高嶺の花なご令嬢は自ら俺に摘まれに来ます   作:桂太郎(テムヒ)

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ふたりが高校生の頃の話。撫子視点での小話ですね。


小話
敵わない相手


 

 

 

 ――指折り数える。

 

 言葉使いが粗暴で優雅さの欠片もないところ。整理整頓が苦手で、自室の机は物で溢れ底を見たためしがないところ。床に服を脱ぎ散らかし、それを気にも止めないだらしないところ。頑固で、人に弱味を見せたがらないところ。

 

 彼の駄目なところは沢山知っている。

 それなのに何故私はこんなにも彼が好きなのだろう、と疑問を投じてみる。

 

 ――繰り返し、指折り数える。

 

 ああ、そうか。

 駄目だと思うところはあっても、嫌いだと感じるところはひとつも無いのだ。きっとそれが答えなのだろう。

 

 その事実に私は笑ってしまった。最初から考えるまでもなかった。所謂、愚問であったのだ。

 

 ――もう一度、指折り数える。

 

 飾り気のない真っ直ぐな言葉を与えてくれるところ。無精癖があり、世話の焼きがいがあるところ。いざというときに守ってくれる男らしいところ。不器用だけど、優しくて笑顔が素敵なところ。いつまでも背中を追いかけて、一緒にいたくなるところ。

 

 切りがなかった。

 駄目なところさえ、好きに変わってしまっている。欠点すら、愛おしい。

 

 恋は病だと誰かが言った。

 

 そうであるなら、私は末期なのだ。もう手の施しようもない。治療は必要ない……そして、これからも望むことはないだろう。

 

 ああ、敵わない。

 先に惚れた方が負けなのだ。

 

 だからこそ、髙野宮撫子は、日野貴弘に一生敵わない。

 

 

 

  ***

 

 

 

「貴弘さん」

 

「何だよ」

 

 名前を呼ぶと、彼はぶっきらぼうに答える。そこに、一方的な媚や憧れの感情は一切なかった。ただ名前を呼ばれたから、答えた。それだけのことであった。

 

「貴弘さん」

 

「……だから、何だよ」

 

 もう一度名前を呼ぶ。

 貴弘さんは眉をひそめて、私を一瞥した。

 

「ふふっ、名前を呼びたかっただけよ」

 

 意味なんて無いわ。そう言うと、小さくため息を吐かれた。

 

「アホ言ってないで足を動かせ。ほら、早く行くぞ、昼休みが終わっちまうだろ」

 

「……本当につれない人ね」

 

「なんとでも言え」

 

 言葉で早くと言う癖に、足並みはゆっくりだった。私に歩調を合わせてくれているのだろう。だから、私は貴弘さんの背中を追いかけ続けることができる。彼の不器用な優しさを感じて頬が緩んだ。

 

「今日は天気が良い。飯は庭で食おうぜ」

 

「貴弘さん、言葉使いが下品だわ」

 

「別に良いだろ。相手はお前なんだから、飾ってもしかたない。で、庭で良いのか?」

 

 貴弘さんは、面倒臭そうに鼻を鳴らした。

 もうっ、本当にいけない人ね。貴弘さんだけよ、この私にそんな態度を取る人なんて……まぁ、嫌ではないのだけど。

 

「ええ、もちろんよ」

 

「おう」

 

 頷いて、貴弘さんは微かに笑みを浮かべた。

 可愛い。しかし、それを口にすると、男に可愛いなんて言うな、 と怒られてしまうので心の内に留めておくことにする。

 

 

 

 バラ園を抜け、時計塔の裏手に人目がつかない穴場がある。木陰の下に持参していたシートを引く。貴弘さんは手に持っていたお重をそのシートの上に置いた。私はお重を広げ、取り皿とお箸を用意し、貴弘さんへ差し出した。

 

「……ん、ありがと。じゃあ、食べるか」

 

「はい。ご賞味下さい」

 

「おう、頂きます」

 

 そう言うと、貴弘さんはご飯に食らいつく。「食べる」ではなく、「食らいつく」という表現が正に妥当であった。この光景を聖深学院の紳士淑女たちが見れば卒倒しかねない。流石に食堂で食事を取る際は、貴弘さんも気を使ってこのようは食べ方はなさらないのだけれど、私とふたりきりの時はいつもこう。それだけ私に気を許して下さっているのね。そう思うと、嬉しくなってしまう。

 

 そんなことを考えていると、うっと苦悶の声が聞こえた。貴弘さんは自身の胸をドンドンと叩く。どうやら喉を詰まらせてしまったらしい。慌てて、水筒から冷たいほうじ茶をコップに注ぎ貴弘さんに手渡す。

 

「んぐんぐっごくっ、ぷはぁっ! 死ぬかと思った!」

 

「貴弘さん、大丈夫ですか? 飲み込むように召し上がるからよ。きちんと咀嚼して下さい。お身体に悪いわ」

 

「……むっ、お前の飯が旨すぎるから悪いんだ」

 

「も、もう、貴弘さんったら、またそんなことをおっしゃって!」

 

 責任転嫁も甚だしい。

 毅然とした態度で、注意しなければならない。心の内ではそう思っているのに、不思議と行動に移せなかった。熱くなる頬を冷やすように手で抑える。

 

「……次から気をつけて下さいね」

 

 丸め込まれていると自覚しながら、そんな言葉を発してしまう。うむ、と貴弘さんは大仰に頷いた。

 

 何度注意しても貴弘さんは変わらないだろうし、私も変わらず許してしまうのだろう。だって、同じ会話を今まで数えきれない程してきているのだ。そして、これからもそうなのだと確信している。普段であれば、非生産的だと切り捨ててしまうようなやり取りでさえ、貴弘さんが対象であるならあっさり許容してしまうのだ。

 

(……貴弘さんだけよ、この私にこんな態度を取らせる人なんて)

 

 分かっているのかしら?

 日が昇らないうちから手の込んだお弁当を作るのも、付きっきりで勉強を教えて差し上げるのも、何から何まで喜んでお世話するのも、貴弘さんだけ……いいえ、貴弘さんだからなのよ。

 

 そんな気も知らないで、お弁当を食べ進める貴弘さんを恨めしく思う。……そう思いながらも、いそいそと彼のために用意したもうひとつの水筒から熱いほうじ茶をコップに注ぐ自分が一番恨めしい。

 

(ああ、敵わない。私では貴弘さんに敵わない。でも、良いの。それで良いのよ。……だって、私は今こんなにも幸せなのですから)

 

 木漏れ日が優しく降り注ぐ。

 私は貴弘さんを見詰めて、そっと目を細めた。

 

 

 ―――ここには沢山の幸せが溢れていた。

 

 

 

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