東方外来禄 -往年幻想物語-   作:くりすてぃあーね2世

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巻ノ二十一 心の中の

 

 

「おーい、天道。勝手に入るぞー」

 

突如、店の外から声が聞こえてきた。

声の主は言いたい事だけを吐き出し、次の瞬間にはノックもせずにずかずかと店内へと侵入してきた。

 

僕は今、カウンターや厨房などが設けられている店内空間とは別の、居住空間にて一息ついているところである。

この店の唯一の従業員たる僕が何故寛いでいるのかと問われれば、言うまでもない。本日はお店を閉めているからである。

今日は誰がなんと言おうと、絶対に料理を作るつもりはない。……と考えリビングで読書に耽っていると、思わぬ輩が訊ねてきたので、辟易した。

 

その思わぬ輩は短い廊下を一気に駆け抜け、居住空間へと通ずる扉を通り抜けて更に奥へある店内空間へと突っ走っていった。

 

「あれ、いないのか。どこだー、出て来いよ天道ぉーっ」

 

終いには僕の名前を叫びだしたので、致し方なく彼女の応対をする事にした。

読み途中の本にしおりを挟み、店内空間にいる魔理沙の下へと向かう。

 

「……何してるんだ、魔理沙」

 

「お、やっぱりいるじゃん。良かった良かった……そいじゃ、酒でも飲みながら話をだな」

 

「酒などないよ。帰りたまえ、今日は休業日だからね」

 

「えー、いいじゃん。どーせ暇なんだろー?」

 

しれっとした態度で、悪意など微塵も感じさせぬ表情で、彼女はそう言い放ってきた。

失礼にも程がある発言は流しておき、僕は魔理沙に対して言葉を吐く。

 

「話は聞くよ。けれど注文を聞くことはできないね。ま、立ち話もなんだから座りたまえよ」

 

カウンターの席をひとつ、くるりと回転させて着座を促す。

魔理沙は何か言いたげな表情をしており、渋々と席に座った。

 

「それで、話とはなんだい。世間話なら店の営業時間にしてくれよ」

 

「ちぇ、連れないなあ。天道んとこの店は休みが多くないか?」

 

「僕が一人でやりくりしているからね。小腹が空いたのなら良い店を紹介してあげようか」

 

僕がそう提案すると、魔理沙は「いい」、と短く断った。

注文は取らないと言ったものの、お冷程度は出してやろうと思いグラスの中に水を注いで用意してやった。

さんきゅ、と言って魔理沙は水を受けると、一気に半分ほど飲み干してしまった。余程喉が渇いていたのだろうか。

そして本題だと言わんばかりに彼女は僕の目を見据え、口を開く。

 

「今夜、博麗神社で宴会を催すんだけど、お前も来るか?」

 

にかり、と笑い魔理沙はそう話を出してきた。

 

────博麗神社

幻想郷の最東端に位置している神社。

神社からは幻想郷を一望することでき、最も桜の美しい場所として有名であるらしい。

幻想郷を一望できる事から、幻想郷と外の世界を隔てる"博麗大結界"を見張る役割があるらしく、代々博麗の巫女が結界の管理を担当しているようだ。

 

全て話に聞いた事であり、事実との相違はあるかもしれない。

胡散臭い八雲紫から聞いた眉唾ものの話もあったりする。

ただ現在の博麗神社は参拝客が少なく、人間よりも妖怪の方が神社を訪れるらしい。

そして宴会などを開いたりして仲良く接しているという事。流石にそんな話は信じられないと、当時話を聞いた僕はそう思ったのを憶えている。

 

様々な噂の蔓延る博麗神社という場所。

そのような場所で行われる宴会など、想像する余地など無かった。

無論、参加すれば命の保障など誰もしてくれない。妖怪等といざこざを起こすのは御免被るし、ストレスを抱えたいとも思わない。

 

色々と思考をしていると、魔理沙が先程とは小さな声で言葉を放ってきた。

 

「大丈夫だぜ、みんな気さくで良い奴らだからさ」

 

「……そーいう問題じゃあないんだけどね」

 

「まあ、気が向いたら来いよ、日没頃に始めるから。みんな待ってるからな!」

 

魔理沙はそう言うとグラスを勢いよく傾け、残った水を全て飲みきった。

 

まだまだ太陽は高く昇っており、日没までは随分と時間がある。

魔理沙はこのまま僕の店にてたむろすのだろうかと危惧していたが、それは杞憂に終わる。

 

「んじゃあな、また来るぜ」

 

彼女はそれだけ言うと、さっさと店内から出て行った。

短い廊下を慌しく走り抜ける…………途中で足音が止まり、僕はその事を不思議に思った。

何か忘れ物でもして取りに戻ってくるのか、そう思考していると、魔理沙の声が扉越しから聞こえてきた。

 

「おお、凄いな。此処が天道の部屋かっ」

 

まるで面白い遊び道具を見つけた子供のような、そんな声で彼女は言葉を放っていた。

そういえば部屋から出てくる際に扉を閉めていなかったと思い、廊下から僕の部屋が丸見えな状態になっている事に気付いた。

 

「こらこら、勝手に僕の部屋に入るな」

 

多少急ぎ足で魔理沙の下へ向かった。勝手に部屋のものを荒らされるなど、たまったものじゃない。

彼女の性格からして目ぼしいものを見つけたら、適当な理由を付けて持ち帰ってしまう可能性がある。

 

「へぇ、意外と整然としてるんだな。私の家とは大違いだぜ」

 

「そいつは結構だね。さ、早く出て行きたまえ」

 

「お、なんだこれ」

 

魔理沙は戸棚の上に置いてあった小瓶を見つけ、それをひょいと持ち上げた。

 

「なになに……化粧水?」

 

「勝手に物をいじるな」

 

「なんだ、結構可愛い事してるじゃん。肌のお手入れかー、まるで女の子みたいだな。そいやお前、男にしては髪の毛も長めだし、女装したらそれっぽく映えるかもな」

 

変な笑みを浮かべてそうのたまうと、魔理沙は僕に視線を向けた。

確かに僕は人里にいる男連中と比べれば髪の毛は長いし、美容にも幾許か心がけている。

しかし、それを根源として根も葉もない事を言われるのは耐え難く、許されざれない行為。

 

気付くと僕は彼女へ向けて、普段とは違った感情で言葉を放っていた。

 

「……この僕が女の子みたいだと? ふざけた事を言うのも大概にしろ。気心の知れた仲にでもなったつもりか……お前の価値観を僕に押し付けるんじゃあ」

 

「お、おお……?」

 

魔理沙が驚いたような、吃驚とした表情をしていた。

その瞬間、僕は我に返った。とても気まずい空気が場を包んでいる。

恐らく先の僕は、ほんの一瞬であるがとても不機嫌になってしまっていたようだ。

彼女は既に手に取っていた小瓶を元の位置に戻しており、何か奇妙な物を見るような目で僕を見据えている。

 

気に入らない視線。とても居心地の悪くなる視線だ。

僕は他人から女の子呼ばわりされると、とても不愉快になる。

それは至極当然のことだと思うのだが、賛同は得られない。男性を女性呼ばわりするのは、およそ失礼に値する行為だと思うのだが。

 

……過去の因果に一々目くじらを立てていてもしようがない。

彼女に悪気はないのだから、一方的に叱責してしまっては、関係を崩すだけである。感情を抑制できなかった僕が悪いんだ。

僕は然も平然を装いつつ、魔理沙へ向けて言葉を紡ぐ。

 

 

「……悪かったよ。僕は乾燥肌でね……定期的に手入れをしないと、直ぐにボロボロになってしまうんだ」

 

「そ、そうか。はは、驚いたなあ、急に怒るんだもん」

 

「怒ってないよ。それよりも宴会……今晩やるんだろう。 気が向いたら行くから、期待しないで待っていたまえ」

 

「おう。期待して待ってるからな!」

 

魔理沙はそう言い放つと、直ぐにお店から外へ飛び出た。僕からしたら、一目散に去っていったというべきか。その後姿をいつまでも見ていた。

 

何だか悪い事をした後のような、言い知れぬ罪悪感が僕を支配していた。

まあ、いいか。長い人生なのだ、この程度の事で思い悩んでいては精神がもたない。

日没までにはまだまだ掛かるし、もう少しゆっくりとした時間を過ごそう。今日は休業日なのだからね。

 

そう考えて、僕は再び読書に耽るのであった。

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

地上を照らす太陽はやがて沈み、漆黒の時が訪れる。

日中は気温が高く過ごし難い日々が続いているが、夜になると心地良い風が吹き過ごしやすい気温に変化する。

 

昼間、魔理沙に宴会へ誘われた為それらの身支度を行っていたのだが、支度が粗方済んだ頃に大事な事を思い出した。

それは"博麗神社がどの辺りに建てられているのか"という、至極単純な事であった。

そこに霊夢が住んでいるという事だが、生憎と僕は霊夢とはあまり仲良しではないので、彼女の神社に頻繁に遊びに行く輩とは違い神社までの経路を知らない。

その事を魔理沙に伝え忘れていた為に、僕は自宅で頭を捻っていた。

 

さて、どうしようか。

天高くまで飛翔して幻想郷全体を一望すれば一瞬で分かるだろう、当初はそう思っていたが、幻想郷は既に日没を終えており視界は非常に悪い。

そんな事をしても周囲は暗闇なので、神社どころか派手な色合いの紅魔館ですら見つける事はできない。

どうしよう、行くのをやめようか。行けたら行くと話は入れてあるので、僕が参加せずとも大した問題にはならない。

……という考えを浮かべこそしたが、後々気まずくなるのは御免だし、何よりも博麗神社での宴会という経験をするのも面白いかもしれない、と僕は逆の考えに至った。

 

あーでもない、こーでもない、と思考を繰り広げていると、不意に妖怪の気配を感じた。

振り向いてみると、予想通りと言うべきか。八雲紫が空間を裂いて出てきた。

 

 

「何か用」

 

僕は短くそう訊ねる。

 

「今夜の博麗神社での宴会……貴方も参加するのでしょう」

 

彼女は扇子を開くとそれを口元にあて、艶やかな笑みを浮かべてそう此方に問いかけてきた。

 

「誘われてしまったからね」

 

「もう宴会は始まっているのだけれど、大遅刻して行くつもり?」

 

「それはおかしな話だ。宴会は日が沈んでから始めると聞いたんだけど」

 

「素敵な料理や美酒を前にして、あの子達が我慢できるとでも」

 

紫にそう問われ、僕はとても我慢のできる奴らではないなと解釈した。

という事はつまり宴会は既に開始されており、いつまで経っても来ない僕の事を彼女が迎えに来たのだろうか。

そう思考していると、紫が口を開く。

 

「準備が整っているのなら、一瞬で送ってあげてもいいけど」

 

彼女はそう言い、人差し指を立てる。

すると目の前の空間が裂かれ、大人一人がやっと通れる程度のスキマが開いた。奇妙な眼が此方を凝視しており、気持ち悪い。

 

「なんだ、送っていってくれるのか」

 

「そのつもりよ。一通で良ければ」

 

「構わない。帰りは一人で帰るから」

 

「あら、お持ち帰りはしないの」

 

「気持ちの悪い事を言うな」

 

僕は彼女から顔を背け、準備を整える。

紫は時々こうして道化る事もあるが、本質は妖怪と変わらず何を考えているか僕にも分からない。

つまり煮ても焼いても食えない奴であり、魚の臓器みたいな奴。そう、胡散臭い奴なのだ。

 

「あなた今、とても失礼な事を考えていなかったかしら」

 

「別に何も。お言葉に甘えて送ってもらうとするよ。着替えをするから出て行け」

 

「そのだぼだぼのままでも良いと思うけど」

 

「これは部屋着。外に出るときは違う服を着る主義なの」

 

僕はそう言ってのけ、紫を部屋からたたき出した。

 

昔に着ていた男ものの和服の時はそんな事は気にせず着用していたのだが、それが無くなって以来は部屋着と外着を分けて着用している。

癖なのである。動きやすいか動きやすくないかの違いと、肌触りの違い程度であるが。

 

そうして着替え終わった僕は、部屋から出て紫に博麗神社まで送ってもらった。

気持ち悪い眼が無数に存在する空間に飛び込むと、視界が一瞬ブラックアウトした後、直ぐに目の前の光景が変貌した。

 

 

 

*

 

 

 

眼前に多くの人間や人外らしき生物が、一つの長テーブルを囲んでいた。

よく見知った者もいれば、初めてみるような妖怪も座している。

どうやら博麗神社は大賑わいのようで、たかが僕一人いようがいまいが大盛況の極みを呈している。

 

長テーブルはいくつかに分かれており、どうやらグループで分かたれていると推測できた。

僕はその中から見知った者達が座している長テーブルを探し、移動した。

 

「あら、天道さん。漸くの登場ね」

 

「よう、天道。こっち座れよ」

 

霊夢と魔理沙が僕にそう声をかけてきた。

霊夢は神社の当主という事もあり、上座に座っている。僕は彼女から向かって右側の席へと着座しようと思い、移動した。

 

「天道。こっち座りなさい」

 

魔理沙の二つほど隣りから、レミリアが声をかけてきた。

どうやら紅魔館の連中も宴会に参加しているようで、レミリアに加えて咲夜、フランドールとパチュリーまで座していた。

この様子から見ると美鈴は留守番を強いられているのか。なんとも哀れな、つくづく損な立ち回りを要求される美鈴に、僕は同情した。

 

二箇所から声をかけられてしまい、さて何処に座ろうかと思考していると、また声をかけられる。

 

「貴方、此処で良いじゃない」

 

突然腕を引っ張られ、僕は移動させられた。一番端の角の席が良かったのに。

声の主は八雲紫であり、彼女は僕の手を引きながらレミリア達から見て向かい側の席へと移動する事になった。

 

曰く、此処なら全員の顔が見れるという事であるが、別に何処に座ろうが全員の顔色は窺えると脳内で意見した。

霊夢達のいる長テーブルは身内で構成されており、顔見知りばかり座している。

紅魔勢や白玉楼、アリスに八雲藍や橙、お決まりの魔理沙に霊夢といった面子だ。

 

 

「天道さんって、意外と着痩せするんですね」

 

「まあね。普段は大き目の服を着ているから」

 

「ふーん。もっと筋肉で覆われているかと思ってたけど、案外細身なのね」

 

「レミリア君、僕の事を何だと思っていたんだ」

 

「ちょっと、どうして君付けなのよ!」

 

妖夢やレミリアがそう言ってきたので、煩わしいなと思いつつも反論した。

幻想郷の人里に住む男の人たちは、多くが和服を好んで着ているので、僕みたいな服装の人は極めて稀である。

 

「お店と外じゃあ、態度が違うのよね」

 

手に持っていた杯を傾け、八雲紫が補足するようにしてそう言葉を紡いだ。

 

「へえ。ま、下手な敬語を話されるよりは、普通の方が良いと思うけどね。でも君付けは気に入らない」

 

「ではレミリアちゃん」

 

「ちょっと、馬鹿にしてるの? 私は500年以上生きている吸血鬼だってのに、どーいう料簡で物言ってんのよ!」

 

憤怒したのか、レミリアが立ち上がってそう僕に言い放ってきた。

僕はどうしようかと考えて紫に視線を合わせてみたが、彼女は相変わらず胡散臭い笑みを浮かべたまま此方を見ていた。

しようがないので、思った事を言う事にする。どうせ既に酒が入っているのだろう、真面目に相手をするのも癪だ。

 

「それは君が幼児体系だからだよ。ちゃん付けなら可愛いと思う。ね、フランちゃん」

 

「うん。お姉様いっつも背伸びしてるから、もう少し肩の力を抜いた方がいいと思うよ」

 

「暴れるなら外で暴れて頂戴ね、レミリアちゃん」

 

フランドールと霊夢がそうレミリアに言い放った。

レミリアは表情を歪めて渋々着座し、手元にあった酒を一気に煽った。

 

「ぐぬぬ……霊夢まで……。ふ、ふん。貴方だってお酒もまともに飲めないお子様の癖に」

 

「酒は飲んでも飲まれるな、と言うだろう。そもそも僕は酒はあまり好きじゃあないからね、飲めなくて結構」

 

「ふーん。男がお酒を飲めないなんて、まるで女の子みたいね。天道ちゃん?」

 

レミリアがそう言って僕を煽ってくる。

女の子みたい、と言われ、僕は少しばかし頭に来るものがあるが、此の場に於いては程度の低い挑発に過ぎない事は重々理解している。

このような席で癇癪を起こしても致し方ないし、酔っ払いの戯言に耳を傾けてもしようがない。

僕は軽くレミリアを一睨みし、料理を突くことにする。

 

 

「あら、否定しないって事は、今度から貴方の呼び名にも"ちゃん"を付けても良いってことね」

 

「君は少し煩いな。咲夜、見っともない君の主人を黙らせてもらえないか」

 

「偶の酒の席ですもの。少しくらい大目に見てよ」

 

咲夜に講義するが、主人を敬愛する者にそう言っても無駄な事であった。

しようがないので完全に相手をする事をやめ、深く溜息を吐き料理に手を出す。

 

目の前には何かの魚の開きが皿に盛られていたので、身をほじくりだして食べる。

どうやら身が大きいこの魚、恐らくほっけだろうか、肉厚で油がしっかりとのっている。少なくともアジやサバの開きではない事は分かる。

僕は一つ疑問に思ったので、誰に言うでもなく口を開く。

 

「幻想郷にも魚は流通しているんだね」

 

僕がそう言葉を放つと、魔理沙が口を開く。

 

「何言ってんだ。普通に店に置いてあるぜ」

 

「君こそ何を言ってる。幻想郷には海がないのに、何故魚がいる」

 

「さあ。川にいたのをとっ捕まえてるんだろ」

 

「馬鹿を言え。淡水に海水魚がいるものか」

 

僕が魔理沙とそう論議を醸していると、霊夢が言葉を放った。

 

「それ、紫が外の世界から調達してんのよ」

 

霊夢が酒を飲みながらそう言ってきたので、僕は彼女の方へと視線を動かした。

 

「その通りですわ。人間達の食事が偏ってしまっては大変だもの。こうした対応も必要なのよ」

 

「紫様は幻想郷の管理者だからな。必要とあらば、こうした対処もするのさ」

 

紫に続き八雲藍がそう補足してきた。

つまるところ、遥か東に存在する幻想郷には海がない。

と言う事は海産物等から取れる栄養素が、幻想郷に住む人達は摂取する事が出来なくなってしまう為、食生活が不安定になってしまう。

その為、紫は外の世界から海の幸を幻想郷に提供することで、そういった不具合を解消していっていると。そういう事になる。

あくまで僕の推測だが、現時点ではこの解釈が最も納得できる事なのでそう解釈した。

 

「大変だね、管理人というのも」

 

「言葉以上に大変よ。どう、やってみる?」

 

「丁重にお断りさせてもらうよ」

 

おどけた表情でそう言う紫だが、管理の仕事に携わる気はないのでお断りした。

僕は趣味で店を営んでいる方が性に合う。あくまで趣味の延長線上だが、それが一番楽しい。

初めてお客さんに提供した料理は、確か桃の切り身にヨーグルトソースをかけた、少々洒落た料理だったと思う。

あの時、あの瞬間こそが、もしかしたら我が人生の岐路だったのかもしれないな。

 

 

その後も宴会は大盛り上がりであった。

特に幻想郷で力を持つ女達が囲うテーブルでは、スペルカードルール下による決闘も行われたりした。

何故そうなったかと言えば、言うまでもない。酔っ払い同士による戯れだ。

僕も執拗に誘われたが、どれもお断りした。

この時ばかりは妖夢も酔っ払っており、危ない手付きで剣舞を披露していた。誰かが斬り付けられるという事はなかったが、酔っ払いに刃物は持たせるべきではないと思うのだ。

 

僕はお酒があまり好きではないので、軽めのものばかり好んで飲んでいた為、酔っ払いはしなかった。

なので泥酔したグループ、弾幕ごっこを楽しむグループ、静かに酒を嗜むグループの三つに分かれており、僕はその中でも後者に当たる静かに酒を嗜むグループに属していた。

 

宴会も、もう一刻ほど経過すれば静かになるだろうかと考えていたが、そんな事はなかった。

女達の声は収まる事を知らず、引っ切り無しに会話が続く。支離滅裂な会話を仕掛けられた時には、流石に辟易とした。

それらも全て、静かに酒を飲む者達が集う場所に移動したおかげで、限りなくゼロに近付いた。

パチュリーやアリス、咲夜といった面々は常に落ち着いており、酒に飲まれるという事もなかったので、僕も腰を落ち着かせる事が出来た。

 

しかしながら不意に、パチュリーにこんな事を訊ねられた。

 

「貴方、こういう場の時ぐらい魔法を解いたら?」

 

飽きずに魚を突いているところ、そんな事を訊ねられた僕は箸を止めてしまう。

箸を置いて彼女の方へ視線を動かすと、彼女は此方を凝視していた。

 

「初めて会った時から気になってたのだけれど、貴方も魔法使いの類なのかしら」

 

「……どうしてそう思ったんだい」

 

「そりゃあ思いもするわよ。常に魔力を放出しているのだもの。しかもそれを看破されないように、二重に魔術を重ねているし」

 

パチュリーはそんな事を言って、料理を突く。恐らくであるが、彼女も多少は酔っ払っており、弁舌になっている可能性もある。

彼女は生粋の魔法使いであるらしい。個人的に魔法図書館を有しているくらいだ、研究心にも厚いのだろう。

 

「僕は魔法使いじゃあない。使える魔術は少しだけだし、今使っている魔法は神経系を強化する魔法で、アルコールを分解する役割を担っている」

 

適当に言葉を並べる。現時点で彼女が僕に対し、事の真意を見定めるのは極めて難しいため、僕の言葉が本物であるかどうかを確かめる事は出来ないはず。

彼女は此方に視線すら向けず、呟くようにして言葉を放つ。

 

「ふぅん、そうなの。いや聞いてみただけよ、別に何か疑ってるわけじゃあないわ。魔法使いとして、一辺の人間である貴方が魔法を使っているのが気になっただけ」

 

パチュリーはそう言って酒を煽る。

 

「稀にいるのよ、魔術を悪用する輩がね。そういった品位の無い輩に魔術を使われると、魔法使いの印象が悪くなっちゃうからね」

 

「魔法使いとやらも大変だね。僕は魔術にはあまり詳しくないから、そうした心配は無用さ」

 

「よく言うわ。多重に魔術を行使するのは高度な技術が必要なのに、貴方は平然とそれをやってのける」

 

私なら何重にもかけられるけどね、とパチュリーは自慢するようにそう呟いた。

 

確かに僕は酔っ払わないように、過剰なアルコール分を分解するように魔術を行使している。

恐らくだが、こうした身体に害のある事象に対して防衛する魔術は、多くの魔法使いが使用しているのではないかと思われる。

中には何も口にしなくても生きられるようになる魔法もあるくらいだ。魔法というものは奥が深い。

 

 

「ま、貴方が何の魔法を使っていようとも、私には関係ないけど」

 

パチュリーはそこで一度切り、酒を一口だけ飲んだ。

 

「貴方と魔法について論議するのも面白いかもね。どう、今度図書館で話でも────ッ」

 

言葉の途中、突然パチュリーが吹っ飛んでいった。地面に付くより先に、壁にめり込む形となっていたので、何だか滑稽だった。

一体何事だと思って周囲を見てみると、あれだけ居た女達が半分ほど居なくなっており、外を見ると大乱戦の模様を呈していた。

状況が分からずにいた僕に、近くにいた咲夜が説明してくれた。

 

「外で弾幕ごっこしてる連中が遊び足りないらしいですわ。どうやら遊び相手が欲しいみたいで」

 

そう説明してくれる咲夜も、表情は穏やかではない。頬には醤油と焼き魚の油分が混ざっていそうな色の液体が付着していた。

彼女の容姿を見てみると、引っくり返った料理やお酒が彼女の服を汚しており、隣りで寝ているフランドールの身を守るようにして立っていた。表情こそ笑みを浮かべているが、眉間には皺が寄っている。

 

「妹様に危害が及んでしまうと大変な事になってしまいますからね。悪いんだけど、妹様を看ていてもらえないかしら」

 

「わかったよ。気の済むまで遊んでくるといい」

 

「わ、私も……そうさせてもらうわ。あの泥棒魔法使い……ッ」

 

ナイフを持って飛翔していく咲夜に続き、先程吹っ飛ばされたパチュリーも分厚い本を持って外へ飛んでいった。

どうやら外で弾幕ごっこで遊んでいる連中が、神社内で飲んでいる人達に対してまで攻撃を行ってきたらしい。

景気付けだ、という事で大目に見ている者もいれば、流石に堪忍袋の緒が切れたと言わんばかりに、弾幕ごっこに参加していく者もいた。

またそれを観戦する者もいる。幽々子や紫はその中の一人であり、フランドールのように眠っている者は放置されていた。

 

「見ていなさい、うちの藍が勝つから」

 

「あら、うちの妖夢も中々だけど」

 

特にこの二人は、大乱戦の模様となった弾幕ごっこを楽しんでみていた。

 

「天道、貴方も参加すれば」

 

「僕はやらない。女子供の遊びに興じるつもりはない」

 

「うちの妖夢とはやり合ったみたいじゃないの」

 

「あれは仕合だよ。単なる決闘だ……というか。君のところの妖夢君は大丈夫なのか」

 

「どーして」

 

きょとん、とした表情で幽々子がこちらを見た。

しかしながら傍から見ている身分として、どうしたもこうしたも無い。

皆がそれぞれに弾幕ごっこで弾幕を飛ばしている最中、妖夢だけ夢中で刀を振り回しているのだ。それも物凄い勢いで。

 

「死人が出ても僕は知らないぞ」

 

「大丈夫よ。柔な連中じゃあないでしょ」

 

「そういう問題なのか」

 

「そーいう問題なの。あ、ほら見て、妖夢がもう負けたわ」

 

幽々子が指を差した先は、妖夢が藍の弾幕に巻き込まれ、更に魔理沙の極太の弾幕攻撃に包まれて見えなくなったところであった。

何を悠長な事を言っているのだ、と幽々子に言うと、あれで死ぬほど柔な子じゃないわ、と彼女が返した。

どうにも僕の周りには屈強な女の子が揃っているらしい。

 

「ダメねぇ、貴女のとこの庭師」

 

「全く、まだまだ半人前ね。でも私としては妖夢よりも、あれの方がダメだと思うのだけど……天道さんはどう思う」

 

「あれとは何だ」

 

僕がそう問い返すと、幽々子は黙って指を差す。

その先には何と、咲夜が主人であるレミリアに攻撃を仕掛けている様であった。

しかもナイフなどの攻撃ではなく、普通の弾幕攻撃によるもので、あろう事か自分以外の他人が撃った様に見せかけて撃つ、という高度な偽装工作までしていた。

 

「あれは……褒められたものではないと思う」

 

「そうね、従者としてどうかと思うわ」

 

「しかも時間を止めて確実に被弾させているとはね。余程主人に対してストレスでも抱えているのかしら」

 

「そう考えると貴女の妖夢は中々の従者だと思えるわね」

 

「そうでしょ?」

 

紫と幽々子がそう会話しており、僕も成る程、それは確かに。と頷ける納得の内容であった。

 

「でも貴女のとこの藍も、褒められたものじゃあないわよ。確か一昨年の冬に、私達に愚痴をこぼしていたし」

 

「……本当?」

 

「本当よ、本当。偏食がどうのとか、一々話が長いとか、脱いだものを自分で片付けないだとか……」

 

今まで外の弾幕ごっこに夢中だった二人も、身内話に没頭し始めた。

女性とは何とも気分の移り変わりの早い生き物だなと思いつつも、僕は人の少なくなったテーブルの隅に移動した。

 

 

「────貴方は不思議だとは思わない?」

 

「む、何だ」

 

隅で大人しくしていると、不意に声をかけられた。

声の主はアリスだったようであり、綺麗な金髪が僕の鼻先を擽ろうとする位置まで顔を近づけてきていた。

耳元近くで言われたので、声の大きさにも若干驚いた。

 

「最近、宴会が多い気がするのよね。ここんとこずーっと」

 

「別に良いんじゃあないのか。飲んで食べて好きなだけ騒げるのは、長い生涯の間のほんの少しの時間だけだからね」

 

「そういう事を言ってるんじゃあないの。何というかこう……不穏な気というかね。そういうのが宴会の度に大きくなっている気がするのよ」

 

アリスが酒も飲まずに、そう言い放つ。

 

「つまりね、誰かが能力を使って無意識に宴会を開かさせているのよ」

 

「……宴会を開く能力って事か」

 

そんな阿呆みたいな能力、今まで聞いた事がない。

 

「馬鹿馬鹿しい話だけどね。けれど、宴会の度に不穏な気が蓄積されているのは間違いないのよ。霊夢に言っても『まだ問題は起きていないから』って放置しているみたいだし」

 

「霊夢も何となく察している、という事か」

 

「そういう事」

 

あまりにも宴会の数が多く、その度に不穏な気が満ちていく、といった事らしい。

アリスは更に言葉を続けると、最終的に『これは異変よ』と断言した。周りが誰も動かないから、先んじて動こうといった魂胆らしい。

そしてこれが異変だとして、僕の意見を聞きたいとアリスが問うてきたので、言葉を返す。

 

「これが異変だとするなら、先ずはこの宴会を楽しめば良いじゃあないか」

 

「どうしてよ」

 

「異変の首謀者も宴会を開いて楽しんでいるかもしれないだろう。先ずは動くよりも観察をしたらどうだ、という話」

 

既に霊夢達はそうしているのだろう、と付け加えると、アリスが悩むような表情をした。

 

「そうね……言われてみればそうかも。事が起こってからでは遅いけれど、何か大きな事が起こる前には前触れがあるものね」

 

「そうだね。ま、先ずは落ち着いてリラックスしたまえよ。これ、僕の飲んでるお酒」

 

そう言って僕は、自分が飲んでいるワインをアリスに提供した。我が能力は真に便利である。

アリスは若干驚きながらも、その瓶を受け取ってくれた。

 

「赤ワインだよ、甘口のね。君達が飲んでるようなものと比べると随分弱い種類だけど」

 

「へぇ、そうなんだ。せっかくだし、頂くわね。どうもありがとう」

 

アリスはそう言って、赤ワインを人形に預けた。

彼女の人形にはそれぞれ名前が付いているらしく、今のは上海人形というらしい。

従者的な立ち位置なのか、彼女の言う事には従順である。

 

 

 

その後、宴会では様々な事が起きたが、割愛させてもらう。

確実に言える事は、僕は途中退室したという事と、宴会は翌朝まで続いたという事だけである。

 

 

 

 

 

 

 









以上となります。
ご評価してくださった方、ありがとうございました。
もう数話程で過去編に突入致します。作風ががらりと変わってしまいます。
それまでお付き合いいただけますよう、今後ともよろしくお願い致します。
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