東方外来禄 -往年幻想物語-   作:くりすてぃあーね2世

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巻ノ二十三 永夜の夢

────それは美しい月。

 

秋を迎えた幻想郷は、様々な生物達が冬の備えを開始し、また幻想郷にある壮大な山は紅葉で埋め尽くされた。

食欲の秋、芸術の秋とも言われる季節であるが、果たして幻想郷は何の秋に該当するのだろうか。

宴会の秋か、弾幕ごっこの秋か。それとも、異変往来の秋か。

 

夜空に浮かぶ玲瓏たる満月だけが、その答えを知っている。

 

 

満月は古来より、妖怪の潜在的な力を湧かせる効力があり、それは今も昔も変わらぬ効力を持っている。

地上を隈なく照らす満月の光は、巨大な妖怪種から小さな端虫に至るまで、生命の活力を与えていた。

 

生きとし生けるもの全てに特別な力を与える満月であるが、その満月から負の影響を受ける者がいた。

 

それは、彼である。

 

普段は夜中まで営業を続けていた彼であるが、今日だけは店の扉を硬く閉ざしていた。

扉の前に掛けられた表示板は返されていないものの、誰も入店出来ぬように簡易的な結界術まで施されていた。

 

彼は店の中に造られた私室へ閉じ篭もっており、椅子に座った状態のまま小さな唸り声をあげる。まるで何かを我慢するかのような、苦痛に満ちた表情をしている。

やがて彼は静かに立ち上がると、拙い足取りで机の前まで移動し、グラスの中に注がれた水を口にした。

 

過酷な状態の中、彼は眠る事も忘れて延々とうなされていた。

────直に夜が明ける、それまでの辛抱だ

そう心の中の自分へ強く言い聞かせると、彼は再び椅子に座り、表情を歪めた。

 

 

事情を知らぬ一人の妖怪が、彼の店を訪れた。

何かの間違いで客が訪れぬよう周到に結界まで張っていた彼は、まさか店に客人が訪れるとは夢にも思っていなかった。

しかし、その客人は正門である扉からではなく、空間の裂け目からひょい、と身を乗り出してきて入店してきたのだ。

 

八雲紫である。

 

彼女は、彼には特殊な事情がある事など露知らず、普段通りの艶やかな表情のまま、彼の下へと移動した。

店内に木霊する彼を呼ぶ声は、勿論彼の耳まで辿り着いた。が、しかし、今の彼に彼女の言葉を聞き取る程の余裕はなく、言葉が返ってくる事はなかった。

間もなく、紫は天道の下へと辿り着く。カウンターにいないのなら、私室にいるのだろう。そう推測した紫が、静かに彼の私室の扉を開けた。

 

「ちょっと、聞こえてるのなら返事くらいしなさい。どうしたの、蹲っちゃって。具合でも悪いのかしら」

 

「な、何だ……君か。……何の用」

 

表情を苦痛に歪めた天道は、鋭い視線を紫に送った。

彼女はその事に若干驚きつつも、普段と変わらぬ口調で用件を述べる。

 

「あの夜空に浮かぶ満月、何処か奇妙だと思わない?」

 

「満月……だと」

 

「ええ。本当に微々たる事だけれど、あれは古から幻想郷を照らす満月とは違う……言わば、偽者の満月」

 

紫は彼の状態など関係無しにと、口早に言葉を続ける。

 

「真実の満月じゃあないって事よ。妖怪は満月の影響を強く受ける者もいる……あれが偽者の満月ならば、幻想郷に住まう妖怪達に予期せぬ事態が起こるかもしれないの」

 

「…………それと、これと……僕に何の関係があるんだ」

 

「これが異変だというならば、早急に解決しなければならないわ。その為にも私の後ろを任せられるような、心強い味方が必要になる……後は分かるわね」

 

そこまで言葉を述べ、紫は彼へ向けて手を差し伸べた。

恐らくこの手を取れば、それで契約が成立するのだろう、その事を知ってか知らずか……彼はその手を、振り払った。

 

 

「……天道?」

 

唖然とした表情で紫は彼を見据えると、彼は苦しそうな表情で紫を睨み付けた。

 

「……帰れ、僕に構うな。……さっさと出て行けよ」

 

「ちょ、ちょっと、何よその態度。私はただ、貴方の力を借りようと思っただけで」

 

「なら他を当たれよ……僕は今、凄く体調が悪いんだ………ッ…君の力にはなれない」

 

彼は辛そうにそこまで言葉を紡ぐと、再び顔を俯かせた。

まるでもう"お前の事は相手にしない"と言わんばかりに、紫から目を背けた彼に対し、紫は彼の体調を気遣うかのようにして、彼の下へと歩み寄った。

 

「体調が悪いの? やはりあの偽の満月が原因かしら……ちょっと見せてみて」

 

紫がそう言いながら彼に近付き、手を伸ばせば互いに触れ合う事が出来る距離まで近付いた瞬間、彼が激昂した。

仇敵を睨むような視線で彼は、紫に対し手を振るった。

 

「僕に近寄るなっ! 早く出て行けと言ってるだろッ!」

 

「ッ……?」

 

彼の振るった手は、歩み寄ってきた紫を強く押し退けた。

予想外の事態に紫は困惑し、言葉を放つ事も忘れ、ただ呆然と立ち尽くしている事しか出来なかった。

彼は弱々しく言葉を続ける。

 

「異変を解決したいのなら他を当たれ……代わりになるのはいくらでもいるだろう。……いつまでも僕に付き纏わないでくれ」

 

そう呟いた彼は視線を落とし、俯いた。誰とも関わりたくないと意思表示をしているかのような姿勢は、紫をひどく困惑させた。

彼女は彼の豹変する様を見て、恐らく偽者の満月が原因だと推測すると、この場で追及するような言葉は避け、普段通りの落ち着いた口調で言葉を紡いだ。

 

「……そ、そう。ごめんなさい、もうこんな事は言わないわ。……その、お大事にね」

 

彼を気遣うような言葉を並べるも、彼からの返事が返ってくることはなかった。

 

事態が更に深刻なレベルになる前に異変を解決しなければ。そう思った紫は彼の店をスキマで離脱すると、次なる行き先へと向かった。

博麗の巫女が住まう、博麗神社だ。

この後紫は霊夢と二人で異変解決に臨み、明ける事のない夜を訪れさせる事を、彼は知らなかった。

 

 

 

八雲紫が彼の店を去った後、彼は寝室へ移動すると寝具の上へ横になり、静かに瞳を閉じた。

まるで苦痛を耐えているかのような表情は、先程よりは穏やかになったものの、彼の何かを我慢するかのような状態は治まることはなかった。

気付くと彼の周囲は濃厚な魔力で溢れており、それは彼を原点として発生していた。

 

魔力で無理矢理何かを押さえ込んでいるのか────果たしてそれは、偽者の満月に当てられた事によるものなのか。

 

ある妖怪種には、満月の効力により変身をする種族も存在する。

童話等で有名な"狼男"も、ただの人間が満月に当てられる事により、狼化してしまうのだ。

所謂"獣人"と分類される種の多くが、普段は人間の呈をしながらも満月を視界におさめることにより、獣の血が強く出てしまうことによるものである。

 

しかしながら、彼……天道は獣人などではない。獣の血が混ざったという混血種でもなければ、純粋の獣でもない。

ならば何故天道は、満月を前にして喘ぎ苦しみ、果てには長い付き合いにある紫に対し、豹変した態度をとってしまったのか。

 

それは彼だけが知る、心の奥深くに"思い出"として閉じ込めた悠久の記憶の中に、答えは潜んでいる。

 

果たして天道という男は何者なのか。

何故彼は幻想郷に降り立ち、幻想の少女達と戯れるのか。

そもそも彼は"人間"なのだろうか。或いは妖怪の血筋や、神々の系統という事もあるかもしれない。

 

けれども彼は、自身の生い立ちを露呈させるようなことは決してしなかった。

何が起きても泰然としたその態度は、確実に先天的なものではない。

 

彼は一体、どのような過去を歩み、幻想郷にまで到達したのか。

 

一人の男は静かに瞳を閉じると、やがて意識を失う。

往年の記憶を夢に描くは吉夢か、或いは悪夢か────彼は永い夜の訪れの前に、永い夢を見る。

 







以上となります。
この話と次話が過去編の導入部となります。
過去編に関しましては、滞りなく投稿をしたいと思っておりますので、執筆に一区切りがつき次第投稿させて頂きます。
現在では十話以上は仕上がっておりますので、もう暫くお待ち下さいませ。
それでは、今後ともよろしくお願いいたします。
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