套を羽織る僕は思った。
大地は全域に渡り積雪しており、とても歩き難い状況となっていた。
何処に向かう、という事も決まっていない為、闇雲に手がかりを探している状態である。そんな状況で探し続けるのは拙いので、ひとつ提案する。
「十六夜さん。このまま闇雲に歩くのは効率が悪い。ここはひとつ二手に別れないか」
僕の言に対し口元までマフラーで覆っていたマフラーを退かし、十六夜が口を開いた。
「そうね、寒さで体力の消耗も激しいし、それが得策かも。貴方、空は飛べるのかしら」
「飛べますよ。あまり得意じゃあありませんが、人並みには飛べます」
「ふぅん、なら私が上から探すから、貴方は地上から探す、これでどうかしら」
十六夜の提案に、僕はそれで構いませんよと肯定した。
しかし現在も降雪は続いており、気温も氷点下に近い中で飛行するのは困難を極めるものである。
流石に彼女は吸血鬼ではなく、生身の人間らしいのであまり無茶な行動をすると凍傷による被害が出てきてしまう可能性もある。
そんな事になれば僕はレミリアに叱責どころか、殺害されてしまうこと必至である。
「十六夜さん、やはり僕が上から探しますよ」
心配になってきたのでそう提案すると、私に任せろと断られた。
彼女曰く、興奮状態の野生の妖精達はとても攻撃的であり、僕が空中から行ったら五分も持たない、らしい。
しかしこのまま何も配慮しないのは悪い気がするので、せめてもと言を発す。
「ではコレを持って行って下さい」
「これは……貴方の付けていた手袋じゃない」
十六夜が少し吃驚してそう言葉を返した。僕は言葉を続ける。
「寒さで体力を奪われては大変だ。僕は大丈夫だから、君が着けるといい」
「大丈夫よ、そんなに柔じゃあないから」
「人からの厚意は受けるべきだ。君はまだ若いし、霜に手をうたれては今後の仕事が大変だろう」
そこまで言って僕は手袋を彼女に突きつける。革製の、内側は手触りの良い羽毛で作られている為、保温性にも優れている。
彼女はぎこちない手付きでそれを受け取ると、穏やかな動作でそれを着用した。
「……そ。そこまで言うなら借りる事にしますわ。……ありがと」
「礼には及ばない。お互い助け合っていこう」
「そうね、頑張りましょ」
手袋を両の手に装着した十六夜は、手を合わせて暖かさやその手触りを実感した。
健闘を祈る、と言って僕は地上から異変の調査に向かおうとしたが、十六夜に背を向けた時に彼女が僕を呼び止めた。
僕は、何ですか、と彼女に言った後に振り向いた。
「私の事、咲夜でいいわよ」
「……そうか。では咲夜さん、健闘を祈る」
「変に畏まらなくてもいいわ」
「……あっそう。お互い頑張ろうか、咲夜」
彼女は微笑み、軽く手を振った後に空中に向けて飛翔した。上を見上げる事はしなかった。
手袋の礼のつもりなのか、彼女の少女らしい一面を垣間見た気がする。僕としては人の呼称などに拘りはないのだが、彼女が畏まるなと言うのなら、それに従うだけである。
僕は降雪に辟易しつつも、地上からの道を選び魔法の森の中を調査に向かった。
*
空中から調査を始めた咲夜に対し、僕は地上から異変の調査へと向かった。
向かう先は"魔法の森"。普段は瘴気が覆っており、まともな人間は近付かない場所だ。
魔法の森は深い木々に覆われており、その枝葉に大地が守られている為に、平原と比べると積雪の度合いは随分と低い。
その中を歩いていると、魔法の森という事もあり雪に覆われた茸が目に飛び込んでくる。
「これは雪見茸かな。雪に覆われている茸だから、雪見茸」
名称も分からぬ茸を引っこ抜き、勝手に命名した。食べられるかどうかは不明なので、元の位置に戻しておいた。
魔法の森を歩いていると、かつての紅霧異変を思い出す。今回はかつての異変の元凶の地より出立した為、若干複雑な気持ちではある。
景色は前と比べれば正反対であり、白銀に染められた草木が美しい世界を創り上げ、僕を魅了した。
「自然の生き物達はどうしているのか。冬が長いから住処で餓死してるのかも」
冬場に冬眠している動物達などは、住処で餓死していても不思議ではない。
通常の四季の巡りでさえ、冬眠の途中で死亡する動物もいるのだから。そう考えると今回の異変は、多くの生命を脅かしていると予想ができる。
暫く思考しながら歩いていると、森の彼方から轟音が響き渡ってきた。当然それは森を歩いていた僕の耳にも飛び込んで来たので、何事かと思い音のする方向へと急いだ。
数分の移動を経て辿り着いた先には、戦闘が行われたと予想されるクレーター跡と、燻った木々である。
そして二人の人間と思われる少女が何やら会話をしていたので、樹木の陰から除き見るようにして立ち聞きする。
「冬場はいつも、こんなに騒がしかったのか?」
白黒の衣装の魔法使いが、帽子のズレを直しながらそう言い放ち、言葉を続ける。
「毎年豪雪だからな、普通の人間は外に出ないと思うんだが」
白黒の衣装の魔法使いは、遠目から見ても霧雨魔理沙という人物だと、僕でも理解できた。
対して積雪された地に、今にも倒れそうな状態の金髪の少女が、口を開く。
「私を普通の人間と一緒にしないでよ」
「ほう、なら異常な人間か」
「普通の人間以外よっ!」
そこまで言った後、魔理沙は満足気な笑い声をあげ、箒に跨り彼方へと行ってしまった。
流れ星のようにあっと言う間な出来事だった為、僕はただただ傍観に徹するのみであった。
金髪の女の子……恐らく魔理沙にやられたのだろう、彼女の衣服は酷く劣化しており、その場にへたり込んでしまった。
外気温がとても低い場所でいつまでも止まっていると危険なので、僕は声をかけた。
「そこの君」
「っ!」
彼女の頭に雪が降り積もりつつある状況下、僕が声をかけると彼女は警戒するような表情で此方を見据えてきた。
「大丈夫か。ひどく打ちのめされたようだけど」
「問題ないわ、この程度。……いたた」
「虚勢を張るのはやめたまえ。この場に止まっていては体温が下がる一方だ。君の家は此処の近くなのかい」
強がる金髪の少女に対し、場を移動する事を提案する。流石に積雪地帯に動けない少女を放置していくのは、心無い僕でも心が痛む。
彼女の家が此処から近いのなら、手を貸す事にした。
「……別に、貴方には関係ないでしょ。あれとは単なる弾幕ごっこをしていただけ。貴方は巻き添えを喰らって怪我したわけじゃあないんでしょ」
「まあ、そうだけど」
介抱する事を拒絶する少女だが、僕は彼女に近付いた。
「ちょっと! 私は向こうへ行けと言ってるのよ。家に帰る程度、何も問題はないわ」
彼女はそう強く言い放ち、足に力を込めて立ち上がった。
そうして立ち上がった少女は、危なげな足取りながらも少しずつ雪道を進んでいった。
途中途中で木に手をかけたり、もたれ掛かったりしながらも、着実に歩みを進めていた。
けれどそれも怪我が原因か、やはり途中で膝をついてしまった。降雪で彼女の身体に雪が若干積もり始めており、哀れに思ったので声をかける。
「やはり肩を貸そう。此処で出会ったのも何かの縁だ、肩を貸す程度、安いものさ」
彼女の傍まで駆け寄り、半ば強引に彼女の肩を引いた。彼女は若干驚いたような表情になったが、それよりも傷が痛むのか顔を顰めた。
僕は彼女に、家は此処から近いのかと再び問うと、彼女は少々声を震わせながら答えた。
「そうね、此処から少し歩けば……東の方よ」
「分かった。立てるかい、歩けないのなら背負おう」
「……大丈夫よ、肩を貸してもらえれば」
彼女がそう言うので、僕は彼女の歩行の補助をし、目的地を目指した。
*
彼女の言葉通り、東の方へ少し歩くと小さな家が目に飛び込んできた。
あれが君の自宅なのかい、と質問すると、彼女は小さく頷いた。そうして辿り着いた家は、近づいてみると遠目で見るよりも大きな家であった。
積雪のせいで外観の雰囲気はよく分からないが、屋根の淵は青っぽい色をしていた。
僕は彼女に促されるまま彼女の家……邸内へ通ずる扉を開き、中へと入った。
邸内に入ると、室内は明かりが灯されておらず暗に包まれていた。
当然だ、家の主人が怪我を負ってるのだから、明かりを灯したくても灯せない。
とりあえず彼女を近くのソファーへと移動し、楽な姿勢をとらせた。彼女は小さな声で、僕に礼を告げた。
室内は随分と冷え切っており、暖を取らなければ外と変わらぬ室温となっていた為、僕は彼女に断りを居れず暖を取った。
「すまない、勝手に火を灯させてもらうよ」
暖炉のような物が設置されており、薪もくべられていたので僕はそれに火をつけた。
簡単な点火術を用い、指の先から炎を灯す手段を僕は知っている。日々の生活において火はとても重要なもので、
我々の生活に欠かせない存在になっているそれは、常備できればこれ程心強いものはないというものだ。
「ひどい怪我だね、一体どうしたんだ」
「私が知りたいわよ。変な魔法使いが春がどうの、雪がどうのと言って嗾けてきたの。いい迷惑よ、本当に」
愚痴を零すように彼女はそう言うが、傷を労わり言葉の端々は弱々しいものとなっていた。
「春がどうの、とは一体。あの魔法使いに僕は見覚えがある。良ければ詳細を教えてくれないか」
「さぁね、私も一体何の事だか。ただ"春度"を集めてる奴がいる、って事くらいしか知らないわ」
「その"春度"を集めてる奴は、何処に」
僕は彼女に向けてそう問うた。
「……詳細は私にも分からないわ。けれど、地上より上空のほうが暖かい、って不思議じゃない?」
「不思議だね」
「仮に"春度"がひとつの場所に集まったら、きっとそこは地上に存在する如何なる場所よりも暖かくなると思うのよね」
少女はそれだけ言うと、会話を止めて横になった。
確かに彼女のいう事は僕にも分かる、"春度"とは恐らく春の季節には欠かせない存在のものであり、地上の"春度"が無くなってしまった為に、地上に春が訪れない。
その代わりに"春度"が集められた場所は、春真っ盛り。恐らく桜も必要以上に開花しているのだろう。
そして彼女は地上よりも、上空の方が暖かいというのだ……これは決定的な手掛かりである。
「ありがとう、目的への手掛かりが掴めたよ」
「そ。お役に立てて何より」
「お礼と言っては何だけど、治癒の手助けをしよう」
「治癒の……?」
横になっている少女に近付き、僕は彼女に向けて手を翳した。
その行為だけで彼女は警戒を強めるのだが、僕は彼女を害するつもりはないので、その事に関しては何も思わない。
僕の中の霊力の一部を、彼女の中へと移すのだ。
転移術は滅多に使わない、そもそも術自体を使用するのは久しぶりであるが、彼女の怪我の治癒力を高める為には必要不可欠なのだ。
このまま黙って去る事も出来るが、流石にそれでは悪いので僕は彼女に霊力の一部を分け与えた。人助けなど自己満足に過ぎないが、情報料と考えれば十分。
「ッ! ……何をしたの」
「僕の霊力を少し分けた。怪我の治りも早くなると思う。ではお大事に」
「霊力を……? あ、ちょっと!」
この娘は気位が高いのだろう、当初より迷惑がられていたので、早々に家を出ようと思ったが、呼び止められた。
「貴方、名前は何ていうの」
「天道というものだ。そうだね、此処から東の方に行った所、里の近くに店を構えている。良かったら来たまえ」
「天道、ね。私はアリス。アリス・マーガトロイド。暇が出来たら、訪ねてみるわね」
自己紹介を交わした後、僕は彼女の家を出た。
外は相変わらずの積雪で、周囲の木々のせいか辺りは暗目である。
アリスという少女から手掛かりを入手した事もあり、目的の場所は地上から上空へと変わった。
僕は苦手な飛行術を駆使し、地上から遥か上空を目指し、先に立っていった咲夜の後を追うようにして調査を再開した。
以上となります。
着々とお気に入り件数が増えてるのを見ると、執筆の意欲も湧いてくるというものですね。
それでは、次話でお会いしましょう。