「さぁて、一体どんなバケモンが棲みついてるやら…」
独りごちながら睨んだのは森の奥。
パルファナ村…俺が拠点にしてる町からは少し離れた…馬車なら4、5日程度、魔獣馬車なら4時間程度でつく小さな村だ。
前に依頼で顔を出した事があるんで場所はおぼえてたが…とんでもなく濃い霧が出てやがる、地形的にそこまで霧が出るような場所でもねェし、何かありそうだな。
「少なくとも水や天候を操るような奴が居るな…最悪の場合霧に触れた相手をどうこうする、なんてパターンも有り得るか」
思案しつつ体のサイズを少し引き上げ、身体を強化する。
この際、斧と鎧も体に合わせるように少し大きくしておく…使う道具にいちいちこういう細工をしないと十全に戦えん所が巨人の血の面倒な所だ。
苦笑しながら斧の平を地面と平行に持ち、足を前後に開く。
目を閉じ、腕をゆっくりと振り上げる。
己の呼吸に集中…腕に、足に、高められた魔力を感じる。
腕が、完全に振り上げられる。
…今ッ!
「オォラァッッ! 」
金属でできた斧の柄がぐにゃりとしなり、引き裂かれた大気が悲鳴を上げて荒れ回る。
真空となった空間を埋めるべく吹いた突風に多くの枝葉が折れ飛んで、地面に突き刺さり、他の樹木を抉り、岩に傷を残していく。
若木ならばブチブチと千切れ、古木ですら傾ぐ程の風。
そんな風を真正面から受けた霧の壁は跡形もなく吹き飛び、中の様子を露わにする。
「コイツは…どういうこった…? 」
目の前に現れたのは、今起こした風で倒れた木がある以外は
…百歩譲って木が残っているのはわかる、木は木の葉という食糧を安定的に供給してくれる為、知能の高い魔獣なら残す事も有り得るからだ。
だが下草が残っているのは解せない…まさか複数の魔獣、というのが全て肉食獣だとでも言うのだろうか?
いや、魔獣は燃費の悪さを補完する為にそのほとんどが雑食性を獲得する…肉食獣でも数が居るなら草を食わねばならない個体は居るはずだ。
…俺の知識はここに複数の魔獣が存在できる訳が無い、と言っている。
ならば選択肢は2つ、何らかの方法で集団の消費を誤魔化す魔法を使う個体でも居るか、それとも村の連中が何らかの魔法で敵が複数だと勘違いさせられているか…
「むっ!? 」
なんの前触れもなく地面から霧がでやがった!
おかげで折角見えるようになった場所がまーた隠れちまって…っと!
この霧、さっきあった場所よりこっち側に寄ってきやがる!
咄嗟に後ろに跳んで避けはしたものの…どーも狙われてるような嫌な感じが抜けねぇな。
「わかっちゃいたが、やっぱ普通の霧じゃねぇなこりゃ」
場合によっちゃこの霧が村の連中に魔獣を見せてるって可能性もアリか…?
いやしかし、だとしたら転移まで使って連絡する意味がわからん。
村への攻撃が見せかけだとしたら村人側もまだ余裕があるはずだ、即ち一刻も早く…なんて焦る気持ちは出ない。
となれば結界の起動時間を大きく削る転移よりも時間はかかるが遥かに低コストな輸送用魔道具を複数放つ方を選ぶだろう。
或いは見せてるんじゃなくて霧を固めて作り出してるって線も…いや、考えても仕方ねぇ、手がかりがねェなら…!
「お前で実験してやんよ! 」
霧に紛れて突進を仕掛けてきた魔獣の脳天目掛けて斧を振るう。
交錯。
ガリッと音を立てて何かが削れる。
…頭蓋を砕いたって感触じゃねぇな、だが霧でもねぇ。
すぐさま振り向くと、中型犬程度のサイズのウサギが足を地面に打ち付けて威嚇している姿が目に入る。
実際見てみると先程の音を鳴らした物体が何かは簡単にわかった。
氷の魔法でも使うのだろう、ウサギは額に鋭利な角状の物体を生やした氷の鎧を身にまとっていた。
再生が可能らしく、先程の交錯で削れたはずの部位も元に戻りかけている。
「ま、一撃で砕けってんなら得意分野だ、来いよウサ公」
こちらの声が聞こえた訳でも無いだろうが、果たしてウサギは心臓へと狙いを定めて再度の突進を敢行してきた。
…斧の威力が侮れん事は理解されているはずだが、動きがイヤに直線的だな…何かあるのか?
その”何か”は存外すぐにわかった。
押し殺した何らかの音、静かな何かが後ろに居る気配、それを背後から感じたのだ。
事もあろうか魔獣が拙いながらも作戦を立てている…警戒度を更にもう一段引き上げながら、握る部分を斧の柄の先端近くから中程へと持ち替える。
「…ッラァ! 」
メシャリ。
腕へと伝わる肉を裂き、骨を砕いた感覚。
ウサギ分増した重量をそのままに、横薙ぎに斧を振るった勢いで右足を軸にして無理やり体を後ろへ向ける。
目に映ったのは…今にも俺に飛びかかって首筋を掻き切ろうとしていたリスの魔獣だ。
真っ直ぐ立てば人の顔ほどもあるソレに、くっついたままのウサギごと斧をぶち込む。
更なる衝撃を受けたウサギの体を遂に斧がブチ抜き、2つに別れた体から冷たい血液と臓物とが降り注いだ。
対してぶつけられた方のリスは骨でも折れたのか本来有り得ない方向に体を折り曲げながら上空へと吹き飛んでいく。
「これで終いだッ! 」
右腰につけたポーチから礫を取り出し、もがきながら落ちていくリスへと投げ放つ。
唸りを上げて飛んでいく礫はしかし、リスに命中することは無い。
躱された訳でも、外した訳でも無い。
新たにツバメの魔獣が霧の中から颯爽と飛び出し、リスを掴んで礫にあたる軌道から外したのだ。
「本ッ当に何匹居るんだよここの区域! 」
俺が上空にばかり注目していると勘違いして這い寄ってきていたヘビの魔物を蹴飛ばし、叫ぶ。
牙から垂れた毒液が地面に深い穴を穿って白い煙を上げている…こんな物を体にぶち込まれたら流石に少々堪えるな。
斧を振るって蛇の頭を即座に断ち切り、更に半回転させて柄で追い打ちをかけた。
ヘビというものは魔獣でなくとも生命力が強い、脳漿が漏れ出す程頭部を砕いてようやく安心できる。
それでもなお蠢くヘビの胴体を、一連の動作の間にまた懲りずに接近してきていたツバメとリスの方へと掴んで投げ飛ばす。
同じ投擲でも先程の礫とは大きさも距離も違う、簡単には避けられない。
窮地に立たされたツバメはしかし、急降下する事によってヘビの下を潜り抜けて難を逃れた。
「そいつを待ってたんだよバカがっ! 」
…が、既に二の矢として投げていた礫が遂に命中し、ツバメの翼を叩き折る。
リスを掴んでいて上に回避する事が難しい以上、急降下を選ぶのを予測する事はそこまで難しい事では無い。
「そら! もう1発! 」
気合と共に投げ放った礫はしかし、大きく外れて空を切る。
もう一撃入れるには流石に相手の高度が低くなり過ぎた、投げたとしても霧に紛れられるだろう。
半矢の獲物を泳がせるのは主義に反するが、仮にこの霧に魔法的な要素がまったく加わっていなかったとしても魔獣を一匹サラッと見つけ出すのは不可能に近い。
…遺憾ながら見逃すしか無いか、運のいい奴らめ。
ペッ、とやるせなさと共に唾を吐いて仕方が無いから状況の整理を開始する。
「今出てきた魔獣共全員、狩りしてるって感じじゃなかったな。
ただひたすらに俺の息の根を止めようとしてきただけだった…単にそれだけならどうでもいいが、骨が折れてんのに逃げようとしないのは明らかにおかしい。
魔獣だって野生動物、己の骨を簡単に折るような相手に出くわしゃ逃げ一択になるってのは当然だろうに…」
言い訳をする訳では無いが、最後の追撃を外したのも相手の動きが読めなかったからだ。
俺はあの時、ツバメが遠ざかる…つまり翼をへし折られれば流石に逃げるだろうと思って退路に向けて礫を放った。
ところがどうだ、あのイカレ鳥は翼から折れた骨が飛び出てる癖に、未だ完全に俺を殺す気満々で
結果的には普段は無い重りと折れた翼のせいで墜落していたが、もし仮に普段通り飛べたのならここまで来ていたに違いない。
或いは今も…霧の中に落ちながら地上を這いずってこっちに向かってる最中かもな。
「ま、ハナから有り得んとは思ってたが、こりゃ真っ当なリーダーが居るって線はねぇな。
洗脳か、それに準ずる魔法の使い手…種族柄こっちの身体に干渉してくる魔法を受け付けにくい俺との相性は悪くねェ」
ナイフを唯一手元に残ったウサギの胃袋へとあてがい、捌く。
…毎度臓物を見ているわけだが、別に趣味という訳では無い。
ソイツが何を食っているか、というのは結構大事な情報なのだ、なんせ行動域がわかる、被害者の有無もわかる。
それに今回はこれだけの魔獣が居るのに森が荒れていないという明確なおかしさがある、調べないという手は無い。
「…っ! コイツは! 」
切った胃から流れ出してきたシロモノは、草でも無ければ肉でも無い…と言うより何も消化中の食物らしき物体が存在しなかった。
ならば液体を吸うタイプか、と言えばそれも違う。
この魔獣の元の種族であるウサギは、固形物を食う生物だ。
そういった生物が液体を啜るタイプの生態に変わるには、何がしかの”必要性”が存在する…例えば相手を溶かしてしまうタイプの魔法を使う事なんかが主な理由だ。
コイツの魔法は氷だ、体液を啜るには向かんだろう。
…だが、こうなるともうコイツが飯を食っていなかったという事以外にこれを説明できる手段が無いことになる。
燃費が他の生物よりかなり悪い魔獣が飯を食わずに何日も生存し、侵入者の迎撃にあたる…そういう魔法があるならできなくは無いだろうが、やはりヤツが使っていた氷の魔法ではどうにもなるまい。
「洗脳して空腹を忘れさせたとして、それであそこまで軽快に動ける訳が無い…つまり今見たの以外に、少なくとも洗脳するヤツ、霧を出すヤツ、空腹を何とかするヤツの3匹がいる訳だ。
こんな風に群れるんだ、強力な魔獣は重要な魔獣への護衛なんかにつけてるって想定するべきかもな…良くもまぁここまでの量の魔獣を集めたもんだ、こんな1地方に発生する量の魔獣で足りるのか? これ」
どんどん危険度が高まっていくが、ここでしっぽ巻いて帰っちまったらカッコつけて出てった分死ぬ程ダサくなる。
とにかく村まで辿り着くしかねぇが、そうなるとやっぱあの霧が邪魔だ。
…多分違うとは思うが、ダメ元で1回これも試しておくか。
ポーチから引っ張り出した小袋の口紐を解き、中の粉末をすくい取って辺りに振りまく。
これは破幻草という草を粉末状にした物で、偽装系の魔法をかけられた物体にこれが接触すると魔法が解けて元の姿に戻るというシロモノだが…森も霧もウサギの死骸も相変わらずだ。
種族柄俺が幻覚を見せられる事は基本無いんで、どうもこの景色はしっかり現実らしい。
「どうしてもこの霧にゃ踏み込まなきゃならんようだな、あんま敵の狩場に踏み込むのは好きじゃねぇんだが…しゃあねぇ、できる限りの対策は取っていくか」
篭手と手袋、靴を脱ぎ、ウサギの血を指先につけて、顔に、腕に、足に紋様を描いていく。
これは狩人の戦化粧という…まぁある種の儀式のような物だ。
狩りという物は事前の想定通りでない事が往々にして起こるもの、魔獣の使う魔法が事前に仕入れていた情報と違ったり、新たな魔獣が現れたり…そうした時、事前に揃えておいた装備は途端に意味を成さなくなり、魔獣との戦闘は一気に不利に傾く。
そうした時に使うのがこの戦化粧。
血というものは魔力を含む為、天然の魔法塗料になりうる。
これを用いて己の肌に陣を描き、己を一時的に魔道具とする事によって敵の魔法への即席の対策とするのだ。
今回描いたのは除湿の紋様。
霧の壁へと歩み寄ると、体から透明な壁でも出ているように壁がヘコむ。
弱い物とはいえ魔獣の血液を用いた為、強力に作用してくれているようだ。
「さぁて、準備完了…こんな辛気臭ェとこ、とっとと済ましておさらばしちまおうか」
斧を両手に構え、全身に油断なく魔力を巡らせながら俺は霧の森の中へと足を踏み入れた。
『魔獣』
突然変異で通常の動物よりも魔力量が大幅に多く、魔力の操作も上手くなった個体の事…というと希少そうだが1地方に限っても平均して月に2、3匹くらいは発生する。
大抵の魔獣は身体強化が可能であり、その上で固有の魔法を1つ持っているが、中には一切他の魔法が使えない代わりに強力な身体強化が使える個体や身体強化を使わない代わりに2種以上の魔法、あるいは強力な魔法を使うような個体も存在する。
また、身体強化が使える個体はこれによって自身の体に異常な成長を行わせることが可能であり、これを行う事で強力な体を手に入れられるがそれと引き換えに圧倒的に燃費も悪くなる。
魔獣は発見時は”(種族名)の魔獣”というように呼ばれ、魔法が判明する事によって”(魔法の系統)+(種族名)”という形で呼称される。
グレートベアを例に取ってみると最初期は”クマの魔獣”と呼ばれ、斥候等によって身体強化を得意とする巨大熊である事が判明した為”グレートベア”という呼称に変更されている事になる。
逆に劇中で”ウサギの魔獣”として扱った魔獣は、もし魔法の内容と併せて組合に報告すると”アイスラビット”という呼称になる。