「そこの者、止まれ…っと、貴様か」
門を通ろうとした時、守衛─たしかポールって奴だったな─に声をかけられる。
「よう恩人、アンタしっかりやってくれたみたいだな、助かったぜ」
「なんだ貴様疑っていたのか? 私は約束は守る主義だぞ」
「ちげーよ、フツーに礼も言わせてくれんのかお前は。
…ところで今日はお前以外にも守衛が居るみたいだが、もしかして怪しいヤツの手紙なんか取り次いだんで信用が下がったりしたのか? 」
「違う、今日の私の任務は貴様の案内、その間の代わりの者が必要なだけだ。
ほら、さっさと入ってとっとと帰れ」
重い音を立てて門が開き、中に入ったポールが死ぬほど嫌そうな顔で手招きをする。
…まぁ仕方ねぇ、恩人の誘導くらいにゃ静かに従ってやるか。
「はいはい…ところで今の口振りだと何もない時はいつもお前が守衛やってるみてぇに聞こえたが、もしかすっと神殿ってのは人材不足…」
「私にも休日くらいあるわ馬鹿者め。
神官は名誉ある職だ、貴様らのように人材が不足する事など無い」
中庭の噴水の隣を通り、本館とでも言うべき最も大きな建物に入っていく。
土着信仰の宗教施設とは比較にならない規模だ…まぁ単純な勢力の大きさってよりコイツらは吸血鬼を狩るヤツらだから訓練用施設なんかも込みでの広さなんで、みんな仲良く祈りましょうってだけの集団とは必要面積が全然違うってのが大きいんだが。
「クソマジメな回答ありがとよ…お前、こんな軽口ぐらい無視したっていいんだぜ?
所詮は下賎な魔獣狩りが喧嘩吹っかけてるだけなんだからよ」
「問いかけには真摯に誠実に応えるのが礼儀と母に習った身だ」
「なんだよ神がどうとか言いながら結局親の言いつけ守ってるだけなのか? 」
「何を言う、神に仕える身であるからこそ人の忠言を守り、品行を整えるべきなのだ。
貴様こそ無闇に人を煽るなと親に教わってはいないのか? 」
「まず居ねぇんだわ親が、こちとら捨て子でな」
「む、それは悪い事を聞いたな、すまない。
…だが幼子とは1人では生きて行けないものだ、礼儀を教わる機会ぐらいあったのではないか? 」
「あー、親代わりか…」
…よく考えたら子供時代のことなんざ思い出すのも久方振りだな。
うーむ、えーっと…あ。
「思い出したわ、どっちかってぇと煽りは親代わりに仕込まれたんだ。
ケンカする時は怒らせんのが1番だ、怒ればバカになる、バカになりゃやりやすいってな」
「…貴様、拾われる相手を間違えたのでは無いか? 」
露骨に引いた表情、まぁ神殿なんてお綺麗な世界に住んでりゃそんなモン…いや待て、一応アイツ門番だったよな、取り締まる側があんなんなのよく考えたらおかしいわ。
「ケッ、拾われる相手が選べりゃ世話ねーよ…ってか俺がガキの頃にケンカばっかしてたせいで対話が基本煽りになっただけだしな。
それについちゃ親代わりも頭抱えてんだよ」
「…貴様、もう少し改善しようという気は無いのか? 」
「ねェな、そもそも魔獣狩りってのは大抵こんなモンだ」
「己の境遇を言い訳に研鑽を行わないのは愚か者の…」
ガチャリ、と扉が開く音に俺の言葉が遮られ、ドアの影から若い男の声が流れ出す。
「ポール、そこまでにしておけ。
あまり客人に説教などする物じゃない」
「はっ! 申し訳ございません! 」
手本のようなカッチリとした礼を受けながら声の主がゆっくりと姿を現した。
白くてヒラヒラした神官の装束にはささやかな金色の刺繍、位の高い神官である事の印だ。
「まったく、俺に謝ってどうする…ああ、済みませんね客人殿、1度でもポールに接した事があるならわかると思うんですが、色々と頭の固い所がありまして。
不快に思ったなら申し訳無い、基本良い人間なんで許してやって下さい」
低く結んだ空色の髪がふわりと揺れ、澄んだ紅色の目が困ったように細められる。
「俺がンなちっせぇ事気にするようなタマに見えるのか?
ま、それより…」
知らずに口角が上がり、歯列が剥き出される。
…これでもなんだかんだテンションが上がっているのだ、仕方が無いだろう。
なにせコイツは………
「会えて嬉しいぜ、エイルディン。
単なるしょっぺぇ魔獣狩りのイタズラと考えなかったのは流石、って言っとくべきか?
ああ、それから無駄に丁寧な言葉は使わなくていいぜ、こそばゆいだけなんでな」
「貴様ッ! またも呼び捨てに…! 」
「ポール、気持ちは嬉しいが俺は言うほど敬われるべき存在じゃない…敬称なんかむしろ外してもらおうと思ってたから丁度いいくらいだ。
で、口調はそのままで良いらしいから普段通り話させてもらうが…ま、こんな物を見せられて悪戯と判断する人間は無能だろう? 」
エイルディンは懐から1枚の紙を取り出し、こちらに示す。
紙にはこう書かれていた。
”お前が魔力の無い女を拾ったのなら俺に会いに来い、話がある”
見覚えは当然ある、なんせ俺の手紙だからだ。
「魔力の無い女、なんて言葉が何も知らない人間から出るわけが無い。
そんな存在は本来この世に居るはずないんだからな」
「だが、今回に限っては居た…そうだろ? 」
「そうでなければこの忙しいのに態々連絡などしないさ…ま、ここからは長話になる、先に部屋に入ると良い」
ピリリ、と来る感覚。
思わず身構えてみれば、目の前の男の紅色の瞳が、いつの間にか危険な光を帯びていた。
この感じ、おぼえがあると思ったら…どっちか死ぬまでとことんやるって決めた時の魔獣の目だな、まだ敵対すらしてねぇのにどんな眼力だよコイツ。
「おう、望む所だ。
座りもしねぇで長話をする趣味は俺にもねェ」
とはいえここで引くわけにゃいかん、ひとまず誘導に従って部屋に…
「待て、入る前に武器を預かる。
会談の席に武具を持ち込めば、万が一が起こる可能性があるからな」
「その万が一は有り得ねぇと思うが…ま、信じらんねぇのはわかる、ほれ、持っとけ」
背中から斧を降ろして雑に渡すと、ポールが一瞬ぐらりとよろめき、すぐに元の体勢へと戻った。
「へぇ、やるじゃねぇの、大抵落っことすんだがな」
「普通に持ったら落とすような物を何も言わずに渡すな」
「ハッハッハ、そいつァもっともだ」
笑いながら部屋へと入り、辺りを見回す。
神殿らしく質素な部屋だ…照明と装飾のおかげで閉塞感こそ無いが…この部屋、窓が無いな。
俺を疑っていて逃がす気が無いのか、それとも俺の口から第三者に聞かれるとマズイ言葉が出ると思ってるのか、どちらにせよ俺のネタが随分と気になるらしい。
…ま、とはいえ帰る訳にもいかん、となると差し当たっての問題はこっちだな。
「おい、どっちが俺の椅子だ? 」
「どちらでも好きな方に座ると良い」
「そーかい、んじゃ遠慮無く」
適切な距離を取りつつ向かいあわせに置かれた2脚の椅子の片方にどかりと腰掛けて足を組む。
「ほれ、アンタも座れ、話が進まねぇだろうが」
「一応ここはこっち側の本拠なんだがな…ポール、外で聞き耳を立てられたら困るんで、ちょっと見張りを頼むよ」
「ハッ! 」
ポールが扉から出ていく姿を一瞥し、エイルディンもまたもう一方の席に腰掛けた。
…さぁて口八丁は不得手だが、こっからは俺の手でどうにかするしかねぇな。
「手紙を読んだんならわかると思うんで自己紹介はしねェぜ、良いな? 」
「ああ、異論は無い」
「そいつァ結構…んじゃ、早速だが俺はまだるっこしいのが大嫌いなんでな、本題から行かせてもらうぜ。
ザッと纏めりゃ俺の交渉は、お前らの利になる話を1つ持ってきたんで…」
ビッ、と2本指を立てる。
「俺の要求を2つ通せ…ってな内容だ」
「1つで2つ、か…無論重要なのは量ではない、というのは心得ているつもりだが、その”利になる話”とやら、自信があると受け取っても構わないな? 」
「まぁな…もっともコイツをどう活かすかはアンタら次第だ。
単刀直入に言おう、俺は未来を見た、ここから先ひと月程度の間に起こる大事件の未来をな」
エイルディンが少しの間瞑目し…そしてゆっくりと目を開く。
「悪い、笑うところか? 」
「ちっげーよ! だーれがこの状況で小粋なジョークを挟むかこのアホ! 」
緩んでしまった場を、咳払いして仕切り直す。
…まぁここは魔法があっても神がいても未来だけは誰にも見れん世界、ハナから信じられたらむしろ取引相手に選びたくなくなるってもんだ。
そもそもこの話にしたって正確に言えば俺は未来を見たんじゃなくて前世でゲームをやった記憶を思い出しただけだと考えれば、未来を知ってるなんて発言は嘘だとも言える。
「まぁそうだな、自信満々で出してきたのがこんな与太話だ、笑いたくもならァな。
だがよ、どうしたってこの話は信じて貰わなくちゃならねぇ。
だから1つ、俺から提案がある」
「提案…か、聞くだけ聞くとしよう」
よーし、食いついた…食いつくならまぁやりようはあるわな。
「これからお前らに降りかかる出来事を…そうだな、2つ教えてやる。
もしこれが的中したなら、俺が未来を知っている証明になる…もっとも、お前らがこの与太話を信じて対策を取りゃ的中させない事だってできる訳だが…まぁとにかく近い事が起これば良いだろう? 」
「良い…と言いたい所だがな、俺はまだ君の事を信用できない。
魅了は神殿内に入っている時点で無いとしても、もし君が吸血鬼に与する人間でその”2回”とやらの間で我々を嵌めようとしているという可能性もある」
束の間の静寂。
花瓶の花が風でも吹いたかのようにゆらりと揺れる。
「まぁ、言ってしまえば”ただの半巨人が未来を見てなんだかよくわからん事情でコチラに警告をしに来た”という筋書きよりも”魔力の無い女についての情報を与えられた吸血鬼の協力者が我々を罠に嵌めに来た”という筋書きの方が納得がいく、という話だ。
純粋な巨人より寿命の短い半巨人なら、そこのコンプレックスを突いて奴らお得意の永遠の命で釣る事だって容易だしな。
…というのが現状の俺の評価な訳だが、何か覆せる要素はあるか? あってくれた方が俺は嬉しいんだが」
「なるほど、なるほどな…」
思ったより理由がハッキリしてて助かったぜ…それにこの内容なら俺は、今すぐに否定材料が出せる。
「じゃ、まずはお前の誤解から解いとくか…言っとくがコレ、他言無用だぜ? 」
「ッ…!? 」
ガタンッ! という音。
エイルディンが瞬時に椅子を蹴飛ばして立ち上がり、両の手をこちらへと突きつけたのだ。
その手は奇妙なポーズを取っていて、まるで
神器の顕現直前まで1呼吸の間も無し、か…やっぱとんでもねぇなコイツ。
「…失敬、取り乱した」
我に返ったエイルディンが構えを解き、手に宿る光を霧散させる。
「気にすんなよ、急に目の前の相手がこんなモン見してみろ、驚くに決まってんだろ…あ、それはそれとしてもっかい言うが他言無用だからな、俺に断り無く誰かに伝えた瞬間にここを焦土にすると思っとけよ」
笑いながら眼をドラゴンから人の物へと変える。
「笑えない冗談だな…約束しよう、君と敵対するのは骨が折れそうだ…おっと」
苦笑していたエイルディンが小さく声を上げる。
扉がバン! と音を立てて開き、見張りをしていたポールが飛び込んで来たのだ。
「一体何事ですか!? 」
「気にするな、俺が少し冷静さを失っただけだ」
「しかし…」
「大丈夫だ、それとも俺が信じられないか? 」
「いえ、決してそんな事は! 」
「なら戻って見張りを続けてくれ。
この会談、先程までより余程他人に聞かせるわけには行かなくなった」
「ハッ! 」
退出するポールと椅子を戻すエイルディンを眺めつつ、再度口を開く。
「ま、ともかくこれで永遠の寿命なんぞは俺相手の交渉材料にはならんってのがわかったろう? 」
「…たしかに、寿命を全うして死んだドラゴンは存在しない、とすら聞いた事がある。
大抵他者に討伐されるか、或いはその長すぎる寿命に退屈して自ら死を選ぶのだ、と。
そんな存在が寿命で動く事もあるまい…かと言って奴らに提供できる他の対価も、ドラゴンを暴れさせるならともかくこんな小細工に付き合わせる程の価値は無い、か」
「そういう訳だ」
少しの思案の後、エイルディンは口を開いた。
「言い分は理解した、お前の提案に乗ろう」
よっし、食いついたな、やりゃあできるじゃねぇか俺!
…って、この流れだと組合長から貰った司令が微塵も果たせねぇじゃねぇか! 忘れてたわチクショウ!
「交渉成立…と、行きたい所なんだがな、今から伝える情報も大事な交渉材料なんでな、俺からの2つの頼み事のうち、楽な方を引き受ける約束をして貰う」
「話が違うのではないか? 信用ならない君を信用する為の必要な行程…そういう物だった筈だが」
「いやその、難しいこっちゃねェよ、こないだ俺がパルファナ村で魔獣卿って野郎をうっかり仕留めちまって…」
「待て、魔獣卿だと? 」
ドラゴンの眼を見せた時すら若干焦る程度だったエイルディンの表情がピシリ、と固まる。
「お、おう」
「俺や聖石ならともかく、神官ですら無い一般人がうっかりで奴を仕留めた、か。
確かに奴自身、どちらかと言えば直接戦闘より屍魔獣の供給源としての脅威の方が大きくはあったが、それでも上位の吸血鬼だというのにそれを…いや、君ならば有り得る話ではあるが…まあいい、話を続けてくれ」
「おう、んでまぁ俺がドラゴンだってのは一応隠してるんでな、注目が集まるとマズイんだよ。
という訳で、この手柄、引き受けてくんねぇか? それが俺からの頼みってやつだ」
「ふむ…わかった、なんとかしよう」
快諾…”死んだかも定かじゃない強い敵を死亡扱いにしてくれ”なんて内容、もうちょい渋られるかと思ったんだが…まぁいい、話が進むならこっちに困る事は無い、どうせどれだけ疑われても無実だからな。
「よっし、そんじゃ伝えるぜ、まず1つ目だが…これは大した事ねぇ。
お前らは近いうちに例の女を
「部外者が知っていてはいけない情報なんだがな…まぁその通りだ」
「こっちは未来見てんだ、内通者は疑うだけ無駄だぜ。
…あー、とにかく護送中、この街からクランバルに着くまでの間に小規模な襲撃がある、でもってお前らはそこであの女の有用性を知る事になってる」
「有用性…? それは一体…」
「指揮能力の高ささ、俺が戦った訳じゃないんで知らんが、俺の見た未来の中じゃ、お前ら随分戦い易いとか言ってたぜ。
…とにかくこれが1個目だ」
護送中の襲撃、そして初の指揮、まぁゲーム的に言えばチュートリアル戦闘って訳だ。
「で、2つ目、だな。
お前らにとって問題なのはどっちかと言うとこっちだろう」
「ほう、問題とは? 」
「ああ、なにせ次の出来事は、クランバルを守る十二聖石が1人…」
一旦言葉を止める。
さぁて、信じてもらえるかどうか…最悪侮辱扱いで神殿の連中と全面的に敵対してもおかしくねぇんだよな、これ。
内心の揺れを悟られないよう、エイルディンの目を真っ直ぐに見つめ、俺はゆっくりと口を開いた。
「