高嶺の花なご令嬢は自ら俺に摘まれに来ます   作:桂太郎(テムヒ)

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聖深祭①

 

 

 

 

 ―――聖深祭。

 

 それは聖深学院において、体育祭に並ぶ一大イベントである。その中身は一般的な文化祭とそこまで相違ないだろう。展示や音楽、講演、飲食店、また部活団体の催しものなどを行う。

 

 ただ、一般的な文化祭との相違点は、そのスケールの大きさにこそある。と、いうのもこの学院には大企業や良家の子息子女が多く在籍しているため、スポンサーには事欠かないからだ。

 

 所謂、高校の文化祭というやつは、あくまでも学生が作れるものの域を出ない。だが、知恵を絞って少ない資金をやりくりし、仲間たちと共に何かを完成させることに意義を見出だすのだ。

 

 例えその結果が稚拙極まりない代物だったとしても、そこで得た経験は、思い出は何より尊い。そこに至るまでの行程こそ青春の1ページに相応しい。俺はそう思うのだ。

 

(そう思うんだが……)

 

 煌めくシャンデリア、如何にも高級そうなペルシャ絨毯。規則正しく並ぶ円卓には、純白のテーブルクロスが敷かれている。目の前に広がる豪華絢爛な世界を見ながらため息をひとつ。

 

「おーい、日野。ぼーとしてないで、お嬢様方をエスコートして差し上げろ」

 

 空気を読まない掛け声が聞こえる。声のする方へ視線を向ける。そこには、燕尾服を華麗に着こなしたイケメンがいた。えーと、こいつは、田中だったか?

 

「分かってるよ、田中。でも、現実逃避くらいさせてくれ」

 

「君は一体何を言っているんだ? ほら、急いで。後、僕は中田だからね」

 

「へいへい」

 

 適当に相槌を打って、タイをしめ直してから「お嬢様」をお出迎えする。俺たちのクラスの出し物は、「執事喫茶」なのだ。しかも、なんちゃってではなく、かなり本格的なものである。まさか、文化祭の出し物で、執事の研修会なるものを受けさせられるとは思っていなかった。

 

 まあ、今さら文句を言ってもしょうがない。やるべきことをやるだけだ。

 

「お帰りなさいませ、お嬢様。私、執事の日野と申しまーーーー」

 

 俺は意識して柔らかい笑顔を作り、お嬢様方に挨拶しようとして、固まった。

 

「うふふっ、ご機嫌ようミスターヒノ。あら、いきなり石像のように固まってどうしたのかしら?」

 

「……アンジェリカ、君は分かっていて言ってるだろう。少し意地が悪いぞ」

 

「ムラサキ、人聞きの悪いことを言わないでくださる? 私は純粋にミスターヒノのことを心配しているわ」

 

「はぁ、全くアンジェリカはぶれないな」

 

 小悪魔めいた笑みを浮かべるモーガンを呆れたように見詰める高円寺。その横には、サイドテールを指でくるくると弄るミッキーが立っていた。ミッキーは興味なさげに視線をこちらにやって、さらに気に入らないといった調子で話しかけてくる。

 

「ふーん、様になってるじゃない。まぁ、あんたにしては、だけど」

 

 誉めているのか貶しているのか分からないお言葉を頂きました。おい、ミッキー。俺お前の先輩だぞ。もっと敬え、こんちくしょうが! 後で、とことんイジリ倒してやろうと心に決めた。

 

「ご機嫌よう貴弘さん。うふふっ、来ちゃいました」

 

 ……そして、楽しくて楽しくて本当にもう堪らないという表情を一切隠さない少女。俺の幼馴染みこと髙野宮さん家の撫子ちゃんである。白々しいにもほどがある。

 

 ――ーー完全に首謀者はこいつだ。

 

「来ちゃった、じゃねぇよ!」

 

 我慢できずを声を上げた。

 

「撫子、俺は絶対に来るなってあれほど言ったよな。言いましたよね、忘れたのかこの野郎!」

 

「あら、貴弘さん。いけない人ね。言葉遣いが下品だわ」

 

 お上品に口元を右手で隠し、撫子は微笑んだ。きっと隠された口元は、にんまりとした笑みをたたえているのだろう。全くもって意地の悪い女だ。俺は恨めしげに、撫子を睨み付けた。

 

「おい。撫子、誤魔化すなよ」

 

「ふふっ、つれない人ね。ええ、確かに貴弘さんはそうおっしゃいました。おっしゃいましたが、私は了承した覚えはありませんよ? それと、野郎ではなく……『お嬢様』でしょう?」

 

 にっこりと、清々しく笑って撫子は、釘を刺してきた。容赦がない。こうなることが分かってたから、来るなって言っていたのに……。

 

「ぐっ、後でおぼえとけよ……お、お嬢様」

 

「はい、宜しい」

 

 敗北感にうちひしがれる。そんな俺に、撫子は嬉しそうに目を細めた。悪魔だ。ここに悪魔がいる。

 

「私の執事さん、席まで案内してくださいますか?」

 

「……断じて『お嬢様の』執事ではありません」

 

 俺の言葉を聞き、撫子は一瞬眉をひそめ、それから満面の笑みを浮かべた。撫子の悪戯っ子のような表情を見て、正直しまったと思った。

 

 長い付き合いの中で、俺は撫子の人格を完全に把握してしまっている。それ故、これから発するであろう彼女の言葉が、甚だろくでもないものだ、ということが分かった。そう理解して、抵抗するよりも先に諦観した。下手に反抗すると、倍返しになって戻ってくることを知っているからだ。

 

「いいえ。何も間違っていないわ。貴弘さんは私の恋人ですもの。他の誰かに渡すつもりも、奪わせるつもりも一切ありません。……というか許しませんので、そこのところよろしくお願いしますね」

 

「殺す気か」

 

 即座にツッコむ。

 いや、マジで。白目になりそう。というか、なった。

 

 撫子の言葉に、ざわりと室内が喧騒に包まれる。

 それもそのはず、この聖深学院でグロリア・フロスである撫子は全生徒憧れのお姉様なのだ。そのお姉様が、俺のことをはっきり恋人と公言したのだから、周囲がざわつくのもある意味当然というやつで。

 

 撫子は周囲の視線を気にした様子もなく、むしろ堂々と背筋を伸ばし佇んでいる。

 

「……では、改めまして私の執事さん。席に案内して頂けますか?」

 

 試合どころか、勝負にも負けた気分だ。

 それも、完敗だった。ちくしょうめ。

 

 ため息を吐き、俺はもう一度タイを締めた。

 

「承知いたしました。お嬢様、お席までエスコート致します」

 

 撫子から請うように差し出された手を俺は優しく握った。

 

「……君たちは本当に流れるようにイチャつくな」

 

「本当に何様なのよ! 撫子お姉様の恋人だからって、調子にのりすぎ!」

 

「あら、ムラサキにミツキ、お二人仲が良いのは喜ばしいことよ。むしろ、おもしろ……いえ、素敵だと思いますわ」

 

 外野から声が聞こえて、我に返る。

 

「お、お前ら、全部、まるっと聞かなかったことにしろ――ーー!」

 

 俺の間抜けで情けない声が、室内に響いた。

 

 何もかも締まらない。

 

 

 ――そんな俺たちの聖深祭が始まりを告げた。

 

 

 

 

 

 

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