シロッコについてのそれぞれの見解や、今後のためのちょっとした伏線らしきものもちらほらと……。
「ふぅ……」
「お疲れ、ニキ」
「お疲れ様」
「ああ、ありがとう」
少し疲れた表情で椅子に座ると、それを追うようにレイチェルとエリスも椅子に座り、ニキの前にコーヒーを差し出してくる。
ニキはお礼を言いながら、渇いたのどをコーヒーで湿らせた。
「それにしても、ニキって話上手だね」
「? そうかしら?」
「なんていうのか……すごく似合ってる」
エリスの言葉にニキは首を傾げるが、その隣ではエリスの言葉に同意するようにレイチェルはウンウンと頷く。
「そうよね。私やエリスの話とあいつらの喰いつき方が違ったもの。
ニキだけ教官に、『またやってくれ』って言われてたし」
ニキ、レイチェル、エリスの3人娘は今、サイド3の古巣ともいえる士官学校に来ていた。ここは士官学校の食堂である。
久しぶりのサイド3、停泊中にシロッコから休暇をもらった3人は士官学校にあいさつに来ていた。その時、恩のある教官から学生向けに話をしてほしいと頼まれたのである。
3人はジオンでは英雄的なエースパイロットの1人、『
「ニキ、あんた実は教官とかあってるんじゃないの?」
「……そうね、戦争が終わったらそういうのもいいかもね」
「戦争が終わったら、かぁ……」
レイチェルはその言葉を言いながら伸びをする。
「そうなったら、私は実家のパン屋でも継いでやろうかなぁ」
「レイチェルがパン屋って……似合わないわね」
「なんだとこのー。
こう見えても、可愛い看板娘として地元じゃちょっとは有名だったんだぞー」
あははと笑ってじゃれあうニキとレイチェルに、エリスもクスクスと笑いを漏らす。すると、レイチェルは新しい獲物に狙いをさだめたようにエリスに言った。
「エリスは『アレ』よね、戦争終わったらなりたいものって」
「? 『アレ』ってなに?」
首を傾げるエリスに、ニヤニヤ笑いながらレイチェルは言った。
「決まってんじゃない。
シロッコ少佐の、お・よ・め・さ・ん」
「ああ……」
「な、なに言ってるのよ!」
レイチェルの言葉にニキは納得といった感じで頷き、エリスは顔を赤くしてブンブンと首を振る。
「あんたが少佐にホの字なのは、みんなとっくに知ってるわよ」
「……ホの字って、いったいいつの時代の言葉よ」
「コラっ、ニキ! 話の腰を折らない!」
ニキのツッコみに返すと、レイチェルはわざとらしくコホンと咳払いしてから再びエリスへと話を振る。
「で、好きなんでしょ、少佐のこと」
「……うん」
エリスは顔を赤くしてうつむきながら、コクリと小さく頷く。
「やっぱ、そっかー。
少佐いい人だもんね」
「……士官学校を卒業したばかりの私たちを、ここまでにしてくれた人。
少佐は凄い方よ」
「確かにシロッコ少佐は凄いわよね」
ニキの言葉にレイチェルは同意するように頷くと、一つため息交じりに言った。
「顔良し、頭良し、おまけに国の英雄で、地位もある。
あれで『ロリコン』でさえなければなぁ……」
レイチェルの言葉は、ある意味では部隊内での暗黙の了解のようなものだ。
「……ホントなのかな? 少佐が『ロリコン』って噂……」
「そりゃガチなんじゃないの?
メイちゃんとマリちゃん見てれば分かるじゃない」
「あの2人の懐き方は尋常じゃないわね。
それに噂ではあの2人から『お守り』を、手ずから剃って手に入れたそうよ」
「……それMP呼んだ方が良くない?
14歳相手にそれって、完全に『事案』でしょ」
どうやら噂は尾ひれ背びれが付くどころかついに羽根までつけて飛び回っているようだ。だが、実際に身近でシロッコという人物を知れば知るほど、噂が真実ではないかと考えてしまう。
その言葉に、エリスは大仰にため息をついた。
「はぁ……。
なんでお母さんは私をあと3年遅く産んでくれなかったの……?」
「……親不孝も大概なセリフね。
それ、本当に言ったらお母さん泣くわよ」
若干黒いエリスのセリフに、ニキはジト目で返した。
「でも、少佐がロリコンじゃなかったとしてもライバルは多くて苦労するわよ」
「そうよね。 クスコ中尉なんて完全にガチで狙ってる感じだもの。
海の時とか、この間のフェニックスの戦いの戦勝祝賀会とか……」
「それ言わないでよ。
メイちゃんとマリちゃんだけだって強敵なのに、クスコ中尉までライバルとか私絶対むりー」
グデンと力尽きたように食堂の机に身体を投げ出すエリス。それを顔を見合わせてニキとレイチェルは苦笑した。
「エリスは少佐のどこが好きになったの?」
「それは凄いし格好いいし……それに私を褒めてくれるから」
レイチェルの言葉に、エリスは身を起こす。
「私、士官学校時代は全然ダメダメで……いくら努力しても全然上達しなくて……教官とか同期からも『お前は絶対早死にする』っていつも言われてた」
「ああ……確かにあったわね、そんなの」
「でも、少佐は私をずっと諦めず、色々教えてくれて……。
戦果が出るようになって褒めてもらって、それが凄く嬉しくて……。
そのうちに思ったの、『ああ、ずっとこの人の傍にいて、ずっとこの人に尽くせたらどれだけ幸せなんだろう……』って」
「エリスはお手軽ね。
褒められて懐くとか、子犬じゃないんだから……」
あははとレイチェルはヒラヒラと手を振るが、エリスの方は至極真面目な顔だ。
「お手軽でも犬でもいいよ。
だって……『褒めてもらえる』って、私のことを認めてくれてるってことだもの。
誰だって『自分に価値が無い』なんて思って生きてたくない。『自分には何かの価値があるんだ』って胸を張って生きたいよ。
それをシロッコ少佐は与えてくれた。褒めてくれて認めてくれて、『ああ、私には価値があるんだ』って胸を張れるようになった。
だから私は、シロッコ少佐が好きなの」
「……そっか」
エリスの言葉に、レイチェルは頷く。
自分の価値を誰かが認めてくれる……それは確かに幸福なことだ。恋に落ちても致し方あるまい。
そんな恋ができているエリスを、レイチェルは少しうらやましく思った。
「でも、少佐を狙うとするとライバル多いわよ?
少佐、基本的に女の子なら誰にでも甘いから。
下手しなくても、ライバルってうちの部隊だけじゃないし」
「この間のフェニックスの戦いの時の戦勝祝賀会、少佐は『闇夜のフェンリル隊』の女性士官にも頻繁に声をかけてたわよ」
「少佐って完全に女誑しよね。
うちの部隊なんて裏じゃ『シロッコのハーレム』とか言われてるし」
そんなレイチェルとニキの評価に、エリスはあははと笑う。
「少佐が言うには教育の賜物なんだって。
少佐ってジオン・ズム・ダイクンに……」
「エリスッ!!」
その時、エリスの言葉を遮るようにニキの鋭い声が飛んだ。ゆっくりとレイチェルが辺りを見渡すと、食堂の士官学校生からの視線が集中していた。その中には鋭い視線も含まれている。
「……何よ?」
レイチェルが辺りを見渡しながら低い声でいうと、士官学校生たちはそそくさと視線を外す。
「……何よ、あの感じ悪いの」
「腕章見なさい、『公国突撃隊』よ」
嫌悪感を露わにするレイチェルに、コーヒーを啜りながらニキが答えた。
「私たちの士官学校時代もあったけど、ギレン閣下からの後押しがあって最近急に勢力を伸ばしてるらしいわ。
訓練用のザクとかシミュレーターとか新品増えてたでしょ?
あれもギレン閣下が『公国突撃隊』のために入れてくれたらしいわよ」
「『公国突撃隊』って昔もあったけど、なんだか宗教みたいで嫌だったのよねぇ」
ポリポリと頬を掻きながらレイチェルが呟くと、ニキが続ける。
「今はそれがかなり酷くなってるのよ。
士官学校生の新入生は先輩に強制入隊させられて、色々叩きこまれるそうよ。
彼らの前で、『ジオン・ズム・ダイクン』は禁句みたい。
それだけで『ダイクン派』だと見なされるらしいから」
「ご、ごめんなさい!」
謝るエリスに、気にするなという風にニキとレイチェルは肩を竦める。
「どうせまた地球に戻るんだから、どう思われたって別に構わないわ。
それより、続きは?」
そう言ってニキはエリスに中断した先の話を促す。
「それで……シロッコ少佐の『育ての親』の奥さんの、教育の影響なんだって。
だから『私はフェミニストで紳士なのだ』、って言ってたよ」
「『ロリコン』のどこか紳士なんだか……」
レイチェルはそう言って肩をすくめた。
「しかし、その話が本当だとするとエリスにもチャンスは大いにあるわね」
「? ニキ、どういうこと?」
「今の話を聞くに、少佐の人格形成には『育ての親』の奥様……つまり少佐の『育ての母』の影響が強いというこということよ。それは女性の好みにも出るはず。
そして少佐は『ロリコン』と称される年下好き……これらから総合すれば、少佐の好みは『母のような包容力で包み込んでくれる年下』となるわ」
「おお、それならエリスいけるかも!」
ニキの分析に、レイチェルはパチパチと手を叩く。
「もっとも、好みが『母親のような年下』とか公言されたら、マザコンとロリコンのダブルパンチで女としてはドン引きなんだけど……」
「それ言っちゃダメよ」
ニキの身も蓋もない言葉に、レイチェルは呆れたように肩をすくめた。
だが、とうのエリスは真剣な顔で、何かを決意したように頷く。
「私、頑張る」
「……ニキ、あんたのせいで明らかに何かエリスが良くない決意をしちゃったわよ」
「さぁ? 私は冷静に分析しただけよ」
しかしエリスの気合はたったの一瞬、何やら考えて再び机に突っ伏す。
「でもなぁ……それ言い出したら、メイちゃんとマリちゃんが無茶苦茶強いし。色気でいけばクスコ中尉だっているからなぁ」
「あ、また潰れた」
「見てて飽きないわね」
「あーうー……あのメンバーから一番取るなんて難しすぎるよぉ」
突っ伏しながらジタバタと手を動かす子供のようなエリスに、ニキは再びコーヒーを口にすると言った。
「少佐相手に、一番になる必要あるのかしら?」
「ほぇ? どういうことです?」
「だから『あの少佐が『女1人』で何とかなると思うの?』、ということよ」
その言葉に、エリスはゆっくりと身を起こした。
「少佐は……『大きすぎ』て、女1人じゃ受け入れきれないわ」
「えっ、ニキってもしかして少佐と寝……」
「この頭の中がピンク色の
そう言う意味じゃなくて、私が言ってるのは『器』の問題よ。
シロッコ少佐は……本物の『天才』よ。それもそこら辺に転がっているようなレベルの『天才』じゃない、歴史を動かせるレベルでの『天才』よ。
それは分かってるでしょ?」
「それはもちろん」
「少佐がいなかったらドムもここまで早く配備されてないだろうし、あのビーム兵器なんて絶対に歴史に名前が残りそうだもの」
レイチェルもエリスも、当然だと頷く。
「男女の恋愛って基本は支え合い、お互いがお互いに依存することじゃない。
少佐はいいわよ。女がどれだけ寄りかかっても支えるどころか、悩みを根本から完全粉砕するだけの実力がある。
じゃあ逆に……あの少佐に悩みとか打ち明けられたとして、それを1人で何とかできる?
きっとあの少佐を本気で悩ませることなら、もう『歴史』レベルの大事よ。
それを1人で受け入れて支えてどうこうできる?
私がシロッコ少佐が『大きすぎる』っていうのはそういうことよ」
「「……」」
そのニキの言葉に、レイチェルとエリスはどこか納得してしまった。
「もしかしたら……いえ、無意識にだと思うけど、シロッコ少佐は自分でそれに薄々気付いてる。
だから、自分のこれはと思う女性をたくさん身近に置いてるのよ。
『1人だけを愛して依存したら、その重さで相手の女を押し潰してしまう。だからたくさんを愛して、たくさんの女で分散して自分を支えてもらおう』……そう無意識に、無自覚に判断してるんじゃないかしら?」
「『天才』すぎて1人を愛するわけにはいかない……ってこと?」
「普通の恋愛と同じく、辛い時にただちょっと女に寄りかかりたい……たったそれだけのごく普通をやるためにも、『ハーレム』という集団を形成しないとそれすらままならない……。
自分の還る『誰か』を見つけるんじゃなくて、自分の還れる『集団』を創らなければならない……『天才』っていうのも辛いものね」
ニキはそう言って、シロッコへの評価を下す。そして、その評価はレイチェルとエリスには酷く妥当のように思えた。
「だからね、エリスに必要なのは『一番になること』じゃなくて、『平等であることを妥協する』ことだと思うの。
少佐の器量なら何人だって受け入れて、本気で愛してもくれると思うわ。
ただ、その『自分以外にも愛されている誰かがいるという事実』に『妥協』できるかどうかということよ。
それができないと、多分ダメね」
「……わかった、私頑張るよ」
ニキの言葉に、エリスはゆっくりと頷いた。その様子にニキも満足したように頷く。
「つまり……『目指せ2号さん!』ってことよ!」
「それは違うでしょ……」
レイチェルの言葉にニキは肩を竦め、あははとエリスは笑う。
「さて……そろそろ行く?
サイド3での折角の休みなんだから、少し羽根を伸ばさないと」
「あ、それならあの店のスイーツ食べたい。
ニキのおごりで」
「ふざけたこと言ってるとはたくわよ。
まぁ、食べに行くのは賛成だけど。
エリスもそれでいいでしょ?」
「うん!」
そして3人は立ち上がった。
これは戦争の中、それでもたまの休みの穏やかな一幕……。
~~~~~~~~~~~~~~~
その日、サイド3で久々の休みを貰ったクスコは街を練り歩いていた。いわゆるウィンドウショッピングである。
戦時中ということもあり決して活気づいているとは言えないが、それでもそれなりの数の人間が、同じように今ここにある平和を謳歌していた。
クスコは相当な美人だ、その綺麗な栗色の髪をサラリと流すと、道行く男の視線を感じる。そんな視線の男数人から声をかけられるがクスコも慣れたもの、上手くかわすと元通りウィンドウショッピングに戻っていく。
常に感じる男からの視線、それを感じながら顔には出さないが心の中では侮蔑していた。
(誰も彼も同じような反応ばかり……。
スリルの欠片もない、なんて面白くもない生き物……)
自分を前に鼻の下を伸ばし、あわよくば一晩程度の下心丸出しの男たちのどこに面白見があるのか?
そのことに嘆息すると、クスコはふと、他の男たちとは違う存在を思う。
(パプティマス=シロッコ……か……)
シロッコという男は、他の男とは一線を画す存在だ。
行動に発言……そのすべてが自分を惹きつけてやまない。
その才能に裏打ちされた自信に溢れたその姿は大きく見え、しかしその才能に増長しているわけではなく謙虚さと用心深さが見て取れる。それでいて、少しからかえば困った顔で苦笑し、新しい技術を開発している時にはまるで子供のように目を輝かせながら開発に勤しむ。
どこまでも理知的な大人と、どこか抜けた子供を同居させたような人物……それがクスコの思うパプティマス=シロッコだった。
そんな一見アンバランスなシロッコを、クスコは可愛らしいと思う。同時に、彼の才能に痺れもしていた。
突飛なことを言いだし、しかしその天才的な手腕で必ず道を切り開く。次に何をしでかすのかまるで読めない。
そんなシロッコとの行動は常にスリル満点だ。次に何をされるか分からない……そんな相手に振り回されることが、クスコは楽しくてしょうがない。
そこまで考えて、クスコは考えてしまう。
(これって『恋』、なのかしらね……?)
クスコは、実は男嫌いである。
彼女はまだ少女の頃、連邦兵によって両親を虐殺され、そして彼女自身も辱めを受けたという暗い過去を持つ。そのため『男』という生き物自体をある意味冷めた感情で見ていた。
だからこそ、彼女には『恋』と呼ばれる感情を抱いたことなど思い当たらない。
だから分からないのだ。今わき上がっているこの感情……シロッコの隣にいて刺激を求めるこの感情が『恋』なのかどうか。
正直、3人娘の誰かにでも話せば一瞬で結論が出てしまうのだが、クスコにはこんな話を誰かにする気は無かった。
そんなことを思いながら歩くクスコは、ふと道端の露天に目を止めた。
見れば花の形をしたブローチがいくつも置いてある。そのうちの一つが、目にとまった。それは先端が大きく開いた漏斗形の赤い花だ。
手にとって見ると、それを見た露天の主である老婆は面白そうな顔をした。
「それはマンデビラじゃよ。
花言葉は『情愛』、そして……『危険な恋』じゃ。
お嬢ちゃん、面白い恋をしとるのかえ?」
その言葉を聞いて、クスコは笑った。
「ええ。
恋かどうかわからないけど、危険でスリリングな日々は送れてるわ。
これ、貰えるかしら?」
「毎度あり」
クスコは受け取ったブローチをそのまま懐に忍ばせた。
(『危険な恋』ね……恋かどうかは分からないけど、次はどんなことをやらかすのかが楽しみだわ。
これが『恋』かどうかは、ずっと近くで見てればそのうち答えもでるでしょう……)
そう思いながら、休日へと戻っていった。
~~~~~~~~~~~~~~~
手に入れたサイド3での休みに、リザド隊の母艦となるザンジバル級機動巡洋艦『ユーピテル』の艦長、フローレンス=キリシマ大尉は酒場のドアを開けていた。
所々からの喧騒が心地いい。この雑多な騒音の群れは、どこか懐かしい故郷のコロニーを思い出した。その酒場の奥、知り合いと久しぶりに会うためにフローレンスは待ち合わせ場所に急ぐ。
その時、彼女の尻を酔っ払いの1人が撫でる。そして、それに対するフローレンスの対応は早かった。
ズガンッ!
十分に腰の入った鋭い回し蹴りが酔っ払いに決まり、吹き飛ぶ。
「気安くさわるんじゃないよ、このドクサレが!
アタイの尻は安ぁないんだよ!!」
吹き飛び、気絶した酔っ払いの男に罵声を浴びせかける。しかし、その瞬間自分に視線が集中していることに気付き、わざとらしくコホンと咳払いすると、
「まったく、礼儀がなっておりませんわね」
などと咄嗟にいつものようなお嬢様然とした猫を被る。
しかし、その化けの皮の下をしっかりと目撃した後に、そんなものが何の効果もあるはずも無し。フローレンスはそそくさと逃げるように待ち合わせ場所に向かう。
すると、そこでは待ち合わせの相手が腹を抱えて笑っていた。
「アンタその猫かぶり、まだやってたのかい?
相変わらず無駄なことしてるねぇ」
「うっさい!
久しぶりに会うのに、もっと気のきいたことぐらい言えねぇのかい」
「そりゃ悪かったさ。
でも、ねぇ……くくく……!」
未だ腹を抱えて笑うその人物の隣にフローレンスは憮然とした様子で座ると、即座に黒ビールを2人分注文する。すぐにジョッキで運ばれてきたその黒ビールを2人は掲げた。
「よく生きてたねぇ。
とっくにくたばったかと思ってたよ」
「そっちこそしぶといみたいじゃないの。
それこそゴキブリ並にさ」
「あたしゃ悪運が強いのさ」
「それじゃこっちも」
「そうかい。
なら、お互いしぶとく生き残ってる悪運に……」
「悪運に……」
「「乾杯!」」
そう言ってフローレンスは彼女……シーマ=ガラハウ中佐とともにジョッキの黒ビールをあおった。
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シーマ=ガラハウ中佐とフローレンス=キリシマ大尉……この2人は同郷の生まれだった。2人の生まれはサイド3でも貧困層コロニーである『マハル』である。強くならなければ生きていけないような貧困のコロニーで育った2人は、そのしたたかさで片や海兵隊を率いる女傑、片や特務部隊旗艦の艦長である。
「まったく……あのころはこんな風になるとは思いもよらなかったねぇ」
貧しさから抜け出そうと軍に志願した時を思い出し、シーマは苦笑する。
「何言ってんの、アンタ昔っから男ども大量に子分にしてたじゃん。
今の職業アンタにこれ以上ない位ぴったりだよ」
「……それ言ったらアンタもだろ?
アンタに迫って、タマ潰されかかった男がどれだけいたと思ってんだい?」
「それはそのバカ男どもが、わたくしの眼鏡にかなわなかっただけですわ」
シーマのツッコミに、フローレンスは肩を竦めわざとらしい芝居がかったお嬢様口調でいう。
「で、御眼鏡にかなうような男は居たのかい?
その猫被った口調だって玉の輿狙うとか言って、男が寄りついてくるようにやってるんだろ?」
「それが全然。 寄りついてくるのなんてバカとアホばっかだよ。
てめぇら、自分のツラ鏡で見てから出直せっての」
「そりゃ、ご愁傷様だねぇ……」
そう言ってシーマは肩を竦めると、思い出したように言った。
「そういや、アンタの上はあの噂の『
どうよ?」
「あー、あれねぇ……」
言われてフローレンスは腕組みをし、うーんとシロッコのことを思い浮かべる。
「顔良し、頭良し、地位もある。
そりゃ優良物件さね。部隊の娘っ子どもが虜になるのも無理ねーわな。
でも……あれロリコンだからなぁ。
あれ、自分の部隊の娘どもを厳重立ち入り禁止しにした区画に毎回連れ込んでんだよ。
兵器開発やってるっていうけど……別の『開発』に勤しんでんじゃないの?」
断りをいれておくと、シロッコがモビルスーツ開発を行う区画は機密の塊であり、そこへの立ち入りは厳重に管理されている。そこに開発や機体テストの目的でメイやマリオン、リザド隊の面々を連れて行っているのだ。しかし、周りからはシロッコが女を連れ込んでいるようにしか見えないようである。
「ふぅん……噂の天才様がロリコンとはねぇ……。
まぁ、誰にだって弱点はあるってことかい」
「まぁ、『マハル』の猿みてぇな男どもよか、よっぽどまともだけどな!」
いい感じで酒も廻ってきて、フローレンスはゲラゲラと笑った。
しかし、シーマは渋い顔でゆっくりジョッキを傾ける。
「……どうした?」
「いや……ちょっと小耳に挟んだ話があってねぇ。
アタシらの故郷の『マハル』が無くなるって話さ」
「えっ、何で!?」
「理由はアタシも知らないけど、軍で接収して何かするらしいよ。
住民を強制移住させるんだってよ」
そう言ってシーマは残った黒ビールを一気にあおると、次の一杯を注文する。
「……その話、マジなのかい?」
「……ああ。
あのアサクラが絡んでるらしいからね、かなり確度は高いよ」
「……」
その話を聞いて、フローレンスは何とも言えない気持ちになった。
確かに『マハル』はうらぶれた貧困コロニーで、楽しいことなど何一つなかった。だがそれでも自分たちが産まれ育った故郷なのだ。それが消えるというのはどうしようもなく物悲しい。
「これでアタシらは帰る場所は無くなったってことだよ。
……もっとも、アタシにゃとっくの昔に帰る場所なんかありゃしないんだけどね」
そう言ってシーマは自嘲気味に笑った。
シーマの海兵隊は、ジオン軍の嫌われものだ。『一週間戦争』でのコロニーへの毒ガス注入を行ったのもシーマたち海兵隊であり、それ以降も汚れ仕事をし続けるため、海兵隊と聞けばジオンのほとんどの兵は毛嫌いする。だからこそ、ジオン軍でもよりどころが無い自分に『帰る場所が無い』とシーマは自嘲した。
「アンタも、アタシから離れた方がいいんじゃないかねぇ」
「ふん……!」
ある意味では自分との付き合いで害が及ぶことを心配したシーマの言葉に、フローレンスは不機嫌そうに鼻を鳴らすと、残った黒ビールを一気にあおると空のジョッキをドンッとテーブルへ叩きつける。
「アタイをそこら辺のクソどもと一緒にすんじゃないよ。不愉快だね。
それに……『一週間戦争』での一件の裏は、アタイは知ってるんだよ」
海兵隊の悪名の始まりとも言えるコロニーへの毒ガス注入……これは実はシーマたち海兵隊は中身は催涙ガスだと聞かされて注入を行ったのだ。
この話をフローレンスが知ったのは『一週間戦争』の直後、家で今日と同じようにシーマと酒を飲んだ時だ。そのままフローレンスの自宅に泊っていったシーマが夜中にうなされながら飛び起きた。慌てて起きたフローレンスはそこで見たのは、あのシーマが子供のように涙を流しながら『知らなかった、知らなかったんだよぉ!』と謝罪を繰り返す姿だった。そして、そのことでフローレンスは『一週間戦争』での毒ガス注入の真実を知ったのである。
「それに……もう腐り過ぎて糸引いてるような縁だよ。
今さら切ろうと思って切れるかい」
「……そうかい」
しばし、そのまま無言でフローレンスとシーマは新たに注文した黒ビールをあおる。そして、小さな声でシーマは言った。
「……ありがとうよ」
「今さら改まってそんなこと言う仲かい、アタイらは?」
「それもそうだねぇ」
そう言って互いに苦笑する。
すると、しばらくしてフローレンスは言った。
「……アタイから上にあんたのこと話付けてみようか?」
「アンタがかい?」
「知っての通り、天才様はあのガルマ様の右腕だ。かなりの発言力もある。
アンタほどの腕と度胸があれば……」
だが、その言葉にシーマは首を振った。
「アタシだけって訳にはいかないさ。
海兵隊の連中はみんな、同じ目にあった仲間さね。
あいつら置いてアタシだけは逃げれないね」
「……そうかい」
「ただ……天才様やガルマ=ザビにパイプができるってのはいいねぇ……。
最近、こっちも空気が不穏だ。
特にギレン=ザビの周りはここ最近特にきな臭い。
もしもの時……鞍替え先があるってのはいいかもしれないね。
実は新兵器開発でそのテストパイロットに
『ヴェルナー=ホルバイン』ってやつだけど……こいつがいい腕してるんだよ。
これの
アタシら海兵隊が使えるってことを証明して、売り込んでやるさ」
「……わかった。約束する」
「ああ、約束さね」
そう言って、2人は約束の指きりの変わりにジョッキをカツンとぶつけると、一気に黒ビールをあおった。
「「おかわりだ!!」」
そして間髪おかずに次の一杯。
2人の酒盛りはまだまだ続きそうである……。
原作でシロッコが大量に女に言い寄っていた理由をなんとなく推理してみました。
人それを自己弁護とも言う。
エリスはサラのような『認めてくれるから』、クスコは『スリルがあって刺激的だから』というシロッコへの好意の寄せ方でした。
ニキ「好みが『母親のような年下』とか公言されたら、マザコンとロリコンのダブルパンチで女としてはドン引き」
シロッコ&原作シャア「「……」」
次回もよろしくお願いします。