東方外来禄 -往年幻想物語-   作:くりすてぃあーね2世

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巻ノ三十一 絶好の試験日和 ④

 日没を終えてからも試合は淡々と続けられ、気がついた時には会場に残った試験者は数える程度にまで減っていた。

試合に敗北した者達は簡易的な書類の入った封筒を試験官から手渡された後、無気力状態のまま岐路に着く者がほとんどであった。

 

 昼食を控え室で済ませ、夕食も控え室でとる事になってしまい、質素な弁当を二度も食べる破目になった。

僕は料理の勉強を学んだ経験があるので、質素な食事はあまり好きではない。贅沢と言われてしまえば、はいそうですね、としか言葉を返すことができない。

けれどもまぁ、悪い食生活を続ければ体調は悪化の一途を辿るだけであり、良い食事を取ることに越したことはないのだ。つまり、キャビアだのフォアグラだの、フカひれなどという高価な食事だろうと、それでキチンと栄養が摂れているのなら、他人がとやかく言う必要はないのだ。

 

 そう文句を言ってしまうのも、きっと控え室の空気が悪いせい。

美味しくない弁当に加えて、僕の事を親の仇のようだと言わんばかりに冷めた視線を送ってくる連中……当の三人組である。

決勝戦が間近だと言うのにも関わらず、しぶとく生き残っている。

 流石に優勝候補と陰口を言われていただけはある。例え四人組みが相手だろうと、五人組みだろうともそれを物ともせずに、相手を圧倒していた。

奴らの素行さえ悪くなければ僕も素直に「凄いな」と褒め言葉を並べることができたろうに、あいにくと彼らの素行は物の底辺間近を彷徨うレベル。配給されたスポーツドリンクを飲み散らかす始末だ。

 

 今行われている試合が終了した後、漸く僕の出番が回ってくる。

勝ち残ったチームは三人組の男と、控え室で知り合った薬師寺という男のチーム。

控え室に在しているのは僕だけであり、一人寂しくモニター越しから試合中継を眺めていた。

 

「……眠い」

 

 時刻は既に二十一時を過ぎており、間もなく二十二時を回るところだ。通常ならばそろそろ寝ようかなと思って行動している時間帯なので、物凄い睡魔に襲われている。

今から試合だというのに、緊張感よりも睡魔の方が増しているとは末恐ろしい。

ベンチの上でうとうと、としていると、控え室の扉が開け放たれた。

 

「試験番号0147番、天野さーん。そろそろ試合が終了しますので、準備の方を整えて下さいね」

 

「ん……あ、はい。わかりました」

 

「あ、もしかして天野さん、寝てました?」

 

「いえ、そんな事は……ただお腹がいっぱいになってしまったので、目を閉じていただけです」

 

 図星を突かれかけたが、通用するかも分からない言い訳をした。

僕の言葉を聞いた試験官は笑みを絶やさずにいたので、悪い印象ではなかった……と思う。

 

「あはは、そですか。あと五分ほどで終わるかと思いますので、その後十分程度の休憩を挟んだ後に、決勝戦を執り行いますので」

 

「わかりました。お疲れ様です」

 

 試験官はそれだけ言うと、控え室を後にした。

 

 幾多の連戦を終えた後の者と戦闘するのは、何だか申し訳ない気分になってしまう。

恐らく疲労しているだろうと思うのに、怪我一つ負っておらず元気いっぱいの僕と戦闘をするのだから、不公平な感じもする。

試合を終えた選手は、メディカルルームと呼ばれる専用室で休息を取れる権限があるとか何とか言ってたが、どんなものだか分からない僕にとって推測の余地はない。

それで体力が全回復するのなら、僕は月の技術力に対して敬意を表せるというもの。

 

「……もっかいトイレいこっと」

 

 モニターから目を背け、僕は静かに立ち上がる。

何だか女性の身体になって以来、尿意を催し易くなった気がする。気のせいだろうか……気のせいだろうな。

 

 

*

 

 

 遂に控え室のモニターの電源が落とされた。

意図的な行為によるそれは、最後の試合が終了した合図ともとれ、モニターの電子音だけが響いていた控え室から、音という音が消えた。

その控え室に唯一響き渡った音は、扉が開け放たれる音と、重圧な男の声であった。

 

「はっは! いよう、天野! 負けちまったぜ!」

 

 悔しさを微塵も感じさせぬ笑い声をあげる男は、薬師寺であった。

 

「こっ酷いやられようだね」

 

「まあな! 野郎、これでもかって程袋叩きにしてきやがんの! あったま来たから試合終わった後にぶん殴ってやろうかと思ったぜ」

 

「ぶん殴ったの?」

 

「まさか、本当にやるわけねぇだろう」

 

「だよね」

 

 そんな事すれば即時、失格に相当する。

傷だらけの薬師寺であるが、早く手当てしてもらった方が良いんじゃないのかと訊ねると軽快な口調で、

 

「帰ろうかって思ったけどよー、次で決勝だろ? 見て行くのも悪くはねーと思って」

 

「そっか。別に大した試合にならないと思うけど」

 

「お前さん、気持ち悪いほど冷静だな。少しぐらいビビッても笑ったりしねーぞ!」

 

 ガハハ、と男笑いでそう言い放つと、僕の背中をバシバシと叩く。衝撃で肩が前後に揺れるが、別に痛みを感じるほどではなかった。

 

「それによう、観戦するって残ってる奴は、割りといるぜ。せっかくの催しだからな、自分を負かした奴が何処で負けるか、見てから帰りてーんだとよ。趣味悪いよなあ」

 

「……まぁ、僕の場合は誰かに恨みを買われてるわけじゃあないし」

 

「そうだな。あの糞ったれの小便ちびりの三人組に恨みがある奴は、少なくはなさそうだが」

 

 然も恨めしそうにそう言う薬師寺だが、それも試験官の言葉が控え室に響き渡ると、冷静さを取り戻した。

左手にバインダーを提げた試験官が淡々と、

 

「0147番さん、会場までお越し下さい」

 

「はい。……薬師寺さんは来ちゃダメだよ」

 

「馬鹿、俺は外から観戦するよ。……おい、お前さんそれで戦うのか?」

 

 控え室から会場に移動する途中、薬師寺にそう言葉をかけられ、立ち止まった。

彼が言っているのは僕の選んだ武器の事であり、腰からちょこん、とだけ頭を見せてるそれに対してだろう。

 

「だって僕、刀とか槍とか握ったこともないし、使い方が分からないよ」

 

「あぁ?」

 

「包丁なら握ったことあるよ。これ、何となくそれっぽいじゃん」

 

「……あっそ。こりゃあ負けだろ……掲示板に書き込んでおくか……」

 

 力なく薬師寺がそう言い、ケイタイ電話のような物体を腰から取り出して、ぴこぴこと弄繰り回していた。

掲示板とか何とかいってケイタイの文字盤を叩いているが、何のつもりなのだろうか。……まあいいか。あまり深く関与しないほうが良さそうだ。

 

「じゃあね、薬師寺さん」

 

 僕はそれだけ言って控え室を後にすると、後ろから気力の抜けたような声色で、「頑張れよ」とだけ返ってきた。

そんなにダガーナイフは弱いのだろうか。

武器の扱い方全般を知らない僕にとって、刀だとか槍だとかを選んだ方が余程弱くなってしまうと思うのに。

そう思いつつも、僕は武道会場へと上がっていった。

 

 

*

 

 

 外は既に宵闇に包まれており、人工的に作られた高明度の明かりによって会場は照らされていた。

武道会場も幾多の試合が行われた結果なのか、劣化や損傷の箇所が一瞬で見て取れた。

 玉兎の試験官が近付いてくる。眼鏡をかけていて、おっとりとした雰囲気の娘だ。

 

「えと、0147番さん。試合の方は初めてですよね」

 

「ええ、そうです」

 

「ルールをご説明を致しますので、よく聞いててくださいね」

 

 眼鏡をかけた垂れ耳の試験官は、バインダーに挟まれた何枚もの書類に目を通しながら説明を始めた。

 

「まず勝利条件ですが、先に相手を気絶させるか、或いは"降参"と選手の口から言わせるか、このどちらかになります。試合には円滑に進行するようにタイムキーパーの方がいますので、決着が一向に着かない場合は、タイムキーパーから試合終了の合図が出されますので、従ってください」

 

「つまり、時間制限があるってことですか」

 

「そうですね。厳密に時間を決めているわけではありませんが、試合終了の合図は我々の判断基準によるものですので、悪しからず」

 

 試験官は書類を一枚捲る。

 

「次に禁止事項についてご説明します。主だった禁止事項は以下の通りになります。まず、相手を殺害しない事。それに伴いまして"穢れ"が発生するような行為を意図的に行った場合も、処分の対象となりますので注意してください」

 

 たどたどしく指で書類を撫でつつ、少し間を空けて、

 

「えと……重火器の使用に関しても、使用は禁止されています。この点については大丈夫ですね」

 

 僕が腰に差しているダガーナイフに目をやると、試験官はそう呟き具体的な説明を省いた。

他にも様々な説明があり、試合に関係することや関係しないことなど……改めて様々な説明を施された後、試験官はこの場を締めるかのようにして、

 

「以上になりますね。では、最後に何か質問はありますか?」

 

「一つ、いいですか」

 

「どうぞ!」

 

 諸処の説明を受け、疑問に思ったわけではないが、気になった事があったので質問をする。

 

「最長で何分ほど試合が続いたんですか」

 

「うーん、それは……確か、第三十四試合目の、十六分四十二秒が最長だったかと」

 

「何故、そんなに長引いてしまったのですか」

 

「無気力試合といいますかね。始めは拮抗していたのですが、最終的に互いに満身創痍の状態になってしまって膠着状態に陥ってしまいましたので、最終的には我々の判断によって強制的に試合を終了させましたが」

 

 なるほど、どちらも諦めが悪かったという事か。時間制限に関しては、本当に長いみたいだ。

 

「その場合は、どちらが勝者に選ばれるのです」

 

「それも我々の判断によりますね。この場合は戦闘等の評価により、独自の基準に則って判定します」

 

「つまり、劣勢の場合も評価によっては勝者になり得ると」

 

「その通りです!」

 

 判定によっては、どんでん返しも有り得るということだな。

僕が今から闘う連中は、戦闘に関しては素晴らしいフォーメーションで臨むとのことで、戦闘に対する試験官の評価は高そうだ。

ならば時間制限に持ち込んだ場合、僕が負ける可能性のほうが高いということになるのか。

なるべく、短期に試合を終わらせないと。あ、でもなるべく試験官にアピールした方が良いのだろうか。

 

「分かりました、ありがとうございました」

 

「いえ、それでは。……あ、相手の選手の方が見えられたので、0147番さんも位置に着いてくださいっ」

 

 口早にそう告げると、説明を終えた試験官は脱兎の如く……否、そそくさと会場から降りていった。

 

 

 

 そうして目の前に現れたのは、不敵な笑みを浮かべた三人の男。

衣服はところどころ擦れているものの、疲弊しているような状態ではなく、連戦に勝利してきた勢いもあってか血気盛んな風体を見せている。

その中でも一番体格の良い男が僕の前に歩み寄り、

 

「よお、わざわざぶっ飛ばされに来たのか」

 

「てっきり、不正でもして不戦敗になるかと思ってたよ。はは、安心した」

 

 嫌味ったらしく言葉を並べていく男達。だが、どうしてそんなに僕の事を毛嫌いするのだろうか。思い切って聞いてみることにした。

 

「ねぇ、どうして僕の事を悪く言ったりするんだ。僕が君達に何かしたのか?」

 

 武道会場に堂々と立ったまま、僕は正面のリーダー格と思われる男に対し、そう訊ねた。

 

「決まってんだろうが。周りがルールに則って切磋琢磨してるって言うのに、お前だけルールの外から出張って来やがって……恥ずかしくねぇのかよ」

 

「……そんな、僕はただ言われるがままにしていただけで」

 

「やかましいッ! お前は"知らなかった"で済むかもしれねーけどよォ、俺達がそれで済むと思ってんのか? お前がシードの権利を得た時点で、周りはお前のことを蔑んでいたよ」

 

 リーダー格の男は語調を荒げ、言葉を続ける。背後にいる二人の男からも、どこか蔑んだような冷めた視線を感じる。

 

「ルール違反なんだよ。いくら規定やルールで確立されてるからといっても、そいつは言い訳に過ぎねぇ。正々堂々と真っ向から試験に臨んでる俺らからすれば、お前は不正で勝ち上がってきたに過ぎねぇんだよ!」

 

 槍の尾尻で武道会場の石段を強く叩き、男は仲間達を鼓舞するかのようにして言葉を放つ。

 

「そんな奴に俺達は負けねぇ……おい、お前らも油断はするなよ」

 

「分かってまさぁ! こんなおこぼれ野郎に負ける筈がねえ!」

 

「ふん、ズルで勝ち上がってきた癖に、恥を知れよ」

 

 三人組の男達が蔑んだ目で僕に対してそう言い放つと、それぞれに武器を構えた。僕もそれに合わせる。

リーダー格の男が槍、言葉の汚い筋肉質の男が片手剣に盾を持ち、根暗そうな男が鎖付きの斧を持っていた。

 

 僕はただ、言われるがままに試験を受けていただけなのに、酷い言われようであった。

確かに周りからみれば、試験官は僕のことを優遇しているようにも見えるが……別に賄賂を寄越したりしたわけではない。

それでもそう見えてしまうのは事実であり、僕に対して負の感情を抱く者が、恐らくこの男達だけに限らないのだろう。

 

 ……止めだ、止めよう。

考えていても気分が落ち込んでしまうだけ。そう思われてしまうのなら、思われないように努力すべきであり、力を注ぐべきである。

僕は真っ向から立ち向かってくる男達を睨み付け、若干腰を低く構えた。玉兎の試験官が僕に視線を向けてくる。そして直ぐに男達に視線を移すと、

 

「あ、あのう……そろそろ良いですか?」

 

「おう、始めてくれッ!」

 

 試験官が試合開始の合図の確認をを促すと、僕よりも先にリーダー格の男が声を荒げて返事した。

 

「そ、それではっ、予選トーナメントの決勝戦を始めますっ」

 

 わたわた、と試験官は慌てつつも、ゴングの役割をしている月の楽器具と思われる物を思い切り叩き、周囲に甲高い音が響き渡った。

木霊するその音が鳴り止む前に、それを合図として試合は開始された。

 

 

「おおおッ! 一撃で仕留めてやるぜぇッ!」

 

 片手剣を持った男が一直線に突貫してくると、綺麗な刺突を放ってきた。

僕はそれをあらかじめ距離を取っていたおかげもあってか、何とか避ける。

けれどもその隙をついてきたのは長槍であり、片手剣の斬撃を避ける度に槍による援護攻撃が襲ってくる。

幸いにも槍の先端には分厚いゴムが取り付けられているので、刺されて死ぬ……という事は万が一にもない。

 

「へっ、逃げてばっかりかよ。おい鎖、一人だからサクッと狙い投げてくれや!」

 

 男がそう合図すると、最も背後に位置していた根暗そうな男が、鎖付きの斧を投擲してくる。

けれども斧の部分は僕の遥か真横に飛んでいってしまい、致命傷を負うことはなかった。棒立ちしていては鎖の部分がもろに命中してしまうので、左腕で鎖の部分を振り払う。

 

「はん、間抜けが」

 

「……あ」

 

 しかし、振り払おうとした鎖は思うように振り払われず、僕の左腕にぐるぐると巻きつけられていった。

男は遠心力を利用して鎖を投擲したようで、それを振り払おうとした僕の腕を軸にして鎖が掃除機のコードを巻き取るようにして絡み付いた。

ズシリとした重みを感じ、思わず腕が重力に従った。

 

「よし、終わりだな」

 

「っしゃァッ!」

 

 隙をつき、熾烈な勢いで片手剣が振り下ろされる。

動きを封じられてしまい、咄嗟に攻撃を防御しようと両腕で攻撃を防ごうとしたのだが……

左腕に若干の重みを感じたところで、左腕に絡まっていた鎖ごと一人の男が吹っ飛んでいったのが目に映った。

 

「……あ?」

 

 片手剣が僕の腕に振り下ろされたものの、大した衝撃はない。男達は面食らったような表情をしていた。

同時に鎖付きの斧を持っていた根暗の男が、武道会場外へと落下していく光景が僕の目に映る。あまりにも唐突な出来事で、反応が遅れてしまった。

 

「じょ、場外ー! 残るは二名でーすっ」

 

 場外に落ちた男は、潰れた蛙のような声を出して咳き込み、地に伏したままだ。

 

「おお、思ってた通り……!」

 

 拳を握り、自身の身体が正常である事を確かめた。先程受けた片手剣のダメージも、ほぼゼロに近い。

月の重力やその他の事象を考慮し、僕が通常の月人よりも遥かに力が強いという事が、今此処で証明された。

一体何故、こんなにも力を有してしまったのか。

あの汚らしい生物の肉を食べたのが原因か、或いは異世界に飛ばされた瞬間から、そうなっていたのか。

まぁ、今はどっちでも良い。

この目の前の男達を始末し、僕は本選への切符を手にするのだ。その為に、この月の都までやってきたのだからな。

 

「落ち着け、まだ二対一だろうがッ。普段通りに、お前が前に出て──」

 

 リーダー格の男が指示を出している合間に、既に僕に接近していた片手剣を所持している男に向かって拳を振るう。

 

「ぬわぁッ……は、はァ……?」

 

 咄嗟に盾で防いできたのだが、お構いなしにとそのまま拳で殴りつけてやった。

すると男の持っていた木製の盾は、呆気なく粉砕してしまい、周囲を木片やら木屑やらで散らかした。

 

「ヤバ……まさか壊れるとは。……ま、気にせず二人目っ」

 

「ちょいタンマ────うあァッ!?」

 

 盾を粉砕され呆気に取られていた男に肉薄し、両肩を掴み上げて思い切りぶん投げてやった。

男は一体どこまで飛んでいくのかと思ったが、幸いにも第四試験会場の屋根の上に落っこちたらしく、死にはしないだろうと勝手に判断した。

 

「さてと、後はあんた一人だね」

 

「……来いよ、相手してやるぜ。ガキに負けるほど落ちぶれちゃあいねぇ」

 

「そっか」

 

 ひどく冷静な態度で槍を構えるのは、最後に残ったリーダー格の男。

どうしてこんなにも泰然としていられるのだろうか、僕の圧倒的な力を見て、恐怖したりはしなかったのだろうか。

兎にも角にも、さっさと終わらせてしまおうと考えた僕は、腰に刺していたダガーナイフを取り、男に向けて投擲した。

 

「──ッと」

 

「……ッ!!」

 

 ぐるぐる、と回転していきながらも、ダガーナイフは男の耳元を掠めて飛んでゆき、最終的に施設の壁を破壊する事で動きは止まった。

今ので一瞬、男の表情が歪んだ。やはり単なる痩せ我慢のつもりか。

 

「あ、あわわ……試験会場が…………綿月様に怒られるよう……」

 

 武道会場の直ぐ近くで試験官がそんな事を言っていたが、心中で謝罪するだけにしておき、僕は男を倒す為に地を蹴る。

右拳に力を込めて、肉薄する。

 

「ふんッ」

 

「……おぉッと!」

 

 拳による攻撃は辛くも避けられてしまい、男は槍の柄で僕に向けて迎撃してきた。

柄が顔面に当たり衝撃で顔が少し歪んだ。ちょっぴり痛かったが、その程度。出血はしないし痣も出来ない、視界が霞んだだけ。

しかし、突如男が僕の視界から消えた。正確には咄嗟に足を曲げてしゃがんだのだが、それに気付くのに一瞬だけ遅れてしまい、

 

「へッへへ……おいガキ、悪く思うなよ」

 

「何が────うっ!?」

 

 刹那、股間から嫌な感触がした。思わず自分でも聞いたことのない声をあげた。

ぞくぞく、とするような、痺れるような、そんな感覚。言葉にし難くも、背筋が凍りついて鳥肌が立つ。

 

「此処を潰されちゃあ、声も出ねぇだろォッ…………あ?」

 

 僕の股間を握る男が何かに気付いたのか、さわさわと指を動かし始めた。

あまりにも予想外な行動に心臓は飛び跳ね、額から嫌な汗が滲み出し、ぞくぞくとした感覚が収まらず、思わず大声を出して、

 

「くっ、この間抜けがッ! くたばれッ!」

 

「ぐあッ……な、なん……だと……ッ!!」

 

 不審そうに股間を弄る男の頭部を、思い切り叩き付けた。

男は喉を潰したようなうめき声をあげ、武道会場に自身の顔の型を作った。

 

「しょ、勝者、0147番の天野さんですッ!」

 

 試験官が勝利の合図を送り、試合は正式に終了を迎えた。

けれどもまだ不愉快な気持ちが収まらない。思わず地に倒れ伏した男の身体を蹴っ飛ばし、場外にまで吹き飛ばしてやった。

 

「ちょっと天野さんっ、もう試合は終了してますよ!」

 

「……すみません、怒りが収まらず、つい」

 

「ま、まぁ最後のは少々非人道的でしたが……大丈夫なんですか? あ、いえすみません、無理しないで回復するまで座っていただいても結構ですよ」

 

「いえ、もう大丈夫です。少し吃驚しただけですので」

 

「そうでしたか。お強いんですね、天野さん」

 

 何に対してそう言っているのかは置いておき、頬を若干紅潮させた試験官は、僕を再び控え室にまで誘導してくれた。

男達は皆気絶しているそうなので、回復し次第試験終了証明書を手渡すとの事らしい。どうでも良い。

 

 僕に関してはシード枠だったとしても、予選トーナメント優勝扱いになるという事なので、合格通知が来るのを待っていてくれ、という事だ。

物は試しと試験官に、優勝したら本選に出れるんですかと訊ねてみると、残念ですが選考の結果次第です、と返ってきた。

やはり優勝が合格に直結しないのだなと思いつつも、僕は試験終了証明書を受け取り試験会場を後にした。

 

 トーナメントが終了した時、もっと細かい手続きなどが沢山あるのかと思っていたのだが、思ったよりも簡易的な書類の記入程度しかなかった。

おかげで早く帰宅できるというものだが、早期に敗北した人は相当悔やまれるだろう。

"もう用済みですよ"と言わんばかりに早々に帰されたのだから、恐らく家に帰った後は不合格という言葉に苛まれていること間違いない。

 

 試験が終了した開放感を感じ悦に入っていた僕は、夜の街灯に照らされた道を歩いて帰路に着いた。

僕は自宅というものを所持していない為、契約しているホテルに寝泊りしているので、そこに帰宅した。

余談ではあるが、ホテルの食事はやはり素晴らしかった。

女性の身体ということを忘れ、ついつい食べ過ぎてしまう……太ってしまうか知ら。

 

 

 




以上となります。

試験日和の話はまだ続きますが、筆者としては一気に抜け出したいという面持ちです。
こっそりあらすじを更新しました。完結されたSSではないので、あくまで大まかな流れとしての予定になってしまいますが。

それでは次話もよろしくお願い致します。
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