「せ…先輩っ! 緊急事態ッスよ! 緊急事態! 」
「おん? どした藪から棒に、それ俺の飯より大事な事か? 」
見張り台の梯子を転げ落ちるかと思うほどの勢いで下りてきた兵士に、先輩兵士は落ち着き払って言った。
「どーもこーも無いっすよぉ! こーんなでっかいグレートベアが街に向かって這い寄って来てるんですよぉ!
…こ、こんな時どうしたら良いんすか? 魔獣狩りに連絡? それとも
こーんなでっかい、と示すように両手を広げたままバタバタと賑やかにしている後輩を後目に、先輩は飲みかけの茶をもう一口飲んだ。
「あー、そうかお前、ヤツに会うのは初めてか。
…取り敢えず落ち着け、ソイツはこの町の住人だ」
「うぇ!? 首無し熊の住人なんか居ましたっけ? 」
「居ねーよ、そりゃタダの死体だ。
よーく見てみりゃわかると思うが、ソイツは這い回ってるんじゃなくて担がれてるんだよ」
「…グレートベアを担いで運べるってどんな一団ッスかそれ」
「一団じゃねーよ、個人だ…そろそろつくんじゃねぇか? 」
「いやいやいや、俺が見たの結構遠くッスよ? あそこから門まで何にもなくても結構かかるのに、仮に先輩の言う事を本当としたらそんな大荷物でここまで来るのは…」
「おーい! 俺が戻ったぞーっ! 居ねぇのか門番ッ! 勝手に通っちまうぞー! 」
大声が建物を揺らし、辺りの木々から驚いた野鳥がバサバサと音を立てて飛び立つ。
「な、来たろ? 」
「えぇ…」
─────────
「聞こえてるから静かにしろバカヤロー、まったく新人が怯えてんじゃねーか」
俺の声を聞いて出てきたシケた顔の男…馴染みの門番に開口一番文句を言われた。
…あー、確かに後ろに若干震えてる気弱そーな男が居るわ、鍛えてんのに勿体ねぇなぁ。
「おう! 大声出して悪かったなそこのタレ目! だがな、戦いってなァ度胸が1番だぜ、どんな敵に出会ってもどっしり構えてドーンと…」
「兄貴、そういうの今度で良くないですか? 俺いい加減コレ持ってるの嫌なんですけど」
「まぁそう言うなよ、ちょいと戦場の先輩としてアドバイスを…」
…すっげぇ嫌そうな顔してる、直で持ってるならまだしも風を操って手元で浮かせてるだけなのにちょっとビビるくらい嫌そうな顔してるわ。
「…まー、うん、長話も良くないからな、今度だな、この話は。
えーと、俺一体何してたんだっけ? 」
「入門の手続きだよ、てかここでする事なんかそれくらいしか無いだろ」
「そらそーだな…んじゃま、いつもの頼むぜ」
「はいほいっと…」
適当に返事をすると、門番は腰の袋から魔道具を取り出し、こちらへと向けて構える。
…眩しいんだよなぁ、これ、後探られてる感が嫌…でもこれやらないと町に入れねぇし。
ちなみにこれは魔法検出装置だ、構えて光を浴びせた相手がどんな魔法にかかっているのかがわかる。
もしここで変身の魔法や洗脳の魔法が検出されたらアウト、そのままお縄になる訳だ…もっとも変身の方は顔の傷を隠す為に使うって奴も居るから、事前に申請してその時素顔と魔力の波長を登録しておけばちゃんと通してくれる。
「ほい、全員問題ナシ。
んじゃ次は獲物の方の検査をさせてもらうぜ」
魔法検出装置を袋へと仕舞い、また別の魔道具を手に取る。
今度のは魔力式生命探知機だ。
魔獣という物は基本的に魔法を使う、大概の魔獣は岩を纏ったり分身したりという直接攻撃を行う魔法しか使えない物だが、稀に自身を回復させる魔法を使う魔獣も居る。
以前、その系譜の魔物が完全にトドメを刺された物として運び込まれた後にジリジリと回復して解体場で復活して大暴れをかました事があったので、完全に死んでいるかを確認する必要ができたのだ。
後、普通に荷物に偽装して町に入られては困るのもある。
何故王都でも国境でもないその辺の単なる町ですらこれだけ厳重に検査を行われるのかと言えば、ひとえにちょっと隙を見せたらすぐに町に忍び込んで来ようとする吸血鬼とかいうクソボケ共のせい…というか最近はここまでやっても割と入ってくるし、そのせいで神官達は大忙しだ。
…前世の知識と照らし合わせてみると、そろそろ原作開始の時期なんだろうな、今から奴らがやる事の大きさを鑑みれば、奴らの力の源である血液はいくらあっても足りんだろう。
「ほい、こっちもオッケー、全部しっかり魔力が不活性化してるな…しっかし今回のは特にでけぇなぁ」
門番が仕留めてきたグレートベアをしげしげと眺める。
横倒しで引っ張ってきたが、体の厚みだけでもまだ大人が見上げる大きさだ。
「おう、中々の大物だろ? キッチリ装備を固めて行った甲斐があるってもんだ」
「装備ねぇ…
巨人と言やァ鋼よりも丈夫でゴムよりもしなやかな肉体に、不便だからってだけで巨大な体躯を息をするように魔法を行使して縮めちまうようなとんでも無い魔法適性を持った…」
「よせよせ、持ち上げんのは構わんが誤情報を流すもんじゃねぇよ。
巨人は確かに自分のサイズを気ままに変えるが、それ以外の魔法はさっぱり使えん…人間が魔法だと思ってる炎を纏ったり吹雪を吹かしたりは単なる個人個人の体質だ。
それに前も言ったと思うが俺は
「あ? そうだったか? まぁでも普通の装備なんぞ要らんのは確かだろ、純粋だろうがそうでなかろうがお前の皮膚が鎧よか丈夫なのは間違いないんだからな」
「あのなぁ、てめぇの皮膚より柔けぇからって鎧の有用性が無くなる訳じゃないんだぞ?
装甲の厚さってのは命の強固さと同義だ、現に…」
トントン、とグレートベアに一撃貰って破壊された部分を叩く。
「コイツが勢いを削いでくれたんで俺の骨は今も無事なんだぜ?
もし骨が折れちまってたら体に力が入りにくくなる…つまり今回の場合ならカウンターでソイツの首をかっ飛ばすってやり方ができなかったかも知れねぇって訳だ。
敵の攻撃を受けて返す俺みたいな奴には削られても溶かされても痛くねぇ外殻ってのは案外重要なのさ。
…ま、もっとも魔獣相手に通用するような甲冑を着れる奴は限られるんで、普通の魔獣狩りは装甲より動きやすさで装備を選ぶがな」
「へー、そういうもんかい。
…なんにせよ、これで街道もまた通りやすくなるな、ありがとよ。
そんじゃあお前の獲物はいつも通り人呼んで解体場に運んどくからよ! うん、早いとこ証拠持って組合の方に報告に行ったら良いんじゃないか? 」
お? なんだコイツ突然露骨に帰そうとしやがって、俺の話はそんなにつまらんか?
なんとなく気に入らんからちょいとどつき回して…
「そうだよアニキ、こんな所に長居するよりさっさと帰って寝ちまった方が良いと俺も思うぜ」
あっ違うわ、オルファの奴がいい加減爆発しかけてるだけだこれ。
「よっし! 確かにこんな所で油売ってんのも良くねぇな!
あばよ門番! 感謝の気持ちがあんなら酒でも奢れ! 門番見習い! しっかりやれよ! 」
うし、爽やかに挨拶も済ませたし、これから組合の方に…
「や、自分一応見習いじゃなくて普通に門ば「はーっ!? 酒なら依頼の報酬と魔獣素材で金が入るお前が奢るのが筋だろーが! 」」
あ?
「おいおいお前よォ! そこを曲げんのが感謝だろうが、そもそもここんとこ俺よりお前の方が金あった事の方が少ねぇよなぁ! 」
「はーっ? お前が駆け出しで金無かった頃に何回飯奢ってやったと思ってんだ? その分を返してると思えよ。
てかそれを言うなら俺はお前がこの町に来た頃色々と教えてやった大恩人だろーが、酒くらい毎回奢れよ」
「しーらね! そんな昔の事しーらね! 」
「じゃあ俺も最近お前が奢ってばっかとか昔の事なんで知らねーよ! 」
なんか腹立ってきたな…殴り飛ばすかコイツ。
と、思っていると相手もファイティングポーズを取っていた…どうやら相容れない存在になっても気は合うらしいな。
「なんだー? 」
「やるかー? 」
1歩も引かんぞという力強い瞳…良いだろう、こうなりゃとことん…
「「ブフッ!? 」」
ちょっ、急に冷水!? 一体どこから…あっ。
「兄貴」
辺りを見回すまでも無く、一触即発の空気に文字通り水を差した下手人は見つかった。
「さっさと帰りましょう」
怒気。
それが人の形をして立っていると言った方が、エルフの男が立っていると言うより余程似つかわしい。
そんな風情のオルファがそこには立っていた。
「おっ、おう。ええと、じゃあ喧嘩は持ち越しだ、門番」
「そっ、そうだな、気をつけて行けよ」
雑に別れの挨拶をして足早に門をくぐって組合へと向かう。
…流石に仲間が詰所を魔法で爆破とかシャレにもならんからな。
『エルフ』
魔力の扱いに優れ、長命な事が特徴の種族。
自然を愛し、静謐でのんびりとした穏やかな種族…と言われているがあくまで個人がどうかである。
種族特性上魔法をよく使うが杖など余程の業物でなければ彼らには無用である為、大半のエルフの戦士は弓や剣を携えている。
特に追い風の魔法を利用した矢はとんでもなく遠くまで届く為、エルフの代名詞となっている。
以上の遠距離戦での強さから勘違いされがちだが、別に彼らは近距離に弱い訳では無いので近寄ると恵まれた魔力をすべて身体強化に回したエルフにボコボコに殴られてボロ雑巾になる。
また、森の精霊の寵愛を種族単位で受けている為、近くにある木や草花はすべてエルフの耳目であり、森で彼らと相対すればこちらのあらゆる行動が筒抜けになるという地獄を見ることとなる。
『ドワーフ』
強い膂力と手先の器用さ、濃い髭と小さな身体が特徴の種族。
獣人などの100年程度で死んでしまう種族と比べれば長命であるが、種族特性として特筆する程の長さでは無く、500年程度生きる。
その器用さは様々な分野に活かされるが特に鍛治に優れ、古今東西様々な物語に語り継がれる伝説の武器防具は概ねすべてがドワーフに作り上げられた物である(例外としては霊木等の金属では無い素材で作られた物、神から授けられた物などが挙げられる)。
近距離戦には非常に強く、熟達したドワーフの戦士は猛牛の突進を受けて小揺るぎもせず、一打ちで鋼を砕き割ると言われる。
魔力の扱いについてはエルフ程では無く、遠距離戦に不安を抱えていると言えなくはないが、生半可な攻撃で彼らの鎧を抜こうとするのは愚か者のする事である。
また、ドワーフの集団を相手にするならば1人は確実に彼ら謹製の遠距離用兵器を備えている為、単体のドワーフを相手にする時は比較的安全だったはずの遠距離がたちまち死地と化す。
『巨人族』
下手な鎧よりも頑丈で巨大な身体とそれに伴う強大な膂力、恐ろしく長い寿命が特徴の種族。
巨大過ぎる体を小さくする為の魔法が本能的に使用でき、人前に出る大抵の巨人族はそれを使っている為3m程度の身長の種族だと誤解する者も居るが、成人した巨人が魔法を解いた時の大きさは30m程度。
また、本性より巨大になる事も得意であり、現存する巨人がなれる最大の大きさは約460m、真偽は定かでないが世界に存在する谷や湖の1部は過去の巨人の争いでできた物であるとの話もある。
彼らの膂力が巨大になればなるほど膨れ上がり、代わりに挙動は大雑把になっていく事を踏まえれば、こういった話はあながち与太話でも無いのかもしれない。
このように自らの身体を操作するような魔法は得意中の得意だが、他の魔法はからっきしで炎を指先に灯すことすらできない。
代わりに彼らには自らの身を炎に変える、雷雲を呼ぶなどの”体質”が備わっており、その内容は個体によって異なる。
なおカールは混血である為こういった”体質”を持たない。