魔法少女すずね?ナノカ~revenge comedy~ 作:唐揚ちきん
「ただいま……」
茜ヶ咲中の制服を着たスズネちゃんは店内を目にした途端、張り詰めた表情に変わった。
「あら、スズネちゃん。おかえり。ちょうど、スズネちゃんのお友達来ててね。今、二人でお喋りしてたところよ」
女店主の夕凪さんが笑顔で彼女を出迎える。
「あ、おっかえり〜! スズネちゃん! バイト先、勝手にお邪魔してるよー!」
「
続けて俺も、学校から帰宅したスズネちゃんに元気よく挨拶をしてあげた。
「……私の部屋で話さない?」
「えー、どうしてー? せっかくなら、夕凪さんも交えてガールズトークしようよ。そっちの方が楽しいよ?」
今にも溢れそうな感情をどうにか押し留めているスズネちゃんに、満面の笑みで答えた。
手首を握る手に力を込める彼女は、絞り出すような声で言った。
「貴女だけに聞いてほしい話があるの……付き合ってくれる?」
「なになに、相談事? なら、なおさら職場の頼れる大人に話してみるのも……」
「カナミ。……お願い」
俺の台詞を遮ってまで
なりふり構っていられない女の子って、ホント可愛いよなぁ。
仕方ない。もう少しくらいこのやり取りを続けてもよかったが、ここは俺が折れてあげるとするか。
「親友の私にしか話せない悩みがあるんだね。うん。いいよ、お部屋行こっか」
自由なもう片方の手をスズネちゃんの背中に回し、ポンポンと労るように軽く叩いた。
それから首を動かして、スズネちゃんの肩越しに夕凪さんへ視線を向けた。
「ごめんなさい。夕凪さん。まだお喋りの途中で申し訳ないんですけど、スズネちゃん、私に大事な話があるそうなんで……」
「いいのよ。気にしないで。それより、スズネちゃんにそういう悩みを相談できる友達が居て、安心したわ」
夕凪さんはそう言って、穏やかな眼差しをスズネちゃんへ向ける。
どうやらスズネちゃんは交友関係を心配していたらしい。住み込みで働かせているだけあって、大変アットホームな環境ですこと。
「それはもちろん、私とスズネちゃんは大大大親友なんですから。ね?」
俺はサムズアップしてご期待に応えつつ、スズネちゃんへ話を振る。
夕凪さんに見えない角度で俺を睨みながら、声音だけは朗らかに返答した。
「……ええ、そうね」
その後、夕凪さんに軽く断りを入れたスズネちゃんは俺の手を引いて、自室まで連れて行く。
部屋のドアがパタンと音を立ててしまった瞬間、彼女は表情を一変させた。
「一体……どういうつもりなの?」
ナイフのような
「それで悩み事ってなーに? 学校の授業に付いていけない? それともクラスで浮いてて溶け込めない? あ、ひょっとして、気になる男子でもできたとか? きゃー!」
女子会モードできゃぴきゃぴしながら俺が聞くと、塩対応の返答される。
「冗談はそこまでして」
「それを決めるのはアンタじゃねぇんだよ……。口の利き方には気を付けろ」
「…………」
せっかく気分よく、女子トークするつもりだったのに
「あーあ、どうしよっかな。スズネちゃんと話すのダルくなってきたし、身寄りのない中坊を住み込みで雇ってくれた優しい店長さん
どっかりと部屋にある安物の回転椅子に踏ん反り返って座り、奥の机に両肘を置く。
反り返って天井を
声のトーンは『前髪伸びてきたから思い切って五ミリくらい切っちゃおうかなー』くらいのテンションを維持する。
すると、何ということでしょう。
「……それだけはやめて!」
あれほど冷徹なオーラを保っていた彼女が、
だが、ここでプロはもう一押し。
「
「やめて、ください……」
おお、ブラボー! ようやく、身の程を知ったスズネちゃんは正しい言葉の遣い方を覚えました。
震え声で俯く彼女に俺は満足げに頷く。
「うんうん。
「……ありがとう、ございます」
お礼が言えるまで行儀が良くなるとは……。
仮の宿なんだから、見切りを付ければいいのに。
まあ、俺に人質としての効果があると思わせて、油断を誘ってるのかもしれないが、その可能性は一旦保留する。
すぐにカナミちゃんとして仮面を
「ウソウソ。冗談。私がスズネちゃんがお世話になってる人にそんな酷いことする訳ないじゃん。ほら、笑って笑って」
「…………」
「ん? 笑顔はどうした?」
「は、はは……」
スズネちゃんの表情筋がどのくらい変化するかを存分に愉しんだ後、そろそろ本題に入る。
「んじゃ、単刀直入に聞かせてもらうけど、お仲間についてちょっと教えてよ」
俺が知りたいのはそこだ。
いつでも収穫できる果実に興味はない。
俺の興味はもっぱらスズネちゃんの協力者、あるいは首謀者の方に移っていた。
あのチャクラムの持ち主一人なのか、それともある程度の集団なのかくらいは確かめておく必要がある。
しかし、当のスズネちゃんは仲間の存在を否定した。
「……私に仲間なんて居ないわ」
あららー? きっちりかっちり上下関係を教え込んだつもりだったが、まだ足りてなかったのか。
そっかそっか。俺もまだまだ甘かったんだなぁ。うんうん。
「はい。こちらに『
「……ッ!?」
指の先から空中に魔法陣を生み出す。その瞬間、直視してしまったスズネちゃんの身体は硬直し、俺の姿に釘付けとなる。
こいつは
「どう? 動けないよね?」
魅了の魔法。
ハルカちゃんを喰ったことで俺が獲得した、ハルカちゃんの固有魔法だ。
元々は視線の固定と肉体の動きを鈍くする程度のものだったが、俺の出力なら完全に相手を硬直させることまで可能だ。
微動だにできないスズネちゃんを眺め、椅子から立ち上がると頬を優しく撫で上げた。
「……これ、は……」
唇の動きさえ緩慢になったスズネちゃんに、俺は素直になれるオマジナイをかける。
「さあ、正直に質問に答えてよ。スズネちゃん。もし答えを隠そうとしたり、嘘を吐いていると判断したらちょっとばかし酷いことするよ?」
「私は、嘘なんて……吐いて……」
まだ分かってないのか。そろそろ本気でうんざりしてきたんだが。
俺はこれ見よがしな溜め息を一つ吐いてから──容赦なく腹を殴り付ける。
みぞおちへクリーンヒットした拳を受け、スズネちゃんは大きく
「それを決めるのはアンタじゃねぇって、何回言わせるんだよ。何が真実なのかもこっちで決める。……オーケー?」
いい加減、質問されてるんじゃなく、尋問されてるんだって気付けや。
嘘かどうかの自己申告なんざどうでもいいわ。
「仲間が居ねーってんなら、ピンチのスズネちゃんは誰が助けたんだよ」
「ゲホッ……私だって、知らないわ……」
むせ返っている癖にスズネちゃんは未だ反抗的な態度が残っていた。
耳とか鼻とか切り落としてやろうかと思い始めたが、
揺れる度に微かに鈴の音が鳴る、髪飾り……いや、御守りか。
後ろ髪を束ねているのは、鈴付きの御守りの
そういや、横槍が入る前にもスズネちゃんはそれへ手を伸ばそうとしていた。
もしかすると、その御守りに何か秘密があるのか。
そう考えた俺は、回り込んでスズネちゃんの背後から御守りを取ろうと手を出した。
「ちょいと拝借」
「! それに、触らないで……!」
「うっさいなぁ。いちいち、
髪から外すのが面倒だったが、力づくで引っ張って中の物が壊れてもつまらないので縛っている紐を丁寧に解く。
ギャーギャーと喧しく騒いでいるスズネちゃんを無視して、御守りの中を手のひらの上に出した。
「何じゃこら……」
出てきたのは折りたたんだ小さな紙片。
それも一つや二つじゃない。ざっと見ただけでも二十以上はある。
中には多少変色して黄ばんでいるものから、真新しい白いものまで様々だ。
試しに一枚、真新しいものを開いてみるとカタカナで『カナミ』と書かれていた。
「……
「…………」
散々喚いていたスズネちゃんは、急に黙り込む。
この反応は正解と考えていいな。
なるほどなるほど。殺した相手の名前を紙に書いて、常時持ち歩いている、と。
「アンタも趣味が悪いなぁ……。殺した相手の名前をわざわざ書き残して自己憐憫にでも浸るって訳か。『魔法少女のために殺してあげて、名前までいちいち覚えてあげている私。良いヤツ過ぎる』みたいなカンジ?」
要するに、こいつは自己犠牲精神に酔い痴れてるのだ。
大義のために悪事に手を染めている可哀想な自分が大好きな訳だ。
ただの猟奇殺人者より
「違う! 私は……ただ、覚えていたいだけ……。私が、殺した人たちのことを……」
「いや、別にアンタに殺された奴はアンタに覚えてほしくはねぇだろ」
「…………」
「殺した相手が、自分の名前を後生大事に抱えていたから何だってんだよ? 名前を憶えておいて喜ぶと思ってんのか? 自己満足以外の何物でもねぇだろ。放課後、机の角に
「私は、自分の行いを、忘れないために……」
どうでもいい言い訳を馬鹿の一つ覚えのようにスズネちゃんは繰り返す。
分かってねぇ。この子は全然、分かっちゃいない。
俺はスズネちゃんの正面に戻ると、カナミちゃんの名前が書かれた紙をこれ見よがしに破り捨てた。
「やめて……!」
「あのな、スズネちゃん。そういうの、もういいから」
悲鳴のような叫びを上げる彼女に、俺は肩を
「何を……」
「アンタの自己満足な自傷行為なんか求めちゃいねぇっつってんだよ。クソガキ」
「っ!」
俺は“殺人”という行為自体に特別な想いは抱いていない。
“殺人”とはあくまで手段でしかないからだ。
重要なのは手段ではなく、その結果。
その結果がもらたす感情こそが重要なもの。
「魔法少女を殺すのは別にいい。それ自体は手段でしかねぇからな。飯を食うのと大差ない。だけどな、そいつは嫌々やるようなモンじゃねぇんだよ」
人を殺すのも飯を食うのも、それに付随する感情を味わうため。
飯を食うのは『美味い』という感情を愉しむため。
俺は殺すことでそいつが得るはずだった人生を奪ってやったという幸福感を得られるからだ。
そいつに訪れるはずだった幸福を、そいつが過ごすはずだった経験をこの手で奪い取ってやったと喜ぶことができるからだ。
だが、その手段は嫌々やるようなものじゃねぇ。
食事を嫌がるようなヤツに飯を食う資格はない。
同様に……。
「笑いながら人を殺せねぇヤツに、人を殺す資格はねぇ」
当然のことだ。
それは誰もが知る最低限度の
真剣さが足りてない。行為に望む意識が欠けている。
「正気で、言っているの……?」
理解が及ばないという表情を浮かべるスズネちゃん。
俺はその思考の方が理解できない。
「誰も頼んでねぇことやっといて、被害者面までされちゃ、殺されたヤツにも失礼だって言ってんだぜ。その道理すら分からねぇってんなら──ここで首でも掻っ
右手での中で金色の両刃剣を生み出して、首筋に
白い首筋にすうっと赤い線が走った。
深紅の滴が薄い切れ込みから、
「……!」
見開かれた瞳に恐怖の影が揺らめいた。
しかし、それは一瞬の出来事。すっと感情が落ち着きを取り戻し、俺の顔を見据えたまま、口を開く。
「好きに、しなさい……私は……それを、恐れない……」
「……そうかい。そんじゃあ、今は止めとくぜ。どうやら、
「……?」
手元の刃が霧散すると、怪訝そうな顔で俺を見つめた。
指を鳴らして魅了の魔法を解除する。
状況が呑み込めていない様子のスズネちゃんの前で、小汚い御守りの袋と紙片を雑に床へ落としてから部屋を出て行く。
この場所にも用はなくなったから、去り際に意味なく暴れ回っても良かったが、
廊下に出るとちょうど部屋の傍まで来ていた夕凪さんとばったり出会う。
「あ、カナミちゃん。もうスズネちゃんとのお話は済んだの? そろそろジュースでも持って行こうと思ってたんだけど」
見れば、お盆にオレンジジュースの入ったグラスが二つ乗っている。
夕凪さんに軽く感謝してから、片方のグラスを受け取り、一息で飲み干すと俺は笑顔で返した。
「ぷはー。はい。悩みも解決できそうだって言ってましたー。それに別の子からも私と話がしたいって予約が入っちゃいまして」
「はは。まるで売れっ子カウンセラーみたいね。良かったらまた、スズネちゃんに会いに来てあげて」
「いいですね。それ、売れっ子カウンセラー・カナミちゃん。また今度お邪魔しますね」
喉を
それから店の裏手に位置する路地裏まで向かうと、次のお客さんに挨拶する。
「初めまして、でいいかー? どうも似たような面を見た気がするんだけどよ」
路地の壁に背を預けていた少女は、それを聞いてクスリと笑う。
「初めてましてでいいよぉ。誰のことを言ってるのかは分かるけどねぇ」
日陰の中から
腹と肩が丸出しのハレンチなドレス風の衣装だ。色合いは髪と同じく、濃い紫色のカラーリングをしている。
「私はカガリ。日向カガリ」
「日向……マツリちゃんと同じ苗字みたいだけど」
「あははぁ。私たち双子の姉妹だからねぇ。あ、ちなみに私の方がお姉ちゃんだよぉ」
またどっかの魔法少女と同じく自分のコピーが反乱したのかと思いきや、特に捻らず、双子と来たか。
まあ、どうでもいいや。
分かり易く、ご丁寧に魔法少女の格好して魔力の反応を垂れ流して待っていたところから察するに、俺がスズネちゃんを殺さないかが、よほど心配だったらしい。
「カガリちゃんね。アンタがスズネちゃんの協力者って訳だ」
俺がそう言うと、彼女は顎に一指し指を置き、すっとぼけた仕草で考え込む。
「うーん。“協力者”って表現は少し違うかなぁ。あの子は私の存在を
「その辺はどうでもいいわ。とりあえず、『スズネちゃんを殺そうとした俺を邪魔しやがった』ってだけで殺すには充分な理由だからさ。ってな訳で、会って間もないんだけど──死んどけや」
俺もまた魔力で衣服を変化させ、手の中に両刃剣を出現させる。
この子の背景とかそういうの、マジでどうでもいいし、興味もない。
重要なのは、俺のやりたいことに茶々入れやがったふざけたヤツだということ。
それ以外はこの際、どうでもいい。
首を
「あー、待ってよ。“あきら”くん」
「あん……? 何だって?」
あきら、だと。
こいつ、今、俺を“あきら”と呼んだか?
その名前は俺自身でさえ、この世界に来てまだ一度たりとも口に出していない。
張ったりや、カマかけでもその名前が出てくる道理がねぇ。
聞き出すか。いや、たとえ情報戦だとしてもこの俺に対して優位に立たれるのは気に入らない。
無視して、頭を切り落とそう。
ソウルジェムさえ、食っちまえば、情報なんざ後からいくらでも吸い出せる。
しかし、俺が動こうとしたその刹那。
『俺から話をさせてくれよ、“
脳内で響いた声は、聞き覚えのある
気配を感じて振り向いた先に居たのは、白い──竜のマスコット。
デフォルメの利いたぬいぐるみのような姿だったが、紛れもなく、竜を
「アンタ……」
「俺はアンタだよ。こっちじゃ、『リュゥべえ』って名乗ってるが、元を辿れば同じ
今度は肉声。だが、同じように昔の俺と同じ声をしていた。