あるところに、おじいさんとおばあさんがおったそうな
夜の日のこと。
闇の中にぼんやりと浮かぶオレンジライトに打ちひしがれながら、二人はただ呆然とベッドの上で、快楽ばかりの性交渉に励んでいた。
そしてある日。
昼下がりにおばあさんが川にてお洗濯をしていた頃のこと。
突然の異様な腹痛に襲われたおばあさんは、その異常な痛みに耐えかね、思わずその場に倒れ込んだ。
もしこのまま命が絶えるならば、次に生まれ変わるのなら同じ人間としてこの世に生命を宿したいな等と、どこか己の人生の終焉を達観できる余裕ももちろん無く。
おばあさんは、人口2人のおばあさんとおじいさんだけの狭苦しい村、狭苦しい世界の端っこで激しい腹痛を我慢しながら、力無く泣いた。まるで、生まれたての赤ん坊みたいに。
おじいさんが山の散策を終えて自宅に戻ったのは、もう垢抜けた夕焼け空が広がる、夕方頃だった。
そっとした動作で、柔肌を撫でるようにして優しく引き戸を開けたおじいさんの目に飛び込んだのは、一切の理解を超えた、見覚えがありつつも全く違う世界だった。
「おばあさん、や。この、人の形をしたような、小さく動くものは、何なんだい」
そう小さく呟いたおじいさんの声が、静寂に包まれた狭苦しい室内に、震えてこだました。
「これは、おじいさん。私が産んだのですよ」
と、力無く仰向けに寝転がるおばあさんがそう言っていたような気がした。
赤ちゃんの存在は、確かに2人とも望んていたし、昔より心待ちにもしていた。
だがしかし、どちらも産めない体であったため、出産により赤ちゃんという3人目の家族が増えることは、とうの昔に諦めていた。
というより、赤ちゃんが産まれない前提での暮らし方にすっかり慣れてしまっていた2人にとっては、もはや赤ちゃんは不要な存在だった。
「殺してしまおうじゃないか」
少しも考えようとせずに、あっさりと言い放ったおじいさんの目は、ただ目の前のゴミを極めて義務的に処分しようとする掃除人のようだった。
さすがに人道的に反するとのことで、殺すことはどうにか踏みとどまってほしいと、おじいさんに訴えるおばあさんの目には、涙が見えていた。
老いぼれて肥大化した知恵を絞らせた挙句、おじいさんは、その赤ちゃんの処分の仕方を考え出した。
「何か小さい船に入れて、川に流してしまうのはどうだろうか」
と。
なるほどそうすれば、下流に広がる大きな村の何者かが拾ってくれるはずだ。
おじいさんは早速船を作りに、傍らに見えた小さなトンカチを、骨と皮だけ残った無残な右手でしっかりと握った。
約半日ほどで、2人が産んだ赤ちゃんを乗せる、その小さな船は完成した。
その頃にはもうすっかり夜と朝を超え、頭上には日が輝くお昼頃となっていた。
何事も、生命同士のお別れは儚く悲しい物だが、こればかりは例外にも、感情ばかりを除外した極めて作業的な
お別れだった。
川に船を浮かべ、その船の上へと、たいそう大きな桃を乗せる。
桃の中には、あの赤ちゃんが入っている。
なぜ桃なのかは、流されている途中で赤ちゃんが餓死してしまわないように。
そして、桃を拾った者が刃物で桃を割った時に、そのまま中に入っている赤ちゃんごと殺させてしまうため。
そうすることで、赤ちゃんは第三者による殺人ということになり、わざわざ手を汚さなくても、桃を拾った何者かが勝手に悪者になってくれるからだ。
川の流れは、穏やかなものだった。
どんぶらこ、どんぶらこ、と揺れる船は、遥か遠くまで、消えていったそうだ。