「夏だ!海だ!」
「照りつける太陽!きらめく波!」
「焼ける砂浜!小麦粉の肌!」
『ひあごー!さまーばけーしょーん!』
「…ってなるはずだったのにー…」
「にーちゃん!なんなのさこれは!」
「仕方ねぇだろ…あと亜美の肌は小麦粉だったんだな…知らなかったよ俺。」
そんなチビ二人のけなしてるんだかふざけてるんだかよく分からない暴言(?)に適当に相槌を打ちながら俺はクーラーボックスをベンチの横に置いた。
簡単に言おう。
765プロin室内プールである。
そもそもは社長の一言だった。
「キミ、海に興味はないかね?」
遊びに行きたいならそう言えよ。
「…あのですね社長、気持ちはわかりますけど…今はみんな忙しい時期ですし、そうそう簡単には…」
律子が苦言を呈する。
そうだそうだ。
もっと言え律子。
「いや、確かに海は無理かもしれん。
だが…近々我が765プロ総出の水泳番組があるはずではなかったかな?」
なんでそんなことは把握してるんだあんた。
「え…ありますけど…」
律子どうしたおい、もっと言えよ。
「ならばその会場を使おうじゃないか!リハーサルとでも称して、なあに、みんなにもリフレッシュは必要だろう?」
この職権乱用ジジ…おっと危ない。
「ん?どうしたのかね?」
「いえ、何も。」
「…確かにそうですね、あの子達にも休養は必要だし…」
「うむうむ、そうだろうそうだろう。
みんなで楽しんでくるといい。」
「はい、わかりまし…え?」
「あの、社長。社長も…ですよね?」
「ん?いやいや、さすがに完全休業するのは体面的にもまずいからねえ、私はここでのんびり書類と向き合っているよ。」
「そ、そんな…いいんですか?」
「うむ、あ、土産話は聞かせてくれよ?」
「…ありがとうございます!それじゃあ、さっそくみんなに伝えますね!」
「うむ、早めに頼むよ。
…ん?君も行かないのかね?」
「…社長…」
「うん?」
「…クソジジイとか言ってすみませんでした」
「…え?ちょ、え?」
そうして今に至る、というわけだ。
ああ、確かにな真美。
俺だって海がよかったぜ?
だが見てみろ真美。
「ちょ、春香!水かけないでよ!」
「ふふふ!甘いねー真!こういうのはやったもん勝ちなんだよ!」
「ふむ…この焼きそば…そおすが素晴らしい塩梅ですね…」
「あ、あのぉ…四条さん…店員さんが冗談にならない顔してるので…そろそろ…」
「こおおおらああああ!!!!!美希いいいい!!!私のメガネ返しなさあああい!!
「あはっ☆寝るときに外すほうが悪いのー!」
………な?
あれを見れただけでも十分。
元は取れると思わないか?
「なあそうだろう?ま─」
「スキありゃー!」
ばしゃーん、と。
それは大きな水の塊がバケツから俺の顔に突撃してきた。
普通に溺れるレベルである。
こいつ人の話途中から聞いてなかったなちくしょう。
そうして、怒りのこもった目で前を見つめてもまとわりつく水飛沫のせいでぼんやりとしかその笑みは確認できなかった。
真美───
お前後で水着無くなっても知らんぞ────
薄れゆく意識の中、復讐を胸にプールに落ちた。
「………………」
どこからか声が聞こえる。
何か心をくすぐられる声だ。
「……………サー、……」
サー?
なんだ福原愛か。
プレイ中のあの掛け声はいまだ健在だということか。
練習に打ち込んで健気なことだ。
「……サー、プロ……」
プロ?
「プロになりたい」ということなのか。
はて、彼女はとうにプロになっているはずだが…
まさか。
タイムスリップしたのか。
彼女がまだプロを夢見て突き進んでいた卓球少女だった頃にタイムスリップしてしまったというのか。
これは一大事である。
「………ロデューサー!プロデューサー!」
むむ?
俺の事か?
重い重い目をこじ開けると、泣きそうになりながら俺に被さって叫ぶ少女がいた。
「プロデューサー!返事してよ!ねえ!」
「…う、ううん…」
「!プロデューサー!」
がしっと胸倉を掴まれ、顔を引き寄せられた。
少女の鼻息が肌を、耳を通して俺に訴えかける。
「プロデューサー!怪我!なかったか!」
「あ、ああ…大丈夫だから…うるさいよ…響」
ん?
響。
とは言ったが。
あれ、こいつこんな格好だったっけ。
俺の知ってる響はこう、髪を後ろでまとめていたはずだ。
だからそこで判断するならこいつは響じゃない。
少なくとも…
…今の髪を下ろしている響は、俺は見たことがなかった。
「よかった!無事なんだな、プロデューサー!」
ぱあっと顔を晴れやかにさせて喜ぶ響の顔と足まであろうかというその艶やかな黒髪がとても対照的に見え、胸の奥でドキッと鳴ったのが分かった。
「ひ、響…顔近い…」
「えっ…あっ…!」
ばっと上から飛び退いた。
ふむ。
もう少し堪能してから指摘するべきだったか。
…いやそんなことより。
「福原愛を知らないか?響。」
「え?し、知ってるけど…」
「ああうん、そりゃそうだよな、忘れてくれ。」
口を滑らせたおかげでさっき俺を呼んでいたのは女子プロ卓球選手ではなく我那覇響だということが確認できた。
怪我の功名だ。
「えっと…真美に水ぶっかけられて落とされて…」
「気絶してたところをみんなで救助した、んだぞ?」
ふむ。
なるほど。
通りでさっきまで窓からの光は明るかったのに今は赤く傾いているわけだ。
「響、みんなは?」
「今更衣室で着替えてるぞ。」
ふむふむ。
なるほどなるほど。
ふざけんな。
なんだと、俺が眠ってしまっていた間にキャッキャウフフが終了しているだと。
あんまりだ。
何がなんでもひどすぎる。
これじゃあ社長にも元より用意する気もなかったが土産話も持っていけないじゃないか。
真美め。
この罪は大きいぞ。
「おい響、真美はどうした。」
「真美は…その…」
ふらふらとした手付きで指差したプールサイドには真っ白な灰が置いてあった。
いや。
真っ白に燃え尽きた真美がベンチで佇んでいた。
「…どうしたんだあいつ。」
「いや…プロデューサーを落として気絶させたあと、律子から散々怒られて…」
それであんなパンチドランカーみたいになるか。
律子恐るべし。
言葉の暴力とはよく言ったものだ。
「今日のみんなで食べに行く焼肉は真美だけ半分って…」
権力の暴力まで使われてんじゃねえか。
「………はあ…」
確かに水着を見損ねげふんみんなの水着が見れなかったのは辛い。
「…プロデューサー、それ変わってなくないか…?」
「うるさい。人の考えを勝手に読むな。」
とにかく、俺が楽しめなかったのは事実だし、それの原因は明らかに双海真美に求めるが道理だろう。
だがあんな各難辛苦乗り越えたであろう少女にそれをするほど俺も鬼じゃない。
「…おーい、真美。」
「…燃え尽きたぜ…真っ白にな…」
「どうせそう言うと思った…ほら、律子に謝りに行くぞ。」
「……え?」
「聞こえなかったのか?さっさと行くぞ。」
「お、怒ってない…の?」
「正直俺も怒鳴り散らしたいが…お前も俺を助けてくれたんだろ?」
「う、うん…」
「それでチャラだ。」
「………!」
ぱあっと顔が明るくなったかと思うといきなり俺の手を掴んで色が付いた少女はこう言った。
「ありがとにーちゃん!そうと決まれば禅は急げだよー!」
「うん、もうそれでいいと思う。」
すると何を慌てることがあったのか響も
「まっ、真美ばっかりずるいぞ!自分も!」
と空いているほうの手をぎゅっと握ってきた。
あ、そういえば。
「なあ響、お前、なんで最後まで残ってたんだ?」
「え、そ、それは……
…ま、真美を一人にするのが心配だっただけだぞ!」
すると俺越しに真美が響ににやつきを浮かべた。
ロクな事言わない顔だ。
「おんやー?にーちゃんが起きないで周りをうろうろうろうろしてたのは誰でしたかなー?」
「み、見てたのか!?」
「あーはいはい、そういうことね…」
「何を察したんだ!?違うからなプロデューサー!真美の言ってることは全部でたらめだからな!」
「ひびきんも隅に置けませんなー♪」
「うぎゃー!だから違うってばー!」
「じゃあ何が違うのか言ってみてくれないか?」
「え?えっと、それは…うぎゃー!」
「おお、出た!ひびきんの二回連続うぎゃー!」
「これは配点高いなー」
「うぎゃー!なんなのさもー!」
「あっはっは、さ、早くみんなに知らせるとするか。」
「ひびきんの二回連続ウルトラCー!」
「そ、そっちなのか!?」
今年の夏は散々だった。
仕事三昧。
海にも行けず、ただの室内プールである。
そこから始まる一夏の恋なんて、もちろんあるわけもなかった。
ただ、この両腕に寄り添う二つの笑顔を見ると──
──そんなことが、ひどく、ひどく小さく見えた。