東方外来禄 -往年幻想物語-   作:くりすてぃあーね2世

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巻ノ七 力試しは不意をつけ

僕は今、紅魔館にいる。

今までは気色の悪い館と表現していたが、そういえば紅魔館という名称だったのを思い出した。

そして僕の目の前には、紅魔館の主人であるレミリア・スカーレットが偉そうに座している。

僕の方も対面する形で座しており、テーブルには紅茶と茶菓子が並べられている。

雰囲気から察するに、特に険悪なものでもない。これを維持していけば、争い事になる可能性は低いだろう。

 

「それで、レミリアさん」

 

咲夜さんが侵入者の始末に向かった後、僕は直ぐに口を開いた。

 

「紅い霧、止めてもらえませんかね」

 

「ん……そうねぇ。私、病弱っ子だから日が昇っていると体調が崩れちゃうの」

 

「はあ」

 

声色からして、レミリアは確実にふざけている。話を逸らそうとでもしているのか。

少なくとも病弱っ子は、偉そうに踏ん反り返って紅茶を飲んだりはしない。

相手のペースに合わせるのも癪なので、何とかならないかお願いしてみる事にした。

 

「何とかならないんですか。皆困ってますよ」

 

「あら、そうなの。私は、あの偉そうな太陽が顔を出しているだけで困るんだけどね」

 

この態度を見る限り、適当に謙っているだけでは突破は出来そうにない。

先ずは……そうだ、ご機嫌取りだ。

ご機嫌取りまでは行かずとも、何か本題とは別の話題を提供し、ある程度気持ちを切り替えてから再び話を切り出したほうが良さそうだ。

しかし、他に話題という話題はない。僕はレミリア・スカーレットの事など何も知らない。

彼女みたいな、自分の事を偉いと思っている人物は、無知を嫌う傾向にあると思うのだ。

例えば教えを乞うような質問などは、彼女は嫌うだろう。其れよりかは相手に同調したり、話しを合わせたりした方が気に入られると思うのだ。

つまり相手に気に入られつつも、当たり障りの無い話題を提供すれば良い。例えばこの紅茶とか。

 

 

「そういえば、この紅茶。美味しいですね、とても素晴らしい」

 

「当然でしょ、咲夜が淹れたのだもの。こんなもの、私は飲み慣れているけどね」

 

流石に館の主人だけあって、こういった紅茶の類は毎日のように飲んでいるのだろう。

僕なんかは紅茶よりも、珈琲のほうが好きなのだが。

 

「これは……ダージリンですか。少々渋みはありますが、華やかな香りで素晴らしいですね。

これぐらいの渋みの方が、茶菓子と合いますよね。夏摘みですかね、マスカテルフレーバーとは違うみたいですが」

 

「……そ、そうね。そんなとこ」

 

レミリアが僕の言葉を聞き、若干引いたような顔をしている。

少し話しすぎてしまったのだろうか、それにしても毎日飲んでいると言っていたのだから、彼女も余程紅茶には詳しいと見たのだが。

 

「紅魔館には、これ以外にも種類はあるので」

 

「そうね、ある……と思うけど」

 

「私は紅茶にはあまり詳しくないので、無知を晒してしまうかもしれません。

ですが、一度はマスカテルフレーバーと呼ばれるものを飲んでみたいと思っていますね。とても興味があります」

 

「そ、そう。それは良いんじゃあないかしら」

 

何だか言葉が引き攣っているようにも聞こえる。

あまり紅茶の話しを長引かせると、機嫌を損なわせてしまうかもしれない。別の話題に切り替えよう。

 

「このカステラも、紅茶とよく合って美味しいです」

 

「そうでしょう、私は食べ慣れているから別に美味しいとは思わないけど」

 

フォークを丁寧に扱い、提供されたカステラを口に運ぶ。

生地の柔らかな食感が口内を包み込み、程好い甘さが口いっぱいに広がった。

 

「おや、これは……素晴らしい、レミリアさん」

 

「な、何よ急に」

 

「これ、普通のカステラよりも美味しいですよ。見た目は変わらないのに、甘みは全然違う」

 

「それは良かったわね、黙って食べると良いわ」

 

「底面にさり気無く敷かれているザラメがアクセントになってて、飽きが来ませんね。……おや、レミリアさん。もしかしてこのカステラ、蜂蜜が入ってやしませんか」

 

「は、蜂蜜?……あ、あぁ。そう、だったかも」

 

「いえ、推測ですが。そういえば最近では、カステラに蜂蜜を入れるのが主流だった気がします。蜂蜜が入っていた方が、コクがあって美味しいですよね」

 

「……」

 

僕は菓子の類はそんなに詳しくない。

軽くレミリアと会話してみると、何となくであるが彼女の性格というのも見えてくるものだ。

あの時にパチュリー君が、あまりからかうな、と言っていた理由が何となく分かった。

他にも軽く会話を交え、茶菓子であるカステラを完食するに至った。

 

「ごちそうさまでした、とても美味しかったです」

 

「そ」

 

僕の礼の言葉にも、レミリアは軽い返事で応対するだけである。

まだ話を再開するのには早いと思ったので、もう一つ程話を挟む事にした。

 

「ところで、レミリアさん」

 

「何よ」

 

「実は私、人里の外れで飲食店を営んでいるのですが。良ければ食べに来てみませんか」

 

せっかくなので、軽く宣伝してみた。どうせ他に話題など持ち合わせていなかったので、丁度良かった。

僕が軽く誘ってみると、レミリアは少し思考する素振りを見せた。

 

「ん、そうね。興味が湧いたら行ってみようかしらね」

 

「その際はご贔屓にさせて頂きますよ」

 

決まり文句であるその言葉を発すると、彼女は「当たり前じゃない」等とのたまう。

宣伝はこれだけで終了してしまい、両者共に沈黙してしまった。

大分気まずいのだが、そういう時こそ目上の人物が状況を打開すべきである。僕は手元にあった紅茶に口を付けた。

 

───と考えたところで、状況が変わるわけではない。

僕も彼女も、テーブルに置かれた紅茶を消費し続ける。

今頃、咲夜さんが侵入者を相手に奮闘している頃であろう。二対一なので、恐らくは此処まで突破してくるのではないだろうか、と予想する事が出来る。

そう考えるのなら、優雅に紅茶を堪能している場合ではない。いつまでも口を閉じているわけにはいかない。

 

「で、レミリアさん。紅い霧の件なんですが」

 

「嫌よ」

 

僕が言葉を言い終える前に、即座に拒否されてしまった。

ほんの僅かであるが、僕が積み上げてきたプロセスというものが無駄に終わってしまったようだ。

しかし、ここで引き下がるわけにはいかない。

 

「紅い霧を鎮めてくれたら、僕のお店の無料優待券を差し上げます」

 

「いらないわよ」

 

そんなもの作成すらしていないが、断られてしまった。小さな虚脱感を覚えた。

 

「では、こうしましょう。時間帯によって紅い霧を鎮めるというのは」

 

何も紅い霧を鎮める事に拘らなければ良いんだ。そう考え、レミリアに一つの提案をしてみた。

提案というのは、時間帯ごとに紅い霧を操作するということだ。

どうかひとつ、昼間の時間帯に紅い霧を発生させるのは避けて頂きたい。発生させるのなら夜間から深夜の間までにしてください。

そう彼女にお願いしてみたのだが

 

「何なの、それ。忌まわしい太陽を覆うのが目的なのに、それじゃあ何の意味も無いじゃない」

 

「なら紅い霧で太陽を覆うのは昼間の間で、夜間は鎮めるというのは」

 

「それも嫌」

 

どれもこれも、あっさりと断られてしまった。

声色も低く、不機嫌な様子が窺える。

下手に出ても状況は変わりそうにないので、ここは少し強気に出てみよう。

 

「別に良いじゃあないですか。おたく、どーせ外に出ないんでしょう。ピクニックが趣味という風にも見えませんし、肌も青白い」

 

「……私の事を馬鹿にしているのか?」

 

芳しくない状況が、一瞬にして悪化してしまった。

彼女が憤慨を感じているようだったので一言、申し訳ない、と詫びを入れた。

手に持っていた紅茶のカップをテーブルに置くと、レミリアが口を開いた。

 

「そんなに霧を止めてほしいのなら、力尽くで止めてみる?」

 

彼女は静かな声色で、若干の覇気を込めてそう僕に告げた。

見た目は華奢な少女が、"力尽くで"なんて言葉を使うのだから、僕は驚いた。

 

「貴方、今」

 

僕が彼女に対してギャップを感じていた時、不意に声をかけられた。

顔を少しだけ上げて彼女の方を見てみると、此方の方へ人差し指を向けており、威勢良く口を開く。

 

「"自分が負ける筈がない"……と、そう思ったでしょう?」

 

「あ、はあ……そうですね、まあ。僕は大人ですし」

 

突然の読心術に驚いたものの、適当に言葉を濁しておいた。

冷静に考えてみても、大人の僕が少女のレミリアに力で劣るわけが無い。

けれどもこれは、あくまで双方を人間と仮定した時の話である。

例えば彼女が鬼だったりした場合は、また話が変わってくる。たとえ容姿が幼かろうが、鬼ならば力は人間のそれを遥かに上回るのだから。

 

「ふふん、そう。じゃ、握力で勝負しましょ?」

 

「ええ、構いませんが」

 

握力での勝負を提案してきたレミリアは、僕に向けて右手を差し出した。

互いに手を握り合い、握手の形で力比べをしよう、という事であろう。

とりあえず辞退するわけにはいけないので、レミリアの手を握り握手をした。

 

「いくわよ」

 

「どうぞ」

 

言葉を合図とし、お互い手に力を込めた。

まずは様子見をしようと、僕は軽く手に力を込めたが、レミリアは表情一つ崩さない。

そして口角を少しだけ上げて微笑すると、彼女の手にも力が込められた。

 

「───痛でででッ!」

 

あまりの痛さに、思わず手を振り払ってしまった。

彼女に握られた手は赤くなり、骨に皹が入ってしまったんじゃあないか、と心配してしまう程のものになっていた。

 

「ふふ、男の癖に情けないわねぇ」

 

レミリアはそんな事を言って、ニタリと笑っていた。

やはりというか、なんというか。

背中に蝙蝠の羽があるあたり、何となく予想はついていた。

だがもしかしたら、ただの"蝙蝠の妖怪"かもしれない、とその線は外していた。

しかしこうして力比べをしてみる事で確信がついた。

 

「痛たた……君、吸血鬼か」

 

「よく分かったわね。もしかして私の事、ただの人間だとでも思ったの?」

 

背中に羽を生やしておきながら、それはないんじゃあなかろうか。

けれど、よく考えてみると彼女が吸血鬼であっても違和感は無い。

この紅い館の館主が、ただの蝙蝠の妖怪、というのもおかしな話である。"吸血鬼の館"と考えるのなら、辻褄が合う。

 

僕を力比べで負かしたレミリアが、ドヤ顔で此方を見据えている。

僕の方はといえば、彼女に握り潰されそうになった手を労わっている最中である。

 

「うーん、そうねぇ」

 

レミリアが悩ましげに、口を開いた。

 

「力比べで私に勝ったら、霧を止めてあげる」

 

そう言い放つや否や、レミリアは紅茶を一口だけ口に含んだ。

僕は彼女に対して思ったのだが、このレミリアという少女は碌な育ち方をしていないに違いない。

先程僕を負かしたばかりなのに、その勝負はフェアじゃあない。

 

「力比べって、つまりどういう事です」

 

「簡単なことよ。そうね、力比べの方式は貴方に決めさせてあげる」

 

ハンデよ、とレミリアがのたまう。

力は彼女に軍配が上がるが、"勝負に勝つ"だけならば、まだ僕にも余地は残されている。

状況を判断するに、レミリアは完全に慢心している。こういった油断や隙は、確実に敗因に繋がってくる。

 

 

「……良いでしょう。では、"腕ずもう"なんてどうです?」

 

「腕ずもう?」

 

腕ずもう、という遊びを知らなかったレミリアは、きょとんとした表情をしていた。

腕ずもうとは誰もが知っている、庶民的な遊びである。

簡単に説明するならば、平らな場所に互いに肘を置き、互いに手を握り合う。

肘を置いたまま腕に力を込め、どちらかの手の甲が地に着いたら負け、というシンプルなものだ。

僕の説明を理解したのかまでは分からないが、説明を聞いたレミリアが納得の言った声をあげた。

 

「良いのかしら、こんなので」

 

「良いんです。さ、始めましょう」

 

まさに力が物を言う勝負なので、単純に力の弱い方が負けてしまう遊びでもある。

だが、僕は負けない。

僕は、僕を守る為に自分の"能力"を磨き続けてきたのだから。

 

「……いくわよ」

 

レミリアが静かにそう呟き、腕ずもうの勝負が開始された。

互いに肘が地から離れないように力を込め、相手の腕を巻き込み倒そうとする。

 

「───なっ」

 

レミリアが異変に気付き、驚きの声をあげた。

 

「手に力が……───あっ!」

 

その隙を逃さず、僕は一気に腕に力を込め、レミリアの腕を倒した。

本当に一瞬で勝負は終わってしまい、非常に呆気ないものとなってしまった。

 

「僕の勝ちです」

 

ぷるぷると腕を振るわせるレミリアを余所に、僕は自らの勝利を誇示する。

しかしレミリアは納得がいっていないのか、怒り混じりの声色で僕に抗議を始めた。

 

「……お前、私に何をした」

 

「別に、大したことでは」

 

「恍けるなッ! 妖術の類か、それとも能力か? どっちでも良いわ、今の勝負は無しよ!」

 

ガダン、と椅子を蹴倒し立ち上がるレミリアが、そう僕に食って掛かった。

しかしながら僕としては、納得がいく筈もない。

 

「レミリアさん、そりゃあないでしょう。僕も先程、貴女と力比べをして負けましたよ。

けどもそれは、僕が貴方の力量をはかり損ねたからであって、負けたからといって駄々を言った覚えはありませんが」

 

「ぐぐ……けれど、私は"力比べ"の勝負と言ったのよ。能力だとかを使うのは卑怯よ!」

 

確かに当初はお互いの力の比べ合いが目的であった。

だが僕が提案したルールは、腕ずもう。手の甲が台に付いた方が負けなのであり、能力を使用してはいけない、というルールは存在しない。

勿論、能力を使った上で肘が台から離れたりすれば、その瞬間に負けは確定であるが。

 

「何も卑怯なんかじゃあありませんよ。能力を使用しちゃあいけませんと、僕は言いませんでしたし」

 

「た、確かにそうだけれど……!」

 

「やれやれ、いい加減認めてくださいよ。館の主人がこんなんじゃあ、部下に示しがつきませんよ」

 

悔しそうに表情を歪めるレミリアだが、僕も引く気はない。

正直僕としても無茶苦茶な論理だとは思うが、結果として上手く言い包められればどうだって構わない。

蹴倒した椅子を戻し、再び着座する。少しは落ち着いたのか、着座して直ぐに気だるそうに頬杖をついた。

そして深い溜息をついた後、これまた気だるそうに口を開く。

 

「はあ……分かったわよ。納得いかないけど、納得した事にしてあげる。そのかわり…」

 

紅茶を一口だけ飲む。まだ中身が残っていたのかと思いつつも、僕も同様に紅茶を飲んだ。紅茶はすっかり冷めていた。

 

「貴方の能力の詳細、事細かに教えなさい。霧を鎮めてほしいっていうのなら、先ずはそこからよ」

 

「教えなさい、ってレミリアさん。勝負に勝ったら霧を鎮めるという約束だったんじゃあ」

 

「あら、そーだったかしら」

 

知ーらない。とそっぽを向いたレミリアは、前髪を指に絡ませて素知らぬふりを貫いていた。

 

「約束を破るのは構いませんが。もしも僕が、能力を使って貴女に襲い掛かったら……霧を鎮めてもらえます?」

 

「それはとても面白そうね。でも、貴方はそんな事はしないでしょうね」

 

柔らかな口調でそう言い切るレミリアに僕は、何故ですか、と言葉を返した。

 

「貴方、面倒な事は嫌いな性質でしょ」

 

「おやまぁ」

 

「後は……そうね、格好付けて言うのならば……そういう"運命だから"、かしら」

 

彼女が"運命"という言葉を用いた。

人の意志に左右されない身の上に巡ってくる吉凶禍福。

運命とは決定されている未来である。しかし全てが決定されている訳ではなく、物事の結果のみが決定されている。

生死に関する運命を覆す事は非常に困難だが、結果へ到達するまでの過程はある程度覆す事は可能であると考えられる。

彼女が僕に対して、運命という言葉を用いた事に関して興味がある。

その事を、そこはかとなく訊ねてみると、レミリアは自慢げな表情で口を開いた。

 

「"運命を操る程度の能力"……私はそう呼んでいるわ。貴方の運命だって、手に取るように分かるのよ」

 

「へぇ、運命が分かる……ねぇ。僕の今後の運命とかも分かるのかい?」

 

「勿論。貴方は私の館から出た後、家に帰るでしょう」

 

当たり前だ。

紅い霧の異変を解決した後、家に帰ってふかふかの布団で眠りたい。

こんな周囲が紅く湿気臭い場所にいつまでも滞在するなど、考えられない。

 

「帰宅できるって事はつまり、僕は君と争わないから、かな」

 

「そういう事でしょうね」

 

「ふーん。ま、端から君と争う気は無かったのは本当ですがね」

 

きっと物凄い能力なんだろうが、僕にはいまいちそれが分からなかった。

とりあえずレミリアと争う気は無いので、そこは素直に同意しておいた。

 

「それで、貴方の能力は教えてくれないのかしら」

 

私は教えたのに、と呟きながら、レミリアは自らの毛先で遊んでいた。

自分の能力を説明する事で、僕にも能力の説明をさせようというのか。

……まあ別に隠している訳じゃあないし、どうせこの吸血鬼とは今日限りの付き合いだろうし、教えても構わないか。

 

「貴女の能力を教えて頂いてまで隠す気はないので、お教えしますよ。

僕の能力は……そうですね、貴女の能力と同じ表し方をするのなら、繋───」

 

自分の能力を明かせば霧を鎮めてもらえるのだ。こんなに簡単な話が他に何処にあろうか。

そう思って僕が能力の名称となるものを告げようとした、その瞬間であった。

 

部屋の扉の奥から、何やら気配を感じた。

不意の出来事であったので、思わず言葉を途中で止めてしまったが、彼女も僕と同様に気付いたので気に止める事は無かった。

扉の奥───つまり、僕が咲夜さんに連れられた時にくぐった、この部屋へと通じる扉である。

 

「……レミリアさんの知り合いですか」

 

「さあ。咲夜が戻ってきたんじゃ────」

 

レミリアが言葉を紡いでる途中、その刹那。

扉の奥から感じていた気配はやがて轟音に変わり、瞬きをした次の瞬間には、目の前にあったテーブルの半分が消し飛んでいた。

残った部分の繋ぎ目も黒く焦げ付き、煙を吐いている。まるで"極太のレーザー光線"でも通過したのではないか、と目を疑った。

テーブルの向かい側に座っていたレミリアは、なんと僕の前から姿を消していた。

 

「あちゃぁ、ちと威力が強すぎたか」

 

「全く……館の主に怒られても、私は関係ないからね」

 

「知るかよ。私はさっさと異変を解決して帰りたいんだからな」

 

テーブルと同様に粉々に消し飛んだ扉の奥から、二人の少女が歩み出てきた。

一人は白黒の魔法使い、もう一人は紅白の巫女。どちらも多少衣服が擦れており、此処に辿り着くまでに一悶着あった事が窺える。

そんな少女のうちの一人、白黒の魔法使いが私に指を差し向けて口を開いた。

 

「お。お前は」

 

「どうも」

 

「やっぱりお前が異変の黒幕だったんだな」

 

白黒の魔法使いが小さな八卦炉を構えて、ひどく落ち着いた声色でそう言い放ってきた。

 

「ひどい冗談だな。少し前に会ったばかりじゃあないか」

 

「それもそうだったな」

 

何だかからかわれたような気がする。

 

「あらその人、魔理沙の知り合いなの?」

 

「いや、知らん」

 

紅白の巫女が白黒の魔法使いに向けて問うたが、白黒の魔法使いはそれを否定した。

そうして視線を僕の方へと向ける二人の少女。

黙って見つめられるのも気恥ずかしいし、とても居心地が悪いので適当に言葉を返す。

 

「僕は天道というものです。僕は君たちの事は知らないし、会話をした事もない」

 

正確に言えば、紅白の巫女の名前は知っている。偶然、会話を聞く形となってしまったから。

しかしこの活発な、金髪の白黒魔法使いの事は全く知らない。

 

「そ。私は霊夢。一応、博麗の巫女よ」

 

「よろしくな、天道。私は霧雨魔理沙だぜ」

 

無愛想なのが紅白の巫女で、眩しい笑顔を見せているのが白黒の魔法使い。

とりあえず互いに自己紹介……なのだろうか、とりあえず互いの名前を知る事が出来たし、よしとする。

 

「で、お前を倒せば異変は解決って事になるのか?」

 

「そんなわけがあるか。僕も霧を鎮めに来たんだ」

 

再び小さな八卦炉を向けておっかな危ない事を言う魔理沙だが、「冗談だぜ」と言って八卦炉をしまう。

やはりあの極太のレーザー光線のような攻撃は、あの八卦炉から繰り出されたのだろうか。

そう推測すると、あの八卦炉を無闇に人に向けるのは大変危険な行為ではないのだろうか。

 

「ところで、この部屋は?」

博麗の巫女、霊夢がそう質問してきた。

 

「此処は館の主人の部屋だよ」

 

「ふぅん。じゃ、なんであんたしかいないわけ」

 

「そこの白黒に聞いてみてくれ」

 

指を差して魔理沙を指名する。

 

「私が知るわけないだろ」

 

「魔理沙は知らないって言ってるけど」

 

本当に知りません、という風な顔をしていた。

僕はひどく辟易した。異変解決まで後一歩というところで、こんな漫才をしている場合ではないのだ。

さっさと異変を解決して家に帰りたい。それはきっと、この場にいる三人全員が思っている事であろう。

 

「そっか。じゃあ、説明するから座りなよ」

 

「そうさせてもらうぜ。ずぅっと戦いっぱなしで、流石に疲れてきたからな」

 

半分消し飛んだテーブルに集まる霊夢と魔理沙。

僕は目の前に置かれ辛うじて無傷の紅茶のカップを手に取り、一口だけ口に含んだ。

 

「と思ったけど、椅子がないじゃない」

 

そう霊夢が抗議してきた。

消し飛んだテーブルと共に、周りに置かれていた椅子も消し飛び、脚が折れ背凭れが破損し。

とてもじゃあないが、まともに使えそうな椅子は残っていなかった。

 

「……そこの白黒に言ってくれ」

 

「おいおい、何でもかんでも他人のせいにするのは良くないぜ」

 

まるで悪気の無い魔理沙である。

まあ、良いだろう。僕が後から来た客に対して配慮する必要はない。そういうのは館の関係者がやってしかるべきである。

 

「ま、適当に寛いでれば良いんじゃあないか。足が痛いならカーペットの上にでも座ればいい」

 

「遠慮しておくぜ。それよりも、館の主様は何処に行ったんだ」

 

自分の胸に聞いてみろ、と言葉を返したくなったが、ややこしくなるので黙っておくことにした。

それにしても、吹き飛ばされたレミリアは何処に行ったのだろうか。

まさか本当にテーブルごと消し飛んだ……なんて事はないだろう。あれでも吸血鬼だし、生命力は人間のそれを遥かに上回っている。

そう考えていた時、霊夢が何かに気付いたかのようにして、行動し始めた。

 

「……魔理沙、あれ」

 

「ん───っとッ!?」

 

レミリアが吹き飛ばされた事により発生した壁の穴から、紅色のレーザーが突如として射出された。

恐らくこれらの攻撃は"弾幕ごっこ"に該当するものだろうと推測して、僕は飛んでいったレーザーの事を"弾幕"と表現する事にした。

 

「……っとと、危ないな」

 

紅色の弾幕攻撃により、残ったテーブルも完全に炭と化した。

目の前にあった紅茶カップを辛うじて手に取り、頭上へと掲げて巻き添えとなるのを防いだ。

僕の目の前を通過した紅色の弾幕攻撃は、恐らく魔理沙と霊夢を狙ってのものだったのだろう、彼女達の居た場所に寸分も狂わず命中していた。

 

「ふぅ、あっぶないなぁ。誰だぜ、こんな真似する奴は」

 

「他人が寛いでる最中に攻撃を仕掛けてくる無礼者は誰かしら?」

 

壁の穴から舞い戻ってきたレミリアだが、衣服がボロボロになり髪の毛が少しばかり燻っていた。

表情は完全に憤怒しており、今にもそれが爆発しそうな勢いである。

 

「あんたかしら、紅い霧を撒き散らしてる害悪は」

 

「そうだけど、何か文句ある?」

 

「迷惑なのよね、あれ。さっさと止めてもらいたいんだけど」

 

一番最初に噛み付いてきたのは、意外にも冷静な霊夢であった。

しかし、これは拙い。こんな挑発するような言い方では、レミリアは確実に怒りが爆発するであろう。

そうなってしまえば、僕が積み重ねてきたプロセスというものが無駄に終わってしまう。

そうなってしまう前に、何とかしないと。

 

「嫌よ。大体、何故貴様程度の人間にそんな指図を受けないとならないの?」

 

「あの、レミリアさん」

 

「指図じゃないわよ。皆が迷惑してるから止めろって言ってんの」

 

僕が会話に加わろうとするのを防ぐかのようにして、霊夢が口を挟む。

 

「迷惑してるのは人間でしょ。私には関係ないもの」

 

「あのぉ、レミリアさん」

 

「それは独りよがりの傲慢っていう奴だぜ。そんな事ばっかり言ってると、いつか痛い目みるぜ?」

 

火に油を注ごうとする魔理沙。

 

「ふん、だったら見せてもらおうじゃないの。貴様らにそれが、出来たらの話だがな」

 

「もしもし、レミリアさん」

 

「この状況でよく言うわね。傲慢な上に自信家なのね、あんた」

 

いよいよ対決しようというのか。これまで僕の言葉が通ることなど、一度もなかったぞ。

けれども僕は諦めない。この声が通るまで、何度だって声をかけてやる所存だ。

 

「人間風情が、よく吠えるな。人間と吸血鬼との格の違いを教え「レミリアさーん」だあああぁッ!! うっさいわね、後にしなさい後にッ!」

 

「僕の能力を教えれば霧を止める約束じゃ」

 

「そんなの知らないわよッ!」

 

レミリアが憤怒し、辺りに喚き散らす。遂に怒りが爆発してしまったみたいだ。

火に油どころか、ガソリンをぶちまけてしまったのか、僕は。

 

「本当にこいつが異変の首謀者なのか? 何だか想像していたのよりもずっと幼稚だぜ」

 

後頭部で腕を組んで魔理沙がそう呟いた。嘲り笑っているようにも、僕には見えた。

この場は一先ず、レミリアを落ち着かせる事が先決だと思っていたが、彼女の方から何かがキレる音が聞こえてきたのでこれは拙いなと思った。

僕はその場から数歩下がり、彼女達から距離を置いた。

 

 

「おい来たぜ、霊夢!」

 

「本当にもう、面倒臭い事してくれたわね……ッ」

 

 

紅い光弾が物凄い速さで駆け抜けると、彼女達が立っていた場所が爆ぜた。

同時に霊夢は真横に避け、魔理沙はその反対側に避けると同時に外へと飛び出していった。

 

「ふふっ……良いわ、外で決着を着けよう。こんなにも月が紅いのだからなッ!!」

 

危険な笑みを浮かべ、レミリアも外へと飛び出していった。

魔理沙を標的にしたのだろうか、飛び出したと同時にその衝撃で壁が粉微塵になった。

こりゃあ館の修繕費が途方も無い数字になるだろうなあ、と一人要らない心配をしていたところ、霊夢が僕に話しかけてきた。

 

「あんたは行かないの」

 

「君こそ。彼女は友達じゃあないのか」

 

仮にも友人が吸血鬼に狙われているのだ。冷静に判断するのなら、とても危険な状態であるはず。

 

「少し休んでからね。道中の敵、ほとんど私が始末したんだから疲れちゃったわ」

 

「そうか」

 

その場に座り込む霊夢。外ではけたたましい音と共に、弾幕が展開される独特な音が聞こえてくる。

僕としては、こうなってしまった以上どうする事もできない。

いつまでもこんな物騒な場所に居たくもないし、さっさと帰ることに決めた。

 

「あら、霧の異変を解決しに来たんじゃあないの?」

 

「君こそね。僕は話し合いで解決しに来たんだ。おままごとで解決する気はないよ」

 

「なにそれ、皮肉のつもり?」

 

皮肉も何もない。弾幕ごっこは女の子同士の真剣勝負、男の僕が好んで介入する程でもない。

止むを得ず参加する事もあるかもしれないが、女の子相手に真剣になってもしようがない。

その事を、それとなく霊夢に口頭で伝えた。

 

「ふぅん……あっそ。ま、あんた弱そうだし」

 

「そーいう事だ。紅茶でも飲むかい」

 

「いらない。あんたの飲みかけじゃないの、それ」

 

中身の入っていない紅茶のカップを霊夢に差し出したが、あっけなく断られた。

他人の物を持って帰るわけにもいかないので、テーブルもない事だし地べたに置いておこう。

そうしてさっさと帰ろう。異変はこの少女達に任せておけば良いし。

 

「じゃ、僕はお暇させてもらう。異変の解決は任せたよ」

 

「任されたわけじゃあないけど、任せなさい」

 

きっと僕に頼まれたから解決するのではなく、自分達の為に解決するんだからね、勘違いしないでよね、という奴なのだろう。

難しい年頃なのだろう、僕に対するつんけんとした態度が、さっきから気になる。

 

「あ、そうそう。里の外れに僕のお店があるから、良かったら寄ってみてね」

 

「憶えてたら行ってやるわよ」

 

それを別れの言葉とし、僕はレミリアのあけた壁の穴から紅魔館の外へと出た。

 

 

*

 

 

外は相変わらずの紅い霧であり、最早昼なのか夜なのか分からない程である。

霊夢は本当に休憩するつもりなのだろう、僕の後に続く気配はない。

魔理沙は……少し遠くのほうで、弾幕を繰り出しているのが分かる。レミリアも以下同文。

見た感じだと実力は拮抗しており、スペルカードルールのメリットが最大限に活かされているのだなと見て理解できる。

さて、と。

僕はこれ以上、争いの中に首を突っ込みたくはない。

さっさと家に帰って冷たい麦茶でも飲んで一息つきたいところである。

そうして深い深い紅い霧の中、少し迷いながらも僕は帰路へと着くのであった。

 

 









以上、第七話でした。
異変の方はスムーズに解決しました。
筆者は紅茶が飲めませんので、優雅なティータイムと言われても華やかさを想像する事が出来ません。
紅魔異変の方はほぼ終局へと向かい、次話から少しずつ展開が変わっていく、と思われます。
評価してくださった方、ありがとうございます。執筆の活力とさせていただきますので、今後ともよろしくお願いいたします。
それでは、此処まで読んでいただきましてありがとうございました。
次話でお会いしましょう。
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