東方外来禄 -往年幻想物語-   作:くりすてぃあーね2世

9 / 42
巻ノ八 小さな客人

───異変から数日後

 

本日は、晴天なり。

カーテンの隙間から太陽の光が漏れ出ており、憎らしいほど眩しい光が大地を照らしていると推測できる。

あの紅い霧の異変から数日が経過したのだ。

僕が家に帰宅して、その翌日。あの人里を覆っていた紅い霧が、まるで夢だったかのように引いていたのだ。

それを夢と錯覚させないのが、この太陽光と真夏の気温である。

気温は推定、30度の後半を上回っているであろう、里では熱中症患者が後を絶たないはずである。

 

はてさて、異変が解決された事により、僕の功績が認められる……はずもない。

結局のところ異変を解決したのは"巫女"であり、里人の感謝の気持ちは僕へではなく、博霊神社の巫女に向けられているのだ。

宣伝の効果、きっと無かったのだろう。僕のお店に足を踏み入れる者はいない。

妖精が悪戯で投げつけてきたドングリがいくつか転がっているだけで、人間が踏み入った気配は一切ない。

 

ま、別にそれは構わない。

売り上げや利益を追求しているわけではないし、あくまで趣味のひとつである。

実のところ、僕のお店は"固定費"というものが限りなく低い推移にあるのだ。

その理由として一番を占めているのが、やはり僕の"能力"である。

人を殺めたり、危険に犯したりするだけの能力は、総じて愚者にのみ与えられると僕は思っている。

僕の能力もそれに当て嵌まってしまう可能性も無きにしも在らずだが、生活環境を改善する事にも使用できるので、万能といえば万能なのである。

因みに僕の能力に名前を冠するのなら、繋い───

 

 

「た、たのもーう」

 

不意に、店の扉が開く音が聞こえてきた。

不法侵入者か、と思ったが、考えてみると此処は僕のお店だ。侵入者ではなく、お客様である。

 

「はい、いらっしゃい」

 

声色は高く、恐らくは子供の女と推測できる。

僕は椅子から立ち上がり、直ぐに扉まで向かった。

 

「あ」

 

「……おや、君は」

 

僕の顔を見るなり口を開いたまま黙り込んでしまった。

その容姿を見る限りこの子……いや、この子達は。

 

「ルーミア君に、チルノ君だったかな」

 

「へぇー、思ったより本格的な造りなのね」

 

まだ玄関口しか見ていないのに、この口ぶりはどこぞの専門家様だ。

そう偉そうに言い放ったのはルーミアであり、彼女の後からチルノが歩んできていた。

 

「やあ、いらっしゃい」

 

「あたいが来てやったわよ!」

 

ずびし、と人差し指を此方へと向けて、これまた偉そうに言い放ったチルノ。

 

「そうですか。ささ、入って、どうぞ」

 

「言われなくとも」

 

「ふーん、これが人間の店かあ」

 

そういえば二人とも妖怪と妖精だ。知り合い同士だったのだろうか。

 

「君達、知り合いだったのか」

 

「いや、知らないんだけど」

 

「あたいも」

 

何を当たり前な事を聞いてんの、と言った風な表情で此方を見ている二人。なんだ、僕が悪いのか。

 

「じゃあ何故、二人で仲良く僕の店に」

 

「うーん……私は暇だったからあんたの店を探してたの」

 

「あたいは蛙を凍らせてた!」

 

「……頭が痛くなってきた。まあ、いいや。人の出会いも運命だ、気にするほうがおかしいのかも」

 

「因みに私は妖怪ね」

 

「あたいは妖精!」

 

頭痛が酷くなってきたので今日は休業しようか、と考えたが、お客様を目の前にそうも言ってられない。

痛む額を押さえつつも二人の人外を店内へと招き入れた。

 

 

 

*

 

 

 

短い廊下を抜けた先は、飲食物を提供する空間が広がっている。

今回の場合、バーカウンターのみを使用する形になるだろう。

数人規模で周りのテーブルに座られても面倒だし、それならばバーカウンターで寛いでもらった方が此方としても楽である。

 

「外よりずっと涼しい感じね」

 

ルーミアが両手を広げて、そう呟いた。

 

「空調管理してるからね。僕は暑いのが苦手なんだ」

 

「そーなのか。お、この回転してるのは何」

 

ルーミアが興味を持っているのは、どうやら店内の隅に置いておいた扇風機。

これは暑い夏を乗り切る為の必需品であり、冷気を効率良く循環させる為にも常時稼動しているのだ。

 

「それは扇風機だよ。風を送る機械」

 

「へー。どうやって動いてるの?」

 

「電気で」

 

「なにそれ。能力みたいなもん?」

 

電気が広く普及しているわけではないので、妖怪であるルーミアが知らないのも無理はない。

僕は電気の専門知識は持ち合わせていないので、説明する事ができない。

とりあえず能力的なものだよ、と適当に答えておいた。結局のところ、僕の能力で動かしているようなものなので強ち間違いでもない。

そうこうしている間に。チルノはとてとてと歩き出し、自分の席を確保していた。

 

「あたい、ココね!」

 

「そうか。じゃ、ルーミア君は隣りの席ね」

 

「えー」

 

幸いにもチルノが選んだ席がバーカウンター席だったので、言葉を合わせてルーミアを隣に座らせた。

何だか渋っていたが、気にしない事にする。

 

「さ、どうぞご注文を」

 

僕もカウンター席の反対側に立ち、板場を前に注文を伺った。

二人の少女は少し考える素振りを見せた後、直ぐに口を開く。先に注文したのは、チルノであった。

 

「あたい、蛙がいい!」

 

「ございません」

 

次にルーミアが注文する。

 

「そぉねぇ、人肉とか」

 

「ございません」

 

食べ物として注文しているのか不明な注文であったが、どれも僕の店には置いていない。

二人の少女はケチをつけるような視線で、今にも口から抗議の言葉が漏れそうな雰囲気である。

 

「すみません、こちらお品書きです。こちらに添って注文していただく仕組みになっております」

 

「そーなのか。……うーん、どれも聞いた事ないものばっかり」

 

「あたいも、人間の食べ物なんて知らないから」

 

妖怪に妖精は、人間の文化というものをあまり知らないのか。

近年、人里には妖怪も多く交流しているという事だが……そういえばこの娘達は、いわゆる野生のそれに分類されるのだろうか。

まあそれならそれで構わない。僕が適当に見繕って世話をすれば良い。実際にそういう注文もあるから。

 

「そうでしたか。では、お口に合うものを適当にご用意致しましょうか」

 

「そーね。それでお願い」

 

「あたいはすんごい冷たいのを!」

 

「畏まりました。因みにお二人とも、お酒のほうは」

 

僕がそう質問すると、二人は顔を見合わせた。

酒は飲めるのか飲めないのか、単純な質問である。けれど、その答えは返ってこなかった。

あまり飲んだ事ないのか、それとも酒という言葉に馴染みが無いのか。

ま、それこそどっちでも良い。この世界には法律というものは存在しないし、お子様が酒を飲んでいようが騒ぐ者はいない。

 

「ではお酒と一緒に、軽い食事も用意致しましょう」

 

僕はそう彼女達に言い残し、厨房へと姿を隠した。

 

 

*

 

 

時間にして十分程度か、思ったよりも短い間に仕度を済ます事が出来た。

と言っても、その作業は至極簡単なものである。

元々冷やしていたお酒を冷蔵庫から取り出し、冷やしていたグラスに注ぐ。

夏場という事もあり、アイスペールに氷を積んで一緒に持っていく事にした。

因みにアイスペールとは、氷を入れるグラスの事だ。

軽い食事も用意しようと思ったが、これがまた難しい。頭を捻ってしまった。

考えた末に出した結論は、お昼時という事もあり麺類を採用し、ルーミア君とチルノ君で分ける事にした。

どちからかと言うと、人間っぽいのはルーミア君のほうなので、彼女には定番の冷やし中華を半人前だけ用意する。

チルノ君は、味覚が人間のものとは変わっていそうなので、冷凍庫に置いてあったバニラアイスを持って行く事にした。

 

「お待たせいたしました」

 

「遅いよ」

 

人外はせっかちな性格である。そんな事に辟易しながらも、各々の前に目的の物を並べる。

 

「はい、お二人には同じお酒です。ルーミア君には冷やし中華をどうぞ」

 

「ひやしちゅーか?」

 

「チルノ君には、バニラアイス」

 

「なにそれ」

 

どれも聞いた事なかったのだろうか。まあ四の五の言わずに食べてほしいと思うのは、僕の本心である。

彼女達に振舞ったお酒は、無難に日本酒を選んだ。これが飲めれば大抵のアルコールはいけるのではなかろうか。

因みに僕は、美味しいとは思わなかった。

 

「ふーん、これが人間のお酒ね。……苦い」

 

酒を一口飲んだルーミアが、苦情を入れた。

語弊があるので説明するが、これは人間で造ったお酒では決してない。人間が造ったお酒である。

チルノも同様の感想なのか、舌を出してしかめっ面をしていた。まあ、妥当な反応ではある。

 

「君達にお酒は少し早かったかな。もう少し甘い飲み物を用意しましょうか」

 

「別にいいわよ、飲めなくはないし」

 

僕が別の飲み物を勧めると、さらりと断りを入れられた。

それが強がりなのかは不明だが、構わないと言うのだからそれに従う。

 

「こっちの食べ物は美味しいわ、ちょっと味が濃いけど」

 

「この、ばにらあいすってのも甘くておいしい!」

 

飲み物は不評であったが、食べ物のほうは割りと好評であった。

ルーミアがチルノからアイスを一口だけもらったり、その逆もあったりした。

少女らの賛辞の声に僕は相槌で返し、再び厨房へ向かった。

去り際にルーミア君がチルノ君の食べ物のを少し寄越せとのたまってたが、あっさりと断られていた。

 

 

*

*

 

 

「ふー、食った食った」

 

お酒を渋顔になりながら飲み干し、バニラアイスを食べ終えたチルノが親父臭くそう呟いた。

流石に妖精は体躯が小さく、食べられる量も少ないのか。とてもエコロジーな身体だなあ、と思った。

 

「人間の食事は味が濃いのね。舌が馬鹿にならないの?」

 

「僕は美味しいと思ってる。けど人里の食事はあまり好きじゃあない。味付けが薄すぎるからね」

 

「ふーん。人間よりも、人間が作る食事が美味しいって感じるのは、何だか妖怪としては変な感じ」

 

「確かに、可笑しな話だ。君が人間を食べる事で、里の郷土料理が一つ失われてるかもしれないって言うのに」

 

「どーいうこと」

 

「君が今まで食べた人間の中に料理人がいたら、その人の料理は二度と食べられなくなるからね」

 

食器類を片付けながら、ルーミアと世間話をしていた。

チルノは会話内容に興味がないのか、店内をあちこち観察していた。

 

「その心配はないんじゃない」

 

「なんで」

 

「ここ最近、お肉は食べてないから。あの騒動があってからかなあ、人間を襲い難くなったの」

 

ルーミアがそう言い放ち、溜息を吐いた。

彼女にとっては残念な事なのだろうが、僕やその他の人間達にとっては良い事に違いない。

そして"あの騒動"とは、"大結界騒動"の事である。詳しい説明はそのうちあるかもしれない。

 

「まあ、妖怪として成立できてるのだから、良いんじゃないか。無理に人間を食べようとせずに、人間の食事に慣れたほうが良いと思う」

 

「それも悪くないかも。でも、それじゃあダメなのよ」

 

僕はルーミア君にそれは何故か、と質問する。

 

「人間の食事に慣れちゃって、その味を美味しいと思うのは良い事だと思うのよ。でも、いつの日かその味を忘れられなくなっちゃって、

人間を食べる事が出来なくなっちゃう自分を想像すると、それはとても恐ろしい事だと思うの」

 

彼女はそのまま続ける。

 

「里では、人間と仲良くしている妖怪が沢山いると聞いてるわ。誰かが私に言ったんだけど、人間と妖怪の共存……だったかな。

傍から見れば、今の状況は共存しているように見えるわね。けど私に言わせてみれば、それは違うと思うのよ」

 

「どーいう事だ」

 

「現状は、妖怪が人間に謙っているようにしか見えないわ。そりゃあ山に住んでる天狗とか、里に興味の無い妖怪は違うと思うけど。

でも実際は、巫女と妖怪の賢者って奴が取り仕切ってて、妖怪が妖怪として生きる事を否定されている気がしてならない」

 

聞いた事がある。

幻想郷は外の世界から隔離されている為に、妖怪達が気軽に里の人間を襲えなくなったという事。

無論、それを無視して人間を襲おうものなら、妖怪の賢者以下取巻き達が容赦なく制裁に向かうだろう。

だが人間を襲えなくなるのは、妖怪としては非常に面白くない。

という事で行われたのが、食料係りによる食べ物の供給。それが人間なのか穀物なのかは、妖怪ではない僕の知るところではない。

が、こうして問題なく妖怪達がやってこれてるという事は、それなりの質の物を供給されているという事なのだろう。

 

「だから私は、里で人間に謙っている妖怪を、妖怪とは呼ばないわ」

 

「なんでだ」

 

「妖怪は人間を襲うもの。仲良しこよしで一つ屋根の下で生活するなんて、とんでもない。

私みたいに、妖怪としての誇りをもってねえ……」

 

酒の入ったグラスを、若干強めにバーカウンターに置くルーミア。

ひょっとしてこの娘、酔いが回っているのではなかろうか。

 

「君、ひょっとして酔っ払ってるのか」

 

「酔ってないわよ、酔ってない……」

 

性質の悪い酔っ払いは皆、そう言うものだ。

と言う事はなんだ、僕は今まで酔っ払いの戯言につき合わされていただけ、という事になるのか。

そう思うと真面目に聞いていて損した気分になる。酔っ払いに、妖怪も人間もあったもんじゃあないな。酔っ払いは酔っ払いである。

 

「はい、お冷」

 

「ありがと」

 

「それ飲んで帰りたまえ」

 

下手に居座り続けられて、難癖を付けられても迷惑だ。

既にチルノは店内で行方不明になっていた。あいつは一体、何をしているんだ。

 

「おいチルノ君、何処へ消えた」

 

「はっはー!あたいが何処に隠れてるか分からないでしょ!」

 

……と声が聞こえてきたので、声のするほうに視線を向けてみる。

するとバーカウンターの死角となる場所に隠れているチルノが発見された。

 

「分からない、分からないから余ったアイスはルーミア君にあげよっと」

 

「えっ」

 

「お土産にどうぞ、ルーミア君」

 

「ありがと、これ甘くて美味しかったからまた食べたかったのよね」

 

さっきまで妖怪云々、食事云々と難癖を付けてきたのを忘れたのか。

ま、たとえ難癖であろうとそういう言葉が漏れるという事は、少なからず本心でそう思っているという事だ。

初めて出会った時は、間抜けな妖怪だと思っていたが、実は色々と考えていたりするものなのだな。

 

「ダメー!あたいの分は!?」

 

チルノがバーカウンターの下から飛び出してきた。

 

「ルーミア君にあげた」

 

「なにあんた二個も持ってんのよ!」

 

言うや否や、欲張り!と言いながらルーミア君からアイスを分捕ったチルノ。

二個中一個を分捕られたルーミアだが、文句をつける事はなかった。酔うとクールになるのかしら。

 

「さ、落ち着いたら帰りなさい。お代はいいよ、どーせ金持ってないんだろ」

 

端からお代の事など気にしていない。どうせ妖精やら妖怪が金を持っているはずもないし。

 

「あれ、あんたが食べ物が欲しいって言うから持ってきたんだけど」

 

ルーミアが懐から、森で採れたのだろうか、木の実やら茸やらをいくつか見せてきた。

そういえば出会った時に、それら自然の幸と交換でも構わない、とか言った覚えがある。

 

「あ、それ本気にしてたんだ」

 

「なにそれ、あんた嘘ついたの?」

 

「いいや。じゃあ、貰っておこう。ありがとう、また来た時は歓迎するよ」

 

ただしチルノ、君はダメだ。とは口が裂けても言えない。先程気付いたんだが、店内に置いておいた花瓶がいつの間にか割られていた。

 

「そ。じゃあね、えーと……天道だっけ」

 

「ああ、またね。そこの妖精も連れて帰ってくれないか」

 

「はいはい、行くよー氷精」

 

「じゃーな、てんどー!」

 

ほろ酔い気味でクールなルーミアに、去り際が妙にワイルドなチルノが帰っていった。

二人だけでも割と騒がしかったので、一人になると物寂しいものがある。

お代が森の幸という事もあり、自分で言い出したものの中々複雑なものがある。

まあ、良いか。まだ営業はしているんだし、直ぐに片付けていつ誰が来ても良い状態にしなくては。

そう考え、僕は急いで片付けを進めるのであった。

 

余談だが、ルーミア君がくれた森の茸の中に、食べられない毒茸が混ざっていた。

 

 








評価をして下さった方、ありがとうございます。執筆のモチベーション向上に繋がります!
と思って執筆はしてるのですが、年末が近いという事もあり中々時間が割けれない状態となっております。
書き貯め分はまだございますが、放っておけばあっと言う間に無くなってしまいます。
今後も執筆に励む所存です。
それでは最新話でした。ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。