「あら……まさか、超天才病弱系美少女に公的な会談として下水道が訪れるとは」
外から差し込む日差しと降り注ぐ蛍光灯の光が、本来ならば暗闇の密会であるはずのリオとヒマリの話し合いを明るく照らし出していた。
「……ええ、中央サーバーに追加されていた不自然な生徒、天童アリスについてよ。無論、お互い知ってると思うのだけれど……あれにセミナーとして結論を出したわ」
リオは肩にかかっていた長い黒髪を淡々と背へと運び、車椅子に座っていたヒマリ相手に切り出す。今までは一時的な共闘関係を結び、アリスを観察していたが、リオの脳内には無数に繰り返される滅亡の数々。都市という知識が彼女に焼き付いた人々の死はリオという生徒の義務感を歪ませるには十分過ぎた。
「……セミナーとして結論?それは貴女の意見ではなくて?」
「私はセミナーの長よ、決める裁量を学園から認められているわ。当然……生徒の処遇もね」
ヒマリは少し息を吸って、怒りの混じった目でリオを睨む。
「つまり……在籍は認めないと?」
「……不正に入学し、在学資格を満たさず、我が校の資産を害したのよ。尚且つ、過剰な武装を有し、加害行為も確認できたことから危険な人物と言わざるをえないわ」
リオの背後に控えているトキが静かに、議事録をペンを使って、紙に記していく。
「横領して、あんな都市を作っている貴女が言えたことじゃないですわ」
「横領、その事実は無いわ。少なくとも、都市との戦略的パートナーシップにより貸与された金額ね。どこで知ったかはあえて聞かないけれど、エリドゥはミレニアムの為に作られている場所よ」
事実として、A社とミレニアム間の資金貸与の金額を定めた書類は存在する。だが、そこに実態はない。これはあくまでも、隠れ蓑用の書類だが、確かに資金の流れを担保するもの。コユキの暴走を使って、横領した事実は戦略的パートナーシップという言葉の裏に隠されたのだ。
「都市との戦略的パートナーシップ……下水もここまで来るとこの清涼潔白な天才美少女の私からすれば、それがただの情報隠蔽だとわかりますわ」
「そう、で情報元はもちろんあるのよね?」
ヒマリがありますと、さも当然かのように吐き捨てた。まず、ヒマリはエンジニア部に魔改造された車椅子からプロジェクターを使って、セミナーの機密情報を映し出していく。
「セミナーは確かに都市と戦略的パートナーシップを結んでいる。でも、あの特異現象がブラックマーケットを覆うまで……ミレニアムの電気消費量が一部に集中していた。怪しいと思った、この天才科学者系美少女はそこで探したのですよ……発生源を」
「つまり、セミナーへの違法なハッキングね」
「話を変えないで。地下でこそこそ作っていたエリドゥとやらに無数のフィクサーを雇っていることも確認出来ています」
ヒマリは少し息を吸って、それらを踏まえて平気そうな顔をして立っているリオに対して、言葉を浴びせた。
「……アリスを追い出すのが狙いじゃないのでしょう?……アリスを危険な古代兵器として既にカテゴライズして、もう動こうとしている」
「……その発言は否定しないわ。アリスは後輩などでなく、かといって生命と呼ぶか怪しいもの…………名もなき神々の王女。ダメージコントロールはしないといけないの……無論、貴女は同意しないでしょうけども」
リオの声は何も揺らいでいなかった。躊躇も、慈悲も、感情も、こもっていなかった。単にダメージコントロールと彼女は形容した。
「は?そんなことさせるわけないでしょう!アリスは大切な後輩の一人で、貴女に彼女の進退を決める資格があるものですか!」
「ある。生徒会長は私よ……でも、そうね。例え話をするわ」
ある国に、孤独な王が居た。彼は一人で、王国を統べていたが、毎年毎年悪魔がやってきては、一人の生け贄を要求していった。王は最初は譲歩し、王国の民を差し出していったが、やがて王国は孤独な王だけになった。そして、翌年に悪魔がやってきた。一人を差し出せと。
「孤独な王は孤独である為に一人で、無責任に民を差し出して、やがて王国を破滅へ誘ったわ。私はあの古代兵器の為に、如何なる生け贄を差し出すつもりはない。私は孤独な王のように判断を投げ出すつもりはないもの。生徒会長としての責任に従って、私はミレニアムという王国を守るわ」
「……納得できません!これはミレニアム査問会にて、徹底弾劾します!」
リオはそこでようやく目を閉じて、手元の紙に目を落とした。『特異現象捜査部に対する公的質疑応答』と書かれた紙にはリオ自身はあまり書き込んでいなかった。だが、後ろで控えるトキはすべてを記録していた。リオの発言とヒマリの発言、そして行為。
「いいわ、査問会を開いても良いけれど。でも今日の議事録は査問会の資料とさせて頂く……査問会の開催理由は今回の公的訪問にあるもの」
「っ……リオ!まさか、これを狙って!」
リオは失礼するわと言い残して、退出した。リオはヒマリを見事に罠にかけることに成功した。
査問会の参照の資料になるということは、アリスが古代兵器であり危険、加えて不正入学だとするセミナーの見解の一般公開とヒマリがハッキングを行った証拠がリオを弾劾しようとすると出てくる。公的訪問はセミナーのデータベースをハッキングしようが、紙で残されている以上は意味がなく、消すことができない。それこそ、再びセミナーを襲撃して、その資料を明確に燃やさない限りは。
故に、ヒマリはリオがしてきたことに歯軋りをすることしか出来ない。政治的にリオを弾劾するという手段が事実上無効化され、自爆覚悟でやったとしてもアリスを巻き込む盤面を構築されてしまった。例え、都市との戦略的パートナーシップを責めても連邦生徒会が弱まっている今ではあまり意味がない。
そして、リオはフィクサーを雇っている。つまり、AMASなどへハッキングすることによるリオ陣営の無力化も望めない。ヒマリはリオのあの冷めた目にどこか恐ろしさを感じ、リオがただならぬことをしでかすことをうっすらと感じ取っていた。
「……はい、先生。緊急でミレニアムに来てくださいませんか。アリスが危ないです」
だから、ヒマリは大人を頼るしかなかった。
「……どうだった、リオ」
サオリはエリドゥの壁に寄り掛かりながら、計画の推移を聞いた。
「釘は刺さったわ。これで政治的な心配はいらない。武力衝突による問題解決になると考えられるわ。そこで、電子戦に左右されない貴方たちの役目が来る。名もなき神々の王女を拘束して、ここまで連れてくること」
「理解した。私という存在はキヴォトスの敵とされているが、この段階ではそれすらも意味がなくなる。ただの暴力による解決に依存する以上は彼女らが大義を掲げたところで、現生徒会長か調律者の打倒というレッテルに固定される……そう、誘導された時点で古代兵器を守る意味が薄れることに気付かずにな」
リオは頷いた。話が大きくなればなるほど一般生徒から見たときに目標を錯覚しやすくなる。ヒマリとリオの犬猿の仲は別に秘密ではないからこそ、ミレニアム生は思うはずだ。ああ、ヒマリが遂にリオを弾劾しようとしているのだと。
「……エンケファリンのおかげで、この都市の電力量は賄える。仮にミレニアムの発電所から送電を止められても、エリドゥは動き続けるわ」
「……頼もしいな、ならばあとは調律者の仕事だ」
サオリの指が静かに襟を掴んで、目を閉じて、深く息を吸った。
「……エデン条約以降の表舞台、華やかにせねばなるまいな。それに……都市では、あのような機械は認められない。不純物故に、それに従い動く」
「……契約は忘れないで」
「無論だ」
アリスの命の最後のボタンを押すのはリオだ。そして、彼女は生徒から羽化し、大人となる。なぜなら、こういう事態は大人が責任を取るべきだからだ。
キヴォトスを憂う少女ではなく、決断する大人へ。孤独な王から、孤独でない王へ。
名もなき神々の王女が縛られる玉座は既に完成し、あとはその王女の死刑を執行することを待っている。
「イエス、マム」
先生到着の報を受けて、トキはリオの調律者を案内せよとの命令を聞き届けた。留年までして従い続けた王は、この大人が来てから変わってしまった。トキはあの光景を昨日のように思い出せる。
調律者がリオの頭に手を乗せ、大人になれと誘うあの姿を。だからこそ、背筋が凍るような恐れを抱く。リオの例え話が、現実となって降り注いだからだ。孤独な王たるリオが悪魔に生け贄として自分自身を捧げてしまったのではないか。そんな考えがミレニアムの廊下を歩きながら、駆け巡る。それでも、止まることは出来ない。既に、リオは決定を下し、都市とぼかされているが……A社の戦争に加担し、そこからエネルギーを得ている。
全てが遅かった。連邦生徒会は保守派と改革派で別れ権力闘争に明け暮れ、ゲヘナとトリニティは史上最悪な関係となっている。ミレニアムはアリスという問題によって、今それぞれの陣営に別れて、武力衝突間近。今さら反抗しても何も意味はない。そんな歴史は残酷に流れるものだとトキはようやく気がついた。
「……こちらがゲーム開発部になります」
調律者にそう告げると、メイドのように一歩下がって調律者の横に侍った。調律者はドアを開け、笑顔でゲームをしていた先生とアリスたちを見て、笑みを浮かべて言いはなった。
「もっと楽しいゲームをしようじゃないか」
トキは既にこの調律者の来訪がC&Cにバレていること、ヴェリタスや特異現象捜査部に気付かれていることは知っている。C&Cはセミナーに逆らい急襲し、ヒマリらも対応に動くだろう。それでも、もう遅い。そんな諦観がトキを襲う。表情は変わっていないのに、何故か今酷い顔をしている気がした。
嗚呼、悪魔が、ミレニアムに、悪魔がやってきたのだ。そして、自分もまたその悪魔の仲間だった。ゲーム開発部ひいてはミレニアムを壊しかねない、生け贄のための戦いが始まるのだ。
トキは新規イベント開始ですね!と笑顔で言うアリス、恐れを抱くミドリやモモイ、思わず立ち上がる先生と揺れるロッカー。全てを見て、心の奥底で、悪魔となった自分を思い描いた。
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