昨日の大騒ぎは明け方近くまで続き、僕が片付けを終える頃には太陽が頂点に達していた。
次から次へとお酒だの料理だの、果ては飲み物を溢したり、汗をかいた者らが風呂に入ったりと、店内では人が入り乱れていた。
結局あの後、メルランとリリカが風呂に入り、その後にも霊夢やアリスなど泥酔していない者達が風呂に入って身体の疲労を湯に流した。
テーブルを片付け飲み残しや食べ残しを拭き取り、更に汚れた食器やグラスも流し場のシンクに入れ、洗浄する。
風呂場はかなりの頻度で使用されていたので、キチンと掃除をして水垢が出来ぬよう水分も拭き取った。
これら一連の作業をするだけでもおよそ数時間は経過してしまった。兎にも角にも、食器類の量が尋常ではないのだ。
先日の朝から一睡もしていなかった為、今日一日は休業しようと考えて表の表示板を閉店にひっくり返し、今日は一日休むことにした。
*
数日後、僕は人里を訪れた。
お店の方は休業日にしており、たとえお客さんが来たとしても料理を出す事はできない。
大分前までは休業日と営業日の境界が曖昧だったものの、数日前のどんちゃん騒ぎ以降は魔理沙や霊夢達、その他の面子も顔を出してくれるようになったのだ。
その他の面子とはプリズムリバーとか、八雲紫とかだ。
お店の方に顔を出してくれるようになった一番の理由としては、値段が安い事であったらしい。
人里で経営している飲食店と比べると、随分と安いらしく、事実価格設定は低めに抑えており、人里の飲食店と比較はした事がないが、安さには自信がある。
少々遠い事を除けば意外と良店だ、と彼女らは評価してくれた。まあ、普通の店ならば彼女達はブラックリスト入りしそうな変人ばかりだが。
そうして訪れた人里は、先の異変の後遺症は既に見られず、普段通りの日常を送っていた。
繁華街は人で溢れており、通りの商店は客寄せに必死である。旗を振り店の存在を示したり、店員が通り過ぎる人に声をかけたりと、その手法は様々。
その繁華街を僕も歩いていたのだが、特に声をかけられるという事は無かった。
声をかけられない、という事に関しては少々物寂しい気持ちもあるものの、行動を阻害されないという点で考えると、非常に都合が良かったなとも思えた。
そもそも僕の格好に問題があるのかもしれないが、他人の服装を一々凝視して判断する事も無いか、と気にしない事にしている。
僕の服装は以前とは変わっている。
理由としては、春雪異変の際に普段着用している服が斬られてしまい、まともに着用する事が困難になってしまったから。
流石に生地が切れている上に血塗れている服を日常的に着るなど、僕には出来なかったので、当の衣服は破棄した次第である。
代用の衣服として採用したのは、僕が過去に着用していた衣服だ。
生地がよれていたり筋にボロが出始めたりしており着用していなかったのだが、着る物が他に無いのだから着ざるをえない。
僕が今まで着ていた服は幻想郷の風景に溶け込みやすく、周囲の人間達や妖怪達にも比較的馴染まれ易いデザインだったので、割と使い勝手が良かったのだが。
対照に過去の衣服はデザインが少々幻想郷の風景からは逸脱しており、あまり類を見ない服装となっている。
恐らく幻想郷に住む人間や妖怪に言っても通じないかもしれないが、"ジャケット"だとか"カットソー"といった類の服であり、タイトな作りのものが多い。
まあ、その辺りは致し方ないと考えている。裸で外をうろつく訳にもいかないので、少々周りから浮いてしまう程度、どうという事はないのだ。
人で賑わう繁華街を抜けると、今度は比較的人通りの少ない商店街に移り変わった。
繁華街は娯楽や道楽の店が集中している節があるが、此方の店には甘味処や茶屋、八百屋などと生活に関わってくる店舗が比較的多く並んでいる。
僕はその中から米屋を訪ねる為に、今回人里を訪れたのだ。
そう思って歩いていると、前方から何処かで見たような風貌をした少女が現れる。
僕が少女に視線をやると、彼女の方から声をかけてきた。
「あ、天道さん。この前はお世話になりました」
通りがかる彼女の名前は、魂魄妖夢であった。
妖夢は僕に会うなり、前回の件に関してお礼と共に謝罪の言葉を述べてきたので、僕は「気にしないで良い」と伝えた。
すると彼女は「そういう訳にもいきません」、と語調を強めてそう述べてきた。
「もしかして、その服も私のせいで……」
妖夢は僕の服装が以前とは大きく異なっている事に気付き、訊ねてきた。
お店の中では今とは違う服装だったので気付かなかったのだろうが、外に出れば私服となる為に露呈するのは必然であった。
「君が気にする事はないよ。丁度衣替えの季節だったからね、着替えたのは自分の意思だ」
妖夢は僕を斬った際に、服が着用できない状態になってしまったのではないか、と心配したのかもしれない。
確かに着用できなくなった原因は彼女にあるが、僕はそのような事は気にしていない。
なので彼女には気にしないでくれ、という旨を伝えた。すると彼女は申し訳無さそうに、「すみません」と再び謝罪の言葉を述べていた。
素直な子なのだなと思い、別れの言葉を告げて目的の場所へ行こうとした時、声をかけられた。
「天道さんはこの後どちらに」
妖夢がそう訊ねてきた。
「お米を買いに来たんだ。そろそろ切らしてしまうからね」
「へぇ、そうだったんですか。実は私も幽々子様の使いで……」
そう言いながら彼女は鞄の中から菓子類を取り出し、見せ付ける。
「お使いか。幽々子さんは食の太い人だったね、確か」
「あれでも抑えていた方ですよ。普段はもっと食べるお方ですから」
「幽霊なのに腹が減るのも可笑しな話だ」
「あ、それ偏見ですよ」
妖夢は苦笑しながら、そう指摘してきた。
彼女曰く、白玉楼の月の食費だけで里の借家を一月の間借りられるらしい。
借家の程度にもよるだろうが、それでも一ヶ月の家賃は馬鹿にはならない。僕のお店の利益では、到底支払えない額である。
商店街のど真ん中で妖夢と世間話をし、そろそろ本来の目的の為に行動をしようかと思い立ったところ
「立ち話も何ですし、茶屋にでも行きましょう!」
と提案され、断る理由が特に無かったので誘いに乗る事にした。
妖夢の背を追いつつ、ふよふよと浮かぶ彼女の半霊に目を泳がせながら茶屋へと入るのであった。
*
お店で初めて妖夢と言葉を交わした当初は、お淑やかな性格の娘なのかな、と思っていた。
しかしそれは主人ありきであり、幽々子が居ない現在は何処か垢の抜けたような、そんな性格であった。
紅魔館のメイドといい白玉楼の従者といい、自分を押し殺している面があるのだなと思うと、とても苦労しているのだなとも思えた。
妖夢は茶屋でお品書きを見ると、「あれなんてどうですか」、「これなんて美味しそうですよ」、と言葉を振ってくる。
僕自身としてはあまりお腹が空いていないので、特に食べたい物は無かったのだが、せっかく彼女と茶屋に来たのだから何かしら頼まないのも失礼に値するだろうと、みたらし団子を注文した。
彼女はあんこを注文し、主人へのお土産と言って"すあま"を六つも注文していた。
「六つも食べるのか」
「いえ、その気になれば十個でも二十個でも。あればあるだけ食べてしまわれるお方なので」
緑茶を飲みながらそう言う妖夢。
「天道さんもどうですか、すあま」
「僕は遠慮しておくよ。食感が苦手でね、幽々子さんに食べてもらった方が良い」
お裾分けと言わんばかりにすあまを一個渡してくれるが、丁重にお断りした。
すあまとは餅菓子の一種であり、祝い事の席などで配られる事もあるお菓子である。
すあまを、知らぬ者が見ればカマボコかと勘違いし、麺類と共に茹でてしまうかもしれないので注意が必要である。
僕達は縁側の席に座っており、通り行く人々の姿を見る事が出来る。
風通しが良くて涼しく、すだれが掛かっているのも侘寂があって素晴らしい。店舗自体は小さいが客足が途絶える事がなく、今も新しい客が訪れ丁稚の子が応対していた。
「この店は有名なんだね。客足がいつまでも途絶えない」
「そうなんですよ。このお店、ずっと昔から営業してるので、里に住む者ならば誰もが知っているお店ですよ」
「ふーん、そうなのか。昔から有名だったのか」
「いえ、数年程前からですかね。昔は品揃えが悪かったとかで、あまり繁盛はしていなかったとか」
僕はみたらし団子を食べながら、妖夢はあんこ団子を食べながらそう口にする。
「あ、ほら見てください。お団子の中に更に餡が詰まってますっ」
団子を美味しそうに頬張りながら、嬉しそうにそう告げてきた。
あんこ団子は通常、団子の上に餡をのせるのが主流なのだが、この店舗のは団子の中にも餡を詰めているのだ。
「ほんの数年前までは、こういったお団子はとてもシンプルなものばかりだったのですが、最近になって面白いお団子が増えているんですよ」
「店の主人がアイデアを思いついて作っただけなんじゃあないのか」
「この店の主人は御婆ちゃんですよ。元々は旦那さんと夫婦で営んでいたそうなんですが、数年前に旦那さんが病で亡くなってしまって」
それからは御婆ちゃんだけで店を回しているんです、と妖夢は続けた。
「でも可笑しいと思いませんか」
妖夢はそう言い、食べかけの団子を視線と同じ高さまで掲げ、続ける。
「数年前に旦那さんが亡くなったって事は、お団子を作れる人が居なくなってしまったという事になりますよね。
でもお店が繁盛し出したのも数年前……、普通ならお店を閉めざるをえない状況だと言うのに、それどころかお店は同業他店を抜いて今では誰もが知るお店の一つになっています」
「その御婆ちゃんが、実は職人だったのでは」
「そんなまさか。御婆ちゃんはお団子作りには深く関わっていなかったんですよ」
彼女はそう言ってお茶を飲む。
確かに何となくではあるが、不思議な話である。数年前に職人が亡くなり、普通ならその場で店を畳まなければならない状況であるのに、畳むどころかお店は大繁盛してしまった、という事だ。
では何故繁盛したのか、というと……
「旦那さんよりも、腕の良い職人が居たんじゃあないのか」
僕がそう言うと、妖夢は人差し指を差し向けて言葉を吐く。
「そう、そういう事なんですよ!」
食べ終えた団子の串をお皿に戻し、妖夢は言葉を続ける。
「老夫婦に子供は居なかったのですが、弟子の人がいたみたいなんです。旦那さんは厳格な人だったようで、弟子にはとても厳しかったそうなんですよ」
「それで旦那さんが亡くなった後、弟子が団子を作っている、というわけか」
「そーいう事ですね」
二本目の串を手に取り、頬張る。
洗練されたみたらしが太陽光に反射し輝きを放っており、整った形の餅玉は純白を呈していた。
妖夢からお店の事情の話を聞いて、一つ思った事があったので質問してみる。
「じゃあ何か、旦那さんよりも弟子の方が優れていた、という事か」
僕がそう質問すると、妖夢は頭を捻り少々小難しそうに口を開く。
「うーん……そうとも言い切れないんですよね。お団子の質なんかは昔の方が良かったそうですし、今のお団子は一本一本にムラが多いとか」
「それはやはり、旦那さんの方が優れていたからか」
「質に関してはそうなんじゃあないでしょうか。ただお弟子さんの方が創造性に富んでいたからこそ、こうした面白いお団子が作れたのではないんでしょうかね」
その結果としてお店が繁盛したんでしょう、と妖夢が言った。
確かにあんこ団子やみたらし団子以外にも、磯部に花見団子など、中には爪楊枝を刺して食べる草団子なんかも置いてある。
しかしこうして考えると疑問の種というのは尽きぬものであり、またしても新たな疑問が浮かぶ。
「ならどうして旦那さんは弟子に団子を作らせなかったんだ。いや作らせずとも、そのアイデアを採用すれば質の良い種類豊富な団子を提供できたろうに」
「恐らく、周囲はそう思ってたんじゃないでしょうかね。けど旦那さんが弟子に団子を作らせなかったのは、恐らくお弟子さんが外来人だったから、かもしれません」
「……外来人」
「はい。外の世界から来た人間の知恵を借りてまで、お店を繁盛させたいと思わなかったのかと。
里には極々少数ですが、外来人の方がお店に携わっているという事があるんですよ。繁盛している店の大部分は、もしかしたら外来人の方が経営しているのかもしれません」
団子を食べ終えたお皿を、丁稚の子が下げにきた。
僕も妖夢も食べ終えておりお茶だけが残っていたので、丁稚の子にはお皿だけ戻してくれ、と告げて下げてもらった。
畏まりました、と告げて丁稚の子が下がったのを見計らい、妖夢は口を開く。
「ここだけの話ですが、里は外来人に対してあまり友好的ではないんですよ」
「それはどうして」
「あ、友好的ではないと言ったのは、あくまで"ただの外来人"ですね。外来人の中でも稀に能力を持っている人がいるので、そういった人たちはまた別です」
それは何故だ、と再び返す。
「さあ、詳しくは分かりませんが。けど外来人が里を訪れる事自体、極稀にしかないのであまり気にしていても仕方ないですよ」
「ふーん、そうか。偶々この店の弟子が能力持ちの外来人だった、という事だね」
「そうですね」
妖夢はお茶を飲み干して立ち上がると、大きく伸びをした。
僕は横に座ったまま、その様を眺めている。
「どうしてそんな話を僕にしたんだ」
何気なく思った事であったが、気になったので妖夢に質問してみた。
彼女は伸びを終えた後に再び席に着くと、此方に顔を向けて言葉を返す。
「どうしてって……特に理由はないですよ。強いて言うなら、面白かったですか?」
「面白い、というよりは裏の話を聞けたようで、何だかとてもタメになった」
「ふふ、なら良かったです。実は私、男の人と二人でこうして過ごすのが初めてで、何を話していいか分からなくって」
顔を俯けてそう言う妖夢に対して、「そうか」とだけ返した。ただの世間話に過ぎない。
男女の件は兎も角、人里の裏の話を聞けたので、僕としては有意義な時間となった。
同時にこの店の弟子、現在の主人に当たるという男に、僕は会ってみたいなとも思った。
「では、僕はそろそろ行こうかな」
団子を食べ終えてお茶も飲み終えたので、本来の目的のために行動しよう思い立ち上がる。
本来の目的と言っても内容は大した事はなく、単純に里で販売しているお米を買いにきた程度である。
「あ、はい。分かりました。あの、良ければこれどうぞ」
「ん、ありがとう。今度またお店に来た時は、それなりに歓迎させてもらうよ」
妖夢から何かを貰ったが、中身を確認する前に別れの言葉を告げる。
あまり詮索していてはいつまでたっても行動する事が出来ず、時を無為に過ごしてしまうからだ。
何も毒物や劇物が入った包みを渡されたわけじゃああるまいし、一々訊ねていてもしようがない。
また今度、と言って別れる。妖夢は今度白玉楼に遊びに来て下さいと言っていたが、冥界に遊びに行くというのも縁起の悪い話である。
里の商店街の路地へと出ると、太陽は天高く昇っており、憎らしいほどの日差しが僕の肌を焼き付けるのであった。
*
その後は店へと戻り、通常通りの営業を行った。
日中は人里の方へと赴いていたので営業はしていなかったが、帰宅して一息ついた後に営業を再開したので、およそ夕方頃からの開店である。
妖夢から別れ際に貰ったのは、おはぎであった。それも二つもあったので、後で食べようと冷蔵庫の中に入れた。
昼間はあまり人は訪れないが、最近は夜になると個性的な面々が姿を現すのだ。
魔理沙や霊夢を筆頭にルーミアや、時間があれば紅魔館の面々なども訪れてくる。
どうして僕の店を訪れるのだ、と店主には有るまじき質問をした事もあるが、回答は皆が口を揃えて「何となく」であった。
そうして本日も魔理沙が訪れており、夜遅くまで彼女の相手をしていた。
彼女の相手は非常に気楽に出来るので、少しばかし手を抜いた程度で嫌な顔をされたりはしない。けども彼女の悪い癖を一つ上げるとするのならば……
「……君は何を食べているのだ」
魔理沙は注文した料理を食べ終えた後、こそこそと何かを頬張っていたので声をかけた。
すると彼女は屈託の無い、悪意を欠片も感じさせない表情で堂々と口を開いた。
「ん、これか。そこに置いてあったから食べちゃった」
彼女の指差した先には、店内の隅に置いておいた妖夢から頂いたおはぎであった。
確実に箱詰めされており、中身が菓子類だと思わせないような梱包だったのにも関わらず、魔理沙はそれを嗅ぎ付けなんと勝手に食べていた。
「置いてあったんじゃない、保存していたんだ。それと、何でもかんでも勝手に食べるのはよしなさい」
「失礼な。私をあの亡霊のような大食いと一緒にしないでくれ」
「君はその亡霊よりも性質が悪いよ。……まあ、別にいいけど。二つあったから、一つくらいくれてやるさ」
「……悪い、その二個目だ」
漸く申し訳なさそうな表情になった魔理沙は、食べかけのおはぎを僕に差し出した。
「食べかけで良ければ返すぜ」、等とのたまうので、今度は「残さず食べなさい」と叱った。甘い物は別腹とよく言われるが、まさにその言葉通りの出来事が起きた。
僕は甘い物はそんなに好きではないので気持ちは分からないが、彼女は一日の標準摂取カロリーを優に越える量の食事を摂っている。
恐ろしや。更には食後に一杯と言ってお酒を注文するので、彼女の身体の構造を疑ってしまう。
けどもまあ、お店側からすれば彼女は格好のカモである。
今日も色々と注文してくれたので、少しだけではあるものの利益が出るだろう。
……と思いつつ接客をし、丑三つ時になった頃に魔理沙は漸く帰宅するに至ったのだが、「"こーりんどう"に付けておいてくれ」と訳の分からない事をのたまい、千鳥足で出て行ってしまった。
呼び止めるのもどうせ無駄であろうと、今日の処は帰してやった。
結局、お金が支払われなかったので利益は出ておらず、赤字経営である。今度、当の"こーりんどう"から徴収してやろうと思う。
以上となります。
お気に入り登録件数がぐんぐん伸びており、本当に嬉しいです。
評価をして下さる方々にも感謝しております。
過去編は好き嫌いが分かれる内容なので、もしかしたら離れてしまう方もいるかもしれませんが、今後ともよろしくお願いいたします。
すあま美味しいです。