東方外来禄 -往年幻想物語-   作:くりすてぃあーね2世

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巻ノ二十二 小さな大異変

 

 

博麗神社での宴会は、幾度となく開催されていた。

その後の二次会として稀に僕の店に訪れる者もおり、相乗効果のようなものもあった。

 

しかし気になる事もあった。

宴会が開かれる度に不穏な気が高まっている、というアリスの言葉である。

あれ以来アリスは異変について調査を進めているらしく、たまに僕の店に訪れては調査の結果を話していたりもする。

 

そして数日が経過していたが、異変の調査について、結果は芳しくなかった。

その事でアリスが愚痴を溢したりもしていた。

 

霊夢は調査に協力しないし、魔理沙には情報が何もいって無いらしく、異変だとすら気付いていないようだ。

咲夜に聞き込み調査にいけば、レミリアの相手で忙しいらしく相手にされない。

 

それで今度は僕に何か知らないかと訊ねてきたのだが、答えという答えを持っていなかったので答えられなかった。

 

 

更に数日、経過した。

今度は漸く異変を察知したのか、魔理沙が"異変の調査だ"と言って、ずかずかと上がり込んできた。

曰く、アリスに聞こうと思って問い質してみたらしく、何も教えてくれなかったという事で、弾幕ごっこで倒してきたと。酷い話である。

それで僕に、異変について何か知っているのではないかと、訊ねに来たらしい。

僕が、霊夢が何か調査を始めているんじゃあないのか、と言うと、魔理沙は軽く礼だけ言って箒に跨り何処かへ飛び去っていった。

 

 

一時間程遅れて、今度は咲夜が店に訪れてきた。

「レミリアは一緒じゃないのか」と訊ねると、惰眠を貪っているとか。従者らしからぬ口調であったのが記憶に残っている。

何の用か訊ねると、これまた異変について動いているとか。

そういえばと思い出し、魔理沙が霊夢のところへ向かっていったよ、と咲夜に告げる。

すると咲夜はお礼に加えて、今度紅魔館に遊びに来いという旨を告げて神社へ向かっていった。

 

 

 

漸く静かになったなと思い数刻が経過する。

やがて今度は、霊夢がお店の窓を割って来訪してきた。

何事だと霊夢に訊ねると、彼女はぷりぷりと怒っていた。

曰く、「魔理沙とメイドをけしかけて来たんだから覚悟は出来ているんでしょうね」、との事。

 

けしかけたとは心外だったので、僕は霊夢を諭した。

彼女は思いのほか短気のようで、始めこそ襲い掛からんばかりに激怒していたが、謝罪の言葉を述べているうちに冷静さを取り戻したのか、表情から憤怒の色が消えていた。

今度無料でサービスするよと僕が言うと、仕方ないわね、と霊夢は引き下がってくれた。正直、疲れた。

 

 

で、夜中になると今度は八雲紫がスキマから訪れてきた。

流石にこの時ばかりは、僕も辟易とした。何の用だと溜息混じりに訊ねると、紫はおどけた表情で答える。

 

 

「皆からお酒を頂いてきたから、此処で飲もうかと思って」

 

そういう彼女の手には、様々なお酒があった。

ブランデーやらワインやら、焼酎に加えて大吟醸。これ程のお酒を、一体誰が飲むのか。

 

「勝手に飲み物を持ち込むのはやめてくれ。飲みたい酒があるなら外で飲みたまえ」

 

「つれないわねぇ。せっかく私の旧友も来るのだから、盛大にやりたいのよ」

 

「それにしても、飲食店に個人的な飲食物を持ち込むのは非常識ではないか」

 

「では、このお酒を貴方にお売りしますわ」

 

紫はそう言うと、カウンターに続々と並べていった。よく見るとどぶろくまで置いてあった。

僕はそういう訳にもいかないというと、紫は『言い値でも構わないわ』と言うので、そこまで言うのならと僕は口を開く。

 

「しようがない、好きにしなよ。その代わり後片付けだとかそーいうのは、手伝いなよ」

 

「うふふ、善処致しますわ」

 

紫は艶やかな表情でそう答えた。

あまりにも胡散臭い奴なのでどうせ嘘だろうと思ったが、その時は藍に手伝ってもらう事に決めた。

 

 

 

*

 

 

 

慌しい一日が明け、再び朝日が訪れた。

今日は昨日と大きく異なり、平和な日常そのものであり、乱暴な来訪者など一人も現れなかった。

だが、今夜に限っては一件だけ、宴会の予約が入っていた。

 

先日の事だが「後日、日が落ちた頃に皆集まるわ」、と紫はそれだけ言い残して姿を消したのだ

という事は宴会は今夜を予定している事になり、時間的に今はもう夕方頃。まさに間もなく日没が始まる頃である。

ゆっくりしている場合ではないと思った僕は、直ぐに行動を起こした。

 

普段は営業しているので店内は整然としているが、宴会があるというのならばテーブル等を用意しなければならない。

カウンター席だけでは事足りないので、長テーブルや椅子などを用意しなければ。

食材等に関しては、まあ普段通りにしていれば問題はないだろう。

 

そして太陽が沈み宵闇が訪れると、直ぐに店の扉が開かれた。

僕がどうぞと言う前に、店の扉を叩いた者は中に入ってくる。

 

「あら、まだ誰も来てないんだ」

 

訪れたのは博麗霊夢であった。

 

「いらっしゃい。宴会の予約が一件入っているけど、君も参加者か」

 

「そういう事になるのかしら。あー、疲れた。椅子借りるわよ」

 

霊夢はそう言うや否や、近くに置いてあった椅子に乱暴に座った。

何か労働の類でもしていたのか、疲労しているようにも窺える。

 

「巫女の仕事ってのも楽じゃあないわねー。あ、お水ちょうだい」

 

神聖な巫女が椅子に踏ん反り返りそんな事を言うのだから、信仰もへったくれもない。

少なくとも僕の中にある巫女のイメージは確実に悪くなっているのは確かだ。

 

水を要求する霊夢にお冷を提供し、僕も椅子に落ち着く。

 

「皆が来るまで待つのか」

 

「そうね。魔理沙辺りがもう直ぐ来るんじゃない」

 

霊夢と二人きりになるのは思ったよりも気まずい。彼女は結構、淡白な性格をしているので、会話が続かない。

 

さて、皆が集まるまでどう時間を潰そうか。そう考えていたのだが、それは杞憂に終わる。

店の扉を二度ほど叩く音が聞こえ、再び来客。

どたどたと短い廊下を複数の足が駆け抜けると、僕達のいる部屋の扉が開かれた。

 

 

「よう、早いな霊夢」

 

訪れたのは魔理沙であった。霊夢は彼女の言葉に対し、「あんたが遅いの」と返した。

そして魔理沙の後から続くようにしてアリスも訪れていた。

 

「あれ、アリスも一緒なんだ」

 

「ええ。道行く途中で出会っちゃってね」

 

「なんだそれ、人を幽霊みたいに」

 

どうやら魔理沙とアリスは道中で偶然出会ったようで、目的が合致している事から同行する事になったのか。

どうぞいらっしゃい、と二人を店に招き入れると、なんと更に続くようにして扉をくぐる者がいた。

 

「彼女達も一緒に来たのか」

 

「一緒で悪かったわね」

 

僕は誰に言うでもなく、そう呟いた。

魔理沙、アリスと続いて訪れたのは、紅魔館の主であるレミリアに、その従者たる十六夜咲夜、そして本の虫パチュリー。

レミリアと咲夜は割りと訪れることも多いが、パチュリーが僕の店を訪れるのは恐らく始めてである。

僕はパチュリーに向けて言葉を放つ。

 

「いらっしゃい。君が来るとは珍しいね」

 

「珍しいとは何よ。貴方、一体私を何だと思っていたの」

 

小脇に本を抱える彼女がそう言い返してくるものの、個人的な図書館を所有している彼女に対するイメージは、引き篭もりに近い愛読書家である。

しかしそんな事を直接言ってしまえば反感を買うのは目に見えている為、言葉を選んで慎重に発言する。

 

「図書館で仕事をしているとばかり思っていたよ。君は多忙なイメージがあるから」

 

「……あっそう。そういう事にしておくわ」

 

パチュリーはつまらなそうにそう言った後、とことこと席の方へと移動し着座した。

 

女性が同じ場所に数人も集えば、流石に騒然とし始める。

特に人外が何人も居るので、その度合いも人間の比ではない事は明確であり、早速吸血鬼と巫女が口争いを始めていた。……巫女は人間であるが。

 

人数分のお冷でも用意しようかと思い板場へ回ると、突如として空間が裂けた。

最早お馴染みと化した、胡散臭い妖怪によるスキマによるもので、中から続々と人外が出てきた。

 

 

「勢揃いのようで」

 

そうのたまい先頭を優雅に飛び出てきたのは八雲紫であり、式である藍も後を追うようにして出てくる。

次に白玉楼の魂魄妖夢、西行寺幽々子が登場した。

 

「こんばんは、天道さん。今夜はお世話になります」

 

妖夢が主人に代わりそう挨拶を交わしてきたので、今日はゆっくりしていきたまえ、と返した。

すると僕達のやり取りを傍観していた魔理沙が茶々を入れてきた。

 

「何だかお前が言うとやらしいな」

 

「ちょ、それはどういう意味よ、魔理沙っ!」

 

「そのままの意味だぜ。なんというか、こう……普段とのギャップが」

 

「あ、それ分かるかも。普段は物静かなのに、こういう時だけ大胆なんだから。もしかして無意識なのかしら」

 

「生娘の癖にねぇ。今度、藍に房中術を教えてもらってはどうかしら」

 

幽々子が魔理沙の言葉に肩入れし、更に紫が茶々を入れた。

やんややんやと騒がしくなるのだが、多くは弄られキャラと化した妖夢に対する言葉であった。

それらに対して妖夢は物言いたげな表情をしているが、特に何を言い返すという事はせずに彼女は刀の鞘を手にした。

 

「…………斬る」

 

「うわっ、ちょ待て! 何で私にだけ斬りかかるんだよっ!」

 

空かさず抜刀した妖夢は、茶々を入れる幽々子と紫の間を抜け、その先にいる魔理沙に斬りかかった。

寸でのところで斬撃を回避する魔理沙だったが……店内で暴れるのはやめてもらいたい。

 

馴染みの者達が勢揃いした事により店内はより一層騒然とし始め、そろそろ飲み物を用意しようかと思っていた頃合、未だに開かれていたスキマから小さな影が飛び出してきた。

僕を含めそれに気付いた者がそこに視線をやると、今まで騒然としていた店内が瞬時に静寂に変わった。

そうして始めに静寂を破ったのは、その原因を作った小さな少女であった。

 

 

「あっはは! どーしたのさ皆、鬼の前じゃあ二の句も継げないのかい?」

 

薄い茶色の長髪に、頭部の左右から身長と不釣り合いの長くねじれた角が二本生えている、幼い少女の姿が僕の目に飛び込んできた。

白のノースリーブに紫のロングスカート、そして手にはこれまた紫色の瓢箪を紐から吊るし持っていた。

 

店内に居た全員が口をあける事もなく、突如来訪した自身を鬼と呼称した幼女に対し、冷めたような視線を送っていた。

実に気まずい……誰か何かしらの対応をしないか、そう思考していた時に紫が言葉を放った。

 

「そういえば貴方はまだ知らない筈よね。紹介するわ……伊吹萃香、私の古くからの友人よ」

 

閉じた扇子を伊吹萃香と紹介した幼女へ向け、そう言い放った。

当の伊吹萃香はといえば、何を考えているのか分からないような微笑を続けていた。否、若干酔っている風にも見える。

 

紹介されて押し黙るのは失礼だろうと考えた僕は、伊吹萃香へ向けて名前を名乗る事にした。

 

「僕は天道。君が今いるお店の店主をしている者だよ。よろしく、どうぞ」

 

「へぇ、あんたが紫がいつも言っている男かあ。ふーん……はーん」

 

まるで品定めをするかのようにして、伊吹萃香は僕の事をじろじろと見ていた。

あまり居心地は良くないので今すぐにでも止めてほしいと思ったが、そこは彼女が満足するまで黙っている事にした。

 

「なるほど、あんた只者じゃあないね」

 

「そんな直ぐにわかるのか」

 

「わかるよ。あんたを取り巻く雰囲気でね……ははーん、そっか。紫も遂に花を咲かせたってことね!」

 

「あんた、どーいう意味よそれ」

 

紫が伊吹萃香の言葉を聞きつけ、彼女へじりじりとにじり寄る。

 

「そのまんまの意味じゃんか。紫の知り合い、女ばっかり」

 

「それは関係ないでしょうが。そういう萃香こそ、浮いた話の一つも聞いたことないのだけど」

 

「私はいーのよ。くぅ、良いねぇ。男女の艶かしい関係ってのは! 紫はパトロンって感じだったけど、しょーがない! ここは鬼である私が人肌脱いでパトロンを────あ痛っ」

 

刹那、紫の扇子が萃香の頬を小突いた。

そして愉快そうに伊吹萃香は高らかに言い放つと、紫の直ぐ隣りを抜けて僕に近付き、耳打ちしてきた。

 

「あんたさ、紫とはもうしたの?」

 

艶やかな表情でそう耳打ちしてくる伊吹萃香は、若干酒臭かった。

僕は質問意味を何となく理解しつつも言葉を濁していると、伊吹萃香は更に言葉を続けた。

 

「だーかーらー、媾合したのかってこと! 付き合い長いんだろー、何せこっちは、数百年くらい前からあんたの話聞いてるんだからなー」

 

今度は僕の衣服を掴み、口を割らせるかのように強くそう言い放ってきた。

僕は少々難儀した末に、紫に助け舟を求める。

 

「……すまない、君の友人は既に酔っ払っているのかしら」

 

「そーかそーか、鬼には言えないような事をしてるんだね、あんたらは!」

 

果てには下卑た笑みを浮かべ、そう低めの声で言い締める。

なんだこの鬼は、酔っ払った中年親父のような言動ばかり。

紫もなんだか穏やかな表情ではなく、扇子を開き伊吹萃香の直ぐ背後にスキマを開いており、紫は伊吹萃香に肉薄した。

 

「あーもう、煩いわねあんたはっ! 少々ご退場願えるかしらっ」

 

そして伊吹萃香の頭を紫が扇子で小突いた。

 

僕としては、静寂していた場が思いのほか直ぐに騒然としだしてホッとしたのだが、それに伴うストレスも並大抵のものではなかった。

紫がスキマで伊吹萃香を連れて来たのにも関わらず、再びスキマの中へ押し戻そうとしていたのが何だか滑稽であった。……完全に他人事であるが、むしろ他人事だ。

 

「……んもう、貴女が宴会をしたいって言うから皆を集めたっていうのに。これじゃいつまでたっても始められないでしょうが」

 

遂に伊吹萃香がスキマの中へと消えていった。

 

……と思っていたのも束の間、次の瞬間には再びスキマが開かれ、少し離れた場所から吐き出されるようにして飛び出てきた。

 

鬼との小競り合いを終えた紫は若干息を切らしており、周囲も活気を取り戻していた中、式神である八雲藍が主人へ声をかけた。

僕はその光景を傍観している。

 

「紫様、落ち着いて下さい。皆、もう席に着いているんですが……」

 

「私は落ち着いているわよ。それはもう、自分でも驚く程にね。さ、私の事は気にしないで、藍も天道も座って座って」

 

既に着席している藍に諌められながらそう言い放った紫に対し、僕は注文表を持ち歩きつつも言葉を放った。

 

「君が座りたまえよ」

 

客人から気にせず座れと言われたものの、普通は逆である。僕は紫にそう告げ、注文表を客人たちへ手渡した。

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

どうやら皆、執拗に繰り返される宴会に疑念を抱き、各々で異変の調査を行っていたらしい。

その調査の結果、八雲紫の旧友"伊吹萃香"が異変の黒幕だと判明したようだ。

最初に気付いたのがアリスであり、討伐に向かったものの返り討ちに遭い、その後に魔理沙が続き、これまた返り討ち。

順々にそんな事を繰り返すうちに時間は経過し、やがて霊夢が伊吹萃香と対峙し、苦戦の末に伊吹萃香に「参った」と言わせたらしい。

 

そして幻想郷の異変では定番となっているらしい、異変後の宴会……そこには何故か、異変の黒幕も参加しており、ある種の"仲直り"といった意味が込められているのではないか、と僕は思う。

紅い霧の異変の時も博麗神社で宴会が行われ、春雪異変の際にも博麗神社で花見ついでの宴会が行われた。稀に僕のお店に全員で顔を見せた事もあり、異変特需とでも言うべきか。

 

毎回お馴染みとなっている面子に加え、今回は鬼である伊吹萃香が参加している。

通常の面子でさえも湯水の如く飲食を行うというのに、鬼である伊吹萃香は……紫曰く『一升程度じゃあ半刻ともたない』との事だ。

 

ともあれば今回の方針はただの一つ。

"質より量"である。今までは女性向けに洒落た料理などを拵えていたが、今回のような宴会ではそんなもの必要ないだろう。

適当に揚げ物や味の濃い物、程度の良いお酒を提供していれば良い……のだが、それが一番骨が折れるのもまた事実。全て僕一人で行わなければならないのだから。

 

 

宴会を開始して半刻ほどは、ずっと厨房にいた。

テーブルにお酒をあらん限り提供した後、今度は黙々と料理の製作に取り掛かる。

幸いにも藍と妖夢が応援に駆けつけてくれたおかげもあり、ウェイターの仕事は全て彼女達に任せ、僕は料理作りに専念した。

 

料理は手間の掛かるものから掛からないものまで、様々なものがあるが、簡単なものは藍と妖夢に任せ、僕は手間のかかるものを作った。

 

 

「すまない、天道。これはどーやって作るものなのか教えてくれ」

 

藍がとてとてと僕の横に歩み寄り、パックに入った食材を提示しそう質問してきた。

 

「そこのレンジがあるだろう。袋をあけて、お皿に乗せて中にいれたまえ。設定は6分でいい」

 

「ふむ……珍妙な仕掛けだな。こんな機械で料理が作れるのか」

 

「わあ、これの小さい奴なら里で見かけた事ありますよ! すごいなぁ、こんなにおっきいのまであるんですね」

 

「最近になり里にも便利な機具が普及されているからな、ちょっとやってみせてくれないか」

 

何やら藍が妖夢にレンジで解凍をする作業を代行させているやり取りが、僕の耳に飛び込んできた。

 

「やってみますね。…………えーと、これを……こうかな……────っ!?」

 

「な、なんだ壊れたのかっ」

 

刹那、電子レンジが甲高い機械音をあげて、操作を間違えた妖夢に対して抗議の音を鳴らし始めた。

戸惑う妖夢に釣られて焦る藍……しようがないと、僕は仕事を変わる事にした。

 

「やっぱり君達が料理を作ってくれたまえ。僕が変わろう」

 

「すみません……私が至らないばかりに」

 

「気にしないでくれ。君達の方が僕よりも料理上手だろうし」

 

申し訳なさそうに苦笑いを浮かべる藍と妖夢の横を通り過ぎ、僕は未解凍のパックを手にした。

レンジに入れて僅か数分で美味しい肉料理が出来るという、実に優れた冷凍料理である。

 

ふと破り捨てられたパックに目がいった。

袋の隅には三日月のマークが印刷されており、僕はそれをいつまでも眺めていた。

何となく昔の記憶が掘り起こされ、ノスタルジーな気分に浸ってしまいそうになった時、我に返った。

 

 

 

 

*

 

 

 

 

「ちょっと天道、こっち! こっち座って!」

 

おつまみをのせたお盆を持ち、テーブルへ戻るとレミリアにそう言葉を投げかけられた。

見ると頬は赤らんでおり、隣りに座っていた咲夜が申し訳なさそうな表情で僕を見ていた。

 

放っておいては機嫌を損ねられてしまうだろうと思い、僕は素直に言葉に従った。

 

「どうかしましたか、レミリアさん」

 

「どうしたもヘチマもないわよ。これ、これ見て!」

 

袖を物凄い力で引っ張られテーブルの上を見ろ、と示唆されたので、視線を向ける。

 

「これは……普通のオムライスでは」

 

テーブルの上には極普通のオムライスが置かれており、まだ手は付けられていなかった。

特に変わったところのないオムライスであるが……よく見ると、ケチャップがオムライスの中心に、まるで太陽を象るかのようにして塗布されている。

 

「もしかして、このケチャップが気に入らないのですか」

 

「そうよ! 憎き太陽を調味料で象るなんて……よりにもよって、誇り高き吸血鬼である私に向かってっ!」

 

レミリアは憤怒していた。

オムライスの味付けでもなく、卵の焼き加減でもなく、その怒りの矛先は調味料であるケチャップに向かって。

 

やり場のない怒りを僕にぶつけているのだろうか、では僕はその事に対し、どう返事をすれば良いのか。そう悩んでいると、誰かが口を開いた。

 

「んじゃ、あんたはいらないって事ね。私が食べちゃおっと」

 

「べ、別に食べないとは言ってないよっ」

 

「どーせ少ししか食べないんだろ、レミリア。残りは私がもらってやるから、安心して食べ残せよ」

 

「そうねぇ、せっかく天道さんが作ってくれたって言うのに。人が心を込めて作った料理を残したら、作った人に悪いものね」

 

霊夢と魔理沙がそうレミリアに向けて言葉を放った。

レミリアは何かを言いたそうに唸ってはいたが、反論はしないのかただ押し黙っているのみであった。

 

よく見るとレミリアの周囲には溢したお酒と、食べかけの料理がいくつも置いてあった。

否、宴会のため誰が何を食べようと構わないのだろうが……何故か単品のものばかり、それも一口二口程度しか食べてないものがいくつもある。

ひどい物に至ると、一本の串に四つの食材が刺さっている焼き鳥が、三つ残しで無造作に置き去られている事だ。

 

「レミィ……流石に私も弁論は出来ないわ」

 

「お嬢様……」

 

「す、少しだけ味を確かめただけなんだけど! 私はグルメなのよ、グルメ! ……あー、美味しいわねぇ、このリゾットは」

 

「それはピラフですが」

 

リゾット美味しい、とのたまうレミリアだったが、よく見るとそれは冷凍物のピラフだった為、その通り指摘してあげた。

僕が指摘すると、レミリアはピラフをスプーンで掬った体勢のまま硬直していた。

くすくす、と笑う声が違う席から聞こえてくる。霊夢と魔理沙がニヤニヤと笑っており、地味にアリスも意地の悪そうな笑みを浮かべていた。

 

「グルメが聞いて呆れるぜ」

 

魔理沙が呆れ混じり、笑い混じりにそう言い放つと、レミリアがテーブルを少し強めに叩き、立ち上がった。

 

「ええい、煩いっ! こうなったら勝負よ、勝負!」

 

「やらねーよ!」

 

弾幕ごっこを嗾けるレミリアであるが、流石に弾幕ごっこが好きな魔理沙でも、その誘いは断った。

その後に咲夜が諌めに入り、事が大きくなることはなかったが……此方の面子はいつも通りの調子であった。

 

 

一方で大人びた雰囲気を醸し出すテーブルがあり、去り際にそのテーブルへ視線をやると、焼酎を嗜んでいた紫と目が合った。

紫意外にも幽々子、伊吹萃香と強者揃いのこのテーブルは、申し訳ないがあまり近寄りたくない。

と考えていると、伊吹萃香が紫へ耳打ちをしており、何か企んでいるのかしらと推測していたのだが、次の瞬間には紫が伊吹萃香の額を小突いた。

そしてちょいちょい、と幽々子が僕の事を手招きしているのに気付き、覚悟を決めてかのテーブルへと接近した。

 

「おつまみ、なくなっちゃった」

 

「なるほど。もう少々お待ち下さい、今作って参りますので」

 

幽々子の周囲には料理を食べ終えたお皿がいくつも並んでおり、窮屈そうにしてグラスが置かれていた。

おつまみを要求する幽々子に対し、少し待てという旨を告げた僕は、早々に厨房へと移動する……筈だったのだが。

 

「ちょっと、店員さん。食べ終えたお皿を片付けてもらえないかしら。後、この小煩い鬼で素敵な料理を作ってもらえると嬉しいのだけど

 

そう口にしたのは紫であり、見るとべたべたと伊吹萃香に粘着されており、鬱陶しそうに鬼の頬をぐいぐいと押し返していた。

最後に「そーねぇ、鬼の兜焼きとか食べてみたいわね」と言い付け加えると、伊吹萃香の長い捩れた二本角が萎縮している様を見る事が出来た。

 

「ひどいなー、もう。良いじゃん、教えろよー、どーせ減るもんじゃあないわけだし」

 

「人に話すような事でもないわよ。長生きしていれば出会いの一つや二つ、貴女にもあったでしょうに」

 

「そりゃあそうだけどさ。私の出会ったのは皆が皆、普通の人間か三下妖怪だけ」

 

ぐてぐて、と会話をする二人に対し、何の話をしているのか、と訊ねた。

すると伊吹萃香が此方へ振り向き、嬉々とした表情で口にした。

 

「あんたと紫の出会った時の事さ! あの紫と親しい異性がいるって事を知った時は、私の自慢の角も折れるかと思ったよ。

ささ、聞かせておくれよ、一体どういった経緯で出会ったのかを!」

 

瓢箪から酒を飲みつつも、伊吹萃香がそう質問してきた。

僕は質問に難儀し、紫に視線を送ると此方の方など見てすらいなかったので、仕方無しにと言葉を返す。

 

「伊吹さん。あまり人の過去を詮索するのはよくない。それに、話すような事でもないだろうし」

 

「別に萃香でいいよ。あんたまでそーいうって事は、やはり何か……曰く付き?」

 

「僕がそういうのは、出会った当初の事をよく憶えていないだけ」

 

酔っ払った鬼の相手は凄く疲れるという事を、今夜知った。

あまりまともに相手をしても疲労するだけという事は紫も承知済みのようで、宴会という事で更に酒が加速しているのも原因か、萃香という幼鬼はひどく酔っていた。

親しくない僕でも分かる。それはもう、呂律が回っているのが不思議なくらいだ。

 

「あまり彼を困らせないであげて。彼、こう見えても結構、繊細な性格をしているんだからね」

 

紫が僕へ手を差し向け、そう説明した。

 

「ふーん、性格まで知り尽くしてるんだ。まるで夫婦みたいな関係だよね、二人とも。これが遠距離……なんたらってやつか」

 

「紫、この酔っ払いは何とかならないのかい」

 

高笑いする萃香を尻目に、僕は紫にそう耳打ちする。否、普通の声でそう訊ねた。どうせ萃香に聞こえたところで、酔っているのだしどうだって構わない。

紫は少し考える仕草をした後に、彼女は僕の耳元に口を近付け、耳打ちした。

 

「何とでも言わせてあげればいいわよ。別に私達が夫婦って噂されたところで、何か支障を来すわけじゃないしね」

 

「それは困る。僕達はただの知人だから」

 

楽観的な考えの紫に対し、僕はそう言い放った。

紫は何だか表情を凍りつかせていたような感じであったが、変な噂を流されたくない僕としてはそれで妥協は出来ない。

君も分かっているのなら何とか萃香の勘違いを振り払ってくれ、と紫にお願いした。

 

「あら紫、もしかしてフラれちゃった」

 

「そういうのじゃないって!」

 

幽々子の茶々に、紫が即座に否定を入れた。

 

勘違いしないように心がけているが、紫は別に僕の事を好いていない。

単純に利益があるから僕の事を気にかけているだけで、それ以上の理由はないだろう。

胡散臭くも、少女の姿の癖に妖怪の賢者と呼称されるくらいだ、何かしらの思いがあって行動をしているのは間違いない。

 

僕はそう考え辟易としてきたので、早々に厨房へと移動した。

騒然としていた場から離れると、若干であるが少女達の声も小さくなり、それが厨房に着いた事を示していた。

 

 

「……天道」

 

厨房にて作業を続行しようとしていた時、一呼吸置いて八雲紫も厨房へ進入してきた。

僕は作業をしながら後ろから声をかけてきた紫に対し、応対する。

 

「何か用」

 

「……まだ気にしているの?」

 

紫はそんな事を言い放ってくる。

何の脈絡もなく突然疑問系で訊ねられたものだから、僕はひどく辟易とした。

 

「何のこと」

 

思考するのも面倒臭い。紫は一体何についてそう質問してきたのか、その意図を聞く為に短く言葉を返した。

すると紫は様々な事柄についての言葉を放ってきた。

先程の宴会の席で、彼女なりに何か思った事があったのか。聞いているだけでもうんざりとする話ばかり、彼女は振ってきた。

 

ずっと口を閉じて沈黙を貫いているのも釈然としない。紫の言葉の切りの良い部分で、僕は言葉を挟んだ。

 

「過去の事を詮索されて良い思いをしなかったのは分かるわ。ごめんなさい、私の配慮が足りなかった……」

 

「ひとつだけいいか」

 

「……ええ、何でも言って」

 

嬉々としているわけでも、悲愴感に包まれているわけでもない、そんな中途半端な表情の紫が僕を見据えていた。

一瞬。ほんの呼吸二つ分ほどの間合いをあけ、言葉を紡ぐ。

 

「僕は君のことが嫌いだ。長い年月を経たところで、その気持ちに変わりはない」

 

「…………ええ」

 

「でも勘違いはしないでほしい」

 

そこで一度言葉を切り、続ける。

 

「君には恩義を感じているし、一人の妖怪として尊敬すらしている。君が困っていたら力を貸すし、食べたい料理があれば直ぐに作ってやれる。

過去の葛藤なら僕の中で既に決着はついているからね。許す、許さないの問題じゃあないのさ」

 

言いたいことだけを述べ、紫に下手な言葉を言うのは止めろ、と釘を刺した。

何やら昔の事を掘り返した事により、僕の機嫌を損ねさせてしまったと思っていたのだろうか。そんな事はない。

 

「……そうね。貴方がそう言うのなら、そういう事にしておきましょう」

 

「そういうこと。何か食べるか」

 

「刺激が欲しいわね。とにかく、凄く辛いのを頂戴」

 

扇子を開いた紫がそう注文をすると、僕に背を向けて厨房から出て行った。彼女の背には若干だが、哀愁が漂っていた。

辛いものを食べたいというのだから、適当に唐辛子やしし唐などを選別し、まな板の上へと並べた。

 

……もっとも、過去に囚われているのは僕の方かもしれない。

 

 

*

 

 

 

 

やがて夜は深まると、丑三つの刻が訪れた。

有限の世界を生きる少女達であるが、昼間も夜も関係ない。喩え宵闇の世界に変わろうとも、宴会の熱が下がる事は無かった。

 

けれども流石に人間ともあれば、腹に限界は訪れる。

別腹という概念が存在するとはいえ、人間の食べる量には限界があり、比較的体格の小さな少女達は皆、主食に手を付ける事はなくなっていた。

ともあれば重要になってくるのがお酒と、それに合ったおつまみ。

 

おつまみ程度ならば僕一人でも作れる為、今までお手伝いをしてくれていた藍と妖夢にお礼を告げ、宴会に参加しておいでと伝えた。

 

料理をカウンターに運ぶ度に声をかけられるので、中々仕事が捗らない。

多くは追加のオーダーを要求する声なのだが、中にはとんだ世間話をふっかけてくる者や、僕の意見を要求する声など種々あった。

 

それら全ての攻撃を掻い潜る間に、注文は少なくなっていった。

丑三つ時ともなればお酒につまみに、くだらない世間話に華を咲かせるので精一杯、注文は激減していた。

漸く一息つけるなと思った僕は、適当に空いた椅子を選別し、その上に座り空いた時間寛いだ。

 

「なぁなぁ、天道。こんなに沢山の料理を作れる程の食材が、こんな小さいお店の何処にあったのさ」

 

不意に萃香がそう質問してきた。

別段隠すような事でもないので、素直に「厨房に保管してある」と答えておいた。

 

「鬼に嘘ついたら後が怖いよ。さっき見に行ったんだけどねぇ、何処にも置いてなかったぞー」

 

「勝手に入ったのか。それは宜しくないね。お酒が欲しかったのなら、冷蔵庫の中に保管してある」

 

「お、勝手に持っていっていいのか?」

 

「いいわけないだろう」

 

しれっとした表情で魔理沙がそう言ったきた。この娘は泥棒の素質がある。

 

「ま、詳細は教えない。好きに推測したまえ」

 

「うわっ、またそれね。いい加減、仕組み程度教えてくれてもいいじゃないの」

 

紫がそんな事を言ってくるので、僕は言葉を返す。

 

「君の能力と似たような仕組みだよ。境界という程、高度な事象ではないけど」

 

「ふーん。紫の能力って確か、境界を操れるとか何とか」

 

「胡散臭い能力ねぇ。私の崇高な能力と比べたら随分」

 

鼻高々といった感じで、レミリアがそう呟いた。

因みにレミリアの能力は運命を操る程度の能力であり、紫の能力は境界を操る程度の能力だ。

今更ながら思考すると、この場にいる全ての者が能力を有している。

話の中で耳にしただけで詳細は不明ではあるものの、どの娘も実力者であると同時に、幻想郷の種族間の力関係を維持していく為には必要不可欠な存在である。

 

 

「天道さん、葡萄酒持ってきてー」

 

「私は焼酎な。アリスがマッコリで、えーとパチュリーが……」

 

華奢な容姿に中身も只の人間と変わらない少女達であり、宴会の時にはここぞとばかりに、大いに騒ぐ。

けれども異変の際には、これほど頼りになる者は他には存在しないだろうと思えてしまう程、彼女達は強く、逞しい存在である。

 

そして今日もまた、僕の知らないところで一つの異変が、少女達によって解決されたのだ。

幻想郷に住まう少女達は異変事を、僕は僕にしか出来ない事を────今はそれだけでいい。

僕はこうした何気ない日常のひと時を、大切にすることにしている。

 

 

────第百十九季、星と冬と金の年。

春と共に訪れた小さな百鬼夜行は、次第に幻想の郷に馴染んでいった。

新たな仲間を歓迎するかのようにして開かれた小さな宴会は、小鳥達が囀りを始める頃合まで続いたという。

 

彼は当の出来事を小さな帳面にまとめ、記録として残していった。

誰の目に触れるでもなく、記録をまとめた帳面は机の引き出しの中におさめられ、彼はその部屋を後にした。

 

 

 

 

 









以上となります。
次話で一度、幻想郷編の話は止まり、過去編の導入部へ突入します。
つきましては筆者が考えている事がありますので、まとまり次第にてお知らせ致します。
それでは第二十二話、小さな大異変でした。
次回もよろしくお願いいたします。
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