高嶺の花なご令嬢は自ら俺に摘まれに来ます   作:桂太郎(テムヒ)

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微睡みの中で

 

 

 

 教室の席に着くと、ひと息つく。椅子に深く座り込み、体重を預ける。

 

 あー、ダルい。

 

 家を出る前からこんな疲れるとは。まだ授業は始まってすらいないのに。こんなんで1日もつのか?

 

 少しでも疲労が和らぐように眉間を揉みほぐしてみる。それから、かっと目を見開いて緊張を解す。

 

「やぁ、日野。相変わらず目付きが鋭いね。ご機嫌は如何かな?」

 

 声をかけられた方向を見ると、爽やかな笑顔を浮かべた好青年が立っていた。

 

 確かにこいつは―――

 

「……おう、田尻。ぼちぼちだ。後、目付きに関してはほっとけ」

 

「はははっ、ごめんごめん。それと、僕は中田だからね……」

 

 もう僕の名前を覚える気がないだろ、っと情けない顔をするイケメン。どんな表情を浮かべてもイケメンはイケメンだから腹が立つ。

 

「まぁ、良いけど。それで、君は取れたのかい?」

 

「……取る? 何をだ?」

 

「いや。ほら、抽選券だよ。定期演奏会の」

 

「定期演奏会に抽選券って、今までそんなことしてなかったじゃん」

 

「もちろん今回が初めてさ。ローズ、アイリスの監督生や生徒会長が奏者というのも勿論あるけど、なんたって今まで沈黙を守ってきたグロリア・フロスが初演奏するからね。皆必死だよ」

 

 文武両道。

 容姿端麗。

 優美高妙。

 

 全てにおいて完璧と言わざるを得ない少女。この聖深学院を代表するグロリア・フロスの名を冠する撫子は老若男女問わず、壮絶な人気を誇っているのだ。

 

「あー、なるほど。で、その抽選券ってどこで貰えるんだ?」

 

「……えっと、抽選券発行は昨日で終わってるんだよ。というか、30分もしないうちにはけたらしいね」

 

「マジかよ!」

 

 思わず立ち上がる。

 

 ヤバイヤバイ。

 撫子を見に行くって言ったのに、物理的に見に行けない。というか、見に行けないことを知ったら撫子絶対キレる。アイツは怒らせてはいけない人種だ。……あっ、俺死んだわ。

 

「中田……俺が死んだら、骨は拾っておいてくれ」

 

「おいおい。縁起でもないことを言わないでくれよ。それと僕は中田だ……って、ええっ!? ちょ、ちょっと、もう一度言ってくれないかい? ほら、もう一回、もう一回っ!」

 

 一気飲みのコールみたいな煽りは止めろ。

 げんなりとして、椅子に座って机に顔を埋める。もう何も考えたくない。

 

 

 

 ***

 

 

 で、放課後になった訳だが。

 

 色々と考え抜き、その結果諦めた。こういうときは、正直に言うことが一番炎上せずダメージが少ない。……そうであってほしい。切実に。

 

 音楽室に入ると、既に練習が始められていた。

 

 ミッキーの鮮やかなピアノの旋律。モーガンの軽やかなヴィオラの音色。そこに深みを持たす高円寺の重厚なチェロ。そして、全てを包み込む優雅な撫子のヴァイオリン。

 

 やっぱすごいな。

 

 これお金が取れるレベルだぞ。

 

 壁側に置かれた椅子に腰かける。

 そっと瞳を閉じて、聞き入った。心地良い響きに身を任せる。ずっと聞いていたい。微睡みの中で、俺はそう思った。 

 

 

 

 

「……ろさん。たか……おきて、ねぇ、貴弘さんっ!」

 

「んおぅ!」

 

 声をかけられ目を開くと、至近距離に撫子の端麗な顔が広がり、思わず変な声を出してしまった。

 

「気持ち良く眠っていらっしゃったところすいません。でも、もう帰る時間帯よ」

 

 寝てる間にかなり時間がたっていたらしい。教室は茜色に染まっていた。俺は立ち上がって背伸びをする。座ったまま寝たせいで、バキバキとした音が身体中から聞こえた。

 

「ふぅ、撫子起こしてくれてありがとな」

 

「いいえ。貴弘さん、お待たせして申し訳ありません」

 

 撫子は優しげに微笑んで、俺の手を握った。俺もその手を握り返す。撫子も機嫌良さそうだし、言うなら今のタイミングか。

 

「……あのさ。その、演奏会の件なんだが。俺、うっかりしていて抽選券取り忘れて」 

 

「もう貴弘さんったら、何をおっしゃっているのかしら。そんなものなくても特等席を用意しているに決まっているでしょう。貴方に見てほしくて、演奏会に出るのだから当然のことよ」

 

 流石、撫子抜かりはない。というか、最初から聞いとけば良かった。心配して損したわ。深く息を吐く。

 

「ふふ、お悩みは晴れたかしら?」

 

「ああ、助かった」

 

 撫子の頭を撫でる。濡羽の黒髪はさらさらとしていて、絹のように触り心地がいい。

 

「……君たちは本当に流れるようにイチャつくな」

 

「全くですよ。もうっ、撫子お姉様に気安く触らないで欲しいわ」

 

「あら、そう目くじらを立てるのは良くないわ。お二人仲が良いのはとても素敵なことでしてよ」

 

 そんな声が聞こえて、ピシリと固まる。

 恐る恐る視線を上げると、高円寺、ミッキー、モーガンが俺を見つめていた。

 

「お、お前ら居るなら早く声かけろよな!」

 

「いや、その前にイチャつき始めたからどうしようもないだろう?」

 

 呆れたように、ため息をつかれた。

 

「紫、あまり私の恋人をいじめないで欲しいわ」

 

「ああ、すまない。……えっ、こいびと?」

 

「ええ。私、貴弘さんと結婚を前提にお付き合いすることになりましたの。周知徹底の程お願いするわね」

 

 撫子は俺に身体をくっ付けて、朗らかに言葉を発した。というか、結婚前提って初めて聞いたんだけど。かっと、顔が熱を持つ。

 

「あ、ああ。いや、うん。分かった。驚きはしたが……今までとあまり変わらないな。まぁ、何だ。お幸せに」

 

「―――っ!?」

 

「ミツキ、そんな淑女らしからぬ顔をしては駄目よ。レディはいつだって優雅にならなくては。そう、紅茶の雅な香りのように」

 

 高円寺は何度も頷き、笑って祝福してくれた。こいつ案外順応早いな。ミッキーは、顔を真っ青にして悶絶している。それを慰めるモーガン。相変わらず、良くわからない紅茶の例えだな。

 

 そんな三人を尻目に、撫子は俺に身体を預け上目遣いで俺を見上げた。

 

「貴弘さん、私今とても幸せよ」

 

 撫子はそう言って、笑った。

 

 

 

 

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