少年は救い、救って、救いまくる。
そうして裏切られ、巻き戻る。
少年は救い、救って、救い続ける。
そうして裏切られ、遡る。
少年は救って、救って、救って、救われない。
そうしてまた、元に戻る。
救うことに快楽を見出した狂人は、今日も同じ様に世界を救い続ける。
それだけが安らぎの時と知って。
「さあ、僕と一緒に行こう!」
その言葉だけが救いだった。
誰も信じられない世界で、貴方だけは私の希望だった。
なのに、私は貴方のことを全く知らない。
その手の温もりを知っている。
その温かな眼差しを知っている。
その温かい抱擁を知っている。
なのに、貴方は私を愛してはくれない。
貴方は女の子を助けて世界を回る。
ある時は閉鎖的な村の慰み者になっていた少女を
ある時は正義の味方を志すも仲間に裏切られた少女を
ある時は死ねない種族に生まれ死ぬことも生きることも諦めていた少女を
ある時は大切な恋人を殺され復讐に燃えていた少女を
ある時は古今東西あるとあらゆる魔法を習得したものの、それで満足できずに禁忌の術まで手を出し神罰を受けた少女を、
ある時はどこにでもいる道端に転がっていた栄養失調の浮浪児だった少女を
そして、ある時はこの世で最も醜いと言われ、全人種に忌み嫌われる呪われた少女を。
貴方は助けて回る。
でも、貴方は私を見てくれない。
貴方は私も彼女たちのことも見ていない。
今日も貴方は狙いすましたかのように不遇に陥った少女に甘い言葉をかける。
「辛かったよね。でも大丈夫だよ、僕は絶対に君を見捨てない。僕を嫌ってもいい。僕を殴っても、詰っても、拒絶してもいい。でも、君自身のことをどうか大切にしてあげて欲しい。僕は、君が好きなんだ。実は僕、面食いでね?」
その言葉はきっと彼女が一番欲しかった言葉なのだろう。
私の時と同じだ。彼は彼女らの欲しい言葉を知っている。誰にいつどんな風に言って貰いたいかを知っている。まるで物語の王子様のように彼の言葉は弱った少女の心を穿つ。
ほら、彼女もすっかり骨抜きだ。嫌々口では言っていても心が彼を欲してしまう。
もっと褒めて欲しい。もっと抱きしめて欲しい。もっと愛して欲しい。もっと、もっと、もっと、と。その欲に限りはなく、そのすべてに彼は応えてみせる。
「好きだ。大好きだ。ずっと、ずっと会いたかった。君に出会えてよかった。君の存在が、僕を支えてくれている。ありがとう、君のおかげで僕は笑顔になれる。生まれてきてくれてありがとう」
どこまでも甘い毒。
愛を欲する少女には甘い告白を、認められたい少女には君のおかげだと囁き、生まれた意味を知りたい少女に祝福を。
それはあまりに罪深く、しかし絶望に沈んでいた少女たちには手を掴まずにはいられない希望だった。
貴方は絶対に少女を見捨てない。
その柔らかな笑顔と明るい言葉で絶望に怯える私たちの手を取って明るい方へと連れていってくれる。
でも、どうして?
どうして貴方は会ったこともない私たちを救えるの?
貴方は神様? 貴方は悪魔? 貴方は何?
私は死ぬまで騙されているの?
本当の貴方はどこにいるの?
疑念を抱く私に、まるで何でもお見通しみたいな笑みを返すのはなんでなの。
わからない。わからないよ。
こんなに貴方が好きなのに、私は貴方のことをまるで知らない。
貴方の手に触れると胸が張り裂けそうになる。
貴方の声を聴くと否応なしに心臓がドクドクと鳴る。
貴方に抱きしめられると、すべてがどうでもよくなってしまう。
どうか、お願いだから、騙すなら死ぬまで騙していて。
そうしてくれたら、私貴方のこと死ぬまで信じているから。
だから、お願いだから、言わないで。
「君の役目は終わったよ。お疲れ様」
胸に空いた穴に気づいた頃には手遅れだった。
目の前にはいつもと違う瞳の彼。愛しい彼。
彼の手には血で彩られた臓物が握られていた。
私の心臓だ。
「人を愛するほどに魔力を貯め込む魔女の心臓、やっぱり凄い力だ」
どうやら私の心臓は特別だったらしい。知らなかったな。教えて、くれなかった。
「僕の事を疑っていたのにこれ程の魔力、心の底から僕を愛していたなら一体どれだけの魔力が宿ったんだろうね」
そんなことないよ。私、心の底から貴方を愛していたよ。私を連れ出して、手を引いて、愛してくれた貴方のことを。
「ありがとう。君の心は傍で聞いていて心地よかったよ。見た目はどこまでも醜いのに、その心は他の誰よりも清らかで、その心臓は何よりも強い。君を排斥した頭の悪い大人たちにも見習ってほしいよ」
………………嘘つき。
「………さようなら」
さようなら。
私はここで死ぬ。
周囲には荒ぶる王国兵、帝国兵、聖国兵がいる。
人の心を惑わす大罪人、彼を殺す為に集まった世界中の兵たちだ。
彼はあまりに多くを助けすぎた。
彼はあまりに多くを知りすぎた。
彼はあまりに、優しすぎた。
助けてきた少女は彼を裏切った。
彼が嘘つきだとみんな知っていたから。
彼が彼女らの想いに応えることはないと知っていたから。
だって彼は、この世界にただ一人の異物。
異世界から来た勇者なのだから。
勇者は殺さなければならない。
みんな怒っていた。私たちを騙したんだと、想いを裏切ったんだと彼を糾弾していた。それはそうだ。みんな彼が大好きだった。みんな彼を愛していた。なのに、彼は勇者だった。
勇者とは、『魔族を殺す者』である。
憎き人間の最終兵器。
私たち魔族を殲滅するまで止まらない神の使徒。
相容れぬもの。
なのに、どうして私たちを助けたのか。
いつか裏切られると知っていて、どうして私たちを傍に置いたのか。
血が零れ落ちていく。
人間の兵士にやられた傷だ。
その兵士は彼がとっくにミンチにした。
そう、ここにいるのは魔族の戦士じゃない。人間の兵士だ。
もう、彼は少女ら以外のすべての魔族を滅ぼしていた。
その中には少女らの家族もいたし村もあった、町も、国さえも、彼はすべてを業火に沈めた。
あまりに強力、あまりに埒外、故に彼は味方のはずの人間世界にすら恐れられ排斥される。
彼が私たちを助けたのは、あるいは私たちの境遇に自身の境遇を重ねたからかもしれない。
血が止まった。
零れる血が亡くなった。
死ぬ。
「……………イシュカ・ディレ・カーレ・ユーラ・イッディハーカ」
最後に、彼が呪文を唱えているのが聞こえた。
ああ、どうか………願わくば、泣き方を知らない貴方に、いつか泣き方を教えてくれる人が現れることを。
「魔女の心臓を贄に、大いなる流れよ、叛逆せよ、巻き戻れ、遡れ、元に戻れ、どうかあの日の少年に私の知識を授けたまえ」
愚かな少年を、自殺へと導け。
時は繰り返し、故に物語は終わらない。