歴史の立会人に   作:キューマル式

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今回はキシリア死亡のお話。
紫ババアも随分お甘いようで……。

慢心ダメ絶対!


第19話 それぞれの思惑

 

 その建物は、まるで紋章のような形状だった。

 地球の建造物とは明らかにデザイナーの感性が違うとしか言えない建物……その名を『ジオン公王庁』という。

 その建物の一室で、一人の男は執務机でその報告を聞いていた。

 

「そうか。 キシリアは死んだ、か……」

 

 そう呟く男の名は『ギレン・ザビ』、ザビ家の長兄にしてジオン公国の実質的な指導者であり独裁者である。

 そのギレンへと、一人の青年が手元の資料を見ながら言葉を続けた。

 

「はい。

 例の件で調査中、『不幸』にも潜んでいたと思われる連邦の諜報員によって殺害されました」

 

「そうか……国の未来に関わる大失態を犯したとはいえ、それは『不幸』なことだ」

 

 妹の死の報告を聞くギレンだが、その表情に悲しみは無い。むしろ、うすら笑いさえ見てとれる。

 

「今は戦時中だ。

 突撃機動軍には我が親衛隊を送り、私が直接統率することにしよう」

 

「ギレン閣下に従わない場合はどうしますか?」

 

「そうだな。

 その時には、またお前にその者の『説得』を頼むとしよう」

 

「かしこまりました……」

 

 そう言って敬礼すると、その青年は総統室を出て行こうとする。

 その時、ギレンはその青年に声を掛けた。

 

「お前の働き、見事だ。

 お前の存在を明かすこと、このままなら近いうちにその機会が来そうだ。

 これからもその働き、期待している」

 

「はい……ご期待には必ず答えます!」

 

 そう言って青年は敬礼と共に、今度こそ総統室を出て行った……。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 私は、今しがたのガルマの言葉に驚きを隠せない。

 

「……キシリア・ザビが……死んだ?」

 

 まるで自分に言い聞かせるかのように呟くと、ガルマは肯定するように頷く。

 

「一体、何があったというのだ……説明してもらえまいか、ガルマ?」

 

「ああ、実は……」

 

 そして、ガルマはキシリアの死に至るまでの事情を話してくれた。

 キシリアの死亡のきっかけになったもの……それはザクⅡの機密情報漏えい事件だった。それにキシリアは深く関わっていたという。

 キシリアは連邦の内部情報を知るために内通者・離反者になるものを探していた。いわゆる『切り崩し』というやつである。

 そこで、そのことを任せられた腹心の部下であるマ・クベ大佐が選んだ相手が、地球連邦軍、エルラン中将だった。キシリアはマ・クベを通じてエルラン中将から連邦の内部情報……連邦製モビルスーツ開発計画『V作戦』などの情報を手に入れており、切り崩し工作は成功したかに見えたのだが……これがいけなかった。

 エルランはマ・クベやキシリアに従うフリをしていただけだったのだ。いわゆる『二重スパイ』というやつである。そしてマ・クベとキシリアは、エルランによってザクⅡの詳細な設計図を含む最重要機密情報をまんまと持っていかれてしまったのだ。

 この大失態のためマ・クベは処刑、キシリアは更迭される運びとなったのだが、その際にエルランとの連絡役として潜入していた連邦の工作員によってキシリアは暗殺されてしまったという。

 

「……正直に言って、僕自身も混乱していてよく状況が呑み込めていない。

 だからこそ、サイド3に一度戻らなければならないんだが……シロッコ、君にも来てほしい。

 名目上は護衛ということで、君のザンジバルでサイド3の往復をしてほしいんだ」

 

「なるほど……」

 

 ガルマの話を聞き終えて、私は頷きながら考えを巡らせる。

 ザクの件については納得がいった。『原作』の知識を持っている私としては連邦のエルラン中将はそんなやり手には思えなかったが、普通に考えれば何かに秀でていない人間がつけるほど地球連邦の中将という位は安いものではない。権謀術数渦巻く地球連邦という伏魔殿をのし上がってきた人物だ、そのエルランをマ・クベとキシリアは見誤ったのだろう。その件については納得できる。

 しかし、あの情報に鋭敏であり慎重派、状況を読むことに関しては天才的なキシリアが混乱状態とはいえ果たして、近くにいた連邦工作員に暗殺など許すだろうか?

 どうしても首を傾げざるを得ない。

 

(……むしろ、身内に討たれたと考える方がしっくりくるな)

 

 キシリアはつねに政権を握りたがっていたし、ギレンもそんなキシリアを邪魔だとは思っていた。ザクの件にかこつけて、ギレンがキシリアを排除したというのが真相なのだろうと思う。

 この戦時下の余裕のない状況で政権争いとは恐れ入る話だ。むしろ最初から仕組まれていたのではないかと思うほどのギレンの素早い対応に、ザクの件すらキシリアを貶めるための策略ではないのかとすら考えてしまう。その行動力には、称賛すら贈りたい。

 そんなザビ家に私は心底呆れるが……ギレンがキシリア排除を好機と見たのと同時に、キシリアの死は私にとっても好機だ。

 何と言っても、私とシャアのターゲットの1人が消え、足りないと思っていたものを手に入れられる機会に恵まれたのだから。

 私は心の中で込み上げる笑いを押し殺すと、ガルマへと語りかける。

 

「ガルマ……キシリア閣下の死、心中察するよ。

 しかし今は戦時下だ。

 きついもの言いになるが、悲しみの前に君にはやるべきことがあるはずだ」

 

「やるべきこと?」

 

「そうだ。

 今の地上にはキシリア閣下の兵や、その直属だった部隊が数多くいる。

 だが、こんな連邦との緊迫した状況でキシリア閣下がザクⅡの情報を連邦に漏らしたとなってみろ、その配下だった彼らは他の兵との間に摩擦が起こり、下手をすれば補給すらままならん。

 ザクⅡの件は確かにキシリア閣下たちの失態かも知れんが、前線で戦う彼らには関係の無い話だ。

 彼らを助けるために、君は動かなくてはならない……」

 

 私の知る『原作』でも、ドズル派のランバ・ラルはキシリア派との対立のため補給が受けられないという事態に陥り、全滅の憂き目にあってしまう。

 今の状況では、逆にキシリア派の兵だからという理由で補給が受けられないという事態に陥りかねない。

 私の言葉で、ガルマはその意図を悟ったらしい。

 

「……僕に姉上の兵を取り込めというのか?」

 

 私の言葉は、地上のキシリアの勢力を取り込んで自分のものにしてしまえということだ。

 醜い政権争いを見てきたガルマはそういった光景を何度も見てきた。それが政治というものだというのは理解しているが、まるで屍肉に群がるハゲタカようだとも捉え、あまり良い感情は湧かない。

 そのため、それを提案する私を少し睨んでくるが、私は肩を竦めて言い放つ。

 

「違うな。 取り込むのではない、受け継ぐのだよ。

 ジオンのために戦う勇士である彼らに、罪など一切ない。

 その彼らが上層部(うえ)の事情で混乱するなどあっていいはずなかろう。

 だからこそ、キシリア閣下の遺志を受け継ぎ彼らに安心して戦えるように取り計らうのは、キシリア閣下の弟として、地球方面軍司令としての君の務めだ。

 そのためにも彼らを部下とし、君の名のもとでその身分を保障するのだ」

 

「……」

 

「それに……キシリア閣下はザクⅡの情報漏えいという失態を行ったが、そのままでよいのか?

 そうではあるまい。

 君がキシリア閣下の部下たちを自らの臣下に加え、彼らと共に多大な戦果を上げることこそ、今は亡きキシリア閣下の失態による汚名をそそぐことになるのだよ」

 

「……」

 

 その私の言葉を飲み込むようにガルマは数度頷いた。

 ……言っている内容はさっきと同じ、『自分の派閥に抱きこめ』なのだが、ものは言いようだ。同じ内容でも、言い方が変われば印象は変わる。『これは亡き姉のためだ』と言えば綺麗に聞こえるから不思議なものだ。

 やがて、ガルマの中で納得したらしく、頷きながら言った。

 

「……わかった、すぐにでも取りかかろう」

 

「そうだな特にキシリア閣下の部下には優秀な特務部隊が多い……『外人部隊』に『闇夜のフェンリル隊』、『サイクロプス隊』などの面々がそれだ。

 まずは彼らだけは何としても取り込んでくれ」

 

「この間も君と一緒にめざましい活躍をした部隊だな……わかった、すぐにでも手配する。

 だが、『サイクロプス隊』というのは初耳だな」

 

「潜入工作などで戦果をあげている部隊だよ。

 中々の戦果なので目に止まっていただけだ」

 

「シロッコがいうなら、相当なものなんだろうな……」

 

「後は潜水艦隊に特殊潜入隊に特殊諜報部隊……彼らも必要だ」

 

「確かに……」

 

「そう言えば、オデッサ基地はどうなる?

 マ・クベ大佐は、地上の最重要拠点とも言えるあの基地の司令官だったはずだが?」

 

「ああ、ヨーロッパ方面指令のユーリ・ケラーネ少将が引き継いだよ」

 

「ユーリ・ケラーネ少将か……」

 

 私はしばし考える。ユーリ・ケラーネ少将はザビ家の親戚筋とも言える家柄で、その用兵能力も高い。こちらにはガルマがいる以上、上手く立ち回れば味方に出来そうだ。

 ただ、ギレンともある程度近い人物のため、警戒も同時に必要そうな相手ではある。

 

「とにかく、私はザンジバルのブースター取り付け作業と整備、それと我々がいない間の地上での戦略の素案を創ろう。

 どちらにせよザンジバルの準備には2日はかかる。

 物資の積み込みも合わせて出発は4日後……それまでにすべきことをするとしよう」

 

「わかった……僕は全力を持って、地上に残った姉さんの部下たちの身分を保障するように取り計らおう」

 

「ああ、頼む」

 

 それだけ言うと、ガルマは自室へと引き上げて行った。

 ガルマがいなくなり1人になった私は、呟く。

 

「そうか……キシリア・ザビが逝ったか……。

 クックック……」

 

 気付いた時には私は笑っていた。私とシャアの目的の一つ、『ザビ家打倒』のうちの一つがいつの間にか達成されたのだ。私は一しきり笑うが、すぐにその表情を戻す。

 

「笑っていられるような状況でもないな……」

 

 確かにキシリアは死んだが、それで終わりではない。むしろ政権抗争を勝ち抜いただろうギレンはさらに力を増しているだろうことが予想できる。

 それに連邦がモビルスーツをこの段階で量産してきたというのも、ジオンにとって頭の痛い問題だ。

 そのためにもサイド3で状況確認も必要だが、同時に連邦の勢いを削ぐための戦略が必要である。しかし、幸運なことにキシリア麾下の特務部隊を使えるとなれば、使える手段はいくらでも考え付く。

 

「ガルマの抱き込み次第だが……中々いけそうではないか」

 

 戦略については、私の頭の中で素案だけは纏まった。

 あとはサイド3で何が起こるか、である。

 私には、ただの訪問では終わらないだろうという確信があった。ニュータイプの勘……という大層なものではない。

 もしも私の考えた通りなら、キシリアを排したギレンはさらにその地盤を固めようとするだろう。必ず、何かの動きがあるはずである。

 

 どちらにせよ、キシリアという人物の死から時代は大きく動くと見ていいだろう。

 

宇宙(そら)か……シャア、君は今、何をしている?」

 

 私は見えぬ宇宙(そら)を見上げ、ポツリとそう呟いたのだった……。

 

 

 

 


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