神速の太刀筋で襲い掛かってくる魂魄妖夢に対し、三人の少女達が迎撃を試みる。
霊夢の御札を長刀、楼観剣で振り払い、魔理沙のレーザー攻撃を寸でのところで避け、咲夜のナイフを短刀、白楼剣で捌く。
三対一の状況下にも関わらず、妖夢は善戦を繰り広げていた。
この三竦みの中に彼が飛び込めば、状況は大きく変わるのだろうと予想できる。しかし彼はその輪の中に飛び込もうとはせず、彼女らの戦闘を傍観していた。
魂魄妖夢には、彼女の化身ともいえる半霊が憑いている。
妖夢が攻撃を捌けば半霊が迎撃し、妖夢が攻撃を仕掛ければ半霊が本体を守護する。
およそ半人前と評価されていた彼女であるが、逆境下に置かれた状況を我が物にし、自らを奮起させ闘争心は常人のそれを越えていた。
やがて少女達の乱舞が収まると、互いに距離を取り吐息する。
「くっそ、なんつー剣捌きだ。弾幕が全然通らないぜ」
魔理沙が額に汗を滲ませながら、そう呟いた。
「見た目よりも腕が立つみたいね。メイドの能力でどうにかなんないの」
「もうやってるわよ。けどスペルカードルールにおいて、絶対に避けられない攻撃はしちゃあいけないんでしょ、確か」
霊夢と咲夜がそう会話する。
スペルカードルールのひとつの条件として、絶対に避ける事の出来ない攻撃をするのは、ルール違反に相当するのだ。
その為、三対一の状況下であろうとも、妖夢には何処かしらに逃げ道が用意されているので、袋叩きにされるという事が無いのだ。
妖夢は気兼ねする事無く攻撃が出来るが、彼女達は味方に被弾しないよう気を遣わなければならない。更にカードの宣言回数も、三人で一纏めにされているようだ。
「魂魄の名にかけても、此処で負けるわけにはいかないッ!」
地を蹴り、一直線に向かって猛進する。その先に居たのは彼、天道である。
彼女の一直線に向かって飛び掛る斬撃速度は、並みの天狗では目で捉える事すら困難な速度であり、魔理沙も霊夢も、咲夜ですら能力を使用する事ができず妖夢の進撃を許した。
魔理沙の金髪が風を受け揺らぐ。一瞬何が起こったのか理解する事が出来ず、目の前にいた妖夢の姿が消えていた事に気付くと、視線を四方にやり索敵した。
そうして魔理沙は自身の背後へ視線をやると、霊夢と咲夜の背中が見えた。更にその奥には、楼観剣を縦に一閃した妖夢の背が飛び込んできた。
妖夢の前方にいたのは、天道であった。胴体を斬られたのかと一瞬思った魔理沙が声をあげるが、妖夢の手が震えている事に気付き凝視した。
「……危ない。少しでも反応が遅れてたら、今頃胴体が半分になっていた」
彼は楼観剣を白羽取りし、妖夢の攻撃を受け止めていた。
彼の想定外の反応速度に妖夢は驚愕し、楼観剣を動かせずにいる。否、彼に刀を白羽取りされており、刀を引き抜く事が困難な状況になっていたのだ。
彼は楼観剣を受け止めたまま、周囲の少女達に向けて言葉を放つ。
「この場はは僕に任せたまえ。君達は、その階段の先を目指すといい」
「先を目指せって、この半死女が黒幕じゃあないのかよ」
「この娘は黒幕ではないと思う。恐らく、この娘の主人が黒幕だろうね。以前、彼女の主人を見かけた事があるから」
「……で、その主人はこの階段の先にいる、と。そう言いたいのね」
「その通り」
霊夢が彼の言葉を代弁し、異変の元凶が階段を登った先にいるだろう、という予測を立てた。
白羽取りで妖夢が思うように行動が出来ないうちに、魔理沙と霊夢、咲夜がそれぞれに階段の方へと向かう。
途中で半霊に行く手を阻害されるものの、三人の少女らに半霊だけでは役者不足であり、呆気なく振り払われた。
「油断しちゃあダメよ、天道さん。そいつ、そこそこ強いっぽいから」
「格好付けるのは結構だけど、無理をして死ぬ、というのだけは勘弁してね。私がお嬢様に怒られちゃう」
霊夢と咲夜がそう言い、長く険しい階段を登っていく。
「こんな所でくたばるなよ、天道!」
後に魔理沙もそう口にすると、先に進んで行った霊夢と咲夜の後を追っていく。
そうして階段下の広場に取り残されたのは、天道と妖夢の二人だけになった。
*
冥界にて魂魄の血を引く少女と、幻想郷から訪れた男が対峙していた。
少女は額に汗を滲ませており、対峙する男からある程度の距離を取っていた。
一方で男は額に汗一つ浮かべておらず、余裕すら窺える表情をしていた。
「天道さん……大人しく此処を去れば、手荒な事はしません。幽々子様のご友人に手を上げるのは、私としても心が痛みます」
妖夢はそう言うと、白楼剣だけを鞘に戻し一刀流の構えを取る。
「妖夢君。それは違うんじゃあないか」
天道は彼女に向けて、そう諭すように言葉を放ち、続ける。
「君は主人から侵入者を排除しろ、と命令されたのではないか。私情で侵入者を逃がすような真似をするのは良くないと思うが」
「……厚意で言ったんです。幽々子様のご友人は数少ない……私が貴方をこの場で斬り捨てるのは簡単です。
しかし、幽々子様のご友人である貴方を斬り捨ててしまっては、きっと幽々子様は悲しまれます」
妖夢はそう呟くように言い放つと、楼観剣を頭上へと掲げ、構える。そして言葉を続けた。
「しかし、貴方の言葉にも一理あります。私は幽々子様の付き人であり、幽々子様の為に剣を振るうと心に誓いました。
貴方が私と対峙すると言うのなら、最早容赦はしません」
上段の構えを取り、妖夢がそう力強く言い放った。
今にも斬りかかって来そうな雰囲気の妖夢に対し、天道は泰然とした表情で口を開いた。
「迷いや躊躇といったものは、隙を生じさせるものだ。君はこれから僕と戦うんだから、心に余裕を持っていた方が良い」
「……随分と余裕ですね。敵に塩を送るほど腕に自信があると見えますが」
構えを取ったまま微動だにしない妖夢に、彼が質問に答える。
「僕は能力で、何でも分離させたり結合させたりする事が出来る」
「……それがどうかしましたか」
「ただ、少し訳有りでね。能力に制限がある状態なんだ。遠く離れてたら能力は届かないし、効果も弱くなる。
でもね、こんなにも近い距離で対峙しているんだ……僕が直接手を下さずとも、君の頭部と胴体を切り離す事だって出来るんだよ」
彼が自身の能力をそう説明した。天道の能力の詳細を初めて知った妖夢は、滲んでいた額の汗が頬を伝うのを肌で感じ、恐怖すら覚えた。
しかし同時に"何故わざわざ自身の能力を明かすのか"という疑問を抱き、不気味さすらも感じた。その事を知ってか知らずか、彼は言葉を続ける。
「けど、そんな事はしない」
「……どうしてですか」
「相手を殺めるというのは、単なる手段の一つに過ぎない。どうしても暴力的手段によって解決しなければならない時は、使用する事もやむをえないと思っているがね」
彼はそう言い放つと、懐から何かを取り出した。妖夢は咄嗟に警戒するが、彼が取り出した物に疑問を抱くと同時に、緊張状態が若干であるが緩和した。
天道が取り出したものは、およそ"果物ナイフ"と思われる小さなナイフ。刃渡り数十センチ程度の、細く華奢なナイフであった。
鞘からそれを抜き取ると、果物ナイフは右手に、鞘は懐に戻した。その事を確認した上で、妖夢が訝しげに口を開く。
「何のつもりですか」
妖夢がそう言うと、彼は果物ナイフ……小刀を目線の高さまで掲げる。
「獰猛な肉食獣は、兎を狩るのにも全力を出すというが……僕はそんな間抜けな獣とは違う」
「……私程度、その小刀で十分、という事ですか。……舐められたものですね」
「闘う雀、人を恐れずともいう。窮屈な弾幕ごっこよりも、刃で語る方が君も好きだろう」
彼はただそれだけを言うと、小刀を真っ直ぐに構え、妖夢を迎え撃つ構えを見せた。
上段から楼観剣を構える妖夢は、機を窺いただひたすら好機を待った。
*
妖夢と天道が睨み合い、互いに攻勢を窺い始めてから数分が経過した。
幾多の死線を潜り抜けてきたのだろう、と妖夢は彼の事を推測し、迂闊な行動は死に直結すると思考し警戒を強めていた。
────隙が見えない
妖夢は刀を構えつつも、そう思考した。
脳裏で彼に攻勢を仕掛けるイメージをするが、どこから攻撃を仕掛けても、妖夢のイメージは良い方向に転じない。
何故かあの小刀で、長刀の楼観剣を弾かれてしまう、と。
しかし、此処で弱気になってしまえば相手の思う壺だ、と。妖夢はそう強く思考する。
相手は刃渡り数十センチ程度の小刀、ろくに鍛えられていないだろう果物ナイフに等しい刃物だ。
その程度の小刀如きに、妖怪の鍛えた楼観剣が打ち負ける筈がない────妖夢はそう考え自身を鼓舞すると、一気に攻勢に出た。
「────ッ!」
小さな掛け声と同時に、妖夢が天道に向けて斬りかかる。
先程も見せた神速の一撃であり、普通の人間ならば反応すらできない一撃である。
金属音が衝突する激しい音が響き渡り、彼の小刀が妖夢の楼観剣を斜めに受け流す。
けれど受け流されつつも妖夢は楼観剣を巧みに使い、再び彼に向けて斬撃を繰り出した。
一太刀、二太刀と繰り出すものの、その斬撃が彼の身体を切り裂く事はなく、全て受け流されていく。
「……ッ、このッ!」
楼観剣を両の手で確実に握り、彼に向けて袈裟斬りではなく、刃先を一直線に突き出す刺突を繰り出す。
しかし、その刺突は難なく弾かれてしまう。乾いた金属音だけが周囲に木霊すると、刀身を大きく弾かれた妖夢に隙を生じさせてしまう。
「精巧な太刀筋だ。流石は魂魄家の御息女……一つ一つの攻撃に迷いがない」
「何を……ッ」
天道はそれだけ言うと、小刀を翻し攻勢に転じた。
彼の小刀は楼観剣を捉える事はなく、妖夢の身体に向けて一筋一筋、丁寧な刺突を繰り返した。
彼女はたかが小刀と油断していたのだろうか、刺突の速さに翻弄され防御に徹していた。
得物が軽い分威力は著しく劣るが、得物を振るう速度は大幅に上昇している。
一方で彼女の楼観剣は刃渡りが長く、その分だけ重量も重くなっており、武器を振るうには少々手間のかかる代物だ。
「っ、半霊!」
太刀だけでは避け切れぬと判断したのか、妖夢がそう叫ぶと彼女の化身である半霊が彼に襲い掛かった。
彼は軽い掛け声だけでそれを避けると、再び互いに距離を取る形となった。
「動揺しているな、妖夢君。自分がこんな小刀に翻弄される筈がない、と」
「……そんな事、ありませんッ!」
妖夢は楼観剣を背負っている鞘の中に戻し、今度は腰に差している白楼剣を抜刀する。
白楼剣は刀身が短い為、斬撃速度の向上が見込めるので、妖夢はそれを選んだのだろう。
「この白楼剣は、迷いを断ち切る事が出来ます。幽霊ではない貴方を斬ればどうなるか、私には分かりません」
妖夢は獲物を構え、言葉を続ける。
「けど、私は貴方を此処で始末しなくてはならない。たとえ私に斬られて地獄に堕ちたとしても、怨まないで下さいねッ!」
彼女は懐から一枚のカードを取り出す。白楼剣を構え、逆手に持つスペルカードを天高くかざした。
「天神剣」
妖夢が符名を宣言すると、スペルカードが霞となって消失した。
左手に白楼剣を構え逆手で再び楼観剣を抜刀し、妖夢は地を蹴る。白楼と楼観が妖しい輝きを放ち、敵の命を絶たんと美しい剣の舞を始める。
「───三魂七魄ッ!!」
刹那、周囲の時間が遅延する。
時が遅延しているのか、或いは彼女の剣舞が光のそれを越えたのか。
白楼と楼観の神速の一太刀が、彼の心の臓を両断せんと襲い掛かってくる。
「……むッ」
彼女の斬撃は彼の予測の遥か上を超えており、彼が小刀で防御の姿勢を取る前に、白楼の一撃が彼を通過した。
寸前で上体を反らす事により深手を負う事は避けられたが、これが刀身の長い楼観であれば既に決着が着いたであろう。
二太刀、三太刀と彼に攻勢を転じさせまいと、妖夢は二振りの名刀で剣舞を舞う。
「それがスペルカードか。なるほど、先程とは桁違いの疾さだ……その剣筋、まるで時空を両断しているかのような」
「お喋りをする余裕があるのも、今のうちですッ!」
時には二刀同時に振りかざし熾烈な一撃を叩き込むと、彼の小刀もそれは受け切れない、と身を翻して回避行動を取る。
妖夢はその隙を見逃さず、刀を地に突立てそれを軸にし、彼の胴を目掛け蹴りを繰り出した。
避け切れぬと踏んだ彼は、その攻撃を甘んじて受け入れた。
衝撃で僅かに後方へと後退りながらも、彼はその場で体勢を整え妖夢を迎撃せんと顔を上げる。
だが眼前に対峙していた妖夢の姿を視界に捉えると、状況の変化に驚愕し口を開く。
「……これは分身の術か」
僅かの間に妖夢は術技を駆使し、半霊を自らの分身に変化させていた。
魂魄家の秘術、幽明求聞持聡明の法である。彼に対峙するは、半人前の剣豪が二人。死闘の行方は益々見えなくなっていた。
再び斬り合う金属音が鳴り散らされる。
斬り結ばれる回数は先よりも多く、けれども彼の身体を楼観剣が通り抜ける事は無かった。
────持久戦に持ち込めば負ける
何合も切り結ぶ間に、妖夢はそう思考した。彼女の行使した術技には時間的制約が存在し、継続時間が短いのだ。
妖夢は半歩、半歩と斬り結びながらも、彼へと肉薄した。
「────抜けるッ!」
妖夢がそう確信した瞬間、彼の小刀が妖夢の身体を貫いた。
だが、それは本体ではなく、半霊が創り出した分身であり、刺突を受けた分身体は幻影のように霞、消えていった。
そして天道が分身を刺突した時の決定的な隙を、半人前ではあるものの剣豪たる妖夢が見逃す筈も無く────
「これで終いです! 生死流転斬ッ!!」
下段から上段にかけ、弧を描くような斬撃が彼の胴を駆け抜けた。
楼観剣が肉を裂き、鮮血が返り血となり彼女の頬へと付着した。
彼女の攻撃は彼の胴を深く抉り、腹部から肩部にかけて躊躇無く通り抜けていった。
「ッ……」
叫び声すら上げず、彼は静かに息を漏らした。
妖夢は自身の勝利を確信しながらも、止めとなる一撃を彼に向けて放った。
血液を撒き散らし周囲を血で染めているのにも関わらず、絶命させる一撃を放つのは、ある種の慈悲の意が込められているのかもしれない。
「素晴らしい死合いでした。貴方が再び、此処へ訪れるのを待っています」
頬を伝う汗を拭おうともせず、妖夢はただそれだけ呟くと、上段から一気に楼観剣を振り下ろした。
絶命させる一撃、避けられようのない一撃であるその攻撃。
しかしそれが彼に命中する事はなかった。
「───ッ、なっ……そんな筈はッ」
楼観剣を振り下ろす最中、不意に手首を誰かに掴み取られる感触を妖夢は感じた。
胴体を真紅に染めた男が、楼観剣を持つ手を掴み上げ自身へと及ぶ攻撃を止めたのであった。
予想の範疇を超えた行動に妖夢は驚愕の色を隠そうともせず、動揺した。
しかしそれも束の間。彼女は、自身の意識が吹き飛んでしまうかのような錯覚に陥る。
否、錯覚ではなかった。彼女は直ぐに、そう理解した。
「手応えはあったのに、どう……して……ッ」
彼は攻撃を防いだだけに終わらず、同時に妖夢へ強烈な一撃を見舞っており、彼の拳は妖夢の鳩尾を深く抉っていた。
───完全に油断していた、と妖夢は崩れ堕ちる意識の中、静かに思考した。
致命傷と断定出来る深いダメージを与えたのにも関わらず、天道は攻撃を受け止め、更に反撃まで行ったのだ。
隙を生じさせる策略にしては些か大胆すぎる上に、妖夢の彼に対する攻撃は完全に、常人ならば即死しているであろう一撃であった。
自身の鮮血で大地を染める彼は、その表情を濁さず無表情で、足元に崩れ落ちた少女を眼下に置く。彼らを取り巻く周囲の墓石は、真紅に染まっていた。