屍霊と人間の戦争の中で、退魔士カナエは最愛の後輩であるロクドウを庇い、命を落とした。

 自分自身も屍霊となったカナエは、常人ならば耐えられない無限の飢餓感に苛まれながらも、なお人間としての記憶と理性を保持し続けた。

 全ては、最愛のロクドウと再会する為である。

 それから数百年後、人間、屍霊の血肉を貪り続けた彼女は、最高位の屍霊へと進化を遂げる。

 無限の飢餓感を克服し、人間としての思考力を取り戻した彼女は、極限状態の中で肥大化した愛を成就させるべく、退魔士たちの本拠地へと向かう。

 屍霊に復讐するため、不死の肉体を手に入れた、最強の退魔士ロクドウ。
 
 愛する者と再会するため、神の領域へと足を踏み込んだ、至高の屍霊カナエ。

 彼らは数百年の時を経て再開した。

 契りを交わした男女としてではなく、敵同士として。

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不死身の王と不死者の女皇 【短編版】

「退魔士カナエ」としての人生が終わってから、どれ程の月日が経ったことだろう。屍霊でも涙を流せることを、私は初めて知った。

 

 この日が来てくれたことが、今でも信じられない。

 

「ロクドウ……やっと……会えたんだね……」

 

 致命的な程に破壊され、消えない業火に包まれるこの場所で、私は胸の高まりを抑えられない。退魔軍総司令部……私たちの馴れ初めはここだった。そして今日、ここは私たちの再開の場所となった。青白く変色した指先で、私は目尻に溢れた涙をぬぐった。

 

 ロクドウを前にして、私の胸はときめいた……これは、私の気持ちがあの時から変わっていないことの、何よりの証拠だ。

 

 

 

 

 私の心は勝ったんだ。

 

 

 

 

「ねぇ……私と……また一つになろ? ずぅーっと……ずぅーっと……一緒に生きよう?」

 

 屍霊と人間の幾世紀に及ぶ戦争の中で、私はあの日、屍霊に食い殺され、彼らの同族となった。食欲の奴隷に堕ちたあの日以降、私は文字通りの地獄で這いつくばって生きてきた。人間や屍霊を骨まで貪り食ったとしても、決して言えることのない飢餓感を前に、人間としての理性は幾度も幾度も揺さぶられた。

 

 人間だった頃の記憶は、地べたにこびりつく腐肉を啜る中でいとも簡単にとろけていき、血の滴る生肉が喉奥を伝う感触は、昇天してしまう程に甘美であった。

 

 なんで、屍霊となった人間たちが、皆すべからく獣となってしまうのか、私はその身をもって理解した。屍霊の体で空腹に耐え忍ぶことは、余りにも辛すぎるのだ。

 

 それでも、それでもあなたの忘れ形見があったから、私は耐え抜いた。幾百年の年月を経ても、私はロクドウのことを思い続けた。肉を食べ、貪って、私の肉体が幾度も変異を遂げようと、私は「カナエ」という名前を大切に守り続けてきた。

 

 「帝」の称号を冠する屍霊を幾匹も私の血肉とし、「王」の称号を賜った人間を何人も己の糧とした結果、神に近い超常的な存在に成ったとしても、私はそれに溺れることはなかった。

 

 

 

 

 ロクドウ。あぁ、愛しのロクドウ。

 

 

 

 私は、ずっとあなたを想ってきた。

 

 

 

 

 私は、報われたっていいはずだろう?

 

 

 

 

「目標は屍霊『炎皇のマラカイト』。突撃せよ」

 

 幾百年ぶりに、あなたの声を聴いた。

 

 あなたも変わってしまった。入隊したばかりで、経験も浅く華奢だったあなたはもういない。退魔の術のみならず、科学の力をも用いて、不死の肉体を手に入れたあなたは、今や人類最後の希望だ。

 

 鋼のように練り上げられた、傷だらけの肉体。何百年にも及んだ戦闘経験が詰まった、老練な脳髄。

 

 まさに『不死王』の称号に相応しい。

 

 あなたの眼光は、屍霊への憎悪で濁り切っている。殆どの内臓を失った、自壊寸前の肉体からは、鬼の如き気迫が立ち昇っている。無精ひげにまみれ、古傷を残す顔は、私を前にしても何の感情表現もしてこなかった。

 

「あぁ……」

 

 ロクドウの背後に控えていた兵士たちが、その言葉と共に姿をかき消し、一足飛びに間合いを詰めてくる。男女を問わず、全ての兵士が額に青筋を浮き立たせ、あらゆる武器を私に向けて振りかざす。

 

 憎悪の大津波、怒りの瀑布。非力でか細い復讐の刃が、雨あられと私に降り注いできた。

 

 

 

 

 ……この結末は、わかっていた。サプライズで退魔軍総司令部を訪問することを決めた段階で、これは避けられない結末だと内心覚悟もしていた。

 

 私は屍霊だ。人外だ。数えきれないほどの人間と屍霊を食べ続けたおかげで、今の私は姿形こそ人間であった時と殆ど変わらない。身にまとう衣服だって、退魔軍総司令部へ帰還するのだからと、わざわざ退魔軍の制服と似せた物をあつらえた。

 

 褐色の体色を少しでも人間のそれに近づけようと、久しく忘れていた化粧だってして見せた。髪だって、生前のような黒色に変えるのに、本当に苦労したんだ。この仮装は、我ながらうまくできたと思っている。

 

 

 

 

 ……この努力は全部無駄だと解っている。それでも、どこかで信じていた。全てが私にとって都合のいい結末になることを、私は期待していた。私の幾百年の忍耐が、こうも簡単に否定される現実なんて、直視したいはずがない。

 

 私の中で、何かが「ガコン」と鳴った。悲しいんだか、気持ちいいんだか解らない感情が、急にこみあげる。

 

 じゅるりと、口から涎があふれ出した。

 

「残念だ」

 

 口元を拭った私は、左手で空中をさぁっと横に薙いだ。緑色に煌めく炎の渦が指先から躍り出て、あたかも意思を持っているかのように兵士たちに纏わりつく。太陽を目の前にしているような莫大な熱を、直に浴びて耐えられる人間はロクドウ以外にいない。

 

 屍霊との戦いに備えて、厳重な耐久試験を突破してきた彼らの戦闘服は、いとも簡単に燃え上がり、目の前にいる人間たちを皆一様に火達磨へと変えていく。金属のような実体と質量を持つ、消えない炎。

 

 気圧されるような彼らの怒声が、地獄の苦しみに悶え狂う悲鳴に瞬く間もなく変わっていく。

 

 立ち込める心地良い臭いに刺激され、手近にいる人間たちの肉を、口に収まる限りで私は噛みちぎった。

 

「あぁ……たまらないぃ……」

 

 適度に焼けた肉の極上の味が、私の意識を天国へと導いていく。屍霊としての本能が、私の意志に反して暴走した。

 

 髪も、肌も、服も……人間の振りをするために取り繕ったあらゆる欺瞞が、私の炎によって剥がされていく。腰にまで届く程度に切りそろえた私の髪は、すらりと伸びていき、炎に熱せられて空気と共に空中をバタバタと荒れ狂う中で、まばゆい光沢を放つ銀色へと変わっていく。

 

 バラバラと剥がれ落ちる化粧は、「帝」の名を冠する屍霊たちのような褐色の肌を露わにし、燃え尽きた衣服がボロリと地面に落ちた時には、私は炎のドレスをその身に纏っていた。

 

「はぁあ……ぁぁああ……」

 

 噛めば噛むほどに口の中へあふれ出る肉汁のうま味を前に、私は思わず恍惚とした声を漏らしてしまう。ボリ、ボリと咀嚼する動作が、この上なく幸せな営みに思えてならない。

 

 人間たちは、どんどん私の元へやってくる。火達磨になろうと、肉を食われ、血を啜られようとお構いなく、彼らは私に一矢を報いようと己の武器を振るってくる。

 

 自爆兵たちが生み出す爆風が間断なく私に襲いかかり、幾年に及ぶ鍛錬を経て磨き上げた見事な技巧が、私の肉体に対して振るわれた。

 

 その闘志が熟成する血肉の味は、実に甘美で病みつきにさせられるものであった。

 

 前菜としてはこれ以上何も言うことはない。

 

 文字通り、最高だ。

 

 これほどまでに美味しい料理は、今後千年たっても味わうことは適わないだろう。

 

 最良の食材たちへ手刀を振るい、火をくべ、頬張る中で、私はこれ以上ない至福の時を過ごしていった。

 

 でも、私の楽しみは肉料理。愛する者の尊い血肉だ。

 

 火達磨となった人間たちが何かを察し、激痛のあまり痙攣する手で私の体を掴んでくる。炭となった肉体がボロボロに崩れ落ちようと、彼らはそのことを気にする素振りを見せてこない。

 

 地べたに這いつくばる彼らの最期の抵抗は、私から見れば少し動きにくくなる程度である。

 

 

 

 

 彼らは、それだけ出来ればよかったのだろう。

 

 

 

 

「!! がぁあっ! はぁあ!!」

 

 地べたに這いつくばる彼らに対して憐憫の視線を向けてしまった。だから私は、ロクドウの一撃に気づけなかった。彼が振りかぶった両手斧は、私の右腕を飛ばし、胸へ深々と刃を突き立てる。

 

 野球バットを振るような感覚で、槍のように柄が長い両手斧を彼が振った時、私の体はアスファルト製の壁を何枚も砕きながら後方遥か彼方へと吹き飛ばされていた。

 

 ガラガラと瓦礫が崩れ落ちていく中で、私はにんまりと笑った。彼が、「王」と呼ばれる所以を、これ以上なく明確に私は理解できた。全身に走るこの痛みに比肩する物を最後に味わったのはいつだったろうか。

 

「あぁ!! ロクドォオオオ!! あなたぁ!! さいこぉおおおよぉおおお!」

 

 体中から、炎が舞い上がる。孔雀石のような煌めきを見せる炎が、龍のように私の周囲を跳び、触れる物全てをドロドロと溶かしていく。頭を支配する幸福感に抵抗することなく私は感極まって叫び、ロクドウとの間合いを一足飛びに詰めた。

 

 まだつながっている左腕に炎を纏わせ、私は彼のどてっ腹に拳を叩きこむ。

 

 彼の肉体に、消えない炎が燃え移り、それはみるみる内に彼の全身を覆っていく。

 

「っ……!?」

 

 ロクドウの顔が歪んだ。

 

 蟻一匹通さない程に厳格な警戒網を敷いていたのだろうが、屍霊となって飛躍的に強化された私の身体能力は、彼の予想を大きく上回る物であったのだろう。

 

 これで終わらせるつもりはない。丁度この時、私の右腕が再生した。

 

 新しい右手に握るのは、無数の破魔札。私の指先から離れたそれらは弾丸のような速度でロクドウの肉体を貫き、私がパチンと指を鳴らした瞬間、彼の肉体の中でそれは弾けた。

 

 

 

 

 原型を留めない程に破壊されたロクドウの肉体。

 

 彼の胸はV字型に割け、左腕は千切れかけ、今にも床に落ちそうである。

 

 それでも、彼の右腕は私の首をガッチリと掴んできた。巨木のように太い腕は、血管を浮き立たせ、万力のような力で私を締めあげてくる。

 

 私の体は浮き上がり、首に私の全体重がずっしりとのしかかる。

 

「あぁ……本当に、死なないのね……」

 

 人間だったらとっくの昔に死んでいるはずなのに、腕の力に衰えの兆候は見られない。それどころか、一度破壊されつくした彼の肉体は急速に再生していき、それに連動するかのように彼の握力は強まっていく。

 

 裂けた胸は繋がり、消し飛んだ顔は、まず骨が再生し、筋繊維がまとわりついてきている。再生した目玉はぎょろりと私を覗き込んでいるが、そこには一切の感情がない。

 

 一度は彼の全身を蝕んでいたはずの炎も、燃えた肉が瞬く間にはがれ落ちたせいで、いつの間にか消えてしまっている。

 

 

 

 

 なるほど、これは「不死王」だ。

 

 

 

 

「これで終わりか?」

 

「まさか」

 

 手刀で彼の右手を切り落とした私。両足が地面につくと同時に、私は貫手で彼の胸を貫いた。

 

 心臓を貫く一撃。追い打ちとして、腕から巻き上がる炎で彼の全身を再び炎に包み込む。

 

 これが彼にとっては動きを止める以上の攻撃でしかないことは、もう学習済みだ。

 

 それで十分なのだ。

 

「あなたは覚えているでしょう? 人間だった頃の私、水晶の術が得意だったってこと」

 

 バッと後ろへ距離を取った私が、指鉄砲の構えを取った右手を彼に向けた時、群青色の方陣が私の背後で浮かび上がる。呪言を唱え、体から噴き出す莫大な魔力を陣に注入していくなかで、指先では、青く輝く、ガラスのように透明な火球が浮かび上がり、バチバチとプラズマが爆ぜていく。

 

 何が来るかを何秒も前に察したロクドウもまた、背後に方陣を浮かべ、途方もない鍛錬の中で練り上げた退魔の術を両手斧に込めていた。それでも、私の体から噴き出す魔力に戦慄したのだろうか?

 

 初めて、彼の青ざめた顔を見た。

 

「受けてみて」

 

 雷鳴のような音が轟き、太陽のような熱を帯びた私の水晶が私の指先から射出される。射線上にあるもの全てを抉り取り、音の壁を何十枚と破壊しながら、私の水晶はロクドウの懐に潜り込んだ。

 

 超高温故に、水晶に触れたものは全て蒸発。

 

 

 

 

 あなたは防げる?

 

 

 

 

「うおぉっ……!」

 

 鬨の声とともに、ロクドウの全力が彼の両手斧に込められる。人間離れした彼の膂力によって神速の領域に到達した彼の斧が、私の水晶に叩きつけられ、天が割れるような轟音が私たちの耳をつんざいた。

 

 せめぎ合いは数秒に渡り、やがて水晶と両手斧が互いに砕け散るという形で幕を閉じる。

 

 この時、私は既に第二弾を撃つべく、もう一度指鉄砲の構えを取っていた。唯一の獲物を失った彼も即座に壊れた武器を捨て、右手をがっしりと握りしめて私へ突進する。

 

 アスファルトを踏み割り、床に雷紋のような亀裂を走らせながら、彼は己の魔力を右腕に込めている。

 

 私が至高の一撃を繰り出す前に、致命の一撃を叩きこむ腹積もりなのだろう。

 

 私の背中から炎を帯びた水晶の触手が生え、ロクドウの攻撃線へと割り込んでいく。

 

 物量でもって、彼を足止めするつもりであったが……。

 

「本当に、強くなったね……」

 

 この後の彼の身のこなしは、時間を忘れて見入ってしまいそうになるほどに鮮やかで、未来を予知しているかのようであった。

 

 鋼以上の硬度を誇り、太陽のような熱を発する私の触手たちの猛撃を、彼はその両腕で事も無げに受け流し、拳で砕き割って、足で蹴り砕いて私へと肉薄していく。

 

 時間は殆ど稼げなかった。

 

 最後の砦は、私自身の肉体のみである。

 

「昔は、いつも私が勝っていたけれど……」

 

 敗北の未来が鮮明に見える。

 

 至高の一撃を蓄えている右腕が使えない私に、勝機は殆どない。

 

 それでも、私は興奮の坩堝に今、飲み込まれていた。頬が赤らみ、大きく見開かれた目からは大粒の涙がとめどなく流れ出ていた。

 

 

 

 

 退魔士だった頃は、強くなることを懇願したロクドウと、毎日のように組み手を交わしてきた。

 

 「家族を殺した屍霊への復讐」のため、入院するような大怪我を幾度も負おうと、彼は最強の退魔士だった私との組み手を頑としてやめることはしなかった。

 

 

 

 

 そんな彼のことを、いつしか私は好きになってしまった。

 

 

 

 

「今は、あなたの方が強いわ」

 

 ロクドウの拳から繰り出される、変幻自在の打撃群。

 

 丸太のように太い腕を前に、私の神速の蹴りは弾かれ、左腕による防御は骨ごと破られる。

 

 屍霊ゆえの再生力も、彼の拳速の前では意味をなさない。再生する前に破壊されてしまう。

 

 私はまだ生きている足で、右手に宿る至高の一撃を守り、彼の攻撃をしのぎ切る以外になくなった。

 

 

 

 

 ……血がたぎる。

 

 

 

 

「お前が……衰えたんだよ……」

 

 彼の拳が、私の急所めがけて突進する。

 

 変幻自在、とらえどころのない軌跡を描いて、それは私に消せないダメージを蓄積させていく。攻める機会を私はつかめない。私は彼の攻撃を両足で受け流すだけで精一杯であり、その足もロクドウが繰り出す苛烈な攻撃を前にして悲鳴をあげている。

 

 壊れるまで、そう時間はかからないだろう。

 

 

 

 

 死ぬ。

 

 

 

 

 この言葉が幾度も頭に思い浮かぶ。己の命にナイフを突き立てられているような感覚が、私に悪寒を走らせる。

 

 ロクドウの言う通り。私の格闘能力は、人間だった頃から衰えた。

 

 「炎皇マラカイト」となり、無限の飢餓感を完全に克服したのは、ほんの数か月前のことである。数百年の月日を飢餓の奴隷として生きてしまった。屍霊になることで強化された身体能力に頼っても、この代償を数か月で克服することは、私には出来なかった。

 

 しかしロクドウはどうだろうか?

 

 私が死んだ後も、彼は屍霊たちと戦い続け、己の技術の研鑽を進めてきたはずだ。数百年の間、研鑽を続けてきた彼の力量は、もはや想像すら出来ないレベルにまで到達している。

 

 ここまで凌ぎ切れたことが、奇跡なのだ。

 

「カナエはもういない。あの人は、俺をかばって死んだ」

 

 私の足が、唐突に限界を迎えた。

 

 ロクドウの連撃を受ける中で、細かい亀裂を数多く走らせていた足の骨がついに砕け、私はその場にガクンと崩れ落ちる。

 

 ロクドウに訪れた絶好の好機。彼はそれを決して逃がさない。

 

 マウントを取った彼は、右腕に己の全力を込め、私の胸に照準を合わせる。退魔の術を纏ったその拳は、小惑星のように大きく見え、命のカウントダウンが刻々と迫り来ていることを私に痛感させる。

 

「俺が弱かったから、お前が生まれたんだ」

 

 小惑星のように強大な拳が、私めがけて降り注ぐ。

 

 これが致命の一撃になることは間違いない。

 

 

 

 

 しかし、間に合った。

 

 

 

 

 私は指鉄砲の銃口をロクドウの頭に向ける。指先では、水晶球がプラズマを散らし、発射の瞬間を今か今かと待ちわびている。

 

 正真正銘、私の至高の一撃。私の最後の切り札。

 

「私はカナエよ。怪物になったけれど、自分を見失うことはしなかった」

 

 ロクドウの表情の変化に、この時私は気づいていた。悔恨の思いが、彼の顔から読み取れる。

 

 戦闘の最終段階になり、嫌が応にも過去の記憶が脳裏を流れていく中で、彼は無表情を貫くことを出来なくなっていたようである。

 

「あなたに、何の落ち度もないわ。あなたは最善を尽くした。」

 

 これは本心だ。

 

 「帝」の名を冠した屍霊「ボルナイト」の狡猾な戦略を見抜くことは不可能だった。深手を負った私たちが、彼の軍勢に包囲された段階で、私の運命は決まっていた。

 

 

 

 

 ロクドウ。あなたは何も悪くない。

 

 

 

 

「……カナエ……」

 

 ロクドウの一撃。私の水晶球。両者の全力を込めた技が放たれた時、私の名前をつぶやく彼の声を、私は確かに聞いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ずっと、あなたに言いたかったことがあるの……」

 

 ここまで頭が冴えわたったのは、何時ぶりのことだろうか。これは、私という存在が消失しかかっているからなのだろう。

 

 私の水晶球は、彼の一撃を防げなかった。

 

 彼の拳は、私の攻撃を突破し、私の体を砕き割った。

 

 これは致命傷だ。私の体は再生を諦め、徐々に塵へと変わっていく。

 

「『ボルナイト』と戦う前、あなた……私にプロポーズしてくれたでしょ?」

 

「……」

 

「あの時、あなたがくれた結婚指輪。……これがあったから、私は屍霊になっても『カナエ』であり続けることが出来た」

 

 まだ残っている左手で、私は首元のネックレスを掴む。意のままに動かない左手は、カタカタと震え、そのたびにネックレスに繋がれた指輪が揺れていた。

 

 年月がもたらす風化、幾多の戦闘の中で負った損傷。ロクドウがくれた指輪は既にボロボロで、殆ど原型を留めてはいない。それでも、私にとってその価値が変わることは決してない。

 

 

 

 

 私の、宝物だ。

 

 

 

 

「……ありがとう……」

 

「……」

 

 ロクドウは、放心しているかのように私の傍らで座り込んでいた。肉体の再生は既に終えており、着衣の損傷以外に彼の外観に変化はない。

 

 決着がついて以降、彼はずっと黙り込んでいた。感情の高ぶりを抑えようとする彼の背中は、かすかに震えていた。

 

 その胸の内を推し量る術を、私は持ち合わせていない。

 

「カナエが死んでから、『屍霊の殲滅』以外の全てがどうでもよく思えた」

 

 やがて、耐えきれなくなったロクドウが、言葉を紡ぎ始める。

 

「俺は、捧げられるもの全てを捧げてきた。不死の体を手に入れる中で、内臓がいくつ腐り落ちようと、感情が死んでしまおうと、心底どうでもよかった。屍霊を滅ぼすことが出来れば、それでよかったんだ」

 

「本当に、強かったわ。私の敗北は……必然だった」

 

「俺は怒りが赴くままに戦い続けたよ。『帝』だろうと何だろうと、目の前に現れた屍霊は全て葬ってきた。……お前も例外じゃない。お前はカナエではない。屍霊だ。お前を滅することに、議論の余地など……ない」

 

 なのに……。

 

 そこまで言った彼は、一度言葉を詰まらせる。声が、かすかに上ずっているように聞こえた。

 

「なんで俺は……後悔しているんだ……?」

 

 絞り出されるような、彼の言葉。

 

「ロクドウ……」

 

 あぁ……私は……幸せ者だ……。

 

 こんなにも長い月日が経っても、彼は私のことを、変わらず思い続けてくれた。私のことで、苦しんでくれている。

 

 私という存在が、永遠に消えてしまうことを、彼は恐れてくれている。

 

 

 

 

「これはおまじい」

 

 

 

 

 いてもたってもいられない。消えない痕跡を、私は彼に刻まなければならない。それが、化け物になった私が彼に出来ること。

 

「なっ……」

 

 私は、彼の唇を奪った。

 

 人間だった時から、ずっとしたかったこと。

 

 でも、ずっとできなかったこと。

 

 今際の際になって、ようやく叶えることができた。

 

 

 

 

 ロクドウは、私が起こした行動に反応できなかった。

 

 彼はいとも容易く自分の唇を奪われたことに、最初、激しく動揺していた。感情の起伏が少ないはずの彼は、今その両目を大きく見開き、冷や汗すらも流している。

 

 抵抗しようとしたのか、彼の手が私の胸元を強く推す感触が伝わってきた。

 

 でも、それも最初だけ。彼の両目は次第に涙ぐみ、抵抗も弱まっていく。いつしか、彼は私との接吻を受け入れてくれるようになっていた。

 

 この時だけ、無限に時間が遅くなってくれればいいのに……。信じられない願望が、私の中で芽生えていた。

 

 

 

 

 幸せだった。体が崩れ落ちていく中で、私はこの言葉を噛み締めた。

 

 

 

 

 私は、報われたんだ。

 

 

 

 




 本作品を最後まで読んでいただき、誠に有難うございます。

 気に入って頂けましたら、評価、感想などを頂けますと幸いです。

 本作は、作ったはいいけれど、壮大すぎて放置していたプロットを、内容を纏めた上で、短編として出力させたものです。
 
 いつか、長編版も書いてみたいなと考えております。

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