東方外来禄 -往年幻想物語-   作:くりすてぃあーね2世

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巻ノ二十七 栄光の能力

 

 

 

 

────月には"穢れ"と呼称される一種の有害物質が存在していた。

存在していたと表現するが、月の民が大いに嫌うその有害物質は、最終的に生物を死に追いやるといわれ恐れられていた。

 

穢れについていくつか説明され、何となくであったが理解するに至った。

一つは穢れにより寿命が発生する事。

月で地上と呼称されている惑星には、太古の争いにより穢れが発生し、穢土と呼ばれる程になっていた。

生きる事が死を招く穢れた世界なのだ、と俺は一冊の歴史書から読み知った。

 

もう一つは"穢れ"を大いに嫌う月の民は、法律によって穢れた者を地上に落とす事が許可されているという事。

つまり特定の機関や国家から"穢れている"と判断された場合、直ちに拘留され隔離されると、特別な事情が無い限り地上へと追放されてしまうらしい。

 

その事を羨道から知らされた俺は大いに身震いし、一瞬ではあるものの月の都に行くのは止めようかと考えてしまうくらいであった。

そして"穢れ"というものは誰にでも存在するものであり、通常の月人は人間の感覚では察知できない程度の穢れは持っているらしい。

当の俺はといえば、数値化すると三桁は優に超えてしまう程の穢れを有していた。

 

このまま月の都へ行くのは危険だと判断され、暫くの間投薬などをされて穢れを除去する事になった。

綿月家の警備隊登用試験は数ヶ月も先の話であり、その間に穢れを浄化できるのならば都合の良い話であった。

 

 

「穢れは……そうだね、君にも分かりやすく説明するなら、"放射線"のようなものかな。似て非なるものだけどね」

 

羨道は俺にそう説明した事もあった。

視界に映る事もなく、微量ならば直ちに人体に影響する事もなく、かつ一般の民衆にとって路上に転がり落ちた石ころほども気にかけないそれは、適語でもあった。

無論、気にする人は気にする。それはどちらかといえば一般人よりも、専門家や科学者の傾向が高いだけであり、平凡な生活をしている主婦やサラリーマンは、身近に微量の穢れが存在したところで、気が付く筈もないらしい。

 

 

当面の俺の目標は決まった。

先ずは綿月家の警備隊登用試験に合格し、うまく綿月家に取り入る事。

そうした上で綿月家の管理する研究所から、羨道が欲しているという薬品を入手する。

薬品と交換条件で、羨道が性転換をする事の出来る薬を製薬してくれるという事だ。

 

性転換する事の出来る薬というよりかは、魔法による性転換の術を助長する程度の効能があるだけである。俺自身の願望を叶える為には、簡易的でも構わないので魔法を身につける事。

急に魔術を憶えろと言われたところで、俺としては行動のしようがなく、途方に暮れていると羨道が助言をしてくれた。

 

「かつて魔術に関する研究が盛んだった頃もあるからね。基礎的な内容に関しては魔術書として公にされていると思うけど」

 

その言葉により、微かであるが希望が見えてきた。

魔術が行使できる確率はゼロではない、という事だ。

羨道は続けてこんな事も言っていた。

 

"できるできないはその人の才能次第だ"

 

多くの研究者や研究学生が魔術に関する研究に没頭したというが、実際に魔法を使えるようになったのは一握りしかいないらしい。

それもかなり簡易的なもので、小さな火花を散らしたり、そよ風を発生させたりと、その程度の事。

やがて魔術の研究に取り入る研究者は数を減らし、今では熱心に研究する者が居るかどうか。

 

俺に魔術が行使できるのか──本当のところは自信など欠片もない。

その旨を羨道に告げると、彼はしれっとこんな事を言ってきた。

 

「何を言っているのだ。君は仮にも能力者だろう。少なくともそこいらにいるボンクラと比べれば、君の方が遥かに才能があると思うが」

 

俺が不思議な力と呼んでいたそれは、実は月の民にも力を保持している者がいるらしく、俺だけが特別というわけでもなかった。

 

そして数日ほど月日が経過する。

俺は今、羨道により"綿月家警備隊登用試験"の対策を講じられていた。

 

 

 

 

*

 

 

 

「天野君。今の状態で試験に臨んだら、確実に落ちるよ」

 

突然、こんな事を言われた。

俺は羨道が何を言っているのか理解できず、目下の新聞から目を逸らした。

 

「何言ってるんだよ。どうして俺が試験に落ちると、そう断言できるの」

 

「それだよ、その言葉遣い」

 

今度は指摘を交えてそう言葉を放ってきた。

 

「綿月家は由緒正しき名家……試験に重きを置くのは、人の成りや品行の良さだ。天野君がどんなに試験で立派な成績を残したところで、人間性が失われてしまっていては、受かるものも受からない」

 

羨道はそう説明した。

俺も自分なりに月の歴史に関してや、綿月家周辺についても調べてはいる。

 

綿月家は代々警備の業務を生業としている、いわば一つの組織ともいえる集団だ。

月の都に存在する警備隊は綿月家以外にも存在しており、中でも綿月家は名を取っても実を取っても、群を抜いている。

近いうちに月の都全域を担当するのではないか、と世間では噂されており、人員の強化なども毎年行われているらしい。……全て情報誌に掲載されていた情報であるが。

 

さておき、俺は羨道の発言に対し抗議した。

 

「品行の良さ……か。あまり月の民とは接した事はないけど、敬語くらいは俺にもできる」

 

「敬語なんて、出来て当然。先ずはその"俺"という一人称から改善したほうが良い。例えば"私"とかね」

 

「…………私?」

 

「おお、似合う似合う。女の子っぽく聞こえる」

 

羨道はからかうようにしてそう言葉を紡いだ。

 

確かに羨道の言う事には一理あり、俺にも理解できる。

けれど一人称を"私"にする事だけは、断固として嫌だ。それではまるで、自分が女と認めているみたいではないか。

俺はその事を羨道に向けて言い放つ。

 

「悪いけど、それだけはお断りだよ。俺は男だ……女の子じゃあないんだから。たとえこんな世界だろうとも、俺は男として生きていたい」

 

俺が今まで生きていた世界での常識が通用しない、月の裏側に作られた都市。その中でも俺は俺の生き方を貫きたい。

 

羨道は俺の発言を聞くと、少し悩むような表情で言葉を返す。

 

「うーん……そうは言うけど、少しは現実に目を向けないとね。ま、直面してから知る事もあるだろうから、言及はしないけど」

 

「ごめん、羨道さん。そこだけは譲れないんだよ」

 

「そっか。けど、最低限その一人称だけは直しておきたまえ。試験官に向けて"俺"なんて言ってみろ、僕ならその場で不合格にするよ」

 

「……じゃあ、"僕"とかは」

 

羨道自身の一人称が"僕"だったのに気付き、俺も自分の事を"僕"と呼んでみた。

すると羨道は再び悩ましげな表情をした後に、少々小さめの声で答える。

 

「うーん……ま、及第点かな」

 

及第点を頂いた。

とはいうものの、一人称を変えて直ぐに適用できるかと言えば、答えは否だ。

この先、俺は何度も何度も一人称を間違える事になるのは余談である。……僕は。

 

 

 

*

 

 

 

羨道に保護されてから、既に数ヶ月ほどは経過している。

自立する手続きや、仕事を探す手伝いに加え、悩みの種になっている性転換についての解決方法まで提案してくれた。

僕がすべき事といえば、至極単純である。羨道が敷いてくれたレールの上を、脱線しないように着実に渡り抜く事。

 

兎にも角にも、綿月家警備隊登用試験についての対策を講じなければならない。不合格となってしまっては、お話にすらならないから。

 

警備隊登用試験に関しては、一般常識問題に加えて論理的思考能力に関しての問題も出題されるとの情報だ。

僕は勉学が苦手ではないが、月の世界の一般常識など、触れた事もなければ聞いた事もない。

なので羨道に常識問題や時事問題を片っ端から叩き込まれ、更に空いた時間は同じく試験科目にある"武術"についても、日々練習を続けていた。

 

 

僕の日課は、先ず穢れを浄化する薬を飲む事から始まる。

口にする料理も全てそうだ。今まで「俺が作るよ」と羨道に持ちかけた事もあったが、穢れを抑える料理を作れるのかと返され、頭を抱えた。

彼の作る料理は僕の事を考慮して、穢れを抑える効能がある料理……という事であるが、実体は定かではない。所謂、精進料理のようなものであるため、あまり美味しいとは思わなかった。

得体の知れない瓶に詰められた薬を入れてるのを目撃した事もあり、その日は本当に食欲が湧かなかった。

 

それで、日中は試験対策勉強。

月の一般常識について纏めたテキストに加え、マークシート形式の練習問題をひたすら解いた。

時には僕には到底理解できないような事柄も、月では一般常識となっていたのにひどく驚いた事もある。

推論などについても、羨道に教えを請うた。

内容は馴染み深いリンゴ……ではなく、月では"桃"を問題の例として用いるのが一般的らしく、桃が何個あれば……白桃が三個ある時の李の数は……といった感じである。

正直この手の内容はあまり得意ではなく、何度も頭を唸らせた。自身の頭の硬さを痛感した時でもあった。

 

 

そして最後は、"武術"に関しての試験対策。

 

どうやら綿月家警備隊は素行の良さは勿論の事、武術力に関しても合格に大きく関係してくるとの事だ。

時には模擬仕合を行う事もあるらしく、勝利した者は選考に有利になるとか、ならないとか。

 

月の学力に追い付けない僕にとって、それは大いにありがたい事でもあった。

実のところ力には自身がある。思い出すだけで反吐が出るような酷い生活の中、培った能力もあるのだ。

試験対策の一環として"能力の鍛練"を重視して行い、一人で黙々と練習をしていると、羨道に声をかけられた。

 

 

「天野君。君は一体、机に向かって何をしているのだ」

 

「ん、能力の練習。今まで大雑把な事しか出来なかったけど……こうして精密動作性も磨いているの」

 

自分でも発言する度に驚く高めの声で羨道に説明する。

僕の能力は簡単に表現すると、"切り離したり繋げたりする"事が出来る能力であり、例えば大根一本を取っても銀杏短冊賽の目……と、様々な種類の切断が出来る。

勿論それらを軽くこなせるようになる為にも、能力の鍛練を続けている。

 

「ふーん、そっか。能力の練習に勤しむのは結構だ……けど、それが綿月家のお眼鏡に適うかどうかは能力の使い方次第」

 

「どーいう事だ」

 

「前にも言ったろう、能力者は然程珍しくはないとね。あの綿月家の御息女だって能力を持っているのだから。詳細は公表されていないけどね。ま、重要なのは能力だけじゃあなくて、能力を使ってどう自分をアピールできるか、だよね」

 

羨道はそう言いつつも視線は雑誌からは外さず、テーブルに置かれていたマグカップを手に取る。

 

なるほど、と僕は思った。

単純に"能力が凄い"だけでは話にならない……つまり、その能力を使ってどう"自分をアピール"するか、だ。

 

と言っても僕は自分の能力をまだ完全に把握し切れておらず、何が出来て何が出来ないのか……それすらも分からない。

物を切断したり、くっ付けたりする事が出来るのは既に実証済みであり、いともたやすく行う事ができる。

 

試しにと、僕は本棚に置いてあった本を一冊手に取る。

ページを開いた時に羨道と目があったが、僕は気にせず行動した。

 

開いたページを思い切り捲くり、破り捨てる。

ビリビリと音を立てて破れていく紙は一枚だけに止まらず二枚、三枚と続け、表紙部分に至るまでずっと続けた。

 

「ちょ、ちょっと天野君! 急に何をし出すんだ君はっ」

 

羨道が僕の腕を掴み静止の声を放ってきたが、僕は羨道へと視線を合わせて能力を発動した。

僕の意志で発動する能力により、破り捨てられた紙は再び元の場所へと舞い戻り、接着した。

 

元通りに綺麗に接着された雑誌のページは、破った際のしわだけを残して元の状態に戻った。

 

「これが僕の能力の一部。破り捨てたページを元通りに繋げました。"繋げる"って間接的な役割だけじゃあなくて、使いようによっては物を"修復"させたりもできるみたい」

 

「……ふむ、繋げる能力ねぇ。能力は鍛練と才能次第で大きく開花すると研究により判明されているが、君のはまだその余地が残されていそうな感じがする」

 

「たとえば"切断"したりもできます。こーやって……」

 

僕は実証せんとばかりに、先程の雑誌を真っ二つに裂いた。

そしてその後、何事も無かったかのように裂かれた雑誌を元通りにくっ付ける。

 

「おお。なるほど、便利な能力だね。僕のよりも便利かもしれない」

 

「羨道さんにも能力があるんだ」

 

「あるともさ。ただ、大して便利な能力ではないけどね」

 

「ふーん。教えてよ」

 

「"教えて下さい"、だろう。普段から素行を良くする癖をつけなくちゃあね」

 

突然スイッチが切り替わったかのように、羨道が嫌味な表情でそう言葉を吐いた。

僕は渋々とした表情で、「教えて下さいよ」と悪ガキのような口調で言葉を返す。

すると羨道は苦笑いした後に、口を開いた。

 

「僕の能力は"ものをつくる程度の能力"だ」

 

「なにそれ。凄く便利そうな能力じゃないか」

 

「そうかね。天野君が思っているのとは全然違うと思うが……そうだね、珈琲を作るには何が必要か知ってるかい」

 

羨道は突如そんな質問をしてきたので、言葉を返す。

 

「さあ……焙煎した珈琲豆と、熱いお湯があれば出来るんじゃあ」

 

「そーだね、その通り。でも僕の能力でそれを作るには、基本の作り方と同様に焙煎した珈琲豆と水が必要なんだよ」

 

「あらまあ」

 

僕は驚いたように声をあげた。

想像していたよりも随分と不便な能力だなと、そう感想を抱いた。

てっきり無から有を……つまり、何も無い状態から様々な物を作れるのかとばかり思っていたから。

 

「不便だろう。けどまあ、珈琲豆を熱湯で抽出するという工程はすっ飛ばせるから、その点は便利かもね。例えば即席麵とかあるだろう? あんなもの、僕にかかればお湯を入れて二秒で食べられるようにできる」

 

「は、はあ。それは便利……」

 

自慢気にそう誇られ、回答に困った僕は苦笑いで返した。

 

その後も能力の練習を続け、段階的ではあるものの自身の能力の精度が向上しつつある。

来たるべき綿月家の警備隊登用試験までの合間に、緻密な動きも出来るように能力を成長させねばならない。

学や常識力が著しく劣る僕にとって、能力を行使する事が合格への糸口となるのだ。

 

 

そして月日は巡る────









以上となります。
展開に緩急がありますが、お目汚しを。
中盤はかなり具体的になってて進行が遅くなっているかもしれません。去年執筆した内容なので、あまり憶えていなかったりしますが……。
恐らくこのまま過去編を執筆すると、二十万文字を越えそうです。別に投稿した方が良いのかと悩んでおります。
それでは、次話もよろしくお願いします。
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