任天堂株式会社が1989年に発売したファミリーコンピューター用RPG『MOTHER』の二次創作です。

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エンディングまで、泣くんじゃない。

 山道には岩ばかりがごつごつと目立ち、草木の緑は希薄だった。引きつった大気と乾いた風は標高の高さばかりがその原因ではないのだと、少年は感覚的な部分でそう理解していた。

 ホーリーローリーマウンテンは、まさしく冬枯れの具現する場所だった。

 

 いや、単純に気候のことだけを言うのであれば、一年を通して雪に覆われたスノーマンのほうがずっと寒かった。

 けれど、あの町には人々が当然のように見せる優しさがあり、それがたまらなく暖かかった。

 

 そうした無形の潤いや温もりが、この山からはまったく感じとれない。

 代わりにあるものといえば、決して説明のつかない緊張や焦燥、叫び出したくなるような不安を呼び起こす重圧。

 少年も、彼のあとにつづく友人たちも、暗く俯きただ黙々と歩みを進めるだけだった。

 

 何人もの子分を従えていた不良の親分のくせに、自分のことを年下と侮らず対等の男として認めてくれたテディは、今はもうそばにいない。

 巨体を挺して自分たちを守ってくれた、そして自分を必要としてくれていたイヴは、もうこの世のどこにもいない。

 

 少年の気鬱が、いっそうに深まる。

 心が受ける影響は、何かを得たときよりも何かを失った時のほうがその比重がずっと上なのだ。この旅を通して彼はそう学んでいた。

 

 

 

「ねぇ」

 

 友達の顔が無性に見たくなったのは、気持ちが沈んでいたせいだろうか。

 そうして振り向いてしまうと、今度はほとんど反射的にそんな呼びかけを口にしていた。

 

「なぁに?」

 

 少年と同い年の女の娘アナが、なんだかぎこちない語調で聞き返してきた。

 彼らよりひとつ年下のロイドも、目を見開いて注目する。

 困ってしまったのは少年だった。

 別に、何か話題があったわけではないのだ。まったく無意識の呼びかけ。

 もしかしたら、いまこの場所で自分が一人じゃないということを、ただ確かめたかっただけなのかもしれない。

 

「……ごめん、なんでもないんだ」

「……なんでもない? なんでもないことないでしょ? あなた、わざわざ振り向いて、話しかけたんだもの。いま、ねぇ、って。でしょ?」

 

 ほんの少し逡巡して応えた少年に、アナが食って掛かった。

 

「おねがい。なんでもないなんて、言わないで? なんでもいいから、おはなしして?」

 

 寄りかかるように少年のシャツに掴みかかったアナは、まなじりに涙を溜めていた。見ればロイドの表情にも暗いものが差し込んでいる。

 

(そうか。この二人も、きっと僕とおんなじなんだ)

 

 少年がそう思い至るのに、時間はほとんどかからなかった。

 アナとロイドも不安で仕方がないのだ。

 

 大怪我をしたテディ。砕け散ったイヴ。消えてしまったクイーンマリーとマジカント。

 未だに正体の掴めないギーグという存在。

 

 山頂に近づくにつれ否応にも大きくなる、決戦への意識。

『きっと勝てる』などと根拠もなく楽観できるほど、彼らはもう幼くなかった。

 

 

 

「二人とも、この冒険が終わったら、何かしたいことはあるかい?」

 

 少年はつとめて明るく二人にそう尋ねた。今は楽しい話題が必要だと思った。

 するとそれまで黙っていたロイドが、「ぼ、ぼくは」と、すこしつっかえながら応えた。

 

「ぼくは、パパとママにいろんなことを話したいな。ぼくがなにをしたかとか、どこへいったかとか……パパは、きっと僕を褒めてくれると思う。ニヤニヤしながら僕の頭を撫でるんだ」

 

 アナがうん、うんと相槌を打ちながらロイドの話に耳を傾ける。

 

「ママはすごく心配して、もしかしたら『そんな危ないことして』って怒るかもしれない。けどそれもいいなって、なんだか今はそう思うんだ。もちろん、みんなのこともいっぱい話す。二人のことは、真っ先に話す!」

 

 最後は力強くそう言い切って、ロイドは少年とアナにはにかんで見せた。

 出会った頃の気弱で消極的で、でもどこか刺々しいところのあったロイドからは考えられない、頼もしささえ感じとれる優しい笑顔がそこにあった。

 

「あたしはね……」

 

 ほとんどつぶやくように、今度はアナが話し始めた。

 

「おうちに、お気に入りのタオルケットがあるの。幼稚園のときからずっと大好きで、とっても大きいやつなの。お布団みたいに大きいのよ」

 

 両手をふわっと広げて、アナがその大きさをどうにか説明しようと頑張る。

 

「あたしは、安心したいの。全部が終わったら、もうなにも怖いことはない、ギーグなんて人はもうどこにもいないんだって。夜になって電気を消したあと、そのタオルケットに包まって。そうして安心したら、そのまま眠るまで、何度も好きな人の名前をつぶやくの……ひぅ、えぐっ……」

「な、泣くなよ! 泣いちゃダメだ!」

 

 感情が昂り泣きだしそうになったアナを、少年が叱り付けた。

 いま三人のうちの一人でも泣き出してしまえば、それはたちまちのうちに全員に伝染するだろう。

 そうしたら、もう完全に挫けてしまう。

 

 ごめんね、と嗚咽を押さえ込み、アナは無理して笑ってみせた。

 

「と、ところで君は、何かしたいことはないの?」

 

 唐突にロイドが少年に尋ねかけた。やはりこいつは頼りになると、少年は内心で感謝した。

 ただ、その質問に正直に答えることは出来なかった。

 

「……うん。僕も、ロイドとアナと同じかな」

「あら、言いだしっぺの癖に、つまんない」

「そういうなよ。僕が言おうと思ってたことを君たち二人が言っちゃったんだもの、仕方ないじゃないか」

 

 ぎこちない笑顔で茶化してきたアナに、少年は明るくそう言った。

 別に、嘘はついていない。

 

 パパとママには今すぐにでも抱きつきたかったし、同じ顔で笑う二人の妹もひどく懐かしかった。

 お気に入りのタオルケットはないけれど、ベッドに入って物思いにふけるのは、考えただけで優しい気持ちになれる。

 好きな人の名前をつぶやくっていうのも素敵だ。アナがつぶやくのが、僕の名前だったらいいのに……

 

 さまざまな思考が一時に押し寄せる。そしてそのどれもが、ささくれてしまった少年の心に、歳相応の安らぎを呼び戻そうとしてくれた。

 だけど、そのなかで一番大きな事柄についてだけは、今はまだ二人に聞かせるわけにはいかないのだ。

 

 さっき、泣きだしそうになったアナを叱り付けた自分を、少年は思い出す。

 そうだ、すべてが終わったら、思いっきり泣きたい。ロイドやアナがあきれ返るくらいわんわんと声をあげて、みっともなくてもかまいやしない。

 それが、いまの僕の一番の望みだ。

 

 

「さぁ、それじゃぁパパとママとタオルケットのところに帰るために、すべてを終わらせに行こう!」

 

 少年の気合に応じるように、アナとロイドが大きくうなずく。

 そうだ、あとほんの少しで全部が終わるんだ。

 だからもう少しだけ我慢しよう。

 

決着(エンディング)までは、泣くんじゃない)

 

 そう自分に言い聞かせると、少年は、さっきより少しだけ早足に歩きはじめた。


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