当作品は前書きでも上げたとおり8/1にpixivに上げたものをこちらでも投稿しました
翔鶴姉と瑞鶴大好きです。でもまだ瑞鶴しかなくて司令室に向かって艦載機飛ばしまくる瑞鶴におこです
でも空母系で一番練度高いのは飛鷹だったりします(そしてまだ加賀さんがいない)
「ワレ、機銃筒内爆発ス」
ちっ、何故こんな入電せにゃあならんのだ。アレか、愛機を置いていっちまったからか。あいつ嫉妬してやがったんか。
操縦席で俺は操縦桿を叩き悪態をついた。
九州に向かっているとの報告があったB-24を撃ち落とすべく、長崎の大村を発ってすぐのことだ。屋久島西側でB-24の機影を見かけて戦闘に入るや否や、腔発が起きてしまった。腔発というのは、存外厄介なもので軍に身を置くものからすれば不運ことこの上無ぇ。
火薬か弾薬、あるいは信管か砲身。これらのどれかが不調をきたしてしまい――要は、暴発してしまったわけだ。いや、下手すればこのまま格好悪く機体不調で墜落するだけだ。まだ高度を維持できる分いいが、燃料がどれだけ漏れているかも分からない。下手したら引火の危険もある。
なにより、片側の機銃が使えないのは致命的だ。
「糞っ、糞っ」
ぎりり、と奥歯の歯軋りが聞こえる。悔しくて、己の不運を呪った。
杉田も、武藤も死んだ。あいつらは立派に死んだ。なら俺が腐っててどうする。
操縦桿を目一杯傾けて海面に近づき水平を維持して飛んだ。すると、入電を入れた堀の機体が左側を並ぶように飛んでいた。
手前ェ、何でこんなとこに居やがる。さっさと上昇って撃ち落とせ!
何度、そうやって手で伝えるが堀は離れようともしなかった。
戻らねぇってんならブン殴るぞゴラァ!
そうやって拳を突き出してやったら、堀も観念したのか上へと戻ってくれた。よかった、手前ェは沢山、アメ公を屠ってくれ。
ブン殴るといえば、昔から喧嘩っ早い性格だったな。飛行機壊しまくっては叱られ、上司怒鳴りつけては叱られ、間違えて着陸しては叱られ、工場員殴っては叱られた。オヤジくらい器のデカイ奴がもっといればなぁ。
今の日本はもう、無理だ。
そういう惜しい奴らがバカみてぇにどんどん消えていって、弱小根性の馬鹿共がのうのうと生き残る。そんな日本では、この戦争の後の未来なんてない。いや、この戦争はもう日本の負けに近いだろう。民間用ラヂオではさも勝っているかのように言ってるが、実はそうではない。占領した地が次々と奪い返され、日本の栄華を誇る戦艦も沈んでいった。
だから、どうした。
「ヘッ」
鼻で笑い飛ばす。
ああそうさ、絶望的だろう。他の者からすればな。杉田、武藤、林、鴛、皆死んでいった。
だからどうした。俺はいる。俺は生きている。生きているなら何だって出来る。だから、生き残ってやる。日本の最後を、そしてそれからをこの目で見ていくのだ! だが俺が生き残るならまず、目の前の連中を生きて帰らせにゃあならんよな。
「空戦ヤメ、全機アツマレ」
最後の入電を飛ばす。もう連中からはだいぶ離れてしまったが、運良ければ届くかもしれん。否、それは運悪ければ、だ。もし俺を見つけてしまえば、清々しいくらい馬鹿な連中は俺を置いて帰れないだろう。だがそんな待遇は御免だ、俺は手前等の荷物に成り下がる気はない。
だが、生きて帰る。
絶対だ、俺は日本に帰る。日本に帰るまで戦い続ける。兵器だからなんだ、えぇ? ああそうさ俺は兵器だ、期間限定だがな。確かに俺だって人の子だ、戦争が終わればみな人だ。だから、戦争が終わるまで殺す。撃って撃って撃ち落とす。戦争が終わるまで兵器であるお前等を、全員撃ち落とす。
ブルドッグ、イエローファイター、デストロイヤー。
ハンッ、なかなかいい二つ名じゃあねぇか。名前負けしてたまるか!
「ワレ、機銃筒内爆発ス。諸君ノ協力ニ感謝ス。ワレ、菅野一番」
あばよ手前等、日本で会おうぜ!
※※※
2014年夏。横須賀鎮守府は炎で燃えていた。
「消火ポンプ急いで! 大丈夫よ私がいつも点検してるから故障ないわ! だからそんな憐憫に満ちた目で私を見ないでっ!」
涙目になりながら背後にいた呆れ顔の艦娘に指示を飛ばすのは本日の開発を一任された軽空母艦飛鷹である。本鎮守府の大佐兼提督に久方振りに艦載機系の開発を頼まれた矢先の出来事である。依然と変わりない鎮守府の装備開発システムは燃料、弾薬、鋼材、ボーキサイトの四種を希望の分量工廠妖精に告げ回してもらうだけだった筈だ。これは自分たち艦娘建造でも同様であり、艦娘の艦種同様開発にも四種の材料の配分で大体の開発される装備は決まっている。最近は戦艦達の練度向上に伴い空母艦達にも良い装備をと提督から言われ、本日の秘書艦を担当していた飛鷹は開発を一任されたのである。
横須賀を含め呉、佐世保、舞鶴、大湊の五つの鎮守府と九つの泊地、四つの基地でも同様のことであるが、開発は制限令が出されている。同時期に、艦種一種につき一人しか現れないこのご時世では現在大本営が確認している限り二百を下回っている。別段十八しか開発工廠設備が無い今となっては制限などかけるべきではないと思われるが、未発見の艦娘が発見されるのは基本的に建造によるものではなく深海棲艦の残骸から引き上げられるのが殆どである。
その点開発は鎮守府の経営が賄える限りであればいくらでもやってかまわない、ということである。
そして、やってしまった。
「飛鷹さん、今日はいかなる乱心で?」
「乱心でも何でもないわよ!」
傍らで消火栓から引っ張ってきたホースを持つのは駆逐艦不知火である。ちなみに飛鷹の中では一番苦手なタイプだ、今でも哀れみの眼差しを向けつつ消火活動に当たっている。
「ただ新しい艦載機を開発しようと思って! そしたら工廠が爆発しちゃったのよ!」
「そうですか。で、こんなになってしまったと。つまり全部妖精達のせいだと。あ、陽炎、千歳さんと千代田さんに水上機で水運んできて貰うように伝えて下さい。あと第二艦隊の加賀さん達に資材の避難要請を」
「まっかせて!」
「う…悪いわね」
「いえ」
最近飛鷹は旗艦を務めていない。初期に横須賀に着任していたため他の艦娘より練度が桁違いに高いが故の弊害である。その点比較的最近着任した不知火はここのところ旗艦と秘書艦を往復している。先ほど工廠から出て行った陽炎も同様だ。
「工廠が爆破だなんて初めてだクマー」
「はわわ、新聞の一面に飾られちゃうのです!」
「青葉の仕事が捗るわね…わ、私たちも写っちゃうのかしら」
「轟沈とはまた違った意味で沈んじゃうわね~主に飛鷹ちゃんが」
「やめてよ!」
同じく消火に当たっていた球磨、電、暁、龍田の一言が飛鷹に突き刺さる。怠慢と感じた覚えこそ無いが、注意不足が祟ったのかもしれないと項垂れた。しかし工廠から充満する熱気は未だに消えない。現在持ち手二人一組で消火ホースを引き放水している。上部から雨のような水が落ちてきたことからして千歳千代田組の水上機が到着したようだ。
「間に合ったお姉?」
「もうちょっと水要るみたいよ千代田、第二第三用意しなきゃね」
「うわっ、マジで燃えてやがる!」
「いいから、資材運搬急ぎなさい。燃え移っては元も子もないわ」
待機中だった第二第三艦隊が到着したらしい。責任の一端を感じながらも迅速に資材を工廠外へ避難誘導させている加賀に飛鷹は感謝した。今なら出雲丸と間違えられても怒らないだろう。
並の人間でも五桁を上回る資材が詰められたコンテナを運ぶのは至難の業ではあるが、艦娘は一般人よりも遙かに力があるため力を合わせればコンテナ一つ、艦隊一つで外に運び出すくらいわけないのである。
「…あれ、なにかしら」
「えっ?」
ふとボーキサイトを囓りつつ声を上げたのは赤城だ。すぐに加賀が赤城の手からボーキサイトを奪い取ってコンテナに放り込むと赤城と同じ方向を見上げた。そこは工廠の中心地である溶鉱炉だ。資材を溶かし、混ぜ合わせ、装備や艦娘を生み出す中心地。初期は深海棲艦の様に真っ赤に燃え上がりねっとりと溶けた資材の渦から出てくるというホラー染みた工房だったが、生まれる際の不快感が大本営に殺到して急遽溶鉱炉と工房を切り離す妥協案で合意したのはまだ記憶に新しい。
建造の工房は四つ、開発の工房は一つ。建造の場合はドックとも呼んでいるが、建造の方が多いのは理由がある。建造は艦娘を生み出す為のものであり規模も開発用より大きく作られている。更に開発の倍、資材が掛かるからということもあり艦娘が生み出されるまでの時間がまちまちなのだ。一刻程度で生み出される艦もあれば半日掛けても終わらないほど大規模な艦娘もいると言われている。
いま現在五つの工房は爆熱により境目も霞むほど崩れている。熱気と溶けた資材が坩堝のように混ぜ合わさり混沌を生み出している。その、奥深くに何かが見えた。
「あれは…艦載機首? にしては大きい…」
「あ、やっぱり加賀も見えてますよね? でっぱりみたいなの」
「さり気なくボーキ齧らないで下さい、あと貴女が一番力持ちなんですから早く手伝う。兎に角今は消火と避難が先決です。でないと提督が…」
「私が、なんだね?」
肩が跳ねた。全員が、である。
冷や汗が伝った。火災の熱気に包まれているのに、だ。
カツン、カツンと軍靴が甲高く響く。工廠は基本安全性のため鎮守府執務室がある館とはだいぶ離れた場所に位置している。一度外を経由しなければならず当然敷地を跨がねばならない。だから、聞こえにくい足音には気付けなかった――否。そうではない、普段から溢れ出る存在感を押さえ込んでいたのだ。普段抑え気味だとのたまう提督であるが今日はそれが違った。何かを刺激させまいと、何かに気付かれまいと提督は誰一人として気付かれまいと工廠へ立ち寄ったのだ。
そして、抑えきれなかった。
その目は歓喜に満ちている。嬉しくて嬉しくて仕方がない、まるで玩具を手にした幼子だ。
その顔は破顔している。会いたくて会いたくて仕方がなかった、まるで恋い焦がれた恋人だ。
真夏であるにも関わらず羽織った大外套が翻る。目深に被った軍帽の奥で、獣のように鋭利で猛け狂った瞳が瞬いて見せた。
日本海軍大佐横須賀司令部提督・甘粕景彦。
魔人が人の皮を被った、正真正銘の化け物である。
「あのっ、甘粕提督っ」
「よい、そのまま消火を進めろ。より迅速にな、間に合えばだが」
「えっ…」
間に合えば、とはどういうことなのだろうか。全員がその疑問を思い描いた瞬間、工房の一部が決壊した。工房が崩れ落ちる中、そして見えた。
「あれはっ…」
「え…でかくね?」
「やはりな」
そこにあったのは、艦載機そのものだった。ひしゃげたプロペラの部分が熱で捻れている。だがサイズが規格外であった。本来工房で作られる艦載機は大きくても数十cm程度のものであり艦娘であれば片手で扱える大きさだが、目の前に顔出している艦載機は人一人が乗れる本来の大きさの艦載機だった。
驚愕する艦娘達を振り払い、甘粕は立ち塞がる様に前に出た。腰に掛けた軍刀を抜刀する。
現在日本国における海軍の軍刀は基本的に模造刀、或いは刃を潰された儀式剣だ。だが甘粕の剣はそれでは無い。鈍色に黒く輝く軍刀は紛れもなく真剣。触れれば切れるそれは甘粕が振り下ろせば斬撃が飛び、穿てば大地を抉る。
「加賀よ、間宮と明石を呼んでこい。あと担架もだ」
「……わかりました」
何故、という気はなかった。空母の中では飛鷹より着任が遅いものの秘書艦としてはおそらく一番長く務めている。故に、甘粕の勝手は分かっていた。信頼。それ以外にない。肯定も否定も無くそれが最善であると受け止める他ない。
加賀が工房から出ると同時に、甘粕は疾走していた。
「提督っ!?」
「あ、危ないクマー!」
「問題ない」
時折地雷のように暴発する足下を器用に避け、上から降る工房の残骸を掻い潜る。それは海中を潜行する潜水艦達のそれを遙かに上回っていた。障害物を避け、一直線に大型の艦載機へ向けて疾走する。崩れ積もった残骸を足場に駆け上がり、上段に構えた甘粕は勢いよく軍刀を振り下ろした。
耳障りな金属音。直後、艦載機が真っ二つに引き裂かれた。
「うわぁ…」
「絶句です」
「ウチの提督はああいうことが出来るから…いやもう慣れたけどさ」
「き、きっと力持ちさんなのです!」
「他のところの提督もあんな感じよねっ」
「フォローには厳しいわ、それ」
引き裂かれた片方を足蹴にしてずらす提督を見て呆れ返る。ああやって自分たちを励ましてくれているのか労っているのか分からないが、どこかで心休まっているのは確かだ。
艦載機を鉄の藻屑に変えた甘粕は灼熱の中、顔色一つ変えることなく残骸を掻き分ける。切っ先を使って先を探り、腹を使い押し分ける。そしてついに、辿り着いた。
「…おぉ」
甘粕は目をぎらぎらと輝かせてそれを見る。間違いない、本物だと。本当にいた――本当に来たと。
周囲を圧迫する残骸を振り払う様に刀で吹き飛ばし安全を確保する。数分とはいえ甘粕よりも長くこの獄炎の中にいては無視出来ない暑さだろう、甘粕は自慢の大外套でそれを包み込み、艦載機の残骸から脱出してみせた。
「提督!」
「問題ない。滞りなく消火を進めてくれ」
「わかったわぁ~…それは何?」
「怪我人だ」
そう言って、米俵のように大外套に包まれたそれを担いで去った。
「……怪我人?」
「やっぱりあれ、艦載機だったのね…美味しいのかしら? 焼けてるから味も良さそう」
「食い意地張ってないで消火急ぐわよ、今回はきっかりね」
「引き摺ってるんですね」
「だまらっしゃい!」
飛鷹の怒声が響いた。
※※※
暗転。
瞼に真っ赤な光が差し込む。
全身が焼けるように熱い――否、本当に焼けている。
目が覚めた。ゴーグル越しに見える光景は地獄そのものだった。
全身が汗で濡れ、その汗が蒸発した先に炎が見える。
火傷だ、肉が焼けたような臭いが充満している。おそらく骨の髄まで火が届いていることだろう。
熱い、ここはどこだ。
動けない。声が出ない。声帯が乾いているのか、焼けているのか、兎に角助けを呼べない。
瞼が乾いていく。反射で目を閉じた。意識が遠ざかる。
最後に、金属が擦り合う様な音とともに、意識が再び落ちていった。
※※※
「――ということです。未確認機は、いつの間にか消えてました…」
「そうか…任務ご苦労だった」
鎮守府医務室で、甘粕は正規空母艦翔鶴から今日の報告を聞いていた。瑞鶴も随伴しているが相も変わらず向けてくる好戦的な眼差しも、いまはこの部屋の主へと向けられていた。
真っ白なシーツに沈む、これまた真っ白な患者。当然だ、死んでもおかしくないレベルの全身火傷の中救助されたのだ。被っていた帽子らしきもので頭部を、ゴーグルで目を守っていたからかそこを除けば全身は真っ白な包帯に覆われている。所々血の跡が見受けられるがこれでも二回は包帯を取り替えた後であり、すでに出血は収まっている。基本艦娘の治療しかしたことがない明石には無理な注文だったかもしれないが、処置の施し方は問題ない。仄かに香る消毒液の臭いだより場所の意識をさせた。
「ねぇ提督さん、そこにいるの誰?」
それを聞かずに居られるほど瑞鶴も大人ではなかった。瑞鶴、と翔鶴が窘めるがまぁよい、と甘粕は手で制した。
「昼に工廠で見つけた者だ。思わぬ拾いものをした」
「…あの、火災があった工廠ですか?」
「あぁ、気になるか? まだ寝ている筈だが」
翔鶴はゆっくりベットで未だ夢の世界を彷徨っているであろう患者の顔を覗き込む。瑞鶴も後に続いて覗き込んだ。
「……艦娘?」
「いや男だ」
「男性の艦娘なんて見たことないわよね…どこから来たのかしら」
「さてな、だが」
と甘粕が言いかけたところで止めた。言葉の続きが気になり二人は甘粕の顔を伺う。愉快そうに、歪んでいた。二人は知っている、大抵このような表情を浮かべる甘粕にいいことは無い、と。
「どうしたの、提督さん?」
「目が醒めた様だな」
「えっ」
再び顔面反転。釣られる様に振り向けば、包帯の隙間でぱちくりと瞬きした瞳が見えた。なまじ全身が包帯に巻かれているだけに、目が動くたびにギョロリと、まるで夜中のお化けでも見ている様な気がして背筋が震えた。誰もが目覚めに固唾を飲んで見守る中、男がもごもごと口を開いた。
「ここは、どこだ」
「横須賀鎮守府だ」
間髪入れずに答えたのは甘粕だ。多少面食らっていたとはいえその程度で狼狽える提督でないことは知っていたが、些か高圧的に振る舞っているようにも思える。
否、いつも誰にだって掛けられる圧迫感は変わらない。彼は誰彼構わずそうやって接してきた。それを試練だと、誰もが通る人生という名の道の番人、或いは魔王の様に嬉々として君臨し続けてきた。そうやってその人物の品定めをしているのだ。己の眼鏡に適う者であるかどうかを。
男も異常だった。全身火傷を負っていたにも関わらず、ゆっくりではあるが体を起こし、甘粕の圧力を感じさせることなく周囲に視線を巡らせた。そして、己を見つめ続ける二人の人物を視界に入れた。
「翔鶴。瑞鶴」
「えっ…」
「あ、あたし達の名前…? さっき聞いてたの?」
「いいや。だが知ってる」
じっと、二人を見続けた。
そこで翔鶴は妙な既視感を感じた。確かに目の前の人物とは間違っても一度だって会ったことはない。言葉はおろか、顔だって見たことは無かった筈だ。つまりは初対面の筈である。にも関わらず、だ。そして、その既視感はつい先ほど行われていた海上での戦闘から来るものだった。
思い出す。相当の手練れと思わしきFlagship空母ヲ級に制空権を奪われ、艦隊を指揮していた翔鶴が反転して撤退を判断した瞬間、突如現れた未確認機のことを。
まるで雷が落ちた様だった。一体どんな好戦的な妖精が駆っていたのか、少なくとも自分たちが発艦させた訳ではない艦載機は高い位置から垂直旋回からの宙返りをするや否や、敵の艦載機が陣形を組んで飛んでいる真っ直中に突っ込んだのだ。艦載機の翼を敵爆撃機の尾翼にぶつけて撃墜させたり、背面急降下攻撃で敵機の主翼前方をすり抜ける間に銃撃し撃ち落としたりとハラハラさせるような戦闘だったのは印象深い。そのお陰もあってか敵空母ヲ級の艦載機の指揮系統が崩れ、制空権を文字通りバラバラにされてこれ以上被害を被りたく無いと言わんばかりに撤退を余儀なくされていた。これによって撤退戦での追撃は無くなり、利根や榛名達への被害は小破程度で済んだ。
垂直旋回からの急降下の時。一瞬だけ、微かに操縦者と視線を交えたような気がした。その時の感覚が今になって思い出すのだ。
「貴方は一体……」
消え入りそうな声で、知らず知らずの内に口走っていた。
それは隣にいた瑞鶴にも聞こえなかったようで当然男の耳に届くことはない。だが、他人の動向を察するに長けていた甘粕は咳払いをして場を仕切り直す。
「失礼、私は日本海軍横須賀鎮守府提督を務める甘粕景彦大佐だ。貴官は?」
「……私は」
喉を詰まらせたのか咳き込んだ。まだ火傷による怪我が残っているのだろう、喉が渇いているのだ。翔鶴は気を利かせて棚からコップを取り出し、医務室にある備え付けの水道から汲んだ水を男に渡した。所々血痰が混じるそれを抑えていた手で受け取ると、洗い流す様に飲み込んだ。思わず瑞鶴がドン引きしている。
二杯目を飲んで漸く落ち着いたのか、男は呼吸を整えると三人に向き直った。
「菅野」
男は再び息を吸い、続ける様にこう言った。
「大日本帝国松山海軍航空隊戦闘第三〇一新選組隊長、菅野直大尉だ」
ここに、最後の撃墜王が再来した。
はい、追加した方がいいと思うタグ(あるだろうけど)あったら感想にお願いします