「おうおう、ミユキの姐さん、久しぶりだねぇ!あたしに相談ってなぁ、一体全体どうしたんでい?」
「イナリワンさん…子供のあなたに相談するのも酷な話だと思うんだけれど、あなたはうちのネイチャとも付き合いがあるし、良かったらきいてくれない……?」
「おうっ、どんと来い!」
とある日の昼下がり。公園にいるうら若き……とは言えないものの、まだ若さの残るウマ娘に、べらんめえ口調の小柄なウマ娘が話しかける。どうやら深刻な相談事があって、ミユキと呼ばれたウマ娘がイナリと呼ばれた方のウマ娘を呼び出したらしい。そのミユキが、少々重そうに口を開く。
「うちのネイチャなんだけれど……このところ、少し様子がおかしいの。きっと私がバーの事にかかりっきりで、ネイチャにも手伝いをさせてしまって……それで家族の時間が取れなくて、寂しい思いをさせてしまったせいだと思うのだけど……」
「様子がおかしい?どうおかしいってんだ?」
「口で説明するのは難しいのだけど……友達に『どこにも行かないよね』とか『ずっと一緒だよね』とか言ってるみたいで……」
「何でい何でい、可愛いもんじゃあねえか。ネイチャはああ見えて、意外と寂しがりだからねえ。」
「そうじゃないの、とにかく、どこか変なのよ……イナリさんも、良ければうちに来て会ってみてくれない?」
「ふーむ。ま、ミユキの姐さんからの頼みとあっちゃあ断れねえ。おうとも、イナリワン様にお任せあれってな!」
─*─
数日後、イナリワンはとあるバーにやってきていた。扉を開けば軽快なドアベルの音が鳴り、中にいる小さなウマ娘が顔を上げた。彼女こそが幼少期のナイスネイチャその人である。
「いらっしゃ……イナリお姉ちゃん!」
「おう、久しぶりだねネイチャ。元気してたかい?」
「うん!イナリお姉ちゃんは、今日は何か用事があったの?」
「いんや、ネイチャの様子を見に来たんだ。最近会えてなかったろ?寂しい思いなんてしちゃいないかって、あたしながらに心配してたんだよ。」
「……うん、大丈夫だよ?トモダチもいっぱいいるもん。」
「へえ、そうかい。そいつぁよかった。」
しかしイナリワンは、ナイスネイチャがほんの少し言い淀んだのを聞き逃さなかった。そして同時に、『友達』という時の表情に陰りがあった事も。幸い、今はミユキから買い出しに出ていると聞かされている。イナリワンは、核心に迫ってみることにした。
「時にネイチャ。ミユキの姐さん……お母ちゃんは好きかい?」
「ッ……!す、好き……だよ?急に、どうしたの?」
「嘘だね。本当は寂しくてたまらない。お前さんを放っておいて、いいように使うミユキの姐さんが嫌いで仕方ない。違えかい?」
「そ……れは……」
「親が嫌いになるなんてえのは、別に悪いこっちゃないさ。あたいらウマ娘なら……いや、ウマ娘じゃなくても一度は通る道さね。けどネイチャ、お前さんのは違う。」
「……お姉ちゃんに……お姉ちゃんに何が分かるの!お姉ちゃんだって、ウソついたくせに!」
「嘘?いや、あたしは噓なんて……」
「いつでも呼んでって……呼んでくれたらいつでも来てくれるって、約束したのに!いつになっても来てくれなかった!」
そう言ってイナリワンを睨むナイスネイチャの目には、今にも泣きそうなほどに涙が浮かんで。その瞳は、どんな罵詈雑言を並べ立てるよりも鋭く、イナリワンを刺す。
だがイナリワンはそれを受けてなお、しっかりとナイスネイチャを見据えていた。
「そうかい……そりゃあ確かにあたしの落ち度だ。だったら、きちんとケジメ……埋め合わせってのが、必要だな?」
─*─
「さ、ここがあたしの家さ。お父ちゃんにもお母ちゃんにも、話は通ってる。悪いようにはならねえ筈だよ。ほら、挨拶しな?」
イナリワンがナイスネイチャの許を訪ねてから数週間後。とんとん拍子で両家の面談や意思確認を済ませ、晴れてナイスネイチャはイナリワンの実家に、一時的に世話になる事となったのである。
「な、ナイスネイチャ、です!お世話になります!あの、お掃除もご飯作るのも洗濯も、ある程度はできます!いつでもお手伝いさせてください!」
「おめえさんがナイスネイチャちゃんか。話は聞いてるよ。元気な挨拶だが、あんまり肩肘張らなくてもいいんだぜ。まあ今日から俺とうちのとイナリが家族みたいなもんになるってえ訳だが……別にミユキさんの事を忘れろなんて言うつもりはこれっぽっちもねえ。だから、まあ、その……おい、俺ぁこういうのは苦手なんだよ。何とかしてくれ……」
「はいはい、相変わらずあんたは口下手だねぇ。初めまして、ナイスネイチャちゃん。こんな変なのばっかりの家だけど、気楽にしてくれていいからね?それと、子供の仕事は食べて遊んで、しっかり寝ることだよ。ウチの事なんて気にしなくていいのさ。」
「ま、そういうこった。改めてよろしくな、ネイチャ!」
そうして、ナイスネイチャとイナリワン一家の生活が始まった。
はじめのうちこそ萎縮していたナイスネイチャだったが、時が経つにつれて、イナリワンのようにはっきりとモノを言うようになってきた。
「てやんでえイナリの姉貴!チョコ菓子っつったらタケノコだろーがい、べらぼうめぇ!」
「あんだとネイチャ!チョコ菓子ならキノコに決まってらぁ、スットコドッコイ!」
「おいおい、そんなことで喧嘩すんじゃねえや、みっともねえ。チョコ菓子なら、ポキット一択だろうが。」
「「お父ちゃんは黙ってろ!!」」
「む、ぐ……すまん……」
「娘のケンカに口出すんじゃないよ。無粋なやつだね、お前さんはまったく……」
時にくだらないことで喧嘩しつつも笑い合い、共に大井のトレセンで走る。そんな日がずっと続くと、イナリワンもナイスネイチャも信じて疑っていなかったある日。唐突にそれは訪れた。
「中央のトレーナーがイナリの姉貴をスカウトに来たぁ!?」
「そうなんだよネイチャ。ま、あたしも中央に見初められるほどのウマ娘になってきた、って事かね。でもあたしの心は変わらねえさ。親方と、ネイチャと一緒に!大井ででっけえ花火を打ち上げてやるってえんだ!」
「……そう、かい。そりゃあ嬉しいよ、イナリの姉貴。」
そうして、しばらくの時間が経ったある日の事。
ナイスネイチャは親方の下へと呼び出されていた。敬愛する姉であるイナリワンを、何の禍根も残さずに送り出すために。
─*─
一か月ほどして模擬レースが組まれ、イナリワンとナイスネイチャを含む8人のウマ娘がゲートに入り───飛び出す。
紫シュシュのウマ娘を先頭に、ナイスネイチャは差し位置、イナリワンは追い込み位置につく。序盤・中盤・終盤と位置取りはさほど変わらず、しかし並みの逃げウマ娘なら失速するような距離で走っていた先頭のウマ娘も落ちてこない。焦ったイナリワンが仕掛けるが、ナイスネイチャは未だ不気味に息をひそめる。
「……ここ!!」
ゴールまで残り数百メートルになった時、ついにナイスネイチャは動いた。バ群から大外に飛び出し、今まで温存していたスタミナを使い切る勢いでスパートをかける。
「ッ、ネイチャ!?おめえいつの間に!?」
「伏兵、参上……ってなあ!おぉぉおぉッ!!」
「私だって、負けるもんかぁぁぁぁっ!!」
「くぅっ……どぉりゃああああああ!!」
激しい競り合いの末に、最初にゴール板を駆け抜けたのはイナリワン。二着は紫シュシュのウマ娘でハナ差、三着はナイスネイチャで、二着とはクビ差に終わった。
親方の説得もあり、中央へ栄転することとなったイナリワン。しかしその瞳は明らかにナイスネイチャをとらえ続けており、踏ん切りがついていないようであった。そこでナイスネイチャは一計を案じる。己が悪役となることを決め、イナリワンに近寄る。
「ね、ネイチャ……?」
「ふんっ!!」
ゴッ、と凄まじい音をさせ、ナイスネイチャのヘッドバットは寸分たがわずイナリワンの額を撃ち抜いた。思ってもいなかった衝撃にたたらを踏みつつも、イナリワンは声を上げる。
「な……何しやがんでえ、バカネイチャ!」
「莫迦はどっちだ、イナリの姉貴!うじうじうだうだ、みっともねえったらありゃしねえ!姉貴が抜けたところで開く穴なんてねえんだ、中央にでもどこにでも行きゃあいいじゃねえか!あたしだって、中等部が終わればトレセン受験するつもりなんだ。それまでせいぜい首洗って待ってろってんだ、こんちくしょう!」
「ネイチャ……わかったよ、まった──」
「ただし。ちょいとでも腑抜けた走りをしてみやがれ。あたしが喰い殺しに行くからな、『イナリワン』。」
「……は、上等でえ。いつでもかかって来な、『ナイスネイチャ』。」
その後、似合わない悪人面にイナリワンが噴き出し。二人で盛大に大笑いしてから、再会を誓って握手をし、数週間もすればイナリワンはトレセン学園へ向かった。イナリワンが出発して二日後にはナイスネイチャも実家へと戻り、こんどこそ中央受験へ向けて特訓するのであった。
─*─
さらに数年が経ち、ナイスネイチャの合格発表の日。
prrrrr……prrrrr……
『はい、テイトヤシマです。』
「もしもし、ヤシマのお母ちゃん。ナイスネイチャだよ。」
『あら、ネイチャちゃん。そういえば、今日はトレセンの合格発表じゃなかったかい?油売ってないで、早く見に行かないとさ。』
「最近はパソコンでも見られんだよ、もう……受かってたよ。これであたしも、イナリの姉貴と同じ土俵に立てるってもんだ。ここまで来られたのも、ヤシマのお母ちゃんとお父ちゃん、あとイナリの姉貴とおふくろのおかげだよ。ありがとう。」
『そうかい……そうかい、良かったねえ。寂しくなるけど、頑張るんだよ。あたしも、ネイチャちゃんのレースは応援に行くからさ。』
「うん。ありがとう、お母ちゃん。お父ちゃんにも、よろしく伝えといとくれよ。」
『もちろんさ。うちの人もきっと喜ぶよ、自慢の娘が二人ともトレセンに行けた、なんてさ。それじゃ、気張りなナイスネイチャ!』
「おうよ!大井だけじゃなく、中央でもデッカい花火を打ち上げてやらあ!」
そう意気込んで、揚々とトレセン学園に入学したナイスネイチャ。選抜レースも突破してトレーナーも見つけ、メイクデビューも快調で上々の滑り出し。若駒Sも三着というまずまずの結果を残した。しかし期待の新星であるトウカイテイオーは堂々の一着入線。実力の差に皐月賞・ダービーを回避し、夏は徹底的に追い込んで、得意距離である菊花賞でのテイオーとのバトルに備えた。けれど当のテイオーは、ダービー後に骨折が発覚。軽度とは言え療養を余儀なくされ、それによって調子を崩したナイスネイチャは表彰台を逃し、四着。そこからは、掲示板には入るもののなかなか勝ちきれない『善戦ウマ娘』としての名を良くも悪くも轟かせ。最初の有馬記念ではテイオーの復活の陰で三着に入線し、そこから高等部を留年しトゥインクルシリーズに残留し続けるも、有馬記念三年連続三着という、名誉なのか不名誉なのかよく分からない記録を樹立。上がりはとっくに迎え、以前と比べると走りのキレも悪くなってきた。
「……トレーナー。ありがとな。」
「いきなりどうした、ナイスネイチャ。まさか……!」
「そう殺気立つんじゃねえよ、尻尾と古傷に響かあ。……あたしも、そろそろ潮時かと思ってさ。次の有馬、あたしのラストランにしようと思うんだ。」
「そう、か。そうか……」
「トレーナーも分かってんだろ?あたしは、もう全盛期ほどの走りはできねえ。そんなら、ダラダラ居座って無粋な真似晒すより、最後の花道すぱっと走り切って引退……なんてえのが、筋ってもんじゃあねえかい?」
「だが君は……ナイスネイチャというウマ娘は、それでいいのか!?」
「いいんだよ。それにな、何も真っつぐ走り続けるだけがウマ娘の華じゃあねえ。後進を育てるってえ輝き方もあらあな。」
「……そうだな。君がそう決めたのなら、俺はいつも通り……いや、いつも以上にサポートするだけだ。」
「ああ、よろしく頼むぜ。ただまあ、ちっとばかしわがままを言えるってえなら……勝ってみたかったね、G1なんて大舞台でよ。」
─*─
迎えた有馬記念当日。善戦ウマ娘で、一定数のファンを持つナイスネイチャの引退レースという事もあり、スタンドにはいつも以上に観客が詰めかけていた。
そんなざわめきも気にすることなく、ナイスネイチャは控室でじっと座っていた。精神統一でもするかのように、かと思えば誰かを待っているかのように。
そこにノックの音が響く。
「……どうぞ。」
「よう、ネイチャ。しみったれた面してねえか見に来てやったぜ。」
「姉貴!なんでここに?」
「莫迦そりゃおめえ、大事な妹の引退レースなんだぞ?見に来ねえなんて道理があるかい。とはいえ、無事之名バなんて言葉もあるからな。いつも通りに走って、無事に帰って来られりゃ万々歳なんだ。それ以上を求めやしねえよ。」
「わあってるよ。無理も無茶もご免被らあ。あたしはあたしの走りをするだけでえ。」
「分かってんならいいんだ。そら、もうすぐ発走だぞ。気張って来やがれ!」
ばしん、とイナリワンに背中を叩かれ、気合を注入されるナイスネイチャ。落ち着いているのに不思議と高鳴る鼓動を抱え、地下バ道へと歩を進める。泣いても笑ってもこれが最後だ。
「やっと後輩に道を譲る気になったかしら、ナイスネイチャ【先輩】?あなたの引退レースなんて関係ない、今日の主役はこのサードアニバーサリ様を置いて他にはいないの。分かったら大人しく後ろに沈んでなさいな。」
「は、好きに言ってろ。最後に一発、ドでかいの打ち上げてやらあ。」
「ちょっとちょっとー、ミスファイアさんも忘れて欲しくないなぁ。一応二番人気なんだからさー。」
ターフに出てからの返しウマでトラッシュトークを繰り広げ、騒がしい空気の中、しかして厳粛に、順番にゲートへと入っていく。フラッグが振られ、ファンファーレが鳴り響き──ゲートが開いた。
『さあ始まりました有馬記念!ややばらついたスタートになりましたがグラスホッパーが少し出遅れか!ここで早くも思い切っていったサードアニバーサリは一番人気の菊花賞ウマ娘!あの時の大逃げを今日も見せてくれるのか!その後ろミスファイアは二番人気、桜花賞とオークスを制したダブルティアラの威光は今日も健在か!4コーナーを回って隊列が出来上がりつつありますが、三番人気のグラスホッパーは最後尾追い込みの位置で息をひそめています!そして今日が引退レースとなるナイスネイチャ、ナイスネイチャは後ろから四番目の位置!ここで不気味に足を溜めている!中山に響き渡るは夢か期待か、はたまた希望の産声か!16人のウマ娘が1コーナーから2コーナーへと飛び込んでいく!戦闘は依然サードアニバーサリ、しかしミスファイアも、今か今かとじりじりと距離を詰めています!』
向こう正面に突入し、ここから仕掛け始めるウマ娘も出てくる。最後方にいたはずのグラスホッパーに並ばれて焦った差しウマ娘が速すぎる仕掛けを行い、それに触発されてパニックになったかのように次から次へと仕掛けだす。最早作戦などあって無いようなもの、てんやわんやで上を下への大騒ぎになってしまった。しかしそんな中でもナイスネイチャはどこ吹く風、自分のペースをしっかり守りながら走る。
「くっそ、走りづらい……!」
「ホッパーにやられた、クソ!でもこのまま走ってれば負けは無いわ、焦らないで、落ち着くのよサードアニバーサリ……!」
「調子は上々、安定感も火消の梯子登りが如し。快走かな、快走かな!ここだ!」
『さあ第4コーナーを抜けておっとここでナイスネイチャが仕掛けた!ナイスネイチャが仕掛けたぞ!バ群から大外に飛び出して速い速い!こんな余力を残していたというのか!しかしグラスホッパーも追い縋る!サードアニバーサリとミスファイア、そしてナイスネイチャが横一線に並んだ残り300!』
「数世代前の居残り組が……舐めんなぁぁぁぁ!!」
「私の事も、忘れてもらっちゃ困るな!行けぇぇぇ!!」
「今日こそは、今度こそは、きっと、その先へ…!老頭児の意地、見さらせやぁぁぁぁぁ!!」
『ミスファイアは少し厳しいか!サードアニバーサリか、ナイスネイチャか!ほぼ横一線、いやネイチャだ!ナイスネイチャだ!ナイスネイチャが前に立った!ナイスネイチャが半身前だ!サードアニバーサリも届くか!』
そしてナイスネイチャの五感から音が消え、色が消え、そしてほとんどの景色が消え。真っ白な中をただ走る。けれど残酷なまでに赤いゴール板だけはしっかりと捉えることができ、瞬く間にはるか後方へと飛んでいく。客席が爆発したかのような歓声が沸き、急速にナイスネイチャの感覚は復帰していった。
『一着はナイスネイチャ!一着はナイスネイチャ!もう名脇役とは言わせない!ナイスネイチャよ聞こえるか!この歓声が聞こえるか!冬の中山、勝ったのはナイスネイチャです!!二着は半バ身差でサードアニバーサリ、三着はハナ差でミスファイアとグラスホッパーの写真判定!』
─*─
その日のウイニングライブは、あまりにも三着を取りすぎてところどころ振り付けを間違えるナイスネイチャを、後輩のミスファイアとサードアニバーサリがフォローする……という珍しくも微笑ましい絵面となった。
そしてライブ後のインタビュー。
「週刊ジャパンレースの浦河です。まずは一着おめでとうございます、ナイスネイチャさん。今の気持ちを伝えるなら、どなたに伝えたいですか?」
「ありがとうございます。まずは、あたしをここまで導いてくれたトレーナーと、ここまで育ててくれたおふくろ、じゃない、母に感謝を。そして小さい頃、絶望のどん底から救い上げてくれた自慢の姉、イナリワンとそのご家族にも、心からの謝罪と、そして同じく感謝を。」
「謝罪、ですか?」
「はい。特に姉には、無理をせずあたしの走りをして、無事に帰って来いと言われていました。ですがそれでは勝てないと思い、あたしは最終直線で無理をして、少し足を痛めてしまいました。歩行等の日常生活には問題ありませんので、ご安心ください。」
「おうおうおうおう、ちょーっと待てぇい!」
「げ、姉貴!?」
ざわめく取材陣を押しのけ、現れたのは誰あろうイナリワンだ。怒り四割心配五割、喜びが一割と言うような複雑な表情を浮かべつつも、ずかずかと歩いてナイスネイチャの前に仁王立ちする。
「そういうのはしっかりあたしの目ん玉見て言いやがれこのスットコドッコイ!人の忠告無視しといて、なあにが「ご安心ください」でえべらぼうめ!」
「しょうがねえだろ、あたしだって一回ぐらいG1勝ってみてえって思って何が悪いんでえ!」
「悪いに決まってらあこのスカタン!あたしは無事之名バつったんだ、おめえさん無事じゃねえじゃねえか!ったく……」
「あんだよ、あたしは頑張って勝ったってえのに褒める言葉の一つもねえのかい……」
「今から言おうとしてたんだよ、ホントにもう。おめでとう、ネイチャ。お疲れさん。こうやって無茶しちまうのも、あたしそっくりだよ。しかも最後に特大の、ドでけえ花火打ち上げちまいやがって。あたしはこんな妹を持てて幸せもんだ。」
「……ずりいよ、姉貴……ほんと、昔っからさあ……」
「ああもう、泣くねえ泣くねえ!せっかくのハレの舞台が台無しになっちまわあ。長えことよく頑張ったな、ネイチャ。あたしの自慢の妹だ。」
─*─
そして、時は流れ。白無垢と角隠しに身を包んだナイスネイチャと、淡い藤色の着物を身に纏ったイナリワンだけが、控室にいた。
「いんやしかし、まさかネイチャがトレーナーと結婚しちまうとはねえ。ウチにネイチャのトレーナーさんが来たときは何事かと思ったじゃねえかい。」
「なんでえなんでえ、姉貴だってごーこんとかいうやつでいい人とっ捕まえたって言ってたじゃあねえか。」
「うっ……そ、その話はもういいだろ!?せっかくの一張羅、旦那に見せに行ってやんな。あんまり綺麗でぶっ倒れちまうかもしれねえけどな!」
「はいはい、わかったよ……そうだ、姉貴。」
「あ、ちょ、こら!?」
ナイスネイチャが振り返れば、そこにはいつもの粋で鯔背なイナリワンはおらず。妹の結婚式で今にも泣きだしてしまいそうな、とても大切でたった一人だけの姉がいた。
「泣きすぎでい、姉貴……ありがとう、ここまであたしを育て上げてくれて。必ず幸せになるから、ドンと構えて見守っててくれな?あたしはこんなに凄いウマ娘の姉貴なんだ、って世界中に言いふらしちまうくらいにさ!」
そう言ってナイスネイチャは、持ち前の花火が咲いたような笑顔を見せたのだった。
~Fin~