とある時代、人々は新たな資源を求めて宇宙へと飛び出した。
そこで見つけたのはコーラルという麻薬物質、しかしエネルギー問題解決の一助となるそれを巡って世界は大きな戦いに身を投じたのである。
俗にいうルビコン戦線である。
恒星系ルビコン、その第三惑星ルビコン3に生息しているコーラルを求めた国家も企業も、そして戦いを生業とする傭兵をも巻き込んだ地球規模では類を見ない大戦争の勃発である。
だが、それはすぐに収束した。
原因は定かではないが、コーラルの大量燃焼による大火災により銀河系が燃えるという大事件に至ったのである。
こうして発生した、文字通り世界を巻き込むレベルの大火災によって戦争という大火が小火へと変貌したのはなんの皮肉か、だがそれでも人々は一度手に入れた物を手放すことはできなかった。
まるで過去の栄光を掴もうとする亡者のように。
戦争は小火となったが無くなったわけではない。
コーラルを求める者、惑星を封鎖しようとする者、コーラルの主権を握り続けたい者、また麻薬成分を多量に含んだコーラルを何らかの事情で摂取したため身体機能のほぼ全てを失ってしまった独立傭兵なども中にはいた。
いわゆる壁越えというのが一種のステータスになるほど、傭兵にとっても略奪者にとっても厳しい防衛網が引かれていたルビコン3。
とある企業は考えた、過去の遺物と言われた兵器だが存外使えるのではないだろうかと。
スピリット・オブ・マザーウィル、そう呼ばれたのは何世紀前の事か。
現代では鉄くずの山となり、その山も違法業者による略奪で姿を消そうとしていた。
ネクストと呼ばれる人型兵器に代わる主力兵器として建造されたはいいものの、そのネクストによって破壊された巨大兵器。
生存戦略に負けた敗北者などとあざ笑う者もいた。
だが、その巨体はルビコンに置いて優位性があると認められたのである。
製造企業BFF、その後継会社となったRBAには設計図が残っていた。
幸いというべきか、あるいは当時の社員にとっての不幸か、企業が解体されるという最中持ちだせた数少ない遺物である。
宇宙に進出した事で金属などの物資不足は解決した。
もっとも地球は未だに鉄くずの欠片を巡って殺し合いをする日々だが、宇宙に上がれる者達にとっては些事である。
問題はマザー、通称SoMをいかにしてルビコンに送り込むかという事だった。
防空網は隙間なく張り巡らされ、デブリに見せかけようにもデコイと友人操作の両方を用いても成功率は五分。
失敗すればSoMのパーツを失うだけでは済まない。
敵に鹵獲されれば壁越えすら夢幻として消え去ることだろう。
何故ならばSoMは移動要塞、高火力だが様々な欠陥を抱えていたそれも使い方を変えれば立派な要塞となる。
そうなったが最後、壁越えではなく要塞攻略となり手持ちの傭兵も、死にかけの強化人間も、企業が持つ全ての機体も、ありとあらゆる手段をとらなければいけなかった。
結果として私が選んだ方法は宇宙からの狙撃、だが狙いは侵入者排除用の衛星ではない。
製造済みのパーツを頑丈なコンテナで保護して地表へ向けて射出した。
撃ち落とされる前に、地上に落としてしまえばいい。
ただそれだけの事である。
だが言うは易し、打ち出したコンテナは8つだったがその半分が撃墜されてしまった。
残る半分も目標ポイントからずれた位置に落下、回収のためにいらぬところで捨て駒を使う事になってしまい、強化人間の数も徐々に減っていった。
機体はある、破壊された機体の残骸も回収して現地でもパーツを作ろうとしていたからだ。
だが宇宙で製造して送り届ける方が早く、コストも安い。
ならばいっそ使い道のない人間をコーラル漬けにしてしまおう。
こうして強化人間不足は解消された。
敵にばれないように、静かに、しかし怪しまれないように適度な襲撃を仕掛けながらもSoMは着々と完成していった。
ついにお披露目だ。
主砲の命中精度や全体の脆弱性というデメリットを歯牙にもかけぬ圧倒的防衛力、半径100~200㎞は防衛圏という要塞と呼ぶにふさわしい姿を通信で見せられて心酔してしまった。
あぁ、これぞ我らが母か。
そこに住まう者のなんと幸運な事か。
私はすっかりマザーに惚れ込んでしまった。
いや、もしかしたら計画段階で既にほれていたのかもしれない。
だからこそ、無駄な人材を探して、時には無駄を作って、時には拾ってきた浮浪者相手に貴重なコーラルを摂取させることで機能を奪い、ルビコン3を手に入れた暁には多額の金銭と新たな人生を与えるとまで約束したのだ。
無論、そんな約束は守るつもりはない。
どうあっても自ら動くことができないのだ、メンテナンスと偽り機体と切り離して外に放り出してしまえばいい。
あぁ、いっそマザーの艦橋から突き落とすのもいいだろう。
どうせなら自分も死ぬときはマザーに踏みつぶされたいものだ……そんな事を思いながらハッチ解放の指示を出す。
巨体を隠せる場所というのは少ない。
そのために山を一つくりぬいて内部を改造したのだ。
今まで日陰にいた彼女、それを表に出すというのはさながら娘のお披露目とも錯覚するほどの感動である。
「さぁ、マザー。我らの悲願のため、ルビコンを貴女が支配するのだ……」
ぽつりと漏れた言葉を聞きとったのかオペレーターが顔をしかめながらこちらを見てきた。
なんという顔をするのだろうか、次に送り込む人材は彼で決まりだ。
「ハッチ解放完了。スピリット・オブ・マザーウィル起動、目標に向かって進行中です」
「よし、いいぞ! そのまま進め! 全てを蹂躙しながらルビコンを我らの手中に収めるのだ!」
「現地より報告、敵の反撃が激しい模様。しかしそのダメージは軽微、表面装甲を削るのに精いっぱいの様子です」
「はははっ! 流石だ! 主砲で焼き尽くせ!」
「了解、主砲チャージ開始……30%でスタート」
「ほう? いきなり30か?」
「どうやらコジマ粒子とコーラルの相性がいい事が発見されたようです。現場判断で改修した結果エネルギー伝達率が従来のものより60%上昇している模様」
「ふんっ、勝手な事を……」
しかし敬愛すべきマザーの調子が良くなるならばそれはそれでいいだろう。
だが責任は負ってもらうべきだな。
「主砲チャージ100%、いつでも撃てます」
「ならば焼き払え。敵の中央に向けて攻撃だ」
「了解。敵中央への攻撃を命ずる、繰り返す、敵中央への攻撃を命ずる」
無線からはノイズ交じりの音声で承諾の声が聞こえる。
あぁ、望むならば私もあの場でマザーを動かしたい。
だがそれが許されるほど私の階級は低くない。
ハンドラーとしての仕事はそれなりの地位と、莫大な富、そして恵まれた産まれ出なければ許されない。
だからこそ、近頃名を上げている一人のハンドラーを思い出して気分が悪くなる。
「冷血なハンドラー、あのようにはなりたくないものだ」
「敵主力全滅、敵機接近の場面もあったようですが報告の必要もなく撃破した模様」
「さすがだ。ではそのまま砂漠地帯へと移動せよ」
「了解、移動開始。目標地点砂漠地帯、目標地点砂漠地帯」
「ふぅ、これで我々の仕事は一段落というべきか……あとはマザーが全てを終わらせてくれるだろう」
「お疲れさまです。コーヒーを淹れてきますね」
「あぁ、頼んだ」
部下の一人が席を立つ。
気が利く配下に恵まれた私は幸せ者だな。
このままいけば目的遂行も難しくはない。
「っ! SoMに問題発生!」
「なんだと! 何が起こった!」
「これは……採掘用非人型兵器、通称デスワームです!」
「そんなもの踏み潰してしまえ!」
「ダメです! 機動性が足りません! また砲撃も射角がとれず不可能とのこと!」
「猟犬共を出せ!」
「既に出していますが……相手の数が尋常じゃありません!」
「なんだと!」
「レーダー反応100……200……まだ増える! 奴ら地中から攻めてきています!」
「馬鹿な! あの質量だぞ! 足踏みしただけで地中の相手など潰れるだろう!」
マザーのサイズは州をいくつも跨いでなお余りあるサイズだ。
それだけの質量が動くとなればその衝撃だけで周囲の敵、地中だろうと空中だろうと。もちろん地上だろうとダメージは免れない。
「ダメージが通らないギリギリのところを通っている模様……ハンドラー、恐らく司令塔がいると思われます!」
「探せ! あらゆる機能をオフにしてスキャナーの能力を最大にしろ!」
「ですがそれでは防衛能力が失われます!」
「今襲ってきているのはミミズ共だけだ! そちらの司令塔を潰すにはこれしかない!」
「りょ、了解! 聞こえたな各員! スキャンモードで対応しろ! 司令塔を見つけ次第戦闘モードに切り替えて攻撃だ!」
くっ……まさかこのような罠があろうとは。
誰の仕業だ……封鎖機構か? それとも解放軍か?
いや、どうでもいい。
今はマザーを守ることを目的とするべきだ。
「目標発見! 主砲チャージ完了! 撃ちます!」
「やれ!」
「主砲再チャージしながらAC投下、時間稼ぎをさせています」
ふっ、これであのミミズ共も烏合の衆というわけだ。
マザーで踏み潰せないのが残念で仕方ないが……まぁいい。
使い捨てにする予定だった猟犬の使いどころができた。
「目標健在!」
「なんだと! なぜだ!」
「SoMの照準が……いえ、設計図通りの仕様では主砲の命中率は著しく低い模様! 敵集団相手ならば有効打になりうる武装ですが、単独機相手では分が悪いようです!」
「馬鹿な! 無敵のマザーだぞ!」
「マザー、ワームに取りつかれました! ミサイル破損! 主砲破損! ダメージ、心臓部に蓄積……これ以上は持ちません!」
「くっ、艦橋をパージ! 同時に旋回してミミズ共にぶつけてやれ!」
「ダメです! ダメージのせいで動けません! パージもワームに取りつかれフレームが変形、制御を受け付けないとのことです!」
そんな……私の長年の夢が……女神のように舞い降りた希望があのような相手に……。
「デスワーム、SoM内部に侵入……コーラルを散布しています」
「なに? なぜだ……」
「内部にいたスタッフのシグナルロスト……全滅を確認。同時に外で迎撃にあたっていたACも全滅です」
「……自爆だ」
「よろしいので?」
「それしかあるまい。今回の一件、有益な情報を得られた。同時に封鎖機構にも痛手を与えたことで良しとしよう。なにより対人戦ならばマザーは立派に移動要塞として役に立つこと、衛星の迎撃範囲外からの貨物投下に一定以上の効果を見出せたことを土産とすれば上層部も悪い判断はしまい」
「了解……自爆コード転送、自爆まで残り10秒」
あぁ、すまないマザー。
「残り9秒」
私の調査不足だ。
「8秒」
そのせいで君を失ってしまう。
「7」
だが次こそは、貴方をルビコンの神にしてみせる。
「6」
しばらくの辛抱だ。
「5」
私は絶対に戻ってくる。
「4」
もう一度あなたに会うために。
「3」
もう一度あなたを神にするために。
「2」
もう一度、もう一度あなたを愛するために。
「1」
だからそれまで、辛抱してくれ……母よ。
「……自爆コード、拒否されました」
「なんだと!」
「SoMから巨大反応感知……いえ、これは……」
「なんだ! 早くしろ!」
「コジマ粒子とコーラルの反応増大! ワームがマザーを侵食しています!」
「ふざけるな! 神聖なる母を侵すような真似を許すな!」
「ですが防衛手段は残っていません! 自爆機能すら停止させられています!」
「奴らから鹵獲した兵器で狙え! あの目玉のような物体だ!」
「ですがまだテストもしていない平気です! それを宇宙から照射したところでダメージになるとは思えません!」
「うるさい! いいからやるんだ!」
「くっ……チャージ完了と同時に照射します!」
なんてことだ……あの気味が悪いミミズが我らの母を浸食だと?
なんたる冒涜……決して許しはしないぞ!
「照射! ……目標に命中を確認!」
「やったか!」
「……いえ、これは……プライマルアーマーです! こちらの攻撃が防がれました!」
「曲がりなりにも拠点攻略用兵器だぞ! それを防ぐだと!?」
「破損したACからデータを吸いだしている模様! こちらの位置が特定されました!」
「チッ……次は投下開始地点を変えねばならんか……くそっ! 厄介な事になった!」
「ハンドラー! SoMからエネルギー反応です!」
「今度はなんだ!」
「これは……主砲のチャージ? いや、しかし……」
「はっきりしろ!」
「我々に銃口が向けられています! その、チャージ率300%で……周辺宙域丸ごと蒸発する威力です!」
「退避できんのか!」
「無理です! この威力、余波だけでも十分我々を殺せます!」
「くっ! ならばせめてデータを本社へ送れ! それが不可能ならばデータディスクだけでもコンテナに積み込み急ぎ射出を!」
「間に合いません!」
「おのれミミズ共がぁ!」
瞬間、工学モニターに閃光が映った。
意識が途絶えるまで一瞬も無かっただろう。
だが私は確かに感じた。
偉大なる母の主砲によって死ぬ幸福、それを操るのがミミズ共という怒り、それらが入り混じった聖と負の両方の感情を余すことなく、蒸発していくこの身体全てを持って。
【???】
「以上が保護されたログから抽出できた内容です」
「想像以上に使い物にならなかったか……まぁいい、SoMだったか。所詮は旧時代のスクラップだ。データだけ残して記録は破棄しておけ」
「かしこまりました」
「あの男も、やはり使い物にならなかったか……私だ、ハンドラー・ウォルター。貴様に依頼がある。あぁ、そちらの猟犬を使いたい」