「…と、いうのが今回の顛末だった訳だが」
組合の机に肘をつき、コップの水で喉を潤す。
実際の所、こんなに話す事があったか、と言えば無い。
ドラゴンに戻りさえすれば敵に逃げられても死にはしない以上、さしたる相手では無かった。
無かったが苦労したんだぞ、と言っておく事で報酬を引き上げてやろうという魂胆だ。
何故そんな小細工をするのかと言えば、目の前の相手が問題なのだ。
「すみません、私のせいでそんな事に巻き込んで…」
申し訳なさそうに頭を下げるルアナ…こっちは別にいい、そもそも最初から報酬には色をつけてくれると言っていたし、この様子なら約束は履行されるだろう。
問題なのは…
「いやー、そりゃ大変な目にあったねぇ」
隣で平気な顔して笑ってるこの黒豹の獣人の方だ。
「…おいルアナ、謝るのは良いから説明してくれ。
なんで
「それはその…」
「なんだいなんだい、折角病を押して寝床から這い出してきたってのに僕はお邪魔かい? 」
黒豹…組合長はわざとらしくゴホゴホ、と咳をしてみせる。
…あっ、変な事するから本物の咳出てきた、さっきまでのフリとは全然違うエグい音出してる。
「ああっ! 大丈夫ですか!? 」
「だっ…大丈…エブッ! ゲフッ! 」
強がりに失敗してルアナに背中を擦られる組合長…一体何見せられてんだ俺は。
ほどなくして口から血のついた石の欠片を吐き出し、組合長はやっと落ち着いて愛用の安楽椅子にぐったりと身を横たえる。
「…あー、ダメだねまったく、ふざけるもんじゃない」
「で、さっきの話だが、お邪魔かどうかで言ったらまぁ邪魔だな」
「あっ、この流れでそれ言うんだ…血も涙もないね、君」
「おいおい、血液ならさっき流してきた話をしたばっかだろ」
「そーいう物理的な話じゃないのは賢いカール君ならわかるよねー? 」
「賢かったら魔獣狩りなんぞやってる訳ねぇだろ」
「おいおい、君の話だと僕はバカの群れのトップってことになるぜ? 」
「だからそう言ってんだろ? 」
「うーん、辛辣」
何がツボにハマったのか組合長が笑い出し、その笑いが咳に化けて先程と同じ状態になる…コイツ、居ると話進まねぇなぁ…
「やぁ失礼、知ってると思うけどどうしても何かする度にこうなっちゃうからさ」
「俺の方は話が止まる以外は気にならねぇけど…また清掃員に怒られんじゃねぇの? アレ」
指さした先にあるのは先程組合長が吐き出し、机に落ちていた石。
概ね先程と変わらない姿で鎮座しているが、唯一違う部分はこびりついていた血液がすべて石へと変貌している事だ。
…そう、我らが組合長ははぐれコカトリス討伐…通称”死の渡り事件”の時に石化の呪いを受けている。
解呪が効かないほど深く染み付いたそれが、今でも組合長を蝕んでいるのだ。
「あららホントだ、こりゃいけないや」
組合長の指先が石を軽く叩くと、完全にくっついていたはずの石が嘘のようにポロリと取れる。
接合面には木材は勿論、机の塗料すらついていない。
机の方も同様だ、一欠片の石も残っていない。
「相変わらずの腕前だな」
「ははは、これだけが取り柄でね」
「それだけが取り柄の野郎が幻獣討伐に呼ばれる訳無いだろ」
「ソレ、普通の人間が言うならアレだけど、君が言ったらとんでもない自信家みたいな発言だぜー? 」
ヘラヘラと笑っていた組合長がフッと真顔になる。
「今回も使ったね、君は」
「まぁな…アンタにゃ隠しゃしねぇよ」
「そりゃあ嬉しい事言ってくれるねぇ…でも君はちょっと隠さなさ過ぎだ」
そう言った組合長の金色の瞳は怜悧な輝きを帯びていた。
…こりゃいかん、説教モードだ。
「君はさっき、何故僕がここに居るのかについて聞いていたね。
簡単な事さ…この子が停職になったんで、君からの報告を1人で受けられなくなったからだよ。
これからこの話が済んだら王都まで行って再度研修と試験を受けることになってる」
「…ッ!? ホントか? 」
会談が始まってからずっと静かに座っていたルアナに目を向けると、気まずそーに目を逸らされる。
…ホントだなこりゃ。
「あっ! いやでもっ! 無茶振りした私が悪いんです!
カールさんは無茶を聞いてくれただけですから、私の事について気に病むことなんか全然無いんですよっ!
むしろここまでずっと私の無茶を聞いてくれて私としては感謝してると言うか…」
「その通り、この子の行動の責任はこの子にある…君に報酬が問題無く渡るように、騙して行かせた、と嘘の証言をした事も含めてね。
組織人なら感情で動くのではなく、待てと言われたのだから待っておくべきだったんだ、自力で解決できない事柄なら尚更さ」
「はい…その辺はわかってるつもりです…」
「そう、君はわかってる、わかっててもできないからこうなってるんだ…でもね、僕はこうも思うよ」
真面目な時の射抜くような眼光…正直苦手なんだよな、コイツのこういう姿を見るのはいつも面倒な時だ。
「受ける側にも問題がある、ってね。
どうせちょっぴりごねただけですぐに受けたんだろ? まぁどうにもならなくなったら変われば良い、と軽く考えて」
「それはその…アレだ、あの姿は変わってるんじゃなくて戻ってるんだよ、あっちが元々の姿だからな」
「屁理屈言う場面じゃないってわかってるよね? 」
「…おう」
視線の冷たさが増す、下手なことを言うべきでは無かったか…
「とにかくね、この子は君さえしっかりしてれば勝手に動きはしないのさ。
なにせ他の子にそういう話は振らないからね」
「…」
「君がこの子を最初に助けた時、あの時の君は迂闊にもあの姿をこの子に見せてしまった…だからこの子は君ならどんな場所に送ってもきっと無事に帰還してくれると信じている。
そうすると急ぎで危ない案件にこそ君を送ろう、という気持ちが出てきてしまう。
当然だね、発生するかも知れない人的被害が無くなるんだから」
「無くなるのは、アンタだって望む所だろ」
「そりゃそうさ、誰だって人が死ぬとこは見たくない。
でも君を使う場合はちょっとばかし事情が違う。
例えばあらゆる困難な案件に君を起用したとすると、間違いなく人死は減るだろう、短期的にはそれでいいかも知れないね。
でもそうすると君の正体は自ずと割れる、そんな事はただの半巨人にできる事じゃないんだから。
そうなると、どうなる? 」
「…上に目をつけられて兵器として飼われるか、或いは討伐命令が出て上質な素材に早変わりってんだろ?
何回言われたと思ってんだよ、こっちだってわかってら」
「いいや、君はわかってない。
君はイザとなったら腕っ節で全部解決できる気で居るんだ、そうでなきゃもっと慎重に行動するはずだ。
良いかい? 再三言うけどね、君一人がどれだけ強くたって組織を…国を相手にするのは容易な事じゃない。
僕らの手でコカトリスが討たれたように、腕利きが集団で掛かれば1人の圧倒的な強者なんてのは案外脆く崩れてしまう物なのさ。
それにね、仮に君があらゆる攻撃を跳ね除け続け、討伐という手段が取れなくなったとしても、次に彼らは君の関係者を狙う。
僕ら魔獣狩りは良いだろう、所詮は腕一本でやってきたしそれでやっていける人間だ、異国にでも行けばいい。
だが君を拾って育ててくれた門番さん達はどうする、彼らは容易には動けない…容易く人質になっちまう。
そんな迷惑、君だって掛けたくはないだろう? 」
「…まぁな」
有り得る話だ、というのは当然俺にもわかる。
だが、理屈はそうでも俺はやりたい事は勝手にやる、それで何かあるならこちとらドラゴンだ、世界の裏側にだってひとっ飛びで逃げられるし吐息で全部吹っ飛ばすことだってできる。
…ってのがもう驕りって事なんだろうな、こんなんだからゲームの方じゃ死んでんだろう、流石に多少気をつけるか。
「…ふーん、いつになく真面目に聞いてるじゃないか、珍しい事もあるもんだね」
「なんだ? もうちょい反抗しといた方が落ち着くか? 」
「ま、そういうとこも無いとは言わないけど…怒るのって疲れるからさ、聞き分けがいい方がこの病人にとっては助かるかな」
組合長が目を細めて笑うのを後目に、ルアナが口を開く。
「えっと…とにかく、今回の件の報告の記録は取れましたけど…どうします?
変身の事は当然伏せるとして、他はどこまで伏せておきましょうか」
「そうだねぇ…正直神官以外が吸血鬼を殺したって時点でだいぶ注目が集まっちゃうからそこも伏せたいんだけど…だからと言ってぜーんぶ伏せるってなると流石に色々と無理が出るよねぇ」
「そうですね、最悪調査が入ってカールさんの正体も表に出てしまう可能性があります」
目を瞑り、思案するルアナ。
こういう話で俺ができる事は基本無い、任せよう。
「…では、吸血鬼が逃走した事にするのはどうですか? 幸いにもカールさんの話によると通信で手勢を別の吸血鬼に貸し出していた話が出てきます、万全では無い相手を撤退させた程度なら説明できない話ではありませんから」
「逃走はそれはそれでマズイね…もし追跡班が神殿から出されたら明るみに出ちゃうし」
「ええ、そうですね、ですからそこは神殿に話を通しておくんです」
「おいおい、そこに話を通しちまったら結局広まる羽目になっちゃうよ、そこんとこどう考えてんの? 」
「無論、本来のルートで話を通せばそうなりますね…ですが、今は別。
我々は今1つ、この事態を解決できる札を持っています」
少しの間上を向いて思案していた組合長が、ポン、と手を打った。
「…あー、そうか! アレか! いやー、今日のゴタゴタですっかり忘れてたよ」
…アレってなんだ? 神殿と組合になんか接点なんかあったか?
そんな事を考える俺の前に、1つの封筒が差し出された。
これ、俺宛てだな、差出人は…
「…エイルディン・G・ホーリーブレイズ」
「聖石の息子にして、聖石達を除けば最も強力との評判高い神官…彼に直接手紙を出しに行ったバカがどうもウチの組合に居るらしくてね、家は留守だったんで返事がウチに来たんだ。
中身は読んでないんだけど、臭い獣の巣にでも来たみたいな顔した神官見習いが『日時はそっちで決めてくれ、2度も3度も来たくない』とのたまったもんでね、そんな事言われちゃあ概ね内容もわかっちゃうじゃん? 」
なんのかんのと言っている組合長を置いておき、俺は封筒を破って中の手紙を広げた。
実に簡潔な手紙だ、ヤツらしい…まぁ尤も実際に会った事は1度もないのだが。
「”貴殿の手紙を拝見した、神殿にて貴殿との会合を行う事を提案する。追って都合の良い日時を連絡されたし”…ってよ」
「うん、充分だね。
君が何を思って神殿と接触を図ったのか、なんて事は僕の知りたい事でも知るべき事でも無い…けど、1個だけ頼まれて欲しい事がある」
組合長の言葉をルアナが引き継ぐ。
「カールさんが倒した魔獣卿という吸血鬼、それについての顛末をエイルディンさんに説明し、敗走した吸血鬼を彼が倒したという事にしてくれるよう頼んで来て欲しいんです。
引き受けて貰えますか? 」
「おう、そんくらいの事なら何とかして来るぜ…ってか俺の為にする事だしな」
「おっけー、ならこの件はそれでよし、だね。
こっちもできることはしておくから、それはくれぐれも頼んだよ」
「わかってるっての」
そう答えながら、俺の頭は別の事を考えていた。
遂にゲーム本編が始まったのだ、という事を。