高嶺の花なご令嬢は自ら俺に摘まれに来ます   作:桂太郎(テムヒ)

14 / 35
気持ちの正体

 

 

 

「貴弘さんっ!」

 

 廊下を歩いていると、聞き慣れた声が後ろから聞こえた。どくり、と心臓がざわめく。次の瞬間、消えてしまいたくなる。返事ができずに前を向いたまま立ち止まる。

 

 思い返すのは、昨日の音楽室での出来事。

 

 撫子の俺に対する思いを聞いた。その後、居ても立ってもいられなくなり、そのまま逃げるように帰宅してしまったのだ。

 

 カッ、と顔が赤くなる。こんなこと今までなかった。好かれているとは、思っていた。でもそれはあくまでも友だちの延長線で、それ以下でもそれ以上でもなかった。……なかったはずだったんだ。

 

 昨日から俺は、何ひとつも変わってないはずなのに、どうしてだろう。自分が自分でないようだ。

 

「……貴弘さん、昨日何故迎えに来て下さらなかったのですか? 私、ずっと待っていたのですよ? ねぇ、こちらを向いてください」

 

 応えられない。

 

 頷くことさえもできない。

 

 ただ顔を伏せて、自身の感情に蓋をする。これ以上この思いが溢れ出さしてしまったら俺は……俺は、どうなってしまうのだろう? 

 

 分からないが……いや、分からないからこそ心底恐ろしい。

 

「貴弘さん。貴弘さんったら!」

 

 腕を引っ張られる。

 

 触れているところが、じんわりと火照っていくようだった。

 

「ねぇ、どうなさったの?」

 

「……別に何でもない」

 

「嘘よ。でしたら何故こちらを見てくださらないの? 私、貴弘さんに何かしてしまいましたか?」

 

「違う。そうじゃないっ」

 

 自分の感情がコントロールできないだけなんだ。お前が悪い訳じゃない。そう思った。……思ったが、言葉にできなかった。

 

「貴弘さん、本当にどうなさったのですか?」

 

「分からない。……俺にも分からない。でも、悪い……暫くほっといてくれ」

 

「あっ……」

 

 俺は撫子の手を払って、逃げるように歩き出した。いや、実際俺は逃げているのだ。この疼くような何とも言えない胸の痛みから。それを与える撫子から。

 

 撫子は追って来なかった。 

 

 それにどこか安心している自分がいた。そのことを嫌悪する自分も。

 

 撫子に触られた腕を押さえる。与えられた熱を閉じ込める。何故だか俺はこの熱を逃がしたくなかった。

 

 

 ――――甘くくすぐったい、この熱を。

 

 

 

 ***

 

 

 

「圭一……俺どうなっちまったんだろう?」

 

 学校帰りに俺は圭一の自宅へ押し掛けていた。圭一は俺の話を面倒くさげに聞いて、深いため息を吐いた。

 

「深刻そうな顔をして何を言うかとか思えば……。今更かよ。本当に自覚なかったんだな。お前、ガチもんのアホだろ」

 

「俺は真剣に悩んでるのに、アホとは何だアホとは!」

 

「いや、アホだろ。もしくは、馬鹿おたんこなすこのヘタレチキン野郎」

 

「おま……よくすらすらとそんな罵倒が出てくるな。逆に感心したわ」

 

「言いたくもなるわい」

 

 圭一はオレンジジュースを一気に飲み干し、ふはぁと息を吐き出した。それから、諭すような瞳を俺に向ける。俺は思わず背筋を伸ばした。

 

「お前はさ。結局、髙野宮さんのことどう思ってんだよ」

 

「どうって……撫子は俺の幼馴染みで、友だちで高嶺の花で……」

 

「……そういうことじゃない。本当は分かってんだろ? どっちにしろ、ずっとこのままの関係じゃいられないって」

 

 気まずくなり、目を反らす。

 

 その時、自身が無意識に腕を押さえていたことに気付いた。撫子に触れられた方の腕。俺はその手を離し、掌を開いた。閉じ込められていた熱を感じた。それを逃がしたくなくて、ゆっくり握りしめる。

 

「俺はただ、撫子とずっとこのままでいたくて……」

 

「それはどうしてなんだ?」

 

「どうしてって……」

 

 それが分からないから、こんなにも悩んでいるんだろう。

 

「お前はさ。良く髙野宮さんのことを高嶺の花だって言うよな。でも、それはお前がそう思っているだけだよ。高野宮さんは、ずっと昔から変わらない。変わっていないんだ。ただ、お前のことを好きでいる。それなのに、お前が勝手に高嶺の花にしてるだけだろう」

 

 その言葉を聞いて、俺は頭を鈍器で殴られたような気持ちになった。俺が撫子を高嶺の花にしている? 

 

 反論しようとしたが、できなかった。むしろ、圭一の言葉がストンと心に落ちた。

 

(そっか……俺がそう思っているから、撫子は自分から堕ちていくって、自分から摘まれにいくってそう言ったんだな)

 

「うわ、俺、格好悪いな……」

 

「ただ格好悪いだけじゃない。めちゃくちゃ格好悪い。そんなんじゃ、どこぞのイケメンに髙野宮さんを取られるぞ」

 

 一瞬その事を想像して、吐きそうになる。

 

 撫子が他の男に微笑みかけて、寄り添い、それ以上のことも。そんなの―ーーー

 

「―ーー―絶対に嫌だっ!」

 

「……なんだよ。答え出てんじゃん」

 

 圭一はそう言って、にやりと笑った。  

 

「分かりやすい表情してるぜ。誰から見ても、好きだって顔にかいてる」

 

「マジかよ」

 

 俺は肩を落とす。

 片手で額を押さえて、ため息を吐き出した。

 

「なぁ、圭一……俺、撫子のこと好きだったんだな」

 

「……ずっとな。それに気付けなかったのは、タカにとって髙野宮さんの存在が近すぎて、遠かったからだ。いや、遠すぎて、近かったのか? まぁ、そんなことどうだって良いや」

 

「そうだな。もうそんなことどうだって良い。俺、ちゃんとする。ちゃんとあいつに、好きだって言うよ」

 

「おう。そうしろそうしろ。……まぁ、駄目だったら慰めてやんよ」

 

「うるさいな! でも……その、ありがと、な」

 

 どういたしまして、と圭一は弾けるように笑った。

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。