果ての見えぬ石造りの階段を一歩、また一歩と登る。
周囲は相変わらずの辛気臭い雰囲気のままであり、人魂のようなものがふよふよと浮いている。
気温こそ下界と比べれば暖かいものの、それでも薄ら寒さを感じずにはいられない。
階段下の広場で対峙した、妖夢という少女。二振りの名刀を所持しており、その腕前も相当なものであった。
風貌から大した事の無い奴と判断してしまったが故に、油断し胴を斬られてしまった。
気に入っていた一張羅が血染めでダメになってしまった。この紅は、洗濯をしても落ちないだろう。
僕としては自身の怪我よりも、衣服がボロになってしまった事のほうが精神的に辛いものがある。
九牛の一毛程度の怪我ならば、後でどうにでもなる。けれども肉体以外の備品や衣服に関しては、いくら能力を行使しようとも元通りの姿に戻る事はないのだ。
これもそれも、全ては僕が油断した事により招いた結果に過ぎない。
どうにも僕は、戦闘事に関して油断しがちな面があるようだ。ある人の戦闘美学とやらを真に受けた結果なのだろうか。……否、単なる性格から起因する事だろう。
そして僕の思考回路は支離滅裂になりがちであり、時には自分自身でさえ何を考えているのか分からなくなる。所謂、考え過ぎというやつだ。
まあ、致し方ない。時に古い記憶が混同してしまう事もあり、フラッシュバックのような状態になる時もある。
今は目先の事に集中し、行動するべきだ。先ずはこの階段を登り切ろう。
*
白玉楼に存在する長い階段の遥か先、妖しい光の放つ頂上へと遂に到達した。
登り切った末に視界に広がる光景は、この場が死者の集う場を想像させぬ程、美しい光景が広がっていた。
まるで貴族の庭園かと思わせるその光景、熟練の庭師による手入れが入念に施された結果が、此処に集約しているのだろう。
大気を裂くような轟音、虹色の輝きに染まる上空を見上げた。
どうやら少女達がそれぞれに弾幕を発し合い、決闘をしている最中のようであった。
魔理沙の放つレーザー、霊夢の陰陽玉、咲夜の銀製のナイフ。それら全てが一つの対象物目掛け、飛来していた。
その対象物は人の形を呈しており、見紛う事無き西行寺幽々子その人である事が窺えた。
西行寺の背後には扇状の弾幕が展開されており、それそのものに攻撃性があるかは不明であるものの、それを起点として彼女らを迎撃している様だ。
弾幕攻撃が分厚いのか、三対一という状況にも関わらず戦況は拮抗していた。
「……よいしょっと」
決闘が終わるまで、近くの木陰に座り休憩する事に決めた。
傷口は塞がっているものの、初撃に受けた斬撃で大量に出血してしまった気がする。恐らく軽い貧血気味なのか、頭がくらっとする。
まあ、別に構わない。異変は既に終局を間近に控えているのだ、今更僕がしゃしゃり出る事も無い。
そう思考をしながら春の陽気を楽しんでいると、ふと眼前に一匹の蝶が舞い込んできた。
「おや」
紫色の光を照らすその蝶に対し、とても妖艶なものであるなと思いつつ、思わず独り言を呟く。
「君も仲間外れなのかい」
ふわり、と周囲を漂う蝶は、僕の言葉の意味を理解しているのか、定かではない。いや、言葉など端から通じていない。
次第に紫色の蝶は僕の胸元へと近付き、到達すると同時に紫色の儚い光を放ち、霧散した。
一瞬体内へと侵入されたような感覚がしたのだが、別段体調には何とも無いので、気に止めなかった。
ふと、上空を見上げた。西行寺と視線が交じわった。
彼女は此方へと手を差し向けており、僕に対して何かを行った形跡が見て取れた。
けれども僕は彼女に攻撃をされた覚えは無い。そもそも彼女は決闘の真っ只中であり、僕の相手をしている暇など無い筈なのだ。
そう思考していると、間もなく轟音が周囲に響いた。
極太のレーザー砲が西行寺幽々子の居た場所を貫き、周囲を金色の輝きで照らした。
その後に霊夢の陰陽玉と思われる幾多もの弾幕攻撃が続き、凄惨な光景へと移り変わった。
これはひどいなと呟きながらも、漸く決闘が終了したのかと思うと、鬱蒼とした気分も晴れるというものである。
三人の少女と一人の異変の首謀者が地に降り立ち、上空は冥界を連想させぬ程に晴れやかなものとなっていた。
*
「お、天道。遅かったじゃないか、悪いがもう終わ……」
魔理沙が僕を見つけ声をかけてきたが、途中で言葉を切り驚いたような表情を浮かべていた。
続いて霊夢、咲夜と訪れたが、同様な反応を見せた為に、僕はそれらを疑問に思い口を開く。
「どうした」
そう口にし、木陰から重い腰を上げて立ち上がった。。
「いやいや、どうした。じゃねえだろ! それはこっちの台詞だぜ……なんで血塗れなんだよ」
「あのちっこいのにやられたの?」
魔理沙と咲夜がそう質問してきた。
少し考えた後に、ま、そんなところだねと返すと、再び言葉が返ってくる。
「止血してあるのか? 幾らなんでも、放っておくのはヤバイだろ」
「血はもう止まってるから問題はないよ」
「ごめんなさい、お嬢様から護衛を任せれていたのに……」
「君が気落ちする必要はないよ。ほら見たまえ、見た目よりも身体はずっと元気だ」
自らの胴を小突き、身体に異常はない事を示した。血液が薄っすらと小突いた手に付着したが、隠した。
何故だか罰の悪そうな顔をする周囲に、話題を変えなければならぬという使命感に襲われ、口を開く。
「それよりも異変はどうしたんだ」
そう質問する。
「ま、もう終わりじゃないの。妖怪桜とかいうのを満開にしようとして、幻想郷から春を集めていたらしいのよ」
霊夢がそう言った。
気だるそうに後頭部にて腕を組みつつ、あさっての方向に目を向けていた。
「迷惑な奴だったぜ。一本の桜の木を満開にする為に、私たちは花見が出来なかったんだからな」
「此処で花見をさせてもらえば良いんじゃない?」
「お、そりゃあ名案」
少女達の談笑を傍聴し、それとなく事の成り行きを理解した。
西行寺が妖怪桜を満開にさせる為に、幻想郷から春度を集めていた。その為に幻想郷の春が遅延し、代わりに冥界に春が蔓延していたのだ。
幻想郷から春度を集めてもなお満開にならないという事は、余程の曲者の妖怪桜なのか。まあ、恐らく彼女たちに途中で阻止されたのが主な原因なのだろうが。
暫くその場で会話をしていると、少し離れた場所で何者かの気配を感じた。
その人物は少々衣服を着崩しており、また状態も決して良好とは思えなく、煤を纏っているような状態であった。
一度だけ軽い咳払いをすると、僕たちに向けて言葉を放つ。
「あら、天道さんじゃあないの。貴方も春を取り返しに来たのかしら」
声の主は西行寺幽々子であった。先程の特大の弾幕攻撃に襲われ、撃墜したのにも関わらず、彼女の口調は実に朗らかなものであった。
彼女の衣服の擦れ具合等を見ると、想像よりも決闘は長期に渡って行われたのだなと推測できた。
「そのつもりでしたが、どうやら僕の出る幕は無いようですね」
再起するには少々難のある異変の首謀者、そして白玉楼から桜の花びらが放出され、大量に上空を舞っている。
恐らく今まで幻想郷から収集してきた春度が西行寺幽々子の再起不能に伴い、一気に下界へと向けて放出されたのだろう。
「終幕、ですかね。このまま放っておいても、幻想郷に春が訪れるのは時間の問題かと」
「うふふ、何故そう言い切れるのかしら」
「確証はありませんけどね。妖怪桜とやらを満開にさせる為に集めた春度を、貴女がわざわざ放出させるとは思えませんし。それに」
言葉を切り、周囲の少女たちに視線を向けてみた。
各自多種多様な得物を構え、容赦の無い冷徹な視線を西行寺幽々子に向けていた。
戦闘を続けるのなら容赦はしない、といった一つの警告に近いそれは、対象者の抵抗心を削ぐには十分過ぎるものであった。
まともな思考をする者ならば、この状況で抵抗するなど在り得ないし、一度放出した春度を集めるのには相当骨が折れるだろう。……という事を考えた結果、僕はそう推測したのだ。
僕の言葉を聞いた西行寺幽々子は、穏やかに微笑むと口を開く。
「……ふふ、そうね。西行妖を満開にさせるのは、暫く止めておく事にするわ」
余程手酷くやられたのか、頬に手を当てて艶やかな笑みを零しつつ、彼女はそう言い放った。
「暫くじゃあなくて、永遠にやめてもらいたいけどね」
霊夢はそう言った。
「そーだな。でもま、偶になら良い運動になるから、今度は涼しい季節の時に頼むぜ」
「こら魔理沙、面倒臭くなるからそういう事は言わない」
霊夢と魔理沙がそう会話している。今後、異変ごとになれば必ずと言って良い程、この二人が絡んできそうだ。
咲夜はレミリアの命令で異変の解決に来た為、これが春だとか秋だとかの季節で起きたとしたのなら、紅魔館からの援助は無さそうだ。
「それで、これからどうするんだ」
僕がそう訊ねると、少女達がそれぞれに顔を見合わせた。
「私は神社に戻るわよ。帰ってお夕飯の支度をするから」
「もう少し此処を探検するぜ。何かお宝とかがあるかもしれないからな」
仮にお宝があったとして、それをどうするつもりなのだろう。そう思考しながらも、咲夜はどうするのか、と訊ねた。
「そうねぇ。お嬢様が心配だから館に戻りますわ。一日分のお掃除が溜まってしまったからね」
「そうか」
毎度の事であるが、このメイドは中々に毒舌だなと、ふとした瞬間に思わせる。
お前はどうするんだ、と魔理沙に問われたので、言葉を返す。
「冥界で花見というのも乙なものかと思ったが、僕は店に戻るよ」
「此処は幻想郷と違って桜が満開だからな。後で皆を集めて花見をするのも良いんじゃないか」
自分で述べておきながら、「これは名案だ」と魔理沙が手の平を叩いた。
けれども魔理沙以外の二人は、直ぐにでも帰路に着きたいと考えている為に、その提案は却下された。
「じゃ、私は帰るから。あまり世話を焼かせないでね、亡霊」
「私も戻りますわ。また近いうちに紅魔館に遊びに来なさいな。歓迎するわよ」
霊夢と咲夜がそう告げ、階段の方へと飛び去っていった。
「酷い言われようでしたね、西行寺さん」
「仕方ないわよ。悪戯を暴かれたのだから、相応の報いは受けて然るべきなの」
何だか異変の首謀者とは思えない口調である。目的を阻止されても尚、挫けた様子が見えない。
むしろ清清しささえ感じさせる表情は、本当に彼女が異変の首謀者なのか、と疑問を持ってしまう程であった。
「なんだなんだ、お前ら知り合いなのかよ」
魔理沙がそう言い、人差し指を此方へと差し向けてきた。
「前に一度、僕の店を訪ねて来たのさ」
「ふーん、そっか。そういやお前んち、料理屋なんだっけな。よし、時間があったら今度行ってやるぜ」
屈託の無い笑みを浮かべ、そう魔理沙が言った。前にもこんな事を言われた気がするが、気に止めない事にした。
来るのなら歓迎する、と告げ、僕もそろそろ店に戻ろうかなと考えた。魔理沙は何処行く風か、既に場から居なくなっており、彼方へと移動していた。
「では、僕もそろそろ帰ります」
「あら、もう帰るのね」
「ええ、今日は疲れましたからね。帰宅して一息つこうかと」
「そう。その怪我、妖夢から受けたものね。ごめんなさいね、あの子はまだ加減も知らない未熟者だから」
西行寺はそう言って、一言詫びを入れてきた。僕としては決闘上、致し方のないものだと考えていたので、気にしないで下さいと返した。
そうした上で踵を返すと、再び声をかけられた。
「天道さん」
曇りの無い笑みを浮かべる西行寺。僕が「何ですか」と問い返すと、彼女は言葉を続ける。
「……少し、胸を貸して下さるかしら」
「……?」
西行寺は淡々とした口調でそれだけ告げると、機敏な足取りで僕へ向けて急接近し…………彼女の華奢な手の平が、僕の胸部へ当てられた。
そして穏やかな動作で胸部から手の平が離れると、彼女の手には一羽の蝶が。
「……死色が強かったのかしら。この子はもうダメね」
そう呟く西行寺の手の平には、酷く弱った様子の紫色の蝶が、その生涯に幕を閉じようとしていた。
力なく優美な紫色の羽を上下させ、やがてそれも動かなくなると、霧が晴れるかのようにして、姿を消した。
紫色の蝶の最期を見届けた西行寺は、一度その瞳を閉じた後に、今までのような朗らかな雰囲気を醸し出しつつ、僕に向けて笑顔で口を開いた。
「うふふ、やっぱり何でもないわ」
屈託のない微笑みで軽快に言い放たれ、彼女に状況の説明を要求する事は、僕には出来なかった。
冥界に存在する白玉楼。
亡霊姫が起こした春に雪が降る異変───春雪異変は、終幕を迎えた。
結果として幻想郷には春が訪れ、季節通りの温暖な気候へと変化していた。
積もりに積もった大雪も次第に溶け出してくると、春を告げる妖精が幻想郷中を駆け回り、春到来の旨を呼び掛けていた。
そんな中、博麗神社ではかつての異変の首謀者の吸血鬼達や、亡霊の姫が巫女に無許可で花見を行っていたそうな。
やがて月日は経過し水無月となると、幻想郷を白銀の世界へと変えていた積雪も完全に消え去り、幻想郷は今まで通りの平和な日常へ戻っていった。
以上となります。
急激にUAやらお気に入り登録件数が増えており、驚きました。
一体何が起こったのやら、筆者には皆目見当もつきません。
現在は過去編を執筆しておりますが、文字数が膨大になってしまっており、削減しようか迷っております。
評価、感想を投稿して下さった方々、ありがとうございました。
それでは次話まで、よろしくお願いいたします。