上空に昇るに連れ、大気中の温度は低下していく。それは大地という加熱源から離れて行っている事が原因らしいが、詳細は知らない。
しかし地上から離れるに連れ、周囲の温度が上昇していっているのが分かる。
普通ならば気温は低い筈なのに、飛翔すればするほど気温が上がる。既に思考せずとも、春の陽気が近いという事が窺えた。
「むむ」
高度を上げて飛翔を続けているうちに、煙を燻らせながら落下していく小さな少女が何人か。
人間よりも小さい少女達、察するに凶暴化した妖精達なのだろう、戦闘中に撃墜されていった哀れな妖精である。
高度をぐんぐんと上げる。同時に増えていく妖精達。その多くは何処かの誰かに打ち落とされ、再起不能となっている妖精なのだ。
恐らく咲夜の所業か、先程の魔理沙が勢いに乗じて猛進しているかのどちらかだろう。
そのまま更に高度を上げ、やがて真っ白な雲が視界に飛び込んできた。
因みに雲とは、大気中に固まって浮かんでいる水滴、または氷晶のことである。
我々の住む地球上において、基本的に雲は水から成ると考えて良いだろう。
大空に広がる雲を綿飴と見立て、口いっぱいに頬張りたいと考えた人達は、恐らく少なくないだろう。
下層雲、中層雲を越えて更に上層雲近くまで飛翔すると、地上よりも随分と温暖な事を肌で感じた。
そして段々と呼吸をするのが辛くなってきたのを感じてきたので、後少し進んで何も無かったら帰ろうかなと思っていた矢先、多くの人影が雲先から見えてきた。
雲先から現れた人影の正体は、咲夜と魔理沙、それと紅白の巫女であった。
それらと対峙してるのは、見た事も無い三人の少女であり、傍から見ると三対三で対峙しているようにも見受けられる。
僕は風下側にて退治している咲夜に接近し、声をかけた。
「やあ、どうしたの」
僕が背後から咲夜に声をかけると、彼女は言葉に気付いて振り向き、遅かったわねと言った。
「見ての通り、行く手を遮られてるの。あいつらの背後に結界が張られているのよ。どう見ても……くさいわね」
「ん、お前は天道じゃないか。どした、花見でもしに来たのか?」
魔理沙は僕に向けてそんな事を言うが、違うよと一言否定の言葉を入れた。
「あら、お天道様だっけ」
「天道だ。そういう紅白の君は、霊夢君だったね」
「憶えているとは光栄ね。それで、こんな所まで何しに来たの」
「花を摘みに行こうと思って。どうにも、この先が怪しい気がするんだ」
「そ。同感ね」
紅白の巫女こと、博麗霊夢とそう言葉を交じわす。
どうやら彼女達も、今回の冬が長引く異変の調査に赴いていたようで、道中で咲夜と合流し現在に至るようだ。
対して目の前にいた見知らぬ少女三人組が、僕達に向けて口を開いた。
「またよく分からないのが来たね」
金髪のショートボブに、円錐状で返しの付いている黒い帽子を被った少女。
白いシャツの上に黒いベストを着用しており、三人の少女の中で最も大人びた風格をしている。
彼女の周囲には、ヴァイオリンが浮かんでいた。
「君達は誰だ」
僕がそう質問すると、白のシャツに赤いベストのようなものを着用した、亜麻色のくせっ毛の少女が口を開く。
「私達? 私達は騒霊演奏隊。お呼ばれしたから来たのよ」
「あっそう。演奏隊ということは何かね、楽器の扱いが得意なのか」
「そうそう! 私はキーボードが得意なの」
「私はトランペットよ」
明るい水色にウェーブのかかったセミロングの少女はそう答える。
アシンメトリーのように左右非対称になっており、瞳の色は純蒼であった。
彼女は他の二人の少女と違い、薄いピンクのシャツに薄いピンクのベストのようなものを着用していた。
「君達は姉妹なのか」
「そうよ、プリズムリバー三姉妹とは私達のことね。あ、私は次女のメルラン」
「私は三女のリリカよ。……ほら、姉さんも」
「……私はルナサ」
明るいの子がメルラン、赤い容姿の子がリリカ、暗めの無口な子がルナサ、というらしい。
プリズムリバー三姉妹と名乗っていたので、それぞれの名の後にプリズムリバーと付くのだろう。
「そうか。僕は天道という者だ。里の近くで小料理屋を営んでいるから、よければ来たまえ」
「あ、それ私知ってるよ。人里の外れにある場所よね」
「そうだ」
「前にソロライブに行く途中で見かけたからねー。廃屋かと思ってたけど、人が住んでたんだ」
失礼な、と僕はメルランに向けて言い放った。
三姉妹の中でも最も明るい性格のしているメルランが、この騒霊演奏隊という楽団のリーダーなのかと思い、質問してみた。
君がリーダーなのかい、と訊ねると、リーダーはルナサよ、と彼女に向けて指を刺した。意外だなと思いつつも、彼女に向けて口を開く。
「失礼した、君がリーダーか。今度僕の店にでも演奏しに来たまえ。はい、これ名刺」
「む、あっそう。頂こうか。私達の指名料は高いよ」
「参考までに、聞いておこうか」
「そうね~。一回の公演につき、金の延べ棒三本でどう?」
「二束三文じゃあ商売にならないからねー」
「ちょっとリリカ! 勝手なこと言っちゃあダメでしょ!」
僕がちょっと値段の事を聞くと、三姉妹はぎゃあぎゃあ、と騒ぎ出した。
その辺りは騒霊らしく、大人しいと言われたルナサという子も妹達を叱責したりと、騒がしい。
「分かった、落ち着きたまえ君達」
「おい天道、なに勝手に仲良くしようとしてるんだよ」
「あいつらを始末しなくちゃあ先に進めないんだから、とっとと片付けましょ」
僕の背後では血気盛んな三人の少女達が、腕を鳴らし肩を鳴らしている。とても暴力的だ。
対してプリズムリバー三姉妹は、未だに騒々しく口喧嘩をしているので、僕は魔理沙達にこのまま先に進もう、と提案するが、
結界の解き方が分からないと言い、奴らの口を割らせてやるわ、と咲夜が力強く言い放った。
此れでは話し合いもあったものではない、と僕は彼女達の背後へと移動し、争い事に巻き込まれぬよう距離を取った。
「天道さんは下がってなさい、怪我するわよ」
「此処は私達に任せとけ!」
「そういうことだから、貴方は少し休憩してなさいな」
三人の活発な少女は、口々にそう言うのでお言葉に甘えさせてもらう事にした。
口論していた三姉妹も、彼女達の闘気を感じたのか我に帰り、戦闘態勢に入った。
戦闘方法は知っての通り、スペルカードルールによる弾幕ごっこであり、彼女達はそれぞれに弾幕の撃ち合いを開始した。
女の子達が物騒な決闘をしている最中、僕は一人で休憩する事にした。
といっても空中に浮かんでいる状態なので、徐々に霊力を消耗する事は必然な為、休憩にならない。
それなら少しばかし探索してみようと、彼女達から離れ、結界とやらの近くにまで移動してみた。
「ほう、これが結界か。もっと壮大なものだと思ってたけど、存外に陳腐なものだ」
目の前に広がる結界は、その名の通り結界なのだが、僕が想像していたものとは異なっていた。
近付いたら何か神的な超常現象により拒絶されるのかと思っていたが、薄い鏡張りのようになっているだけであり、叩けば割れそうなものであった。
しかしながら結界は結界なので、軽く殴った程度じゃあ全くと言って良いほどビクともしない。
いや、全力で叩いたところで結果は同じだろう。
そういえばプリズムリバー三姉妹は、お呼ばれしたと言っていた。という事はつまり、何処かに入り口があるのだろう。
三匹の幽霊の為に、わざわざ結界を解くわけもないし。何処かしらに、結界を通る抜け道があるに違いない。
彼女達はまだ戦っているだろうし、自分だけで探そうかなと考えていた時、不意に声がかけられた。
「あら、何やってるの天道さん」
声の主は咲夜であった。弾幕ごっこは如何したのだ、と質問すると、彼女は得意気な顔で答える。
「もう終わったわよ。思っていたより大したことのない連中だったわね」
「いくら何でも早すぎではないか」
「知らないわよ、そんなこと。文句なら弱っちい騒霊に言いなさいな」
咲夜がそう言っている間に、後から魔理沙と霊夢が続いてきた。
「大きい結界ねえ。さて、如何しましょうか」
「やっぱり弾幕ごっこは燃えるな。おい、天道」
「なんだ」
「次はお前と弾幕ごっこをやってみたいぜ」
魔理沙は弾幕ごっこが好きなのか、戦闘後だというのに元気が有り余っている様子である。
僕は彼女のお誘いを丁重にお断りし、結界の処理を思考している霊夢に、あの三姉妹に結界を通る手段を聞かなかったのか、と質問した。
「質問する前に終わっちゃったのよ。というか、闘いながら公演料がどうのとか、ずっと喧嘩してたわよ」
「そうか。仕事熱心なんだろう」
「ん、そういえば確か三姉妹の中の赤い奴が、上を飛び越えて入るー……とか言ってたぜ」
僕を含め、三人が魔理沙へと視線を向けた。
上を飛び越えて入る、とはこれ以下に。予想外も甚だしいが、有益な情報に変わりはない。
他に情報がないのだから、と霊夢は先に飛翔し、結界を飛び越えようと先に進んでしまった。僕達も、その後に続いた。
*
プリズムリバーから聞いた情報通り、結界を飛び越えようと上に向かって飛翔すると、間もなく結界の行き届いていない箇所を発見した。
それを見逃す筈も無く、僕を含め三人の少女達が結界を通り抜けた。
結界を通り抜けると、一瞬にして視界がホワイトアウトした。
そうして直ぐに視界が正常に戻ったが、周囲はまるで異世界に迷い込んでしまったかのように、別の風景に変わっていた。
月明かりだけが照らす、墓場のようなジメジメとした湿地帯。事実墓石のようなものが幾つも建っており、人魂がふよふよと浮かんでいた。
「不気味なところだなー。此処はあの世か何処かか?」
「と言うことは、僕達は気付かぬ間に死んでしまったということか」
「馬鹿なことを言うのはよしなさい」
魔理沙が冗談っぽくそう言うと、咲夜が冷めた口調でそう言葉を挟みいれてきた。
けれども実際に彼女の言うとおり、まるで冥界にでも迷い込んでしまったのかと錯覚してしまうような場所であり、穏やかな雰囲気ではない。
とりあえず立ち尽くしていてもしようがないので、先へ進もうと提案すると、彼女達も同意見だったようで先へ進む事にした。
歩きながら周囲を観察していると、人魂やら青い炎など、この世のものとは思えない事象ばかり発生しており、思いの他賑やかだなあ、と感じた。
それらの怪奇現象を楽しみながら騒がしく歩いていると、やがて眼前に頂上の見えぬ階段が見えてきた。
長く、とても険しそうな階段であり、登るには一苦労しそうな長さである。
「誰かいるわね」
刹那、霊夢がそう呟き歩を止める。
目を凝らして集中してみると、階段下には一人の少女が立ちはだかっている。僕はその少女に、見覚えがあった。
「待ちなさい。貴女達、人間ね」
声の主は、いつしか人里で出会った魂魄妖夢であった。
彼女が此処にいるという事は、やはり異変の元凶という事なのか。何にせよ、異変に関与している事に変わりない。
「生きた人間が此処に来るとは……道理で、皆が騒がしいと思った」
「不吉な場所に、得体の知れない奴が出てきたな」
魔理沙がそう言った。
「あまり喜ばしくない場所ね。此処は何処なのかしら」
「此処は白玉楼。昔生きていた者達が集まる場所よ。因みに、貴女はまだお呼びじゃない」
「漸く黒幕が隠れてそうな場所まで辿り着いたというのに、また厄介な死人が出てきたわね」
咲夜がそう言った。
「生きた人間の常識で物を考えると痛い目に遭う。貴女も一度死んでみますか?」
「死人に口無し。私は結構ですわ」
非常に好戦的な少女達を、傍から見ていると冷や冷やとする。
少女達はそれぞれに獲物を手にすると、現場は一触即発の状態へと進展した。両者の言葉も穏やかではなく、誰かが攻撃を仕掛けたら戦闘が始まってしまいそうな雰囲気だ。
妖夢と顔見知りの僕は、争い事に発展する前に言葉をかける。
「妖夢君」
「おや、貴方は天道さん」
抜刀していた妖夢に声をかけた。彼女は警戒の糸を解く事は無く、刃先は此方を捉えたままだ。
「君が此処に居るということは、君が異変の関係者で間違いないのかな」
「……そうですね。私は幽々子様から、侵入者の排除を命じられていますので」
「そうか。僕は幽々子さんと顔見知りだ、出来れば此処を通してもらいたいのだが」
「申し訳ありません。西行妖が満開になるまでは、たとえ幽々子様のご友人であらせようとも、通すわけには参りません」
妖夢はそう言い、此処は絶対に通さないという意思を示した。
抜刀された刃先は相変わらず此方へと向いており、それが揺らぐ気配は見えなかった。
魔理沙達が僕に耳打ちする。これ以上の話し合いは無駄だから、実力行使だ、と。確かにそれが一番手っ取り早い。
「天道、これ以上あいつと話しても無駄だぜ」
「そうよ、死人に口は無いんだから」
「失礼な。私は半分生きている!」
霊夢と魔理沙は相変わらず好戦的で、妖夢を挑発して楽しんでいた。
そんな様を見ていた僕に、咲夜が耳打ちをしてきた。
「ねえ、何故あの子は貴方に対して敬語なの」
「さあ。皆目見当もつかない。まあ、根は真面目なんだろう。僕は君達と違って友好的だから」
咲夜の疑問は僕にとってはどうでも良い疑問である。
単純に攻撃的な連中に対して言葉が鋭いだけなのではないか、と思うのだが。
「あと少し、ほんの僅かの春が集まれば、西行妖が満開になる。貴女達の集めたなけなしの春が、西行妖を満開にする後押しとなる!」
妖夢がそう言い放つとその場から大きく跳躍し、魔理沙に向かって神速の一撃を叩き込んだ。
魔理沙はそれを小さな掛け声をあげて避けると、小さな八卦炉を取り出し戦闘態勢となる。
それに反応し霊夢も、咲夜も警戒を強め、僕もそれに習った。
「……妖怪の鍛えたこの楼観剣に、斬れぬものなど、殆ど無いッ!」
二本目の刀を抜刀し、妖夢が再び飛び掛ってきた。半人半霊と、幻想郷の住人達の戦闘の始まりである。
以上となります。
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