翌日、疲労も大分回復したところで例の面倒事を片付けるべく動いた。
例の面倒事とは、至極単純明快な事柄である。
昨日里の人間達が僕の家宅の前で騒いでおり、知らぬふりをして帰宅しようとしたところ捕まってしまった。
話を聞くと、どうやら紅い霧の件で話があるという事だった。
どうせ僕に責任を押し付けようとしているのだな、と予想していたので辟易としていた。
しかし詳しい事情を聞くに、転嫁話ではなく紅霧が発生してる事態を解決して欲しい、との依頼話しであった。
更に追求してみると、八雲紫が一枚噛んでいたらしい。そうともあれば動かないわけにはいかないので、重い腰を上げる次第となった。
外に出てみると、僕は驚愕した。
時間帯的に太陽が昇っている頃合だというに、太陽の光は紅い霧によって妨げられ曇天である。
紅い霧のせいで気分まで陰鬱になる。手早く解決して日常に戻ろう。
先ずは昨日僕に話を入れてきた人達に、紅い霧の原因と思われる事象の確認に向かおう。
*
視界に飛び込んでくる紅い霧に辟易としつつ、人里に到着した。
そこで更に驚愕したのだが、里外に止まらず里内も紅い霧に覆われていたのだ。
日中は人で溢れていた人里も、紅い霧に覆われた今では見る影も無い。
里で商売をしている人は恐らく、商売あがったりだと憤慨している事だろう。
繁華街にも人の気配はなく、住民達は家屋へと閉じ篭もっていると予想される。
この紅い霧の原因が僕にあると、最近まで里の者達に勘繰られていたのだ。
先日になって他に原因がある事を里の上層部は知ったらしいのだが、恐らく里に住む一般の者達はその事を知らない。
どころか、未だに里外れにある奇妙な建物の主人が異変の原因だ、と憤慨しているかもしれないのだ。
となると僕の店に客足が来るどころか、怖いお兄さん達が一挙して押し寄せてくるかもしれない、という可能性まである始末だ。
そう考えると何だか腹が立ってきたので、早急にこの異変を解決しようと勇み足に変わる。
里の住民達は家屋に閉じ篭もって出てこようとしないので、情報の収集を期待できないと思った僕は里外に出た。
直接昨日話した人に会おうとも模索したが、そもそも彼の居宅を知らないので諦めた。
このまま時の流れに従うのも無粋なので、仕方ないので自力で紅い霧の原因を調べる事にした。
まずは空を飛び、紅い霧の発生地点を調べてみよう。
僕は空を飛ぶのはあまり得意ではなく、歩くより疲れるので日常的には使用していない。
翼や魔法具を代替として飛行している者ならそういった事に苛まれないのだろうが、僕は自力で飛行しているので負荷が大きく疲労するのだ。
心の中で悪態をついたりしながら大きく飛翔すると、幻想郷が視界の下に広がった。
「なんだ、最初から飛んでいれば良かったじゃあないか」
飛翔し上から幻想郷を見下ろしてみると、紅い霧の発生地点と推測できる場所が判明した。
どうやら幻想郷にある湖……霧の湖を中心として、紅い霧は展開されていた。
「兎にも角にも、先ずは霧の湖に行ってみよう。何か分かるかもしれないし」
善は急げと言うし、僕は急いで霧の湖へと向かう事にした。
*
───霧の湖
幻想郷にある水源地帯であり、昼間になると霧に包まれる不思議な湖。
一見すると広大な湖に見えるが、単なる霧による視界不良で広大に見えるだけであり、実際は一周するのに一時間とかからない大きさである。
釣りスポットとして有名であるが、魚が棲んでいるのかは不明である。
道中で変なのに遭遇すると面倒臭いので、飛行して霧の湖まで移動した。
途中でルーミアっぽい何かを見つけたが、やはり絡まれると面倒臭いので無視して進んだ。
拍子抜けするほど容易く霧の湖まで到着すると、紅い霧の発生地点だけあって視界が悪い。
数メートル先が見えなくなるほどまで紅い霧に覆われており、もしかして原因は自然現象なのではないかと思うほどである。
仮に自然現象であった場合、僕には如何することも出来ないので諦めて帰還するしかない。
けれどもこれが人為的に行われたものならば、やはり僕が何とかしないといけない。どちらにしても、面倒臭いことこの上ない。
霧の湖に何かあるんじゃあないかと、周囲を歩いていると何だか肌寒くなってきた。
初夏も過ぎて夏真っ盛りだと言うのに、尋常ではない気候に変化していくのが肌で感じ取れる。
それでも構う事無く歩き、やがて鳥肌が立ってきた頃に事は動いた。
「ふふ、寒いでしょ」
緩慢とした動きで空中に浮いている少女がいた。
青髪に白いシャツの上から青いワンピースを着ている。見た目は十にも満たない子供であり、背には氷の結晶に似た羽があった。
「なんだ君は」
明らかに異常な光景だったので、思わずそう問いかけてみた。
目の前の少女は腰に手をやり、偉そうに言葉を吐いた。
「あんた、寒くないの」
「凄く寒い。君が温度を下げているのか」
「そうよ。寒いほうが脅かしやすいと思って」
確かに暖かい気候よりは、ひんやりとした気候の方が心理的には吃驚しやすいだろう。
しかしこの女の子、一見して分かったが……
「君は妖精か。それも寒さを操れるようだね」
「その通り。あたいはチルノ、最強の氷精チルノよ!」
此方に指を差し向け、そう高々と名乗るチルノという氷の妖精。
見たところ周囲の気候の変化には関係あるらしいが、紅い霧とは関係なさそうである。
「あっそ。じゃあ僕は行くから」
「待ちなさい、あんたこのまま先に進めると思っているの?」
「急いでいるから、ごめんね」
紅い霧と関係ないなら、相手にするのも時間の無駄なので先に進む事にした。
しかし僕がチルノ君を振り切ろうとすると、何だかチルノ君から穏やかじゃない雰囲気が伝わってきた。
ひょっとすると怒っているのかもしれない、形は女の子でも妖精である。普通の人間より余程凶悪であるのは間違いない。脳足りんなのも間違いないが。
「もしかして怒ってるのかい」
「とーぜん! あんたぶっ飛ばしてやるんだから!」
「ごめんよ、ごめん。怒らないでよ、ほら一緒に遊んであげるから」
振り返ってみると怒りに打ち震えており、ひどい形相を浮かべていたので謝罪した。
こんな寒いところで争い事になるなんて、御免被る。紅い霧とも関係ないのに。
謝ったところで許してくれる気配を見せないので、誠意を見せる事にする。
「ほら、何して遊ぶチルノ君。お馬さんごっこなんてどうだ、僕が下になるから」
「あんた、あたいの事バカにしてるでしょ! そんな子供の遊びなんてイヤよ!」
「じゃあ、おままごとなんてどうだ。僕がお兄ちゃんで、君が妹役」
「二人しかいないじゃない! あんたもしかして、バカなの?」
「なら、何して遊ぶんだよ」
「あんたが決めなさいよ、言いだしっぺ!」
妖精と言うものはつくづく、始末に終えない存在である。
「やめだ、やめ。帰ろうっと」
「あ、ちょっと! 待ちなさいよ、だったら弾幕ごっこするわよ!」
「弾幕ごっこだって?」
チルノ君がそう提案したところで、寒さで少しだけ身震いした。
*
───弾幕ごっこ
主に妖怪と人間との実力の差を埋める為に用いられた、スペルカードルールの俗称である。
殺し合いとは違い、一種のスポーツ感覚として楽しむ事が出来る決闘方法である。
攻撃には霊弾やら飛び道具など、人により様々である。
僕は弾幕ごっこという呼び名を聞くのは初めてであったが、何となく理解はしている。
つまりは"ごっこ遊び"である。
弾幕ごっこは、女の子同士が真剣に闘う一つの競技であり、決闘である。所謂、スペルカードルール。
チルノ君が"弾幕ごっこ"がやりたい、というのなら僕はそれに同意せざるをえない。
「よし、じゃあやろっか、チルノ君」
「ふふん、あたいに挑んだ事を後悔させてやるんだから!」
挑んだのは僕ではなくチルノ君であるが、この際事の発端などどうでも良い。
僕はチルノ君の前に立ち、攻撃を促す。
「ほら、良いよ。何処からでも」
「ちょっと、もっと離れなさいよ!」
僕とチルノ君の距離は、およそ手の届く距離である。
僕としては距離など何処でも構わないんだが、チルノ君が距離に関して猛抗議を仕掛けてくる。
「離れなさいってば! 離れろー!」
「わわっ」
目の前で氷の結晶が破裂し、一種のねこだましみたいになり吃驚した。
その隙にチルノ君は天高く飛翔し、僕を見下ろす形となった。
「ふふふ、いくよ!」
言葉と同時に、チルノ君が何かを宣言した。
「氷符『アイシクルフォール』ッ!」
チルノ君の周囲を氷が纏ったかと思うと、ツララ状の結晶が僕を襲った。
風を斬るようにして飛来してくる結晶は、周囲の地面に突き刺さったり、樹木の枝を圧し折ったりとやりたい放題である。
その中の一つが僕目掛けて飛来し……命中した。他にも硬い何かがぶつかったりして、勢いに負けて倒れこんだ。
「うわあ、いたたた……」
「どんなもんよ!」
「うん、強いなあチルノ君は。痛い痛い」
「これであたいの実力がわかったでしょ!」
「そうだね。痛くて立ち上がれないからもう降参」
「……」
僕の一連のやり取りを見ていたチルノは、最初こそ喜んでいたが、やがて眼を細めて僕を睨んでいた。
「……あんた、やっぱしあたいの事バカにしてるでしょ」
「そんな事は無い。いたたた、ほら血が出てるし」
「かすり傷じゃん」
「かすり傷でも放置してると炎症を起こすからな。ほら、腕なんか真っ赤になっちゃって」
「あ、本当だ」
袖をまくり、チルノ君に赤くなった腕を見せ付けた。
単に冷えて赤くなってしまっただけなのだが。
「おや、真っ赤といえば」
僕は当初の目的を思い出し、立ち上がった。
「そういえばチルノ君、この辺りの紅い霧って」
「紅い霧?」
この辺りに棲んでいるだろう妖精ならば、この紅い霧の事を何か知っているかもしれない。
自分で探すよりも人に聞いたほうが早いので、僕は素直にそれに従う。
「僕は紅い霧について原因を探りにきたんだけど。何か知らないか」
「うーん、知らない。気付いた時には紅かったし」
従ったところで、相手が無知だったら効果が無い。
妖精といえども、この辺りを縄張りにしているのだから何かしら知っているとは思うのだが。
「何でも構わないよ。知ってる事があったら教えて欲しい」
「そぉーねぇ……あ! 湖の畔に変ちくりんな建物があるよ」
「おや」
「そんで、ちっこいのが威張り散らしてた」
良い事を聞いた気がするので、僕は素直にチルノ君にお礼を言った。
湖の畔にある建物で、小さいのが威張り散らしているらしい。
意味不明だが、とりあえずその建物とやらに向かうのが懸命だろう。
となれば時間が惜しいので、直ぐに向かう事にした。チルノ君の相手をしていると辟易とするから。
「待ちなさい、あんた名前はなんていうの?」
「僕は天道だよ。じゃあねチルノ君、さようなら」
「待てってば! もう一勝負するんだから!」
名前を訪ねるや否や、否応無しに弾幕勝負を吹っかけてくるチルノ君。
流石にこれ以上時間を取られるのも嫌なので、何とかして切り抜けなければならない。
ともあれば、興味を僕以外のものに向けなければ……
「あ、見てみろよチルノ君! 蛙だ、ほらそこに!」
「えっ」
僕がチルノ君の背後を指差し、そう大きな声で言い放った。
嘘ではなく本当に蛙がいたので、興味が移り変わるか試しに言ってみた次第である。
「ほんとだ! きゃー! 氷付けにしちゃうんだからっ!」
まるで欲しかった物を買ってもらった女の子のように、黄色い声をあげて喜ぶチルノ君。
あちこちに冷凍光線を浴びせながら、かの蛙を氷付けにしようと勇むチルノ君であった。
僕はその光景を別に名残惜しむでもなく見届けると、静かに手を振ってはしゃぐチルノ君に挨拶を交わした。
目指すは湖の畔にある、変ちくりんな建物である。
以上、第四話でした。
当小説には戦闘描写や主人公の素姓についての伏線などが描写されておりますが、本編中に過去話を混ぜて都度ご紹介させて頂こうかと思っております。