───今日も幻想郷は平和である。
唐突にそんな事を連想してしまう程に、幻想郷は晴天に恵まれており、温暖な気候となりつつあった。
春に雪が降るという春雪異変以降、幻想郷は少しずつであるが暖かい気候に移り変わり、六月頃には積雪など嘘だったかのように、大地は緑に覆われていた。
あの異変が訪れて以来、夏も近いというのに暖をとる為の燃料がバカ売れしたそうな。里の人間たちは単なる異常気象だと思っており、来年の冬に備えてもう準備を進めているという噂である。
一方で僕はと言えば、相変わらずの平常運転である。
お店も相変わらず閑古鳥が鳴いているが、今回に限っては里民達の銭が燃料や保存食の方へと注ぎ込まれた事により、僕の店だけではなく、里中の飲食店が悲鳴をあげているらしい。
確かに大雪が長引いていたので、店舗側としても食材等の供給が芳しくなかった。その為経営難に見舞われていたのだが、冬が去ってからもこの事態である。
けれども僕のお店に関していえば、大した打撃は受けていないのが事実。
やはり能力で食材や燃料などを供給している点は大きく、固定費や変動費の削減に大いに貢献しているといって過言ではない。
無論、里で調達している食材に関しては、暫くは供給が見込めないのも事実であるが。
たとえ異変が起きた後であり、里中が燃料危機に脅かされているとしても、僕の店は平常運行。
実は今日は、珍しいお客さんが来店している。
僕のお店には変わった客人しか来ないなと思いつつ、その客人の相手を続ける。
「なんかさー」
その客人はフォークとナイフを用いて手遊びをしながら、文句を垂れ始める。
「こーいう洒落た飯も、偶には良いかなって思うよ。うん、凄くいい。……でもさ、よく考えてみろよ」
金髪を片側だけおさげにした、リボンの付いた三角帽を被っている客人。
黒系の服に白いエプロンを着用しており、魔法使いらしい装束を身に纏っている。
彼女の名前は、霧雨魔理沙。どういった経緯か、僕のお店を訪ねてきたらしい。暇だったのかもしれない。
魔理沙は僕の提供した西洋系の軽食に対して、ぷりぷりと文句を言っていた。
「これ、味しないじゃん。私はもっとこう、がっつり! ……って感じの料理を期待してたんだが」
テーブルをフォークで小突き、魔理沙がそう抗議してきた。
どうやら料理が薄味でかつ、量が少ない事に対して文句があったらしい。
「そうですか。では、どういうのが好みなんですか」
パセリをフォークで突く魔理沙にそう訊ねた。
「ん、そだな。お酒も置いてるのか」
「ええ、ありますよ」
「んじゃ、お酒とそれに合うもの!」
迷いの無い笑みでそう言い放つ魔理沙。このような少女が口達者にお酒をくれ、というのだから、思わず鼻で笑ってしまった。
けど僕も人の事は決して笑えない。この天道、酒の方は大して強くない。
酒豪が好むような度数で飲めば、アルコールに煽られ卒倒してしまうかもしれない。
そんな事を考えながらも、魔理沙が注文した内容を理解し、少々お待ち下さいと一言添え、厨房に移動した。
どうやら魔理沙は西洋系の見た目の癖に、食事は和を好むらしい。
そして可憐な見た目の癖に、まるで男のような食事の選り好みっぷり。
女の子なのでお洒落な食事の方が良いかと思って用意したのだが、その辺りはあまり気にしなくて良かったらしい。
「なら、適当に焼き鳥でも」
お酒とそれに合うもの、と注文を受けたので、適当に合いそうなものをチョイスしていこう。
冷蔵庫から能力を駆使し、皮や軟骨と言った食材を取り出す。元々この店は、僕の能力が付与されているようなものだ。代償に僕の力が若干制限されてしまうのだが。
下味にガーリックパウダーを付けて、もも肉を串に刺し連ねる。間々にネギを刺してネギマにしたり、他にもひな肉やささみ、つくね等も作った。
熱した網に串を並べ、強めの火であぶる。タレをつけてがっつりと、塩や好みでレモンなどもかけたりしてさっぱりと、好みで食べられるように分けておいた。
勿論、レモンは別の容器に移して用意した。直接かけて提供したら、彼女が"通"でなくとも、憤怒されてしまうかもしれないからだ。
次に用意するのはお酒だ。お酒に関しては本当によく分からないので、里の人達に聞いたりして少しずつ勉強するしかなかった。
この前は弱めのお酒を提供して良い反応を得られなかったので、今回は焼酎を用意してみようと思う。
焼酎には麦焼酎、芋焼酎、蕎麦焼酎に米焼酎と、多岐に渡って種類があり、豊富であるらしい。
今回使用するのは恐らく麦焼酎という部類のものであり、口当たりに癖の無い比較的飲み易いもの、らしい。
そのままストレートで提供するか、或いはソーダなどを用意してカクテルにするか、迷うところであるが、一先ずストレートで提供する事にした。
後は適当に枝豆や、お通しに近い食べ物を用意すれば良いか。後から出したらそれはお通しではなくなるのだろうが、気にしない。酒のつまみとなれば、酔っ払いは何でも構わないのだから。
暫く火にあぶっていた焼き鳥が良い具合になってきたのを見計らい、僕はお酒を提供する事にした。
*
「お待たせしました」
僕がそう言ってテーブルに戻ると、魔理沙が待ち草臥れたような表情で遅いぜ、と言った。先程出した料理は文句を言いつつも、しっかりと完食していた。
軽く謝罪をした後にお酒のほうをテーブルへ並べる。
「こちら、焼酎です。ストレートで飲んでも構いませんが、カクテルとして楽しめますように、こちらもどうぞ」
25度前後と思われる麦焼酎に、割って飲めるようにソーダやミネラルウォーターなどを置いておいた。独特な提供の形だと思うが、自由性が高いのも魅力の一つになるだろう。
焼酎にはソーダ割りや水割り、他にも緑茶割りなど様々なものがあるというので、兎に角混ぜればそれがカクテルとなる、創造性の溢れるお酒だと思う。いや、自身で飲んだ事はないのだが。
「へぇ、じゃあ先ずはそのまんまで頂こうかな」
魔理沙がそう言ってグラスを持ち、口に運ぶ。それを見計らい、僕は再び厨房へと足を運んだ。
焼き鳥の焼き加減も丁度良い頃合になり、仕上げにタレを何度か肉に塗りつけて、完成である。
漆塗りの高級感の漂う大皿に盛り付け、他にも調味料を幾つか付属させてテーブルに持っていく。
流石に焼き物という事もあり、香ばしい香りは空気の層を染めていき、香り付けられた空気は店内中に広がった。
臭いに気付いた魔理沙は顔を上げて此方を見据え、大皿をテーブルに並べる頃には、彼女の目は釘付けとなっていた。
「お待たせしました。こちらは焼き鳥の盛り合わせでございます。タレと塩で味付けしておりますが……」
タレと塩で味付けしてある事を教え、調味料を好きに付けて食べてください、と説明した。
「おお、本格的だな。里でもこんなのは出てこないぜ」
「里での焼き鳥の販売は、主が屋台ですからね。酒を嗜みながらゆっくりと焼き鳥を食べるのも一興かと思いまして」
「ほう、そりゃあ気が効くな、店主」
「それほどでも」
魔理沙は機嫌が良いのか、冗談めいた口調でそう言ってきた。しかし視線は目の前の焼き鳥に釘付けであり、まさに一本の串を手に取っている最中であった。
軟骨を選んだ魔理沙がそれを手に取り、口に頬張った。
「んまいッ! こりこりしてて、味付けも丁度良い加減だ! お、こっちは皮か?」
軟骨に続き、皮の刺さった串を手に取りむしゃぶりつく。
柔らかくて美味しい、と絶賛してもらい、作った側としては非常に嬉しいものである。
空いた串は此方にどうぞ、と長方形の小皿を用意し、処理に至るまで丁寧に対応した。
「どうですか、レモンなどをかけてみては」
「おっと、勝手にかけちゃあダメだぜ」
レモン汁が入っている容器を差し出しただけなのに、魔理沙は過剰に反応する。レモンに嫌な思い出でもあるのだろうか。
「酒も中々美味いしなー。この、ソーダって水は酒に入れて飲むものなのか」
「ええ、そうです。試しに割ってみては如何ですか」
一升瓶と新たにグラスを用意し、先ずはお試し用という事で、麦焼酎をグラスに注いだ。
一般的には焼酎1、ソーダ水4と焼酎を薄めるのが飲み易いらしい。しかし彼女はストレートで飲んで美味いという酒豪なので、もっと濃い目でも大丈夫なのだろう。
濃い目の焼酎のソーダ割りを作り、どうぞ、と勧める。
沸々と水分が泡立つ様を見て魔理沙が面食らった表情をする。幻想郷に炭酸水は無かったのか、或いは彼女が単に炭酸水を知らなかっただけなのか。
少し凝視をした後、恐る恐るグラスに口を付けた。
「お、おお……刺激的な喉ごしになった」
ちびちびと飲む辺り、炭酸の刺激に慣れていないのだろう。確かに強い炭酸水は、僕でも一気に飲む事は難儀する。
もう少し経験すれば直ぐに慣れるだろうと思い、もう一つばかり勧める。
「果汁を加えれば、もう少し飲み易くなりますよ」
厨房からボウルに入れたフルーツ類と、フルーツジューサーを用意した。
ジューサーとは果実を絞る道具であり、中心の突起部に果肉をぐにぐにと押し当てて絞ると、果汁がじゅるじゅると溢れ出る、それはそれは素晴らしい道具である。
失礼、と一言だけ添え、ボウルからグレープフルーツを取り出し、能力を用いてグレープフルーツを真っ二つに切断した。
ごろん、と転がったグレープフルーツを手に取り、ジューサーの突起部に押し当てて果汁を絞る。
ぐじゅりぐじゅり、と気色の悪い音を立てるが、突起の下部に取り付けられている容器に果汁が見る見るうちに溜まっていく。
「おー、お前の店は何でも揃ってるな」
「それ程でもないですよ。さあ、どうぞ。お好みで好きに使ってください」
大量に果汁を混ぜてしまうとジュースの味になってしまうので、割合は彼女に任せる事にした。
流石にどれ程の量を混ぜれば一番美味しいのかは、その人の舌に左右されるからである。
容器は傾けられ、容器の口から果汁がグラスへと注ぎ込まれる。少し混ぜた時点で注ぐのを止め、再び酒を飲む。
「……ふーん、こんな感じになるんだ。面白いな、一つの酒で色んな味が楽しめるのか」
「そうですね。ストレートに飽きたら、こうして割ってみるのも良いかと思います」
「その果汁を絞る道具、私にも出来るのか」
そう質問されたので、簡単に出来ますよ、と答えた。
魔理沙は私にもやらせてくれと言うので、片割れのグレープフルーツを用いて練習の材料にした。
「先ずは果肉に小さく穴を開けます。で、皮の方を持ってください」
「こうか?」
「そうです。で、果肉の部分を突起に押し当てて、搾り取ってください。あまり強く押し当てると、皮を突き破って怪我しますので注意してください」
そう説明して指導すると、やけに大雑把な説明だなと、抗議された。
けども実際にやってみると、これが意外に簡単にできるのだ。いや、綺麗にやろうとすれば難しいのだが、単純に果汁を絞るだけならば、簡単にできるのである。
「へー、面白いなこれ。私にも一つくれ」
「ダメです」
あげたところで使い道がないだろうに、くれと要求する始末である。
しかしこれも大事な料理道具の一つなので、譲ることはできない。
拒否すると魔理沙はちぇっ、と言い、端から断られる覚悟で聞いたと言わんばかりな態度をしていた。
その後も魔理沙は店に居座り、世間話や噂話などを延々と喋り続けていた。酔いが回っているのか、その口は止まる事を知らない。
やれ霊夢がどうの、図書館がどうの。果てには森で採取した茸を食べたらお腹を壊した、などと脈絡の無い話を吹っかけられ、難儀した。
そして日も落ちてくると、お腹が膨れてきたのか彼女は眠気に襲われる────という事もなかった。
「そいやお前んち、お風呂あんだろ」
「ありますが、何故それを知ってるのです」
「メイドから聞いたよ。でっかいんだってなー、ちょっと貸してくれよ」
お喋りなメイドだな、と思いつつも返答する。
「ダメですよ。自分の家にもあるでしょうに。大体、お湯なんて沸かしてませんし」
「うるっさいなあ、私は今入りたいんだよっ! つーことで、捜索開始ーっ」
酔っ払った魔理沙はそう言うと椅子から立ち上がり、若干の千鳥足で歩き出した。
しかし歩き出して間もなく、隣りの"椅子の足"に足を引っ掛け、転倒した。暫く起き上がらず、凄い音がして顔から倒れていたので、心配して声をかけた。
「ほらもう、言わんこっちゃない。起きてください、そんなところで寝てたら風邪を引きますよ」
「やだ。入れてくれないなら、此処で寝るぜ」
彼女はそう言うと間もなく寝息を立て始めた。
とんでもない輩である、この小娘。しかし僕も大人気ない対応をしても致し方ない。風呂の一度や二度、どうせ減るもんじゃあないし。
「はいはい、分かりましたよ。湯を張ってくるから待っててください」
と言うが、返事はない。寝たふりでもしてるのか、どちらにしろこうなった酔っ払いは床にこびり付いたガムよりもしつこく、頑固だ。
早々に湯を張って、さっさとお暇してもらうことにしよう。
*
廊下を途中で曲がった場所に、脱衣所と浴室が設置されているのだ。
僕が一人で暮らす前提で建てたものなので、脱衣所は広くは無い。
だが浴室に関しては少々広めに設計されて造られており、一人や二人程度なら余裕を持って入浴できる程である。
建設当時は、水場も遠いのに風呂を造ってどうするの、と問われたが、その点に関しては問題ない。
自身の能力を駆使し、浴室に設置した混合水栓と何処かの水場を"繋げている"。
勿論ガスなども能力を応用し、発生場から繋げているので通っている。なので湯を沸かす事も容易い。温度の微調整は難しいのだが。
混合水栓のハンドルを捻り、浴槽に湯を放出する。数分もあれば浴槽はお湯で満たされるだろうし、魔理沙の元へ戻る事にした。
店内空間に戻ると、魔理沙は寝息を立てていた。本当に眠ってしまったのか、踏ん付けてやろうかと思いつつも、介抱する。
「ほら、起きたまえ。外に放り出されたいのか」
こうなってしまっては接客対応をする必要もないので、喋りやすい口調に戻した。
横になった魔理沙に言葉をかけても、ぐうぐう、としか返って来ないので、仰向けにして頬を抓ってやった。
それでも起きてこないので、鼻の穴を塞いでみる。暫くすると、反応があった。
「───ぶっ! な、何すんだよっ」
「目は醒めたか」
「あ、ああ……、そういや此処、何処だあ……」
目は醒めたが、酔いは醒めてはいないようだ。
「君が風呂に入りたいというから、準備をしてきたんだが」
「あ、そうだった。えへへ、気が効くじゃあないかあ」
別に気を効かせた訳ではない。厄介な駄々っ子を鎮める為に致し方なく行ったに過ぎない。
……と酔っ払いに言ったところで何にもならないので、さっさと浴室にまで連れて行く事にした。
えへへ、歩けない~、とか言って立ち上がろうとしなかったので、耳を引っ張って無理矢理立たせたら、凄い勢いで立ち上がった。
何はともあれ無事に浴室にまで誘導は出来たので、僕はさっさと後片付けに取り掛かろう。
「脱いだ服はこっち、浴室はあっち。ハンドルを捻ればお湯が出る。分かったか」
「こーいう時は、任せろって言うんだぜー」
「そう言うのは君の方だろ。しっかりしたまえ、浴槽で溺れ死ぬのだけはやめてくれよ」
会話にならない、ひたすらに。服を脱ぐのを手伝えとか言われても辟易とするだけなので、早急に脱衣所から出る事にした。
なんだかずっと呆けたような表情だったので、足を滑らせたりして怪我を負って帰ってくるかもしれない。
……まあ、いいか。その時はその時だ。さっさと食器を片付けよう。
*
油分や調味料の残りが付着したお皿や、フォークを纏めて厨房まで持って行きシンクの中へ静かに置く。
ハンドルを捻り水を放出し、汚れた食器を一気に洗浄する。
油汚れなどは頑固であるが、執拗に擦ればいずれは落ちる。洗剤を少しだけスポンジに塗布して擦れば、あっと言う間だ。
そうして食器を片付け終わり、食べ溢しやグラスから結露した水分が溜まっているテーブルも、台拭きを使って拭き取る。
客人が食事を終えた後は毎回この作業を行っているので、今では手慣れたものである。
掃除中ではあるが、お店のほうはまだ営業中である。台拭きでテーブルを拭いている最中、不意に店の扉を開く音が聞こえてきた。
「どうぞ」
短くそれだけ口にし、視線はテーブルに戻す。
どたどた、と廊下を歩く音が聞こえてから直ぐに、店内空間に繋がる戸は開け放たれた。
「こんばんは、天道さん」
「お邪魔するわね」
来店してきたのは、紅白の巫女服を纏っている博麗霊夢。そして
「いらっしゃいませ。おや、アリスさんじゃあないですか」
「あら、知り合いだったの」
「前の異変の時に少しね」
どうも、と軽い挨拶をするアリス。霊夢とは何度か顔を交えているが、アリスに関しては今回で二度目である。
それ程知り合いという訳でもない。単なる顔見知り、といったところである。
「君達も知り合い同士だったのか」
「いや、今日初めて会ったわよ」
僕がそう訊ねると、霊夢があっさりとそう返事した。
「偶然お店の前で鉢合わせたの。目的が合致してたのだから、一緒に入ったのよ」
アリスがそう言った。
偶然お店の前で出会った程度の仲なので、旧知の仲という訳ではないそうだ。
彼女達程度の年頃の少女ならば、初対面の人相手になると普通ならば余所余所しくなるものなのだが、実に堂々としており怖気を微塵も感じない。
客人を立たせていてはしようがないので、座って下さいと促す。丁度魔理沙が座っていた席が空いたので、使用する事にした。
「適当に好きなものを注文して下さい」
それだけ伝え、お品書きを提示する。日替わり、というわけでもないが、気分によっては内容を変える時もある。
霊夢とアリスは提示されたお品書きに目を通すと、口を開く。
「へぇ、色々あるのね。お味噌汁単品なんてあるんだ」
「そうですね。好みの方がいらっしゃるかもしれないので」
「このフリーオーダーってのは何なのかしら」
提示されたお品書きに指を差し、そう訊ねてきた。
お品書きの最後の方に書いておいたフリーオーダーという注文ではあるが、実はこれが大人気。
「フリーオーダーは、その名の通り自由に注文していただくシステムとなっております。料理を直接指名するのも構いませんし、ざっくばらんに感覚だけで伝えてもらえれば、それに近いものを作ります」
「ふぅん。例えばどんな感じで注文されてたのよ」
霊夢がそう訊ねる。
「前回注文された方は……そうですね、"がっつり"、"お酒に合うもの"と注文されました」
「で、何を出したの」
今度はアリスが短くそう問いかけてくる。
「焼き鳥の盛り合わせと、枝豆です」
僕が事実の通りそう答えると、霊夢とアリスは口を揃えて「まぁ、無難だわね」、と言い放ってきた。
自由性に富んでいるあまり、お客さんのニーズに応えられない事が多いのである。その辺りは事前に了解してもらう形になるので、問題にはならないと思うが。
「それでは注文は何になさいますか」、と訊ねる。
彼女らはお品書きを見合わせ、ぼそぼそと呟きながら思考していた。やがて口から飛び出した答えは……
「じゃあ、安くて美味しいもの」
「甘い物が欲しいわ。私が食べた事の無いもので」
そう口から飛び出してきた。前者は霊夢で、後者はアリスの注文である。
しかしながらアリスの注文には少々難儀した点があったので、質問する。
「失礼ですがアリスさん。貴女が食べた事のない甘い物を、僕は知らないのですが」
「私も知らないわよ。食べた事の無いものなんだから。そーねぇ、無難なものは嫌、って事で」
つまりアリスが食べた事のありそうなもの……ホットケーキだとか、それに類する洋菓子は、ダメだという事か。
これは中々に難儀する注文であった。しかし反対に霊夢の注文ときたら、真に彼女らしいなと僕は何故かそう思った。
「畏まりました。では霊夢さんが安くて美味しいもので、アリスさんが食べた事の無い甘い物ですね」
僕がオーダーを繰り返すと、彼女らはそれを肯定した。
早速準備に取り掛かろうかと思い動き出した時、再び誰かが来店する音が聞こえてきた。
日没は既に終えており、このような夜中にも客足が途絶えぬのは、初めてだ。
閑古鳥は何処かへと出張でもしているのだろうか。そうであるのなら、もう暫く戻ってこないで頂きたい。
再びどうぞ、と言葉を発し、客人を言葉で迎える。
「……あ、あんた」
第一声を放ったのは、カウンター席に座っていた霊夢であり、その言葉は新たに訪れた客人に向けてのものであった。
「あら、霊夢じゃないの。奇遇ね、こんな場所で会うなんて」
来店したのは、紅魔館の主人であるレミリアであった。
続くようにして現れるのは、お馴染みの十六夜咲夜であり、今宵も付き人として付き添っているのだろう。
「いらっしゃいませ。珍しいですね、こんな夜中に」
「夜中だからこそ訪れたのよ。昼間に行って他の客がいたりでもしたら、鬱陶しいじゃないの」
「お嬢様、もとより彼の店は開店休業状態ですが」
「おっと、これは失言だったね」
レミリアと咲夜が交互にそう口にし、冷めた笑みを浮かべていた。
悔しいけれども、開店休業状態とはまさに僕の店の事である。日中に来店する客はほとんど居らず、今日なんて本当に珍しく店内が賑わっている。
面子を見渡してみる限りでも、物好きな輩ばかり集められたような、そんな状態ではあるが。
「そうですね、それならば是非とも売り上げに貢献して頂きたいのですが」
レミリア達を席へと促す。彼女らが来店した事により、カウンター席は四つ埋まっており、板場越しから見渡すと意外と繁盛している様に見えるのだ。
既に霊夢とアリスからは注文を受け取っているので、レミリア達からも早急に注文を受け取らねばならない。
「では早速ですが、ご注文の方を」
「そうね、今日は軽めにしようかしら」
レミリアがそう言った。
常連風に気取っている様を見て、思わず吹き出しそうになったが堪えた。
否、二度目の来店ならば僕の店としては十分に常連なのかもしれない。事実、二度目を訪れた客は少ない。里から訪れる者は、ほぼ一度きりである。
「私は紅茶を頂きましょうか」
「畏まりました。レミリアさんが軽めのもので、咲夜さんが紅茶でよろしいですね」
レミリアと咲夜が肯定する。客人が多く訪れている時は、注文が混同しないようにメモに書き留めておかねばならない。
一対一の接客ならば、スムーズに行えるのであるが。嬉しい悲鳴というやつである。
僕がそう考えメモを取っていると、アリスが言葉を紡いだ。
「このお店、従業員は貴方しかいないのかしら」
「ええ、一人で調理からウェイターまで行っております。ですので、暫くお時間を頂戴いたしますが」
「構わないわよ」
アリス、レミリア及び咲夜がそう言ってくれたが、霊夢は早くしてねーと、注文を催促してきた。
料理を待つ間の時間というものは、個々の性格が顕著になる瞬間でもある。この巫女は存外に、せっかちなのだろう。
僕は急ぎ足で厨房へと向かい、早急に調理へと取り掛かった。なるべく待たせぬよう、サクッと作ってしまおう。
*
────という事で、迅速に取り掛かった結果、予想よりも早めに調理は終了した。
今日ほど働いた日は無いだろう、そう錯覚してしまう程に今日は料理を作ったと思う。
一品ばかり適当なものが混ざってはいるものの、フリーオーダーならではのものである。
出来上がった品々を席で待っている客人達に持っていく。
「遅いわよー、天道さん」
厨房から戻りなり霊夢にそう文句を言われたので、僕は申し訳ありませんと一言詫びを入れた。
少女たちは仲良く談笑でもしていたのか、和やかな雰囲気に包まれていた。アリスは恐らく知り合い等居なかったろうが、既に皆と打ち解けていた。
先ずはカウンターに頬杖を付き、ぐでーんとしている霊夢へ注文したものを出す。
「お待たせしました。こちら、カレーライスになります」
お皿に盛り付けたカレーライスを霊夢に提供する。
幻想郷には恐らく存在しない食べ物だと思うので、彼女がカレーをどう評価するのかが気になるところだ。
「うっ、なにこれ……ひっどい色ね」
霊夢はカレーを見た途端、顔を顰めながらそう呟いた。
僕は霊夢に、一先ず食べてみてください、と告げる。
カレーライスに対して彼女のような嫌悪感を抱く人は少なくはない。実際のところ色合いが気に食わず、見ただけで食欲を失くす人もいる。
元々は遠い大陸から伝わってきた料理であり、此方の大陸にまで伝わってきたのは最近の事である。安価で美味しい素晴らしい料理だと思うのだが。
物は試しだと彼女に言い聞かせつつも、次の注文が詰まっているので行動する。
「どうぞアリスさん、こちらはイチゴのムースです」
「あら、可愛らしい食べ物ね」
アリスさんに提供したのは、イチゴのムース。ムースとは生クリームを泡立てて作る洋菓子の事である。
ゼラチン等を使用し生地を作りホイップクリームで飾り、最後に切り分けたイチゴを乗せて完成と、作ってみれば割と簡単に出来るものだ。
「すみません、少々難しい注文でしたので。お気に召してもらえれば」
「ううん、素敵じゃないの。里でもあまり見ないデザートね」
割と好評だったようで、作った甲斐があるというものだ。
こうしたスイーツ系の場合は、味も勿論の事だが外見も非常に重要になってくるのだ。
例えば只の真っ白いお皿を使用するよりも、柄物を使用した方が良いケースもあり、職人にもなればホイップソースやカラメル等を用いてお皿に飾り付けをする事もある。
またこれらの"ウケ"も人それぞれであり、霊夢のような人物よりかは、アリスのような高貴な者にウケが良いと思うのだ。
先程からちらり、ちらりと僕に視線を向けてくる吸血鬼がいる為、直ぐに注文した物を提供する。
「レミリアさんは此方です。彩り野菜とバーニャカウダ、です」
カップにオリーブ油やガーリック等で作ったソースが注がれており、そこに野菜をつけて食べる料理だ。
レミリアならば赤ワインを出せば間違いないだろう、と僕の中で決定していたので赤ワインも添えて提供した。
彼女はバーニャカウダを見た途端、何だか苦い表情をした。
「どうかしましたか、レミリアさん。まさか野菜が食べられないというわけでは」
「ば、馬鹿な。そんな子供みたいな事があるわけがないでしょっ」
「そうですか。因みにバーニャカウダですが、此方のスープにお野菜をつけて食べて頂くと、美味しく召し上がれます」
レミリアにそう説明をした。野菜は、かぶやチコリ、パプリカにグリーンアスパラガスと彩りを重視して提供している。
生野菜なのでとても新鮮であり、生の食感を純粋に楽しむ事ができる素晴らしい料理だ。ワインのつまみとして作られる事も多々ある。
さあ、最後に咲夜に出そうと思い動こうと思ったが、何故か歯痒そうな表情をしているレミリア。何かあるのかと声をかけてみる。
「どうかしたのですか」
「い、いやね。私はあっちの方が良いなと思ってね」
レミリアがそう言い放ち指差した先には、アリスへと提供したイチゴのムース。
「……すみません、フリーオーダーはキャンセル致しかねますので」
「え」
「自由に注文を出来る代償としまして、一度提供された料理をお客様自身のご都合でキャンセルするという行為は、此方としても認める事はできません。
全て食べて頂くか……或いは、食べ切ろうとする誠意を見せてもらわなくては、お皿を下げる事は出来かねます」
レミリアが呆然とした表情をしている。自由形注文、フリーオーダーは僕としてもとても気を遣う上に、場合によっては料理を創作しなくてはならない時もある。
悪戯に注文ばかりされては、此方としては精神的にも肉体的にも疲弊してしまうのだ。
所謂、食べ放題やバイキングなどにある、"食べ残しは料金が倍になります"、という制度に似ている節がある。
つまり、たとえ野菜が食べられなかったとしても、此方としては手付かずの料理を下げるという事はしたくないのだ。
「是非ともご賞味下さい」
頬を緩めつつ、そうレミリアに告げた。
先のはあくまで憶測であり、何もレミリアが野菜嫌いというのを肯定しているわけではない。
もしかしたらガーリックが食べられないという可能性もあるが、あくまで可能性のひとつなので、心に止めておく。
バーニャカウダと睨めっこしているレミリアを余所目に、咲夜に注文した物を提供する。
「どうぞ、咲夜さん。紅茶になります」
「ん、ありがと」
「それと此方はサービスです」
前にも同じような事があったのだが、今回も似たれり。周りが食事をしている中、飲み物だけというのも何なので、サービスとしてデザートを提供した。
そのデザートというのが先程アリスに提供したイチゴのムースであり、クリーム等が余ったのでそれの残りで作ったのだ。
それを咲夜に提供すると、若干驚いたような表情で応対した。
「あら、良いのかしら。私は紅茶だけで良かったのに」
「構いませんよ。余った材料で作ったので少々形が悪いのですが、それでよろしければ」
「そ。なら頂こうかしら。ちょっと食べてみたかったのよね」
そうやり取りをし、咲夜にイチゴのムースを提供する。
しかしその様子を見たレミリアが、突然文句を言い出した。
「ちょっと! なんで咲夜ばっかりに良い顔するのよ!?」
「別に、そういうつもりは……」
「いいや、してるね。前にも貴方、似たような事してたじゃないの!」
ぶんぶんと腕を振り、指を差してそう猛抗議を仕掛けてきた。バーニャカウダは、一口も食べた様子は見られない。
まさにこれがクレームなのだろうと、僕がクレーム対応をしている最中、咲夜が僕にしか聞こえないだろう声量で呟いてきた。
「ごめんなさい、お嬢様、ガーリックがダメなのよ」
「ああ、やはりそうでしたか」
「ええ。悪いけど、貴方の方で取り計らってもらえないかしら」
咲夜がそう言った。
やはり吸血鬼という事もあり、ニンニクはダメであったか。
実際のところ料理を作るまでそんな事は微塵も考えておらず、こうした種族の壁というものにぶつかったというのは初めてだ。
彼女は誇り高い吸血鬼の一族であり、恐らく己の弱点を曝け出すような真似はしたくなかったのかも知れない。憶測ではあるが。
流石に食べられない物を食べろ、なんて事は言えないので、素直に対応する事にした。
「……すみません、レミリアさん。僕としては咲夜さんを贔屓しているつもりはありませんでした。もしもそう思わせてしまったのなら、謝罪いたします。
それとお詫びと言っては何ですが、そのスープを別の物に取り替えましょう。ポン酢なんてどうですか」
「いや、全部取り替えて」
「ちょっと待ってよ、そんな事するくらいなら私が貰うわ」
レミリアとそうやり取りをしていると、口の周りをカレーのルーで汚した霊夢がそう言い放ってきた。
カレーライスを既に半分ほど平らげており、食欲はまだまだ盛んといった感じだ。
「勿論、お代はそこの吸血鬼持ちで」
「ちょっと霊夢、そんな勝手な事を言わないで頂戴!」
レミリアと霊夢が何やら口論を始めたが、待っていてもしようがないので、「スープだけ取り替えますね」と伝えてカップを手に持った。
けどもその瞬間腕を捉まれ、「全部取り替えろ」と抗議された。しかしその刹那、カレーの匂いの漂う方向から「私にくれ」と声が飛んでくる。
事態が混乱しだして来た頃に、観念したようにレミリアが口を開いた。
「あーもう、分かったよ。これ、そこの霊夢にあげてやって頂戴。私からの奢りでね」
「畏まりました。どうぞ、霊夢さん」
「やった!」
前から常々思っていたのだが、普通巫女とは神聖な立場の者だとばかり思っていた。けれども彼女を見ていると、巫女とは生活臭の溢れる普通の女なんだなと思ってしまう。
バーニャカウダを美味しそうに食べ始める霊夢。やはり作った物を食べてもらえるというのは、相手が誰であっても嬉しいものだ。
「で、注文し直したいんだけど」
「はい、どうぞ」
「私もあれがいい。ムース!」
レミリアがそう注文する。軽めの物が食べたいと言いつつも、焦点はデザートに向いてしまっている。
けどもまあ、本人が食べたいと言っているのだから、それで良いのだろう。
「畏まりました。少しお時間を頂戴致しますが」
「構わないわ!」
テーブルを叩くと同時にレミリアは立ち上がり、そう強く言い放った。
余程食べたかったのだろう、周囲は食事を進めているというのに、自分だけまだ何も口にしていないのだ。やはりそこは思うところがあるのだろう。
「暫くお待ち下さい」とだけ告げ、厨房の方へと歩き出すが、その瞬間に店内の隅のほうから大きな音が響き渡ってきた。
一体何事だと思い、僕も含めた全員が店の隅へと視線をやった。するとそこには……
「きゃっ! ちょっと幽々子様、押さないで下さいっ」
「ほら早く行って、妖夢。後ろが詰まってるのよ」
店内の隅から突如として現れたのは、先の異変の黒幕たる西行寺幽々子と、その従者たる魂魄妖夢の二人であった。
何故突然現れたのかを皆が疑問に感じたが、次の瞬間にはその理由を理解する事が出来た。
「今晩は天道、ご機嫌如何かしら」
店内の隅に創られた"スキマ"から彼女たちに続き、八雲紫が飛び出してきた。
そうして次々とスキマから人の形をした者達が飛び出してくる。
「……っと。やあ、天道。久しぶりだな。なんだ、結構お店らしくなってるじゃないか」
八雲紫の後に続いてきたのは、彼女の式である八雲藍であった。
金髪のショートボブに、角のように二本の尖りがある帽子を被っているのが特徴であり、彼女は九尾の妖怪の為九つの尻尾が生えている。
僕は彼女に対して久しぶりだね、と言葉を返した。事実、顔を合わせるのは今年初めてだからだ。
そんな八雲藍であるが、スキマ空間に向けて「おいで」と声をかけていた。するとスキマから少々拙い足取りで恐る恐る少女が出てきた。
「あ、お、お久しぶりです、天道さん」
緑色の帽子を被り、赤っぽいワンピースのような服を着た少女。
「やあ橙君。久しぶりだね、藍に連れてこられたのかい」
「ふふ、そんなところだ。橙だけ置いていくというのも酷な話だからな」
藍が両手を袖にしまったまま、そう笑顔で答えた。
「あらあら、前と比べると随分と繁盛してるみたいねぇ」
幽々子がそう言い、驚いたように口に手の平を当てる。
現状を見ると繁盛しているように見えるが、これは今日だけの事なので、明日になったらまた閑古鳥が鳴くでしょうと、幽々子に向けて言い放つ。
「ちょっと、いつまでお客を立たせるつもりなの」
紫がそう言い、文句をつけてくる。
「ああ、ごめんね。カウンターの方は空いてないから適当に座りたまえ」
「何故貴方は、私に対してだけ敬語を使わないのかしらね……」
「人を見てんのよ、紫。あんた胡散臭すぎ」
霊夢が紫に向けてそう言った。
「ひどいわねぇ、こんないたいけな少女を捕まえて胡散臭いだなんて……」
紫が一人嘆いていたが、気持ちを汲み取ろうとする者はいなかった。皆周囲の者達と会話しており、彼女の式たる藍も、橙の相手をしている。
確かに紫の言う事は一理あったので、僕は早急にテーブルを用意しに動いた。
まさか今宵にこんなに客人が訪れるとは微塵も思っていなかったので、隅に寄せられていたテーブルは若干埃を被っていた。
試行錯誤しながらもテーブルを用意し、背凭れの付いている椅子を並べる。
「ささ、どうぞ。西行寺さんも藍も、好きなところに座って下さい」
僕がそう周囲に告げると、次々と席に着き始める。
隣りを知人同士で固めるのは人も妖怪も同じなようで、八雲の一派と冥界の御仁達がそれぞれに固まる。
「……どうかしたの、妖夢?」
席に着いた妖夢に、幽々子が声をかけていた。妖夢の表情は何とも曇り空を表しており、とてもではないが雰囲気を楽しんでいるようには見えなかった。
むしろ何かを遠慮しているかのような、或いは気を遣っているような、そういう表情をしていたのだ。
もしかして無理矢理連れて来られた口なのだろうか、気分が乗らないのだろう。
僕がそう思考をしていると、幽々子が妖夢に向けて言葉を紡ぐ。
「あ、もしかして。天道さんを斬り捨てた事を気にしてるんでしょ」
「ゆ、幽々子様! 決して斬って捨てたというわけではっ……」
主従の会話を傍聴していた僕であるが、妖夢の表情が暗かった事に対して理由が大まかに推測でいた。
恐らく、春雪異変の際に僕を斬った事に対して何か思う事があるのだろう、まさか斬った相手の料理店に足を運ぶだなんて彼女は思っていなかっただろうから。
「なんだ、そんな事でしたか。別に気にしておりませんよ」
「で、ですが、怪我を負わせてしまった事は確かなので……知らぬ顔で挨拶なんて出来ませんよ……」
「そうよ天道さん、もっと妖夢の事を叱ってやってちょうだいよ」
幽々子が茶々を入れてくる。妖夢が鋭い目つきで幽々子を睨み付け何かを呟いた途端に、幽々子はしおらしげな表情になった。
妖夢を叱るも何も、始めから怨みなど感じていないので怒る必要がない。
「妖夢さん、本当に気にしないで下さい。僕としては貴女がお店を訪れて来てくれただけで、本当に嬉しいと思っている。
だから過去の煩雑な事は、今宵の酒で全て流し切ってしまってくれないだろうか」
僕は妖夢に向けてそう言い放ち、過去の面倒事は気にしないでくれ、と伝えた。
そうしてカウンターに置いてあったワインボトルを手に取り、空いていたグラスに注ぎ妖夢に渡した。
「此れは僕からのサービスです。是非とも飲んでみて下さい」
「これは……お酒、ですか?」
「ええ。ワインというブドウの果汁を発酵させて作ったお酒です。葡萄酒ですね、甘口の」
グラスのステムの部分を持ち上げ、妖夢がワインを飲む。
周囲から何やら野次を飛ばされていたが、気に止めない……訳にもいかなかった。
「ちょっとお! そのお酒私が注文した奴なんだけどっ!」
レミリアが憤怒しそう言い放った。流石にボトルを一本丸ごと提供する訳が無く、彼女に提供したのはグラス一杯分である。
その旨を冷静に彼女に説明すると、今度は顔を真っ赤にしながら怒声を浴びせてきた。
「じゃあ、もう一杯寄越しなさいっ。そもそも私は、さっき注文したムースを待ってるんだけどねっ!」
空になったワイングラスを掲げてレミリアがそう文句を言ってくる。ひょっとしたら酔いが回り始めているのか、それにしては早い。
少々お待ち下さいと一言添えて、先に紫達の注文を伺う事にした。
「一人でお店を回すのも大変ねえ」
「ああ、多くても三人が限界だ。……それでは、ご注文の方をお伺いいたします」
「あ、それもしかして私に言ってるの?」
「いや、幽々子さん達に向けて」
紫が項垂れた。人数が多いと注文の品が増え、それに伴い調理時間が増えると同時に、客を待たせる時間も増えてしまう。
なので注文の方を迅速に伺い、一つ一つの時間を短縮していかねばならない。
幽々子さんがお品書きに目を通して、そぉねぇ、と呟いた。
妖夢が何にしますかと訊ねれば、隣の席では藍が橙に向けて好きなものを選びなさい、と告げていた。
こんなにも人数が多いのは初めての経験であり、僕自身がしっかりしなければならない時である──のだが、事態は芳しくなかった。
霊夢たちが食事を進める中、紫達が注文を決めている時に、またしても異音が響いてきた。
君の仕業か、と紫を訊ねたが、彼女は首を横に振って否定した。次第に異音は大きくなり、一頻り音が大きくなった時に、事は動いた。
突然店内の窓ガラスが割れ、ガラスの破片が周囲に飛び散る。
皆が一様に何事かと思い音の方向へと目を向けると、そこには……
「痛たた……もう、あれ程入り口から入ろうって言ったのにっ」
窓ガラスを突き破って突っ込んできたのは、春雪異変の際に出会ったプリズムリバー三姉妹の長女、ルナサであった。
彼女がいると言う事はつまり、彼女の妹達もいるということで
「あはは、姉さんってば慌てんぼさんね」
続いて窓から飛び込んできたのは、メルランである。
「入り口から入るよりも、こっちから入った方が"いんぱくと"があるじゃない」
更に出てきたのが、リリカであった。
この三姉妹達はなんと、扉からではなく窓ガラスをぶち破って入店してきたのだ。
「そもそも、姉さんがじゃんけんで負けたから先鋒に決まったんじゃないの!」
「そうそう。姉さん性格暗いからね~、良い経験だよー」
「あのなぁ、お前達」
三姉妹達は僕達を置いてけぼりに、そう会話をしていた。
「ちょっとあんた達、なに勝手な事してんのよ。人が落ち着いて食事をしている時に」
「貴女達、プリズムリバー三姉妹ね。廃館で姿を見ないと思ったら、こんな事ばかりしてるのかしら」
アリスがムースを食べながら、そう言い放つ。
対してプリズムリバー三姉妹は、「ちょっとぉ、それ誤解なんだけどぉ」と、まるで悪びれる様子も無くそう弁論した。
しかしこの場にプリズムリバー三姉妹の味方は一人たりともおらず、女達の騒々しい口論の火蓋が切って落とされた。
お店の中で喧嘩をしてほしくないと思った僕は、直ぐに仲裁の言葉を選び、発する。
「皆、落ち着いてください。プリズムリバー君も、せっかく来たのだから席に着くと良い」
「はーい」
「ちょっとぉ、今のは私に言ったんであって、リリカの事じゃないよ」
「お前達なあ。……ごめんなさい、妹達が勝手な事をして」
ルナサは確か、プリズムリバー三姉妹の長女である。
控えめな性格で物腰落ち着いており、姉妹達の中でも比較的大人な対応を出来る人物だと、僕は思っている。
けれどもやはり姉妹という事もあり、同じ血液が体内を駆け巡っているのだ。窓ガラスの件も然り、この三姉妹は恐らくグルに違いない。
しかしこの場で件の事を追求しても、雰囲気が悪くなり食事が不味くなる一方である。
一度事態をリセットする必要があり、その為にも僕は憮然とし、注文の方を催促する。
そうして八雲達、幽々子達に加えてプリズムリバー三姉妹。揃ってお店の方に足を運んで来たという事もあり、店内は盛況の極みを経ている。
こうした日は今までにも無かったので、対応に追われるばかりであったが、やはり彼女達のような者達の相手は楽しいな、と実感する事が出来た。
*
数時間ほどの時が経ち、漸く彼女達のお腹が膨れてきた頃。
店内は混沌と化しており、酔っ払いたちがぎゃあぎゃあ、と騒いでいた。
「ちょっと、もうお酒ないわよ」
「はーやーく、はーやーくっ!」
霊夢が酒を催促して騒ぎ出すと、メルランが好機だと言わんばかりに騒ぎ始める。
酒を寄越せと酔っ払いたちが喚き散らし、提供した一升瓶はものの数分で只の空き瓶と化してしまうのだ。
恐らく数十本以上は空き瓶にさせられたであろう、恐ろしい。華奢な少女達ばかりであるが、どいつもこいつも酒豪揃いで頭が上がらない。
「早くしてってばあ、おつまみも!」
「今度はさっぱりとしたのが良いわねぇ」
便乗して幽々子がそう言う。最早お品書きはその意味を成しておらず、現場は料理屋というよりかは、"宴会場"と化していた。
僕は急いで厨房に向かい、無難なおつまみやらお酒やらを選別してカウンターまで持っていく。
そうして板場まで持っていくと、そこにはアリスと咲夜さん、それに妖夢がいた。
「すみません、手伝ってもらって」
「別に構わないわよ。まさかこんな事になるとはね、最初は静かに過ごせると思っていたけど」
「此方こそすみません。幽々子様、食が太くって……」
「お嬢様も、まさかあんなにも酔ってしまわれるとは」
頭を抱える従者二人組み。自身の主人が狂気になっていく様を見て、半ば呆れつつも謝罪をしてきた。
酔っ払いの主人とは裏腹にしっかりとした従者を持って、レミリアも幽々子も幸せものだな、と思った。
カウンターに目を向けてみると、席を奪わんとばかりにメルランとリリカが争っていた。
最早店内の会話が多すぎて、誰が誰と、どのような会話をしているのか全く分からない。ただの騒音と化している。
「ではこれ、ウイスキーはレミリアさんに」
「了解よ」
「これは幽々子さんに。揚げ物の盛り合わせと、もつ鍋」
「はい。よいしょ……っと」
中でも幽々子さんの食事量は凄まじかった。既に3人前以上は平らげているのに、更に鍋物やら揚げ物を注文するのだ。
「枝豆と、こっちはおつまみクラッカー。適当に配ってください。それと、桃のヨーグルト添えも」
「分かったわ。へぇ、こんなに熟れた桃が幻想郷にもあるのね」
「……ええ、まあ。そのままでも美味しいですが、ヨーグルトと一緒に食べるとより一層フルーティーになるからね」
「ふぅん、美味しそうね。今度お裾分けしてよ」
「機会があればね。さ、店のテーブルを齧られる前に運んでおくれ」
アリスに渡したおつまみクラッカーは、クラッカーを下地に様々な食材を乗せたおつまみだ。
チーズは勿論の事、肉系やピザ風味にしたり、野菜などを添えてあっさりと召し上がれるようにもしてある。
味もさることながら、見た目の彩りも様々なので、ついつい一個選んで食べてみたくなるというのが人の性と言うやつである。
店内で空いたお皿やグラスを片付けている最中、何やら霊夢達の座っているテーブルが騒がしいのに気付いた。
「そーいえば」
焼酎を飲みながら、霊夢が誰に言うでもなく言葉を放つ。
「こういう場に魔理沙がいないってのも、何だか不思議よねぇ」
「そういえばそうね。この巫女にしてあの魔法使いあり、って感じだもの。あ、盗人の間違いね」
咲夜が皮肉っぽくそう言った。
「なら呼べば良いじゃないの」
「嫌よ、面倒臭い。どーせ森でキノコでも採って、怪しげな実験でもしてるんじゃないの」
「あ、やってそう」
少女達がそう噂し、けらけらと笑っていた。
……拙い。そういえば魔理沙の事を忘れていた。確か風呂に入ると言って、それっきりで……
「天道、すまない。毛布か何か余ってないか」
「藍か。毛布なんて何に使うんだ」
「橙が眠ってしまってね。風邪を引いてしまうから、何か掛けてやらないと」
藍は橙の事を非常に気に入っており、娘のように大切にしている。昔からずぅっとだ。
そんなもの、君の尻尾で代用したまえ。……なんて事は言えないので、素直に毛布を取って来る事にした。
そう思って居間の方へと向かおうとした時であった。
不意に廊下へと通じる扉が開かれ、そこからとある人物が出てきた。
「────ふーっ。良い汗かいたぜ、おかげで酔いも醒めた醒めた」
全身から湯気を放ちながら、いつもの魔法服よりも比較的軽装で魔理沙が風呂から上がってきた。
手をパタパタと振って自身に風を送りつつも、飲みなおすかー、と言って笑っていたが
「あれ。皆どーして此処にいるんだ」
きょとん、とした表情で魔理沙がそう言った。
それは周囲の者達も同じであり、口をあけて魔理沙の方へと視線をやっていた。
咲夜なんかは固まっており、ワインを注いでいる途中だったのか、グラスからワインが零れていた。
「どーしたんだ、皆。お、クラッカーじゃん。一枚貰うぜーっ」
テーブルに置いてあったクラッカーを一枚手に取り、口へ放り込んだ。
かっかっか、と笑いつつ空いていた席に座り、誰が飲んだのかも分からない飲み途中の酒を飲み始める。
静寂に包まれたのも一瞬であり、魔理沙が着座し酒を飲み始めた次の瞬間には、再び元の騒音が復活した。
「な、なんで魔理沙があんたの家の風呂に入ってんのよっ」
「ふ、不潔だわ。さては貴方、彼女が酔った事にかこつけて……」
「貴方ねえ。お子様には興味がないって言っておきながら」
霊夢やら紫やら、咲夜が一様にいちゃもんをつけてきた。
「難癖をつけるのはやめたまえ。彼女が風呂に入りたいと言ったから提供しただけであり、下心などないよ」
終いには変態、と言われてしまったので、そう反論した。
そうした上で霊夢たちが来る前までの経緯を説明し、魔理沙が酒に酔い、湯を浴びたいと言うまでの事をきっちり説明した。
すると納得したような表情で、かつ詰まらなそうに霊夢が言う。
「なーんだ、そんな事か。つまんないわね、酒の肴にもなりゃあしないわ……お酒はもうないの?」
「さっき出したばかりだろう。もう少し大事に飲みなさい」
こんな難癖をつけられた上で、酔っ払いに対して敬語も何もないだろうと、普段通りの口調で話す。
周囲は相変わらず騒いでいたが、プリズムリバー達が会話を聞きつけたようで、何やら騒がしい。
「じゃあ、私も入ろーっと!」
「あ、待ってよ姉さん、私もー」
メルランとリリカがそう言ってはしゃぎ、廊下の方へと駆け出して行った。
「良いの、天道さん。彼女達なら本当に入りかねないけど」
霊夢がそう言う。
当然良いわけがないので、長女であるルナサに向けて言葉を放つ。
「良いわけがあるか。ルナサ君、君が姉として何か言っ」
そう言いながらルナサのいる方へと振り向いてみたが、なんと彼女は眠っていた。
ぐうぐうと寝息をかいており、とても心地良さそうにしていた。
メルランやリリカが楽しそうに騒いでいたのは、普段彼女達を抑制しているルナサが眠ってしまっていて、機能していなかったからか。
「おーい、つまみは無いのかー?」
魔理沙がそう言い始める。
少し待っていろ、という言葉を発しようとしたが、直ぐに他の声に遮られた。
「す、すみません天道さん。幽々子様が……」
妖夢がそう声をかけてきたので、何だ何だと聞いてみると、どうやらお酒も尽きたらしい。さっき持って行った鍋も半分ほど平らげており、彼女の食欲は止まるところを知らない。
「天道、毛布なんだが」
「あああーっ! 咲夜ー、お酒こぼしたぁーっ」
「忙しいところごめんなさい、台拭きはないのかしら。お嬢様がお酒をこぼしちゃって……」
次から次へと僕に声をかけてくる。
止めにレミリアがウイスキーをテーブルに溢してしまい、それを処理しなければならなくなった頃には、僕は完全に辟易とした。
酔っ払いの少女達が集うと、こんなにも厄介なのかと、今日実感し今後の教訓とすることにした。
お店が繁盛するととても嬉しいのだが、その反面で人手が足りなくなったり、処理が仕切れなくなるといったデメリットがある事を改めて実感した。
今後はこういう事が起きないように、何かしらの対策を打っておかねばならないなと、風呂場で騒ぐメルランとリリカの声を聞いて、そう強く思った。
最早彼女らの事など知った事かと、僕は風呂ではしゃぐプリズムリバー姉妹を放っておく事にした。夜はまだまだ続く。これからの持久戦に備え、僕は一つ一つ着実に物事を解決していくのであった、
以上となります。
過去編の導入が近い……過去編はオリジナルキャラクターや独自展開の巣窟でございますので、もしかしたら受け付けない方も多いかもしれません。
こうした日常編の執筆は流れに乗れれば楽なのですが、最近は今年も終わりが近いということで、思うような執筆ができていないのが現状です。
ですが、少しずつ執筆を続けていく所存ですので、今後ともよろしくお願いいたします。