傷だらけ少女が笑えるまで 作:曇らせのキャスター
スピネルがあの日死んで生まれ変わって再会するifです。
「愛してくれて……ありがとう」
腹部から溢れる血と共に視界がぼやけていく。
刺されて自分の命の終わりを悟ったスピネルは最期に笑った。守れてよかったと思うのに涙が溢れそうになった。もっと一緒にいたかったと想いが死を拒みたくて死ぬ事が怖くて今はとても苦しい。
何よりも大事だと思えた価値ある人生をもう生きられない。家族になれたその先の未来を見る事が出来ない。そして何より、泣き叫ぶ自分の母親を見てきっと心に傷付けてしまうこと。
嫌われてたなら、関心がないままだったなら傷付けずに済んだのかもしれない。でもそれは出来なかった。
この心は、この想いは、この愛は嘘なんかじゃなかったのだから。嘘で取り繕う事が出来ないくらいに……
「私……しあわせだった」
だから、突き放す言葉なんて言えなかった。
守れてよかった。大好きな人が死ななくてよかった。生まれ変わった意味なんて分からないけれど、きっと自分の命よりも大事なものがあった事を知れたから。
泣き叫ぶ声も、抱きしめられた温かさも徐々に遠ざかっていく。まるで海の中に沈んでいくような身体の冷たさを感じ、スピネルは二度目の人生は幕を閉じた。
★
★★★
★★★★★★
二度ある事は三度あると言う言葉を知っていますか?
人生にやり直しは本来なら出来ないもの。
ただ神様は私の事を嫌っているのか好いているのか最早分からなくなってきた。これが三度目の正直というものなのかな。思わず現実逃避をしちゃったな。
あはは……どうしようかなこれ。
「おんぎゃー!」
拝啓お母さんへ。
星野スピネル、この世に現着致しました。しかも籠の中で何処かにポツリと置き去りにされたまま外に捨てられていました。
三つ子から捨て子にジョブチェンジしてしまっていますが元気に泣いています。これは天罰なのでしょうか。教えてください。
その後、私は置き去りにされた場所の施設の中に入った。何処か保育園の先生のようなおっとりした雰囲気のお姉さんが私を抱えられて。ミヤコさんに迷惑かけてたから赤ん坊時代は嫌いなのだが、感情が抑えられずに涙を流してしまった。
「ううっ……」
「あー、よーしよし」
此処は児童養護施設らしく母親が居なかったりする人が暮らす場所で赤ん坊から捨てられたのは私が初めてのようで職員の人がなんか騒いでいた。兄さんが言っていた星野家は転生ガチャSR…だったっけ。家族に関しては二度目の人生以外は最悪という他ないだろう。神様は私の事嫌いなのだろうか。
「………」
今世は私の名前は
そしてもう一つ。
此処は私が死んでから八年後の世界だという事。また転生されるのに時間が飛んでいたようで、私にとっては浦島太郎のような気分だったけど。カレンダーを見てめっちゃ驚いたし、何より……
「(あっ……)」
テレビに映る大女優を見て目を見開いた。
お母さんだ。ドラマの黒幕役をしているお母さんの姿が。
「っ………」
あの頃から姿が全然変わっていない。
美貌は変わらない。まるで時間が経っていないように見えるのに、私には分かる。分かってしまう。その演技から滲み出すような憎悪。笑顔の奥に潜む陰りがそこにはあった。
「(お…母さん…………)」
誰もが目を奪われるような演技。
誰もが騙されるような嘘の中に隠れたその心は私には分かってしまった。ずっと近くで見ていたから。
痛々しくて見ていられないくらいに画面に映るお母さんはとても辛そうに見えた。
私のせいだ。まだきっと忘れられずに立ち直れてもいなかった。
「…ぅ……ぁああ……ああああ」
死んでしまってごめんなさい。
傷付けてしまってごめんなさい。
こんな親不孝な娘でごめんなさい。
私が生まれてこなければなんて……思っちゃいけなかったはずなのに今は涙が止まらなかった。ただ心の中で私は何度も自分を呪っていた。
★★★★★
児童養護施設で育って四年が経った。
お母さんだけじゃない。兄さんや姉さんもテレビに出始めたのを見て何処かほっこりする自分もいれば未だ傷となって笑顔に隠した奥底にある憎しみを感じ取って苦しくなる。
お母さんは天才だった。
知ってたけど天才であの頃より演技の幅が増えて大女優として誇らしいのに今は何処か心が痛い。
兄さんに彼女さんが出来た事を喜ぶ自分もいれば少しモヤモヤして複雑な気分になる自分もいる。姉さんのライブ映像を見て嬉しいと思う反面、本当は近くで見たかったという思いがある。
兄さんも姉さんも十六歳なのに私はまだ四歳。
兄さん達にとってはあの日の事件から十二年も経っているのに、忘れるどころか憎しみが膨らんでいるように見えた。
みんなミサンガを付けていた。
私が作ったミサンガを付けているのを見てるのを見て、忘れていないことだけは伝わった。そこに関しては嬉しい。
ただ……
「っ………」
兄さんは何処か辛そうに思えた。
お母さんの辛い想いを治すことが出来ないから、何処か苦しそうに見えた。兄さんの前世があのお医者さんだったなら、二度も救えなかった自分を嫌っているのかもしれない。
姉さんはキラキラしてた反面で何かを訴えるような強い殺意を宿していた。まるで大切な人が殺されたかのようにミュージックビデオを見て悲しさだけが心に残った。
みんな苦しそうだった。
みんなあの日の事を忘れられないのかもしれない。同じ事があったらきっと私も三人のようになってたかもしれない。お母さんが死んだら。兄さん達を失ったらきっと……
「(会いたい……)」
でも、私には何もできない。
まだ四歳で私は施設の外にはあまり行けない。
我儘を溢したこともないし、あまり迷惑をかけないようにしてるから、養護の人達との諍いはないけれど、アイドルのライブに行きたいという我儘はきっと通らないだろう。
苺プロダクションも今じゃ大手で、電話したところでこの声色では悪戯と切り捨てられて伝言も伝わらない可能性が高い。そもそも携帯持ってないし、電話出来る子機は私の手の届かない場所ばかり。
前世を明かしてもきっと信じてくれないだろう。
星野家では例外が私以外にもあったから信じてくれた部分が多い。あとミヤコさんが優しかったからというのもある。赤ん坊のフリを続けた今の私では明かすのが怖いと思っているから。迷惑をかけて申し訳ない部分は多かったけど。
「どうすれば……」
問題が多過ぎる。
こっそり施設を飛び出してもお金はないし此処は千葉なので東京に行くにはそれなりに遠い。四歳児が行ける場所を遥かに超えている。
でも会えないままなのは辛くて……どうしたらいいんだろ。
正直途方に暮れてる。いっそダメ元で苺プロダクションに夜中あたりに連絡してみたほうが……
「──家族に会いたい?」
「!」
声が聞こえて振り返ると女の子がいた。
鴉が舞っていた。薄ら笑いを浮かべながら此方を見定めるような瞳を向けている事に一瞬だけ身体が強張った。
「まさか本当に生まれ変わるなんて思わなかったなぁ。神様って優しいけど残酷だね」
「……貴女は?」
「神様って言ったら笑う?」
嘘か本当かも分からないその答えに戸惑いを隠せず、いつでも逃げられるように警戒を強めた。不気味で怪しいけれど目の前に居る女の子は私が知りたい情報を知っていそうだったから。
「貴女が私を転生させたの?」
「それは私の意思で起きた事じゃない。ただ家族に対する未練が今の貴女を繋いでいるって言えばいいかな?まさに奇跡と言っていい。普通は砕けて星の海へと還るだけなのに」
死んだら再転生なんて奇跡の所業が二回も行われている。私はそれだけ特殊だったのかはわからないが、想いや後悔からやり直すだけのチャンスをくれたのかもしれない。そこだけは感謝している。環境に対しては別だけど。
「私の意思は変わらないよ。またみんなに会いたい。それだけだよ」
「それで傷付けることになっても?」
「っ……」
恨んでいるとは思わない。
寧ろ忘れないでいてくれるからああなってしまった。憎しみを嘘でひた隠し、望まれた姿で誰もを欺き、いつしか心の底から笑えなくなったお母さんとそれに似て成長してしまった兄さん達を見て、あの日私が死んでしまった事実がきっと幸せを歪めてしまった。
お母さんはそうでも、もしかしたら二人は私を憎んでしまっているかもしれない。二人はお母さんが私以上に大好きだったから、私の死んだ事実がお母さんを歪めてしまったから。
「傷付けてしまうならもう傷付けてる。あんな顔させてる時点でもうとっくにね」
それは私の罪だ。
あの日、死んでしまった私の許されない罪。あの先の幸せを手放して家族のあるべき未来を歪めてしまったから。幸せになろうとするよりも守れなかった事を後悔させる人生を歩ませてしまった事で今の星野家があるなら……
「それでも会いたい。言わなきゃいけないことが沢山あるから」
私はあの人達に伝えたい。
あの日からずっと言えなかった事を、今度こそ。
その言葉に鴉の女の子は笑った。まるで面白いと言わんばかりに近づいて頰を掴まれて瞳を見つめた。ちっちゃくて冷たい手なのに何処か神聖さすら覚えるような感覚に動けずにいた。
「……ふふっ」
「あ……ぇ、な、何?」
「確かに貴女はアイの娘だね。心が綺麗で無垢で真っ白」
髪を優しく撫でられた。
整った顔立ちのせいか此方まで照れそう。魔性というか、その在り方が歪なのにどこか美しいと感じるのは私が歪んでいるからなのだろうか。鴉の一羽が咥えていたチラシが女の子の手に渡り、私の前に差し出された。
「はいこれ」
「……何これ?」
チラシに書かれてた内容をよく見ると、映画のタイトルとそれに……
「子役のオーディション?」
「映画の子役の募集。『十五年の嘘』の星野スピネル役を貴女のお兄さんは探してる」
「!?」
兄さんが……?
じゃあこの作品はもしかして兄さんが絡んでる?
「不気味な子供って印象の子役が居ないから一般オーディションもやってるらしいし、受けてみれば?」
「でも、私演技なんて……」
「何言ってるの?」
鴉が舞う。背を向けた女の子が黒に呑まれていく。
離れていく女の子が何者なのか分からない。どうしてこんなおせっかいをしてくれるのか分からない。どうすればいいか、どうしたらいいかなんて答えてくれない。
けど、笑っていた。
少しだけ慈愛を含んだ笑みを浮かべて私に忠告を口にした。
「星野スピネルが貴女なら誰も貴女以上にはなれない。それだけだよ」
気が付けば女の子は居なくなっていた。
このチャンスを逃したくない。手に残ったオーディションのチラシを握り締めて、私は意を決して施設へと戻った。
★★★★★
星野アクアは焦っていた。
映画『十五年の嘘』はアイとスピネルが主役の作品、カミキヒカルを断罪する為に作られる復讐の作品であるのだが、子役がイメージと全く合わない。スピネルという存在を高望みし過ぎているせいなのもあるが、半端な子役では主役に置いたアイに喰われて終わり。スピネルという存在がおまけとなってしまう為、誰を配役にするべきか悩んでいた。
此処まで来たのに半端な作品になるのは認められない。
けれどスピネルを演じ切るだけの才能の持ち主が見つからない。いっそのことあの疫病神を巻き込むか考えていると
「おい早熟、見つけたぞ」
「何?」
「一般のオーディションで素人だが、主演を推してもいいと思えたスピネル役」
怪訝な顔をして五反田監督を見る。
アイの本質を理解した上で素人を舞台に立たせてもきっと埋もれる。主役を喰う力はスピネルが死んでから更に磨きがかかった。愛を知らないアイが愛を失って芽生えた殺意と感情が今のアイを創り上げた。生半可なキャストでは絶対に目も当てられない。あかねや有馬でさえ、アイと比較出来ない。
「素人がアイについていけるわけないだろ」
「ああ。そう思ったんだが……
「はっ?」
だが、五反田監督はそれを知った上で素人の子を主役に選びたいと告げた。オーディション中に見えた少女の片鱗が、台本の中でしか解釈できなかったスピネルという存在がまさにそこに居た。
素人だ。演技の拙さや表現の仕方を考えれば間違いなく素人。なのに惹かれてしまう魅力が感じてしまった。
「あの子は間違いなくスピネルを演じ切れていた。いや、
「!」
僅かな動揺、そしてその目に嘘はないと知りアクアは何も言えない。スピネルを理解して演技なんてあり得ない。スピネルを知るのはごく一部、その上でニュースにも彼女の訃報は報道されなかった。アクア達やミヤコにしか知らないスピネルの在り方を素人が演じ切ったと信じきれない。
それが出来るのはスピネルを知るものだけだ。
アイと同じく、心の奥底を見せてくれたのは家族と思えてくれた人間だけだ。
「素人をいきなり主役に立たせるのもアレだが、まだ制作までに時間がある。稽古さえつければ間違いなく大成する。ハッキリ言うなら俺はあの子以上のスピネルは見つかんねえと思うくらいに魅せられた」
「……その子の名前は?」
「神谷琥珀。俺は彼女を推薦する」
とりあえずその話はいいだろう。
だが問題は素人がいきなり主演級のものを演じなきゃいけない事だ。稽古しなければ『今日あま』の二の舞になりかねない。
「稽古って、誰がやるんだよ。ララライにぶち込む気か?」
「下手したらそれも必要だが、出来れば早熟お前が教えてやってほしい部分はある。スピネルを知ってる奴が教えた方が役作りには適してる」
納得し、ため息をついた。
確かに役作りにおいてスピネルを知っているものがいなければ、演じる部分の解釈がきっと難しい。子役の子は四歳。アクアやルビーのような前世の記憶があるか、天才子役と謳われた有馬でなければ厳しいものだ。
ワークショップなりして稽古を付けなければいけないのも事実。そしてアクアとしてもこの作品は成功しなければならない為、そこに関しては協力するのは構わないと思っているが、素人を使う事に未だ納得し切れていない。
「俺だって忙しいし、週に何回か撮影で動けねえぞ」
「分かってる。スピネルという役作りにはお前、演技はララライに扱いてもらうのがベストだが……」
「弱音を吐いて逃げ出さなければいいけどな」
「嫌な事言うなよ……先に所属を決めねえと使えねえからな」
実績がない人間をいきなり芸能界にぶち込むのは賭けだ。その上、一般オーディションで所属が決められていない場合は先ずは所属を決めなくてはいけない。今回の場合は素人からでも選出する為、合格した所で実績がない為所属は鏑木などがある程度サポートしても最初は身の丈にあった場所に所属する事になるだろう。苺プロダクションは今じゃ大手。いきなり入るのは無理がある。
「とりあえず会ってみるけど、使えないと思ったら俺は反対するからな」
「ああ、そこは任せる。使いたいと思ったのは俺だが、売れなきゃ意味がねえのも事実だからな」
言質は取った。
先ずは会ってからどうするか考える。五反田監督の言葉を否定し切るよりも見た方が分かりやすい。アクアは予定を確認し、スケジュールを合わせていた。
★★★★★
「コハクちゃん、合格おめでとう!」
「ありがとう先生」
不安ではあったが合格した。
五反田と鏑木が台本を知った上でスピネルの一部を演じるオーディションに於いて、コハク以上にスピネルを演じられるものはいなかったが、本人は内心かなり緊張していた。
オーディションはやった所で出来レースになる事は多々あったりする為、合格の発表を貰った時は膝から力が抜け落ちて安堵していた。連れて行ってくれた先生は大いに喜んだ。赤子の頃から育ててそれなりに愛情があったからか、喜んでくれた事にコハクも嬉しかった。
「いやぁ、まさかコハクちゃんに演技の才能があったとは。珍しく我儘言ってたから嬉しかったけど」
「その……迷惑だと思って」
「子供がそんな事気にしない!他の子に比べたらしっかりしてるんだし、逆に我儘言ってくれなかったから不安だったんだよ?」
「うっ……」
我儘になってもいいという前世の忠告も改善されていない。そういう性分なのだ。身に染み付いた事はどうしても拭えない。ただそのせいで心配されると思うと逆に複雑でもある。迷惑をかけてほしい部分のラインがわからないから踏み込めないのは最早呪いのようだった。
「でもどうして演技?やっぱりアイに憧れてたから?」
「それもあるんですけど、会いたい人が居るんです」
「えっ?誰?」
少しだけ悲しそうな顔をしてコハクは笑う。
「ずっと苦しんでる私の大事な人達です」
先生は首を傾げた。
赤子から今に至るまで成長を見守っていたコハクに何故芸能界にいる人間と繋がりがあるのか。あったとしてもいつ繋がりを持ったのか訳がわからないと頭を悩ませた。
★★★★★
「いよいよか」
鏑木さんから一足先にスピネル役を演じる神谷琥珀に会う。一応俺も今ではそれなりに売れてる役者ではある為、名目上は神谷琥珀に演技指導をするという形ではある。二人が推したいと思ってもこの作品は売れなくては意味がないから素人であろうと厳しく教えるつもりだ。
神谷琥珀があかねのような分析の没入型だとしたら楽ではあるが、素人さが抜け切れていないと監督は言ってたし、正しいスピネルの認識が出来ているのはスピネルを知る俺たちやミヤコさんだけだ。
「入るよ星野くん」
「どうぞ」
ドアをノックして入ってきた鏑木さんと……その横を歩く小さな女の子が入ってきた。
「あっ………」
何処か怯えた様子でこちらを見上げた。
黒髪に琥珀色の瞳、本当に小さくてまるで猫のように見えた。四歳相応の在り方というか、見知らぬ人を怖がるのはある意味普通の反応だ。
「神谷くん、この人が演技指導をしてもらう星野アクアくんだ。前にも言ったが、キャストの中で君はまだあくまで候補だから使うとは限らない。だから存分に学んで自分に価値があると証明してほしい」
「……はい」
「じゃあ一先ず失礼するよ。近くに君の保護者さんもいるから何かあったら星野くんに言ってくれたら直ぐに来てくれるから」
任せたよ、と視線を向けて鏑木さんが退室する。
しかしどうしたものか。緊張のせいか僅かながら怯えている様子だ。一先ず打ち解けなければギスギスした空気のままだ。本当にこの子が使えるのか微妙に思えてきたが。
今ガチで使った最初の外面を使って跪いて視線を合わせた。
「初めまして、星野アクアです。君が噂のコハクちゃんだね」
「……はい」
「緊張しちゃうのも無理はないと思うけど、仲良くして欲しいな」
震えた手を止めてゆっくりと深呼吸していた。
少し俯いて暗そうだったが、顔を上げてみれば涙目だった目尻から涙を拭い、まるで覚悟を決めたような顔をしていた。
「アクアさん」
「ん?どうかしたかい?」
「やっぱり……その口調、似合ってないね」
一瞬の動揺が走った。
外面に騙された様子もなく、少しだけ笑いながら左手を軽く握ってきた。スピネルが作ってくれたミサンガがついた左手を見ながら神谷は悲しそうな顔をしていた。
「そのミサンガ、まだ付けててくれたんだね」
「な、に言って……」
「ごめんね。あの日死んじゃって……」
ポロポロと涙を溢し始めた。
俺は動揺と混乱から何も言えず、外面を維持することもできない。似ている。いや、似ているというにはあまりにも似過ぎてそれが恐ろしく思えた。喉が渇くような感覚だった。声が出ない、身体が動かない、ただ彼女から目を離せない。
「本当にごめん……ずっと苦しませてごめん……」
それは嘘なんかでは流せない涙だった。
そこにいるのは後悔と苦痛に滲んだ表情を浮かべて泣き続ける女の子。赤の他人、初対面、だというのに俺自身が彼女から離れたいと思えなくて、それが何処か答えを導き出していた。
神谷は俺の手を握りながら呟くように口を開いた。
「それでも会えて良かった……兄さん」
光景がフラッシュバックした。
泣き叫ぶアイの横で何も出来ず死なせてしまった妹、己の罪がそこに立っていた。
「お、まえ……スピネル、なのか?」
「……うん」
「嘘、だろ……」
「兄さんも分かってるでしょ。転生はあり得ない話じゃないって兄さんや姉さんならなおさら」
呼吸が苦しい。
重力があべこべに動くようで吐き気がする。あの日に死なせてしまったスピネルの血の温かさすら幻視して口元を抑えた。
「っ……はぁ…はぁッ……!」
「っ、兄さん!?」
気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い。
それが本物だと思う反面、あり得ないという自分がせめぎ合って自分が立っている場所が分からなくなるほど曖昧で、ただ自分が救えなかった罪を口にしていた。
「俺は、僕は君を救えなくて……!」
「兄さん、しっかりして…!?」
「あっ…違う…僕が代わりになれたら……俺が転生した意味も叶えられなくてアイが苦しんでるのに救えなくて、ミヤコさんも離れていくし、俺は…俺は……!」
本物だった。だから許されないと思っていた。
あの日、やっと家族になれたスピネルが殺された傷を癒さず心配かけないとトラウマを完治させないツケが此処で回っていた。
逃げたい。死にたい。この場所から消え去ってなかった事にしたい。もっと苦しめと前世の自分が怨嗟のように纏わりつく光景すら見えてきたその時パァン、と頬を挟む音が聞こえた。
「…ぇ……?」
「深呼吸して落ち着いて」
頰が僅かに痛い。
四歳児の力なんて大した痛みはなかったけど、僅かに焦点が合ってきてゆっくりと琥珀色の瞳が覗き込む光景が見えた。頰に触れる両手の温かさが冷静じゃなかった心を取り戻すようだった。
覗いた瞳には
それが何処か荒んで狂いそうな心を落ち着かせていた。
「大丈夫だから、こっちを見て」
「……ぁ…ああ、……わ、るい……」
「私は、ここに居るから」
俺以上にスピネルは冷静だった。
いや、取り乱した俺を見たから冷静になったのか。情けない話だが、今はそれに救われた。
「ずっと苦しんでたんだね。本当にごめんね」
「なんで、スピネルは悪く……」
「あの日、私が死んで苦しませちゃった事に変わりはないよ」
「違う!スピネルは悪くない!悪いのは刺した犯人とクソみたいな親父のせいで!!」
失言を溢した。
気が付けば口元を抑えた。スピネルは犯人の存在を知らない。また親に殺されたとなれば深く傷付くかもしれないと分かっていながら。
ただスピネルは僅かに動揺しながらもその事実に然程驚いた様子はなかった。もしかしたら分かっていたのかもしれない。刺した犯人に協力者がいるかもしれないという事に。スピネルは幼いが聡い部分が多いからもしかしたら、その可能性に自分で辿り着いてた可能性がある。
「それでも、兄さんにそんな顔させてる私も悪いよ」
「っ、俺が一番悪いよ。お前を救えなくて」
「いいの。死んだ事は後悔してるけど、兄さんを恨んでなんかいないよ」
「でも俺……」
「兄さん」
優しく首に腕を回された。
心臓の音が聞こえる。壊れモノを触るかのようにゆっくりと手を回すと温かくて冷たさをもう感じない。
「ずっと、忘れないでいてくれてありがとう」
スピネルは此処にいる。
その事実に俺は耐え切れず、ただスピネルを力強く抱きしめた。此処にいる。あの日命を取りこぼして失ってしまったスピネルは腕の中にいる。
「ぁ………」
「もう大丈夫だよ」
「あ、ああああああああああああああっ!!!」
俺はみっともなく泣き叫んだ。
十二年前に救えなかった後悔も、父親を殺す為にスピネルの生き様を利用しようとした罪も全部が涙となったこぼれ落ちた。そんな俺の背中をスピネルは優しく撫でた。小さくて回し切れていない手だけれど温かくて命を感じさせるような優しい手つきで泣き終えるまでずっと撫でていた。
★★★★★
「ああぁ……、死にてえ」
「縁起でもない事言わない。たかが黒歴史の一つや二つ男の子ならつきものだよ」
「それ
「保護者代わりに付き添ってくれてる私の先生」
僅かに目を見開いた。
神谷琥珀として生きている経緯を話してないので施設に住んでいる事は言っていなかった。それはそれとして妹(四歳)に泣き叫んだせいか顔も目元も全てが真っ赤で死にたいと思っていたが、その事実に思考が吹き飛んだ。
「お前施設にいんのか?」
「あーうん。目が覚めたら施設前に捨てられてた」
「捨てた奴殺す」
「はいはい。私も親が誰かも分からないんだから怒りを立てない」
親も分からない上、探したところで時間の無駄だ。
ただ愛さない親がいるというのは嫌でも理解しているから暴力を振るわれないだけまだマシだとスピネルはきっと思ってる。そんな認識も良くないが親が碌でもない場合、子供が苦しむ事だけは身をもって知ってるわけだし。
「それで?お父さんが犯人かもってのは何となく分かってたけど、ミヤコさんが離れたってのはどういう事?」
「あー、その……スピネルが死んでから一時的に副社長の席を降りてるんだ。仕事はやばかったら手伝ったりしにきてくれるんだけど、それだけショックが大きくてな」
ミヤコさんの現状を知ってるからこそぼかして伝えた。言えるはずがない。スピネルを殺した犯人を殺そうと芸能界を探し回っているだなんて。復讐に走る事を拒んだアイが殺人を犯さないようにと危惧してミヤコさんに犯人を伝えなかったが、自力で探す方向に切り替えて犯人を探している。
首を傾げているが、どうやら何か悟られてしまったせいか俯いていた。
「そっか……本当にごめんね色々と」
「謝んな。お前は何も悪くないから。こうしてまた会えただけ嬉しいしな」
「姉さんや母さんはどんな感じ?」
「さっきまでの俺と同じと認識してくれ」
「………マジ?」
「大マジ」
うわぁ、と軽く引いていた。
スピネルは自分のせいだと分かっているからこそ文句も何も言えなそうだった。頭を痛めた様子で俺達は深くため息をついた。
「ま、まあとりあえずそっちは私に任せて」
「ああ任せる。あと、スピネル」
「?」
復讐心が消えたわけではない。
けど、幸せを望まない生き方はスピネルがきっと苦しんでしまうと分かってしまったから。きっとこの子はアイ達の闇を取り払ってしまうんだろうなと、俺は少しだけ笑った。
右眼に透明な白い星が浮かびながら、スピネルに優しく微笑んだ。
「生きててくれてありがとう。また会えて良かった」
その言葉に泣きそうになる事を堪えながら彼女は笑い返した。それは過去のアイを連想させるような笑顔で、紛う事なきアイの子である証明だった。
「私も、兄さんの事愛してる!」
本当に帰ってきたんだなとしみじみ思う。
その笑顔がその瞳がそれを嘘だと思わせない。愛してるの言葉にとても救われた気分になってしまう。
ああ、君は間違いなく推しの子だよ。
星野スピネル/
転生したと思ったら家族が全員曇っていた何それ地獄?と嘆いた人。テレビに映るアイやアクアを見るたびに曇っていくし、会えないのが辛くて何も出来なかったのが苦しかった。兄にサプライズで会えた時はちょっと怖かった。因みにアクアの彼女候補達のラスボスである。
星野アクア
めっちゃ泣いた人。スピネルを死なせた後悔とアイを止められない自分に嫌悪感を抱きながら生きてきた。幸せになる道を手放そうとする前にある意味ラスボスに出会って闇を祓われた。これからスピネルを養子としてまた一緒に暮らせないかめちゃくちゃ調べる予定。映画の終盤あたりでスピネルの演技を見てトラウマがアイやルビーにバレてめっちゃ怒られる。
五反田監督
スピネルという役がこれ以上ない程の没入に魅せられた男。スピネル本人である為当然と言えば当然だが、コイツは使えると一発で推した。終盤でアイを喰うような演技に思わず絶句する予定。
先生
おっとりとしたお姉さん系の女性。スピネルが我儘を言わない為心配していたが、我儘を言ってくれて嬉しい為、わざわざ千葉から車を出してくれた。めっちゃ善人。
疫病神ちゃん
スピネルの魂が気に入った。時々スピネルに会いにきたりするのをアクア達が嫌気を指すが、スピネルにそんな顔を見せたくないと複雑な心境になるのを愉快とケラケラと笑っている。
課題が終わって久々に曇らせを書きたかったので番外編ではなくIFを書きました。いやめっちゃ久しぶりでキャラの心情とかブレてないか心配だったけど書いてて楽しかったです。IFは原作の十五年が終わってないので続くかは未定です。
良かったら感想評価待ってます。