ところで僕は、何故このような趣味の悪い館を訪れたのだろう。
確か開店早々閑古鳥状態だった僕のお店を、宣伝しようと人里を訪れたんだ。
その後に紅い霧が人里の周辺を覆うようになり始め、紅い霧の発生原因が僕にあるという根も葉もない噂が人里で話題になった。
僕がそれを知り、何か対策を講じようとしたところ、人里から逞しい集団が僕のお店を訪れた。
遂に殴り込みに来たのかと思ったのだが、僕の推測からは大きく外れていた。
どうやら八雲紫が一枚噛んでいたようで、人里の人たちは僕のお店を"なんでも屋"か何かと勘違いしたのか、僕に紅い霧の異変を解決するよう依頼してきたのだ。
何故僕が異変を解決しなくちゃあならないんだ、と当時は思ったが、放って置いても良くないし後々僕のお店の宣伝にも繋がるのでは、と考えた末に依頼を許諾した。
そして魔法の森を抜け、霧の湖で間抜けの相手をした後に、この気色の悪い館に辿り着く次第となった。
道中で遭遇した紅白の巫女と、白黒の魔法使い。
もしかしたら彼女達も異変解決に一役買っているのかもしれない。
けれどもやり方は乱暴で、館の住人達を蹴散らしながら進んでいるようである。
しかも"弾幕ごっこ"という決闘方式を採用しているらしく、暴れ方はとても派手なのだ。
僕はごっこ遊びに興じるつもりはない。そもそも女の子同士の遊びに、大の大人である僕が混ざる道理も無い。
この紅い霧の異変の解決は、なるべく穏便に済ませたい。そう考えているのは、僕だけなのかもしれないが───
「おや」
思考を巡らせながら、館の廊下を進んでいると何者かに遭遇した。
歩けど歩けど終着点の見えない廊下に、長い廊下だなあと辟易していたが、それもどうやらここまでのようだ。
目の前に気配を感じて思わず言葉を漏らしたが、その気配の主も僕を視認して言葉を吐露した。
「あら」
僕と似たような感じで、対して興味もなさそうな口調である。
それにしても何処かで見た事ある人だなあ、と思っていたが、それは相手も同じだったらしく顎に指を添えていた。
少しして僕の方は思い出したので、声をかけてみた。
「どうも、人里では少しお世話になりました」
僕がそう言うと、目の前の人物は僕の事を思い出したらしく、納得したような表情を浮かべた。
「ああ、思い出した。私に建物の事を尋ねてきた人ね」
「ええ、その節はお世話になりました。おかげ様で良い店に巡り合う事ができた」
とりあえずお礼の言葉を言う事にした。
目の前の人物とは、僕が以前人里を訪れたときに人気のある建物の事を尋ねた人だ。
人里では非常に浮いている、メイド服を身に纏った銀髪の綺麗な人である。僕より年下であろうが、可愛い系よりは美人系の部類である。
「そう、それは良かったわね。それで、この館に何か用かしら。今日は来客の予定はないはずだけど」
この人は風貌からして、この館の従者であろう。
風格や態度からして、従者の中でも地位は高いと見た。
「すみません、予約制でしたか」
「そういうわけじゃあないけど」
「では、この館の主人と話をしたいのですが」
僕が館の主と話しをしたい旨を伝えると、メイドは表情を堅くした。
「お嬢様と? 悪いけど、素性の知れない人を通すわけにはいかないわ」
メイドはそう言い放つと、スカートを少しだけたくし上げ、何やら物騒なものを取り出した。
切れ味の鋭そうな銀製のナイフを二本、僕に向けて立ちはだかっている。
このままの流れだと、僕は確実にメイドに刺殺されてしまう。何とかして流れを変えなくてはならない。
「素性が知れてれば通してくれるのですか」
「そうねぇ、私が納得いったら考えてあげる」
「そうですか。では」
尚も銀製のナイフを僕に差し向け、緊張を解こうとしないメイド。
そんな事など気にせず、僕は言葉を紡いだ。
「……僕の名前は天道、人里の外れで小さいが店を構えている。店を建てたのは最近だが、手入れをするのが楽しく掃除を欠かした事はまだない。
本当は里の中に建てようと思ったのだが、土地の権利者がうるさいから里の外に建てる事にした。納税するのも面倒臭いからね。
特に趣味という趣味はないが、機会があったら外の世界に出てみようと思っている。因みに結婚はしていない。
寝る前には必ず歯を磨くようにしてるし、汗臭いのは嫌いだから自宅には浴槽付きの入浴設備も設置してある。
……どうですか、こんなもので。よければ僕のお店を訪れてくれると嬉しいのですが」
メイドは呆気にとられたような顔をしているが、直ぐに冷静になり口を開いた。
「よく理解したわ。あなた、侵入者というより変質者ね」
「えっ」
「兎も角、通すわけにはいかないわ。ここで倒れてもらうわよ!」
そう言葉を放つや否や、メイドは僕に向けて銀製のナイフを投擲してきた。
寸分の狂いもなく僕を目掛けて飛んでくるナイフだが、辛くもそれを避けた。
「ちょ、当たったら死んじゃうじゃあないですか」
「当たらなければ問題ないのじゃないかしら。で、あなたは構えないのかしら」
「結構です。良ければ先に通してほしいのですが」
「駄目」
続けて二本、三本と銀製のナイフが投擲される。
僕は何とか避け続けていたが、運が悪く三本目が肩に刺さってしまった。
「痛っ、痛い!肩に刺さった!」
「見た目に反して、すっとろいのね」
───メイドこと、十六夜咲夜は考える。
紅魔館の主、レミリアの従者たる咲夜は、侵入者に対応すべく行動していた。
そこで遭遇したのが、大図書館を抜けてきた彼、天道である。
咲夜は当初聞いていた侵入者とは違っている事に驚きこそしたが、
此処までやって来たという事は侵入者に変わりないだろうと判断し、対応している。
しかし侵入者である彼に対して攻撃しているうちに、咲夜は次第に自らが悪者になっていると錯覚し始めていたのだ。
「痛たた……本当にもう、勘弁して下さいよ」
咲夜は命中したナイフを見て、然も当然と言わんばかりの態度をしていた。
一方で彼は肩に命中したナイフに気付くと、周囲にはお構い無しに喚き散らした。
しかし此れでは終わらないと、咲夜は更にナイフを投擲する。
二本目、三本目が彼の肉体を貫いた。紅い血が吹き出し、服などお構い無しに紅に染めていった。
だが、尚も彼は立ち上がる。身体にナイフが刺さった状態で、血を撒き散らしながら。
いい加減、もう静かにさせようと思った咲夜が、ナイフを構える。急所に当てて止めを刺すつもりで。
しかし咲夜が照準を合わせている最中、彼は立ち上がりはしたものの、自らの血で足を滑らせてすっ転んだ。
鼻を強く打ったのか、「ぶッ」と小さく呻いた。
「……はあ」
十六夜咲夜は辟易した。
何故私がこんな間抜けな奴の相手をしなくてはならないのか、と。
思考に思考を重ね、気勢を削がれた咲夜は照準を合わせていたナイフを懐にしまい、大きく溜息した。
そうして、心底辟易したかのような声色で言葉を放つ。
「命までは取らないから、さっさと出て行きなさい」
「嫌です」
「……何ですって?」
生きて帰してやろうと思い、慈悲の気持ちでそう言葉を並べたのだが、彼は拒否した。
まさか拒否してくる等とは思っていなかった咲夜だが、眉間に皺を寄せて機嫌の悪そうな表情に変わっていた。
「館の主人に会わせて頂きたいのです」
「通さない、と言ったばかりでしょう。そもそも、お嬢様に会ってどうするつもりなの?」
「紅い霧を鎮めてもらいます」
彼が"紅い霧"と言うと、咲夜は顔を顰めた。
「人里は紅い霧で覆われており、里の人達は霧によって体調を崩しています。この紅い霧が長い間続けば、里の中から死者も出る事でしょう」
「……あら、外ではもうそんな事になっていたの」
「妖怪の賢者が動き出せば、面倒な事になると思いますが」
「お嬢様に言ってよ。お嬢様、日光が嫌いだから霧で太陽を覆っているのよ」
妖怪の賢者、という言葉に咲夜は少し反応するものの、特に気に止めることはなかった。
そして咲夜は考えた。
このままこの男を相手にしたほうが良いのだろうが、面倒臭いし何より掃除の仕事が増える。
闘ってみた感じだと強さは人並み程度なので、何か問題を起こす事などできはしないだろう。
「……ま、そうね。そういう事ならあなたが直接言ってくれば良いわ。特に危険は無さそうだし、案内してあげなくもないけど」
「それは助かります」
むくり、と彼は立ち上がった。
血まみれになりつつも、痛む素振りも見せない。
「っ、あなた、大分怪我していたんじゃ」
「ああ、そう怪我してるんだった。痛っ、痛たた……」
肩を押さえ心底しんどそうに歩き出した彼。
咲夜は先程の言葉を撤回しようと思ったが、考えるのも面倒なのでやせ我慢の一つだろう、という事にしていた。
「痛いなあ……絆創膏は持ってないんですか」
「無いわよ。包帯ならあるけど、自分で巻きなさいな」
「ありがとう。ところでこれ、転売しても良いのかな」
「2円で売ってあげる」
「いらないよ、ぼったくり」
咲夜がナイフを彼の喉下に突きつけた。彼はすぐさま謝罪の言葉を述べると、ナイフは元の位置へと戻された。
再び二人が並んで歩くが、咲夜はある事に気付いた。
「ところで貴方、もう大丈夫なの?」
「なにがですか」
「傷よ。さっき物凄く喚いていたじゃない」
「大丈夫ですよ。人間って結構丈夫ですから」
「……あっそう」
咲夜は溜息を漏らし、辟易した。
こんな奇妙な奴をお嬢様の下へ連れて行っても良かったのだろうか、と後になって思い悩み始めたのであった。
*
今日はなんて運が悪い日なんだろうか。
気色の悪い館で刺殺されそうになるなんて、僕という生物は実に運が悪い。
幸いにも傷の方は大した事ないので、僕の能力で完治してある。
僕の能力についてだが、自ら説明する気にはならない。誰かが教えてくれと言うか、或いは教えるべき時が来るまで口は閉じているつもりだ。
あんな見っとも無い真似までして先に進んだのだ、この機会を逃すわけにはいかない。
暫くメイドと共に廊下を歩いていると、やがて立派な扉が遠くから視界に入り込んできた。
他の客間のような部屋の扉とは違い、紅い装飾が施されており扉の端々に燭台も設置されている。
漸く館の主人と謁見が出来るのかと思いつつも、この館の内部の広さに驚いた。
支離滅裂になってしまったが、この館は僕が外から見た時よりも大きくなっている気がする。
つまり、外見に比べて中が広い、という事だ。
そして僕は考えたのだが、こんなに内部が広い割りに消防設備が何も無いのだ。万が一燭台の火が燃え移ったりした場合、どうするつもりなのだろう。
「この先にお嬢様がいらっしゃるわ」
色々と思考を巡らせているうちに、僕とメイドは立派な扉の前に到着した。
想像通り扉の先には館の主人がいるようで、メイドがその旨を伝えてきた。僕は言葉は返さず、相槌で返した。
立派な扉は外見の割りに軽いようで、メイドが片手で開いていたので驚いた。
失礼致します、とメイドが一礼して中に入った。僕もそれに倣い、一礼して入室した。
「──あら、咲夜。私は侵入者を案内しろ、と命じた覚えはないのだけれど」
入室してみると、部屋の中央には椅子に踏ん反り返っている少女がいた。
推測するにメイドの主人なのだろう。僕が入室して直ぐに険悪な雰囲気になった。従者を叱責するのは後回しにしてほしい。
「いいえ、お嬢様。確かにこの者は侵入者ですが、話しを聞くところによりますと、是非ともお嬢様にお会いしたいという事でして」
「……ほう?」
「是非ご挨拶をしたい、と嘆願されまして。無碍にするのもお嬢様の名を汚してしまうかと思いまして、案内致しました」
「それは大儀ね。けれど、それにしては随分と粗雑に扱っているように見えるんだけど」
少女は僕に向けて指を差し、そう指摘してきた。
メイドはそれに対しては特に動揺せず、淡々とした口調で言葉を返す。
「彼の腕を試したのです。万が一お嬢様に対して害意を持っていたとしても、彼にはそれに相応する実力は持ち合わせていませんわ」
「へぇ、そう」
「ご安心下さい」
にっこりと微笑み、再びメイドが一礼する。
そしてメイドは僕に歩くよう目配せしてきたので、それに従う。
メイドの言うお嬢様と対面する形で、僕は着座した。
僕が着座したところで、少女の偉そうな態度に変わりは見えなかった。
足を組み肘掛を十分に利用し、更には頬杖までついている始末である。
青みがかった銀髪に真紅の瞳をしており、容姿は人間でいうと十歳にも満たない程度である。
背中には大きな、まるで蝙蝠を模したような翼が生えており、薄いピンク色のナイトキャップを被っている。
「お初にお目にかかります、天道と申します」
軽く会釈をし、それを挨拶とする。
「そ。私の事は知っているのかしら」
「ええ、存じております」
嘘だ。僕は目の前の高慢な少女の事など、欠片も知らない。
恐らくはパチュリー君の言っていた、レミリアという少女であるとは思うのだが。
若干の静寂の後、館の主は口を開く。
「何処で私の事を知ったのか興味はあるけれど、今はいいわ。私はレミリア・スカーレット。で、これは咲夜」
「十六夜咲夜と申します」
改めて名乗られたような不思議な気持ちがした。
「これはご丁寧に、よろしくお願い致します」
相手方が名乗ってくるとは思わなかったので、とりあえず適当に言葉を返す。
余談ではあるが、自分の事を偉いと思っている奴と話すのはとても楽である。
適当に謙っていれば、勝手に話が進むのだから。目の前の少女もそれに近い節があるので、上手く丸め込めれば素晴らしい。
互いに挨拶を終えたところで、館の主であるレミリアがテーブルの上を軽く突いた。
人差し指で軽く突き音を鳴らすと、従者である咲夜は静かに一礼し姿を消した。
突然の出来事に何が起こったのか分からずにいると、レミリアが言葉を投げかけてきた。
「で、たかが挨拶程度でこの館に足を運んだわけじゃあないんでしょ」
「……おや」
流石にお見通しのようである。
当然と言えば当然か。このような気色の悪い館を好き好んで訊ねる輩など、僕意外には物好きしかいなさそうだし。
相手から用件を聞きにきたので、これを好機として件の話を伝える事にする。
「単刀直入に言います。里を覆っている紅い霧を鎮めてください」
「へぇ、もう私が異変の元凶だって調べたのね」
意外にも憤慨する事はなかった。
しかし件に関して興味を持っておらず、僕の言葉に対して返事をしようとはしない。
ただ静寂だけが辺りを支配している。……が、それも間もなく解消される。
「お待たせ致しました」
言葉と同時に不意に姿を現す咲夜。まるで瞬間移動でもしたのかと錯覚してしまう程である。
彼女が手に持っているのは、トレンチである。その上にはティーポットとティーカップが乗せてあった。
それらをテーブルの上に並べると、それぞれのティーカップに咲夜が紅茶を注いだ。
僕は彼女に「ありがとうございます」と礼を言ったが、レミリアは黙したままであった。
とりあえず紅茶を頂いたので、一口飲んでみる事にする。
この期に及んで毒が盛られているわけはないだろうし、気兼ねする事無く飲む。
「美味しいですね、これ」
「……咲夜?」
レミリアが従者の名前を呼んだ。
何か文句でもあったのだろうか、叱責でも始めるつもりなのだろうかと思って見ていたが、杞憂に終わる。
レミリアに何かを促された咲夜は、一瞬にしてその場から消えた。
あ、消えたな。そう思った次の瞬間には、再び目の前に一瞬にして姿を現したので、ひどく驚いた。
「失礼致しました、お茶菓子をどうぞ」
どうやらお茶菓子を持ってくる為に、わざわざ瞬間移動したらしい。
ご丁寧に僕の分まであるようで、咲夜が持ってきたお茶菓子は世間一般で言うカステラであった。
「どう、凄いでしょう」
「ええ、驚きました」
従者の一連の行動を見てレミリアがそう訊ねてきた。
特に否定する必要もないし、本当に凄いと思ったので適当に肯定しておいた。
それではお茶菓子を頂こうかな、と思った時、咲夜が口を開く。
「お嬢様」
「どうかしたの、咲夜」
「どうやら新しいお客様が訪ねて来たようです。それもお二人ほど」
「ふぅん、そう。私のほうは良いから、貴女は掃除の方を済ませてきなさい」
「畏まりました」
再び咲夜が消えた。扉の方から僅かに気配がする辺り、扉の向こう側に瞬間移動でもしたのだろう。
彼女の言っているお客様が二人とは、恐らく紅白の巫女と白黒の魔法使いの事であろう。
如何やら二人とも大図書館を突破し、此方の方へと向かってきていると見た。
「大丈夫なんですか、十六夜さんは」
「問題ないわ。咲夜は優秀だもの」
「そうですか」
このレミリアという少女は、人並み以上の自信家とみた。
いくら優秀と言えど、二対一では二人側に分があるのは明確である。
まぁ、良いだろう。彼女達が争っている間に、此方は此方で話を進めれば良いだけの事だし。
タイトルの方にサブタイトルの方を設定しました。
私事になってしまいますが、東方二次小説において簡潔なタイトル名が多い、つまり類似するタイトルが多いなと感じた為、区別化するという意味で設定させて頂きました。
上記の理由もありますが、前に執筆していた人鷹禄という小説とたったの二文字違いなのもどうなのかなと筆者が思い、前作との差別化という意味もございます。完全に私見ですが。
当小説は基本的に原作を基準に進んでおりますが、筆者自身が未熟者という事もありまして、オリジナル展開というタグを設定させて頂いております。
また、本編進行中に主人公の過去描写を混ぜて紹介していく、という形で進行していきます。
活動報告の方に僅かばかりですが記載いたしますので、興味のある方がいらっしゃれば是非目を通してみてください。
それでは、此処まで呼んでいただきありがとうございました。