「…ったく、やらなきゃならん事が多くてかなわねぇぜ」
荷物を担いで道を歩きながら、そんな言葉が口をついて出る。
まぁ仕方あるまい、神殿から帰った後に休む間もなく荷物取って街に来てんだ…ってかそもそも神殿に行ったのもあの吸血鬼と戦って帰ってきてから2日後くらいの事だしな。
とは言え仕事道具の修理は死活問題、何とかしない訳にはいかん。
そんな風に考えながら、俺は”ギダル鍛治工房”という看板のかかった石造りの小屋の前で止まる…ここが目的地だ。
「よう! やってっか? 」
ボロボロの扉をバラバラになりそうな程乱雑に開け、呼びかける。
「やってっから看板掛けてんだろうがクソボケ、目ェ腐ってんのか! 」
小汚い店の奥から即座に飛んでくる罵声。
今日もどうやら元気らしい。
「随分な言い草だなァおい! こっちゃ客だぞ! 」
「なーにが客だ、俺の機嫌損ねてみろ、お前の鎧が修理される事は二度とねぇんだからな! 」
「抜かせジジイ、ンな態度取ってっから魔獣狩り以外ろくに客が来ねぇのを俺が知らんと思ってんのか。
干上がりたくねェならさっさと顔出すんだな」
「チッ…待ってろ、今ちょいと試作品のテストしてんだよ」
「そーいう事がねェように作業時間と接客時間を分けてんじゃなかったのかよ…ってかあの弟子はどーした弟子は」
「ん? ああ、あの小僧なら…」
ドカンッ!
響き渡る爆発音。
奥の扉から黒煙がもうもうと立ち上り、焦げ臭い匂いが辺りに立ちこめる。
…あー、こりゃやったな。
「おーい、大丈夫かー? 」
「あ? これが大丈夫に見えんのか? やっぱ目ェ腐ってんぞお前」
悪態をつきながら煙と共に白い髭を真っ黒に染めて、フラフラと老ドワーフが現れる…ギダルだ。
ギダルは自分が煤まみれなのも構わずに手近な椅子に腰掛けると、これまた近くの箱から酒瓶を1本取って栓を引っこ抜き、逆さまにひっくり返して喉に酒を流し込む。
「おめェのせいだぞカール、人が繊細な作業してるって時にやいのやいのと話しかけやがって。
お陰で工房がめちゃくちゃじゃねぇか…まーた小僧に掃除を頼まにゃならん」
「嘘こけジジイ、お前が他人に声掛けられた程度で手先狂わすタマかよ。
大方また無理のあるモン作ったんだろ? 無理筋の構想でも無駄な技術力で途中まで仕上げちまうからタチが悪ぃんだよお前は」
「だーれが無理な構想してるってんだ? 言っとくがな、俺の理論は間違ってねぇぞ!
単に今安定供給されてるような素材じゃ耐久性が足りんだけだ」
「耐久性が足りねぇのは立派な設計ミスだろうがバカジジイ。
その後始末をしまいにゃ自分の弟子に平気で押付けやがって…恥ずかしくねぇのか? 」
「小僧が俺の技術に惚れ込んで何でもやらせて下さいって言ったんだよ、外野にとやかく言われる筋合いはねェ」
「そーかいそーかい、まァ確かに俺がとやかく言うことじゃあねぇな」
あのガキもこの酒浸りのジジイの何がそんなに気に入ってんだろうなぁ…技術だったわ。
そう、こんな自分で決めた接客時間に作業してるようなクソジジイ─それも待たせた客に文句を言いながら目の前で酒を飲んでいる─だが、腕だけは確かだ。
確かでなければこんな所には来ない…と、思ったがちゃんとした鍛冶屋は中々魔獣狩りを相手にしたりしないので、やっぱりここには来ることになるのかも知れん、コイツがボケないうちに2代目が継いでくれるといいんだが。
「俺はそもそも鎧の修理を頼もうと思ってただけ…ってそーいやお前なんで俺が鎧の修理頼みに来たって知ってんだ? 」
「あー? ンなもんあの猫の嬢ちゃんが代金持ってきて『鎧の修理に来ると思うので先に材料だけでも調達しておいて下さい』って言ってきたからに決まってんだろ?
ほれ、前にも1回あっただろそういう事」
「前に1回あったで察せるかよバカジジイ」
しかしそうか、あのグレートベア討伐の報告、確かに壊れた鎧着たまま行ったからな…それで行動を予測してここに話を通したって訳だな。
余計なお世話…と言うには普通に助かったし、アイツが王都に行く前に礼でも言っとくか。
「ほんで、アイツはいくら置いてったんだ? 」
「聞いてどーすんだよそんな事」
「ンなもんアイツに返すに決まってんだろ。
ほれ、はよ言え」
「あー、んー、ちょっと待てよ? 」
唸りながらギダルは空になった酒瓶をポイッと籠に投げつけ、新しい酒瓶を手近な棚から引き抜いて開ける。
「いやー、わからんな! もうちょい飲んだら思い出すかもしれん! 」
「飲んだらむしろ薄れるだろうがアホンダラ! 」
こっちが止めるのも聞かずに酒瓶をグイッと1度傾けてからクソジジイは再度口を開いた。
「うっせぇな、こちとらドワーフだぞ? 酒飲んでからが本調子に決まってらァな」
「ほーう? そいじゃ適度に酒も入った事だし、俺の言った事もキチンと果たしてくれるんだろうなぁ! 」
「おうとも任しとけ…カンペキに直してやるからさっさと鎧を寄越しな! 」
「思いっきり直近の記憶トんでんじゃねーかボケェ! 」
何が面白いのか爆笑するギダル。
コイツ、1回殴ったら治るかな…
「待て待て、お前に殴られるのはシャレにならんから拳固めんのは止めてくれ」
「…ったく、悪ふざけばーっかカマしやがって。
それで? 再三聞くがアイツはどんだけ置いてったんだよ」
「あー、実は冗談抜きでおぼえてねぇんだわ。
むしろ俺がそんな細けぇ事おぼえてると思ってんのか? 」
「はーっ!? ここまで引っ張っといてソレかよ!
じゃあ記憶がダメなら帳簿はどうだ? 前にあの坊主がつけだしたって言ってたよな」
「書いてあると思うがどこにしまってあるか俺にはわからん! それに知っててもお前には教えん! 」
こっ…このジジイしゃあしゃあとっ…!
「なんでだクソジジイ! 」
「じゃあ言っちまうがな、あの猫の嬢ちゃんに口封じされてんだよ、額を言ったら絶対返しに来るから言っちゃダメですよーってな」
「は? 」
な、何の冗談だ? なんでアイツが俺の装備の修理代なんか払って…いや、そう言えば前の時は金返そうとしたら渋られたんだった。
あの時は確かなんとかして無理に渡した筈だが、今回はそれの対策って事か? となるともしかしてジジイのタチ悪ぃ冗談じゃないのか? ってか使った金が返ってくるのに対策する必要があるのか?
「…わっかんね〜、身の上が綺麗な奴の考える事とかマジでさっぱりわかんねぇ」
「さっきから俺みてぇなのとさんざっぱら話してまで金返そうとしてるお前も似たようなもんだと思うがなぁ」
「バーカ、こりゃ借りた金を返さねぇってのが主義に反するだけだ、放置した借金ってヤツの恐ろしさはお前もわかってんだろ? 」
「はいはい、そーいう事にしといてやっから。
…ほれ、ンな事よりさっさと鎧出せ、修理期間の見積もり出すからよ」
「おう、頼むぜ」
担いでいた2つの麻袋をカウンターに降ろすと、金属同士の擦れ合うガシャガシャという耳障りな音が響き、兜がゴロンと転がり出て鈍く光った。
「あーあー! お前まーたそんな風に持ってきやがって! 擦れたら傷がつくって言ってんだろー? 」
「良いじゃねぇか傷ぐらい、別に強度は落ちねぇじゃねぇか」
「かーッ! わかってねぇなぁお前! 変わんだろうが見た目がよォ。
こちとら見栄えもするようにしっかり磨いてるってのにお前が雑に扱って傷入ったら元も子もねぇぞ」
「仕事始めりゃどうせ全身血塗れになんのに見てくれもクソもあるかよボケジジイ。
わかったらさっさと見積もりの方始めてくれ」
「…ったく、まぁちょっと待ってろ。
ササーッと終わらせっから」
袋を開いて鎧を調べ始めた瞬間ギダルの目の色が変わった。
さっきまでやかましく吼えていた口もまた、時折静かに二言、三言漏らすのみになる。
この酒が入ってるとは思えん集中力がこのイカレジジイのどこから湧いて出るのかは知らないが、こうしている間だけは随分と頼りになる。
…ふむ。
…ふーむ。
…暇だなコレ、なんか遊べる物ねぇかな、なんも持ってきてねぇんだよな。
あ、おあつらえ向きにこの辺散らかってるじゃねぇか、なんか掘り出し物探してみるか。
──────────────
「よし、終わっ…何やってんだテメェ!? 」
「うおっ! 急にデカい声出すなよビックリするだろうが! 」
取り落としそうになった酒瓶をそっと床に置き、文句を言う。
「目の前に他人の家漁っとるバカが居たらそらデケェ声も出るわ! 」
「なんだよ、面白そうなもんが埋まってねぇか見てるだけじゃねぇか。
取ろうってんじゃねェし別に構わんだろ? 」
「お前が物を取るようなヤツじゃねェのは知ってるが、レーギってもんがあるだろ、もし俺が王族なら即座に死刑になってんぞ」
一瞬目の前の老ドワーフが王冠をつけ、豪華な衣装を身にまとって玉座に座った姿を夢想し…
「…ブフッ」
「おい、そこまでか? そこまで似合わんか? 」
その中ですら玉座の上でワインをラッパ飲みし始めたので思わず吹き出す。
ダメだコイツ、どこ行ってもこれ以外の姿が思い浮かばん。
「お前が王族だったら俺を死刑にする前に城から叩き出されてるだろうよ、国の恥だってんでな。
…それで? 見積もりは終わったのか? 」
「おうともよ、その辺はキッチリやんのが俺の仕事よ。
あー、それでまず言っておく事があってだな…」
「なんだ? 」
「なんで1着じゃなくて2着持ってきたんだよお前、金は1着分しか貰ってねぇんだよ」
「あー、そうか」
そもそもここにルアナが来たのは俺の鎧がグレートベアの一撃で壊れていたからで、予備の鎧が歪んだ事を知っている訳が無い。
だから金も1着分しか払わない…まぁそりゃそういう事になるわな。
「あー、わりぃな、ほんじゃあいつも通り機構の修理はグドーに任せるとして、それ以外の部分で2着目の修理にかかる代金を教え…ろ…? 」
「ん? どうした? 」
…待て、ちょっとおかしいぞ?
ルアナは2着目の鎧が破損してるって事は当然知らねぇ…が、そもそも1着目からしてじっくり見た訳でもねェ。
となると当然俺の鎧の損傷具合に相応の金を出せる訳が無い。
そういやこのジジイは実物見ずに見積もりなんか絶対しねぇ、こんな店に来る奴にそんな事をしたら損傷を小さく報告されて値段に不相応な修理をさせられるからだ。
ついでに言うなら麻袋が2つあって、しかも置いた途端中身が出てきちまう程量が入ってると来りゃあの時点でもう鎧が2着あったのはわかってるって事になる。
「…おいジジイ、さてはテメェ、ルアナに適当言って修理代ボったな? 」
「あ? 今更ンな事言うのかよ。
無知なヤツからは多く取る、基本じゃねェか」
「だからって鎧2着修理できる分はボり過ぎだろ、お前が内心『その額なら2着修理するんでも納得がいく』と思ってなけりゃ俺が鎧を出した瞬間にツッコミが入るはずだ。
顧客に嘘は吐かねぇんじゃ無かったのか? 」
「誰がいつ嘘吐いたって? 俺ァあの嬢ちゃんが鎧を1着直して欲しいってんで念の為に1番酷い状態の鎧を直せるくらいの金を貰っただけだぜ? お前にもあの嬢ちゃんにも嘘は吐いてねェ」
「おう、お前の言い分はよぉくわかった。
だからこれは提案でも命令でも無く警告だ…」
斧に手をかける音が静かに、しかしハッキリと鳴った。
「余分な金をさっさと返せや詐欺師野郎」
ギダルがゆっくりと立ち上がり、工房に向かって手を伸ばす。
ブォンブォン、と風を切る音。
どうやら何か動かしたらしい。
「嫌だね、ありゃもう俺の金だ」
ドガァン!
主が不敵に笑うのに併せるかのように、工房のボロ扉が吹っ飛んだ。
木片が雨のように降り注ぐ。
そんな中、扉を吹っ飛ばすのみには飽き足らず、その成れの果てすら払い除けながら現れた物体が1つ…ギダル愛用の大槌だ。
大槌の柄とギダルの手の装置がぶつかり合い、カォーン…と甲高い音が鳴り響いた。
「あーあー、得物なんて持っちまってなァ…ソレがありゃ、敵うとでも? 」
「さぁな…試してみるか? 」
部屋の照明が高まる魔力にあてられ、狂ったように明滅を繰り返す。
「知り合いをズタズタにしちまうのは流石に気が引けるんだがな」
「ケッ、言ってろ」
どこからともなく吹いてきた風が、辺りのガラクタを揺すぶってガタガタと鳴く。
ポンッ。
照明が遂に煙と共に小さな音を吐き出して、その職務を放棄した。
部屋が闇に閉ざされる。
「オォォォッ! 」
「シェアアアアッ! 」
よし! ギダルの初手は読み通り跳躍からの振り下ろしィ!
このまま叩き落としてッ…!
「ただい…何やってんですか師匠ォ!? 」
「げっ! 小僧!? 」
「うおっあぶねっ! 急に止まんな! 」
突然割って入った第三者の声に気を取られたギダルが、斧が巻き起こした風で床にビターン! と叩きつけられる。
…まぁ、咄嗟に止めたから斧本体はあたってないし無事だろ、多分。
とりあえずジジイはほっといて、声のした方を見ると金髪のなんかどことなく賢そうな少年が日用品の入った袋を抱えて立っていた。
「よう、買い出しか? 相変わらず便利に使われてんなぁ」
「え? あ、はい。
ところでこれ、どういう状況…」
「ああ、ちょっと代金関係で揉めて喧嘩になってた所だ、散らかして悪ぃな」
「つかぬ事をお聞きしますが、もしかしてそれ、数日前に師匠が大金手に入れたって言ってたのと何か関係があったりとか…」
「あるな、多分」
「なるほど…」
静かな言葉とは裏腹に、困惑気味だった表情がたちまち鬼の形相へとガラリと変わる。
「ちょっと横、失礼しますね」
「お、おう…」
静かに、本当に静かに店の中に踏み入るギダルの弟子。
1個1個の動作はさして特別な物では無い筈なのに…何故だろうか、押しとどめ難い覇気のようなものを感じる。
そんな事を考えてているうちに、弟子は床でノビていたギダルの下へとたどり着いていた。
ノビていた、というのはたった今偶然なのか危機を感知したからか、既に起きていたからだ。
「師匠…」
「お、おう…戻ったか小僧。
ちゃんと買い出し、済ませてきたか? 」
ギダルが笑うが、明らかに笑いが引きつっている。
…あと、冷や汗が頬を伝ってるのがここからもうわかる。
「客商売は信用が1番だって言ったでしょうがぁっ! 」
「いや、それはその…」
しどろもどろになるギダル、こういう理詰めで来られた時にどうにかする術を俺たちは持っていない。
多分この舌戦も普通にギダルが負けると思う…というかもう大体負けてるなこれ。
「言い訳無用です! 大体師匠はいつもいつも………」
───────────
…結局、余剰分の金は返して貰えたし、鎧もしっかり直して貰える事になった。
なんつーか…最初っから弟子が居る時に来れば良かったな、何だったんだろうあの時間。
…いや、1つだけわかった事もあったか。
「雑用、ホントに好きでやってるだけだったんだな…どっちかと言うと弟子の方が上だアイツら」