高嶺の花なご令嬢は自ら俺に摘まれに来ます   作:桂太郎(テムヒ)

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聖深祭③

 

 

 

 

 ――ー今、俺と撫子は学院内を巡っている。

 

 勿論、正真正銘の二人っきりである。……と、言うのも執事喫茶のシフトが終わったところで、俺は高円寺たちと別行動を取ることになったのだ。

 

 簡単な流れは以下の通りだ。

 

 ミッキーは撫子と文化祭を巡りたいと、最後まで抵抗していたが高円寺とモーガンに宥められ渋々了承。いつもと変わらない行動なので、これに関しては目を瞑ろう。

 

「十分、貴方をイジれ……こほん。楽しませて頂けましたから、お二人でゆっくりしていらして下さいな」と、優しげに目を細めたモーガン(しかし、口角ぴくぴくと震わせていた)。ちくしょう! あいつ、全く本音を何も隠せてないじゃねえか。絶対分かってやってる。後で覚えてろよ。紅茶の誘いは全て断ってやるからな!

 

 頼み綱であり、常識人枠の高円寺は「私も馬に蹴られたくないものでな。日野、髙野宮嬢をきちんとエスコートして差し上げろ」と、気を使っているのか、冷やかしているのか、どちらとも取れるニュアンスの言葉を放ち、二人を連れたって爽快に去っていった。今度から常識人枠から除外してやろうと心に決めた瞬間であった。

 

 兎に角、引っ掻き回すだけ引っ掻き回して、あの愉快3人組は台風のように去っていったのだ。傍迷惑な奴らだ。だが、一番救いようがないのは、それを悪くないと思ってしまう自分自身だった。

 

 ため息を吐く。それから煙草が吸いたいな、と思った。いや、煙草を吸ったことも、買ったことさえないのだが、ただ煙草を吸いたくなるときは、きっとこんな気持ちになるときだと思ったのだ。あくまでも、穿った想像の域を出ない。何となく情けない気分になって、思わず眉間に皺が寄る。

 

 そうこうしていると、手を控えめに引かれた。視線を走らせると、撫子が俺を上目遣いで俺を見詰めている。

 

「貴弘さん、そんなに拗ねないで下さい」

 

「別に拗ねてない」

 

「もうっ、拗ねているではありませんか。私も少し意地悪が過ぎました。ねぇ、貴弘さん機嫌を直してください」

 

「だから、俺は拗ねてなんていないですよ。……撫子お嬢様」

 

「貴弘さんったら、本当に……」

 

 困った人ね、と撫子は眉を下げた。

 

「どうすれば、機嫌を直してくださるのかしら?」

 

「……拗ねてなんていないが、そこまで言うなら次は俺が好きなところに行ってもらうぞ。反論は許さないからそのつもりで」

 

「承知いたしました。貴弘さんのお気の召すままに」

 

「よし、じゃあお化け屋敷に行きますか」

 

「……えっ……お、お化け屋敷、ですか?」

 

 撫子は数秒固まり、弱々しく俺の言葉を繰り返した。

 

「おう。何か問題あるか?」

 

「……いえ、何も問題はありません」

 

 嘘つけ、ホラーが苦手な癖に強がりやがって。

 

 揺れる瞳に気付かないふりをして撫子の手を引いた。どうやら俺は好きな娘に意地悪をして喜ぶろくでもない輩らしい。

 

 まぁ、それも撫子限定だから神様も許してくれるだろう。男はいつだって幼稚で身勝手なものなのだ。

 

 

 

 ***

 

 

 真っ暗闇の中、俺たちは電気式蝋燭を片手に順路を進んでいた。このお化け屋敷はアイリスの3年生の出し物で、テーマは「血の伯爵夫人バートリ・エルジェーベト」である。ハンガリー人の生徒が演出を手掛けたとのことで、かなりの完成度を誇っている。

 

 血の伯爵夫人は16世紀から17世紀の人物らしいので、ヴィクトリア様式を取り入れている聖深学院とは時代が一致していないものの、雰囲気作りは成功していると思う。

 

 撫子が誤って転けない程度のスピードで足を進める。

 

「た、貴弘さん。隣にいらっしゃいますよね。離れたりしていないですよね」

 

 立ち止まって、不安げな撫子に優しく声をかける。

 

「ああ、ちゃんと居るよ。てか、腕組んでるんだから逃げようもないだろ?」

 

「本当に本当ですか? 貴弘さん、そのまま側に居てくださいね。離したら絶対に嫌よ」

 

「はいはい。離しませんよ」 

 

「返事は1回」

 

「はーい」

 

 限界まで怯えているはずなのに、律儀に注意をすることを忘れない撫子に感心する。震える撫子の頭をくしゃりと乱暴に撫でて、再び歩き出す。撫子は更に強く腕を組んできた。

 

 うめき声が響く。

 

 絵画がずれ落ち、花瓶がひとりでに倒れる。

 

 近くから人の気配を感じる。

 

 ぴちゃりぴちゃり。水滴が落ちる音が聞こえる。

 

 あたりから鉄の臭いが漂って、鼻から肺に抜けていく。

 

 正直、高校生のお化け屋敷のクオリティじゃない。チープさの欠片もなく、お金が取れるレベルだ。撫子のしおらしい姿も見れたし、本当に入って良かった。

 

 さて、もうそろそろ終盤だろう。

 

 そう思っていると、前方から大きな物音がした。蝋燭で前を照らすと、鉄の処女(アイアンメイデン)が置かれていた。ぎぃ、と死んだ金属の音が耳を犯す。

 

「……貴弘さん」

 

「おう」

 

「おかしいわ。何だか鉄の処女の両開きの扉が、徐々に開いていく幻覚が見えるのですが、私は疲れているのかしら」

 

「幻覚じゃなくて、開いてるな」

 

「うっ、た、貴弘さん。どうしましょう!」

 

 撫子が情けない声を出して、俺の背中に身体を隠した。おいおい、俺は障害物か何かか。

 

 お化け屋敷だし死にはしないから、そんなに怯える必要もないのにと思ったものの口にしない。恐怖は理屈でどうなるものではないからだ。

 

 扉が開ききると、中からドレスを着た血塗れの女性が立っていた。なるほど、これが血の伯爵夫人か。とてもリアルだ。

 

「うふふっ、新鮮な血が欲しいの。若さを保つために、沢山。沢山。捧げなさい。血を血を血をっ! あははっ、貴女の血を一滴残らず。貴女の全てを、私にちょうだいっ!」

 

「ーーーーッ」

 

 撫子は叫ぼうとする自身を押し止めるような声を出した。最後まで自分を律しようとしているのだろう。それが、気に入らない。

 

「悪いけど、こいつは俺のだから他を当たってくれ。……行くぞ、撫子」

 

 俺の返答に驚いて固まる血の伯爵夫人を置いて、撫子の手を握り出口まで引っ張っていく。そのまま扉を開らき外に出ると、振り返って撫子の様子を伺った。

 

「おい、撫子大丈夫か?」

 

「……だ、大丈夫、です」

 

 そう言って俯く撫子に少し罪悪感を抱いた。

 

「そんなに怖かったか?」

 

「……別に怖くなどありませんでした。それに、その、貴弘さんの言葉のお陰で色々吹き飛んでしまいましたし」

 

「あのな、強がんなよ。本当は怖かったんだろ? 俺の前ぐらい気を抜け。別に今さら幻滅なんてしねぇよ」

 

 撫子は顔を伏せたまま繋いだ手を引いて、俺と腕を組み直した。撫子が今どんな表情をしているのかは分からないが、真っ赤に染まった耳を見て微笑ましい気分になる。

 

「……貴方はいつだって、私に完璧を求めないのですね」

 

 小さく呟かれた言葉に、俺は大きく頷いた。

 

「別に完璧じゃなくても良い。その、なんだ。俺はありのままのお前が好きだ」

 

「……っ、その、ありがとうございます」

 

「おう」

 

 短く答えて、撫子に笑いかけ話題を変える。このこっぱずかしい雰囲気にもう耐えられなくなったからだ。

 

「それより、次はどこに行こうか? まだまだ時間はあるから、沢山まわろうぜ。遅れないようにちゃんと付いてこいよ」

 

「はいっ、付いていきます」

 

 撫子は天使のように無邪気な笑みを浮かべた。

 

 それは初めて出会った時と同じ……俺が好きなあの笑顔だった。

 

 

 

 

 

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