歴史の立会人に   作:キューマル式

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今回は短めの話です。



第27話 エースたちの遊び

(風を、感じる……)

 

 シャア=アズナブルがEXAMシステムを発動させたイフリート改の中で思ったのはそれだった。

 モビルスーツの装甲越しだというのに、まるで生身のままにその場に立っているような感覚。その感覚に、シャアは戸惑いを覚えた。

 

(『世界』とは……こんなにも様々なものに満ち溢れているのか……)

 

 あまりに多くのものが感じられすぎて、逆に恐怖すら覚える。

 そんなシャアを、ララァの幻影が微笑むように見下ろしていた。

 

「……そうだな。 これがララァの、そしてシロッコの感じている『ニュータイプ』の世界なのだな」

 

 『ニュータイプ』……シャアの父、ジオン=ダイクンが提唱したジオニズムによってその存在が予見されていた、宇宙に進出した人類の新しい姿。

 その実在と感覚を実感することで、シャアは人類の可能性を感じていた。同時に、すでにその域に達しているララァやシロッコに羨望を覚える。

 そこまで考えて、シャアは頭を振って苦笑した。

 

(いや、今私がシロッコに感じているのはもっと子供じみたことか……)

 

 シャアは、自分がシロッコに感じているものがただの嫉妬だと気付いた。それもララァと同じ感覚・感性を共有しているということへの嫉妬……子供じみたララァへの独占欲の裏返しだ。そのことを自覚すると、どうしても苦笑が漏れる。

 

(……とにかく、今はこの感覚を受け入れ、自分のものにしなくては)

 

 自身の中の余計な雑念を振り払ったシャアは再び機体のテスト過程に戻る。

手足と同じ感覚でモビルスーツが動く感覚、今まで以上にスムーズでそれでいて鋭い動作でテストをこなしていくシャアだが……。

 

<少佐……>

 

「むっ!?」

 

 ララァの声に導かれるように背中越しに感じた気配に、シャアはイフリート改をサイドステップを踏ませる。すると、今までイフリート改のいた場所がベショリと紫色に染まった。

 

『今の不意打ち、よく避けたなシャア』

 

「シロッコか」

 

 シャアのイフリート改の前に両手に2丁の120mmザクマシンガンを持ったシロッコのギャンが降り立った。

 

「テストの予定にはないが?」

 

『なぁに、君があまりに退屈そうだったのでね。

 余興だよ』

 

 そう言って、シロッコのギャンは左手に持った120mmザクマシンガンを投げてよこす。

 

『それには赤い塗料のペイント弾が装填されている。

 機体完熟も兼ねて、私と模擬戦といかないか?』

 

 シロッコの幾分挑発的な物言い、そしてニュータイプの感覚が無くてもシロッコが今、笑っているのがわかる。

 だからシャアも笑って言葉を返した。

 

「構わないが……部下たちの前で負けてしまうことになるが、君はいいのか?」

 

『はははっ! 言うではないか、シャア。

 士官学校時代は私との模擬戦で負けて、10回は食堂のランチを私に奢ったというのに』

 

「私は同じ賭けで君に11回はランチを奢らせたが?」

 

『記憶のねつ造はいかんな、シャア。

 私はそんなに奢った覚えは無いが?』

 

「私も君に10回も奢った覚えは無いが?」

 

「『……はははははははっ!』」

 

『過去の記憶があいまいなようだが……今日の君の奢りは確定だ、シャア!』

 

「それはこちらのセリフだ、シロッコ!!」

 

 同時に、シャアのイフリート改とシロッコのギャンは同時に引き金を引いていた。互いの弾丸は目標を外し、地面に赤と紫の塗料をぶちまける。

 格闘戦は無いが実戦さながらの撃ち合いを、シャアとシロッコはお互いの先読みとその操縦技術を駆使して続ける。

 ジオントップエース同士の演習……それはそのまま教材に使ってもいいほどの見事な動きの連続だ。イフリート改が射撃をすれば、ギャンは空中に飛び上がりスラスターを操って空中で『横ロール』しながらその弾丸を避ける。

 ギャンが着地と同時にホバーで横滑りしながらイフリート改を狙うと、イフリート改は地面を転がりながらその射撃を避け、ギャンへと射撃を続ける。

 

『どうだ、シャア?

 少しは気が晴れたか?』

 

「何?」

 

『動いていれば、余計なことを考えなくても済む。

 目の前のことを自然に受け止めるだけで一杯になるからな』

 

 そう言われて、シャアは理解した。この演習というのはシロッコなりの気遣いなのだ。

 ニュータイプの感覚への戸惑い、そして羨望や嫉妬といった自分の負の感情をシロッコは何となく察して、気晴らし半分のつもりでこんな演習を仕掛けてきたのだろう。

 事実、シロッコとの演習を始めてからニュータイプの感覚に対する驚きもなく、むしろ今はそれを駆使してシロッコに追い付こうという考えしかない。戦いの中、余分な感情は無く素直にニュータイプの感覚を受け止めていた。

 相変わらず……よい男だ。

 

「……気遣い感謝する、シロッコ」

 

 友の気遣いに、シャアは先程までの羨望も嫉妬も抜け去り、自然に礼を言っていた。

 

『ほぅ……では私の勝ちで、奢りということでいいかな?』

 

「いいや、私も中々負けず嫌いでね。

 感謝の気持ちは、君に奢らせることで表そう」

 

『シャアよ、言葉の意味を辞書で調べることを勧めるぞ。

 内容が支離滅裂ではないか』

 

 シロッコが苦笑し、シャアも自然と微笑んでいた。

 しかしそれも一瞬のこと、シャアは真剣な表情に戻るとレバーを握り直す。

 

「シロッコ、そろそろ決着を付けよう」

 

『そうだな。

 私も今そう思っていたところだ』

 

 そして……シロッコとシャアは同時にペダルを踏み込んだ。

 互いに一直線にギャンとイフリート改が突き進む。そして……同時に発砲。

 

『くっ!』

 

「ちぃ!?」

 

 互いに直前で銃を持っていない方の手で銃の方向をずらされ、お互いの弾が見当違いの方向へと着弾する。

 そこからは極至近距離での、銃による捌き合いだ。敵の銃身の方向を見極め機体を捻りかわす、そして再びの発砲。だが再び直前で銃身を払いのける。お互いに相手の行動を先読みしながらの、高度な極至近距離格闘射撃戦だ。

 それはまるで東洋武術の組手のような、相手との間の「陣地」を奪い合う舞のようでもある。

 そして……。

 

『もらった!!』

 

「終わりだ!!」

 

 

 ガウン!ガウン!

 

 

 同時に、2発の砲声が鳴り響いた。

 

『この勝負……』

 

「引き分けだな」

 

 ギャンとイフリート改双方のコックピットハッチは、べったりと塗料で染まっている。これが実戦なら双方コックピットを貫かれ戦死である。

 

「この場合はどうする、シロッコ?」

 

『お互いに奢るということでいいだろう。

 これでイフリート改のテストは終了だ。

 戻ろうか、シャア』

 

「ふっ、了解した」

 

 シャアは幾分か軽くなった心とともに、シロッコとともにキャリフォルニアベースへと戻っていった……。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 私がシャアとメイ嬢、そしてクスコとともに食堂にやってくると、そこには先客がいた。

 マリオン、ニキ、レイチェル、エリス、そしてハマーン嬢とレイラ嬢の6人が揃って幸せそうな顔でケーキを食している。

 それをシャアの部下であるアポリー中尉とロベルト中尉が苦虫を噛み潰したような顔で見ていた。

 

「どうしたのだ?」

 

「あっ、少佐!」

 

 私に気付いたニキが立ち上がり、同時にハマーン嬢とレイラ嬢を除いた全員が立ち上がると敬礼をしてくるが、私とシャアはそれに敬礼で返すと座るように手でジェスチャーする。

 

「で、どうしたのだ?」

 

「いえ、みんなで戦利品を頂いているだけです」

 

「戦利品?」

 

 聞けばどうやらこのメンバーでコンビでの演習をやったところ、アポリー・ロベルト組が敗北し、全員にケーキを奢らされることになったという。

 彼ら2人もまだ地球の、そして与えられたドワッジにも慣れていないだろうからマリオンたち私の部下に負けるのはわかるが、驚いたことにハマーン嬢とレイラ嬢のコンビにも敗北したという。

 フラナガン機関でのモビルスーツの訓練は一通り受けているとは聞いていたが、まさかそこまでとは思いもよらなかった。

 

(いや、ここは流石というべきか……)

 

 ハマーン嬢とレイラ嬢には、ニュータイプの素質がある。その力はやはり絶大なのだろう。ただ、こうして幸せそうにケーキを頬張っているのをみると、歳相応の少女にしか見えない。その光景を、私は微笑ましく感じた。

 

「いやぁ、美味しい美味しい。

 悪いですね、アポリー中尉もロベルト中尉もゴチソウサマです!」

 

「……悪いと思ったら、少しは遠慮ぐらいしろよ」

 

 レイチェルの白々しい言い草に、アポリー中尉は憮然として言い放つ。

 

「次もよろしくお願いしますね!」

 

「今日はまだ地上に慣れてなかったからたまたまだ。

 次は負けるかよ」

 

 次まで言い出したレイチェルにアポリーは肩を竦めた。

 

「だいたい、ケーキなんて頬張りやがって……。

 ここは戦場だぞ。 そんな甘ったるい匂いの戦場があるかよ」

 

 よほど悔しいらしい、アポリーもロベルトも少々不機嫌そうにしているため、そんな2人を隣に座ったシャアが諌める。

 

「まぁ、そういうな。

 糖分は疲労回復の効果がある。 ある意味では戦場に必要なものかもしれんぞ」

 

「ですが戦地でケーキってのは……」

 

 アポリーはなおも何か言いたそうだったが、その時座った私とシャアの前に注文していたものが持ってこられた。

 

「お待たせしました、『紫芋のタルト』に『ラズベリーレアチーズケーキ』です」

 

 私の前には紫色をした『紫芋のタルト』が、シャアの前には赤い『ラズベリーレアチーズケーキ』がホールで置かれる。

 それを見て、アポリーとロベルトは目が点になった。

 

「あのぉ……シャア少佐にシロッコ少佐? それは一体……?」

 

「見ての通り、シロッコに奢らせた『ラズベリーレアチーズケーキ』だが?」

 

「私の方もシャアに奢らせた『紫芋のタルト』だが?」

 

 先程の互いの賭けの結果である。

 

「言っただろう、糖分は疲労回復の効果があると。

 それにケーキといったものは、重力の無いところでは喰えないからな。

 貴重なものだぞ」

 

「は、はぁ……」

 

「さぁ、切り分けよう。

 メイ嬢もクスコももちろん食べるだろう?」

 

「私の方もどうかな?」

 

「あ、いただきます!」

 

 かくしてリザド隊一同とシャア隊は、ケーキを摘まみながら交流を深めたのだった。

 ちなみにこの時の『紫と赤のケーキを食べるシロッコとシャア』という場面は写真に収められ、基地内はおろか本国にまで流出することになるのだが、それはまた先の話だった……。

 

 




MSガン=カタとはニュータイプの先読みを用いたMS戦闘術である。
これを極めることにより攻撃効果は120%上昇、防御面では63%上昇。
MSガン=カタを極めたものは無敵になる!

……そんな演習風景でした。

劇場版Zでは、みんなでケーキを食べるシーンがお気に入りだったりします。

次回はギャンとイフリート改の初陣です。
場所は……ヒルとゲリラがお出迎えの緑の地獄。
来週もシロッコと地獄に付き合ってもらう。


追伸:ビルドファイターズトライが面白い。
   ギャン子ちゃん、動くといい感じだった。『北宋の壺』のネーミングセンスはさておいて。
   Rギャギャが少し欲しくなってしまった……。

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