高嶺の花なご令嬢は自ら俺に摘まれに来ます   作:桂太郎(テムヒ)

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噂をすれば影が射す

 

 

 待ちに待った日曜日。

 

 蝉が鳴き初め、夏の日差しが積乱雲を照らし始めた朝。俺は年期の入ったアパートの前に立っていた。

 

 お目当ての人物は、このアパートの二階に住んでいる。

 

 赤黒く錆びた鉄の階段を上る。一歩踏み出すごとに、キシキシと不気味な悲鳴が聞こえてきた。それはどんなホラー映画よりも恐ろしい音だった。底が抜けてしまうのではないか、という不安が身体を震わせる。

 

 このキシキシの音はまだ悲鳴だから! 

 致命的な断末魔の叫びではないから!

 

 そう自身に言い聞かせる。それにほら、これだけ背筋が凍るような思いをすると冷房要らずだ。なんてエコなんだ。すばらしい。

 

 そんなくだらないことを考えているうちに、目的の部屋の前にたどり着いていた。

 

 とりあえず、これみよがしにチャイムを連打する。

 

 すると、扉の向こうでバタバタとせわしない音が聞こえてきた。それから数秒置いて乱暴に扉が開かれ、その先には乱れた髪の少年が立っていた。こいつは木村圭一、幼稚園からの友達だ。

 

「おい、タカ! こんな朝っぱらから何だよ!」

 

「おお、圭一。おはよう。爽やかな朝だな。遊びに来てやったぞ。泣いて喜べ」

 

 ぷんす、と鼻を鳴らし胸を張る。

 

「何でそんな無駄に偉そうなんだよ……」

 

「許せ。たまには俺だって息抜きしたいんだ」

 

「この野郎。開き直りやがったな」

 

 圭一は荒っぽくそう言って、ガシガシと頭を掻いた。それから諦めたようにため息をひとつ。

 

 俺はそれを尻目に、レジ袋に入った大量のお菓子を差し出す。人はこれを賄賂と呼ぶ。

 

「また大量に買ってきたな」

 

「おう、今日1日籠るつもりだからな」

 

「何勝手に言ってやがる」

 

「残念だ。お前がやりたいと言っていたゲームを入手したんだがな」

 

「ようこそ、我が家へ!」

 

「切り替えが早くて逆に引くわー」

 

「うるせぇ! 背に腹はかえられん」

 

 部屋に入らせてもらう。相変わらず散らかってんな。まさに男の部屋といったところだ。日頃から上品しすぎる場所にいるので、その煩雑さが妙に安心する。

 

 圭一はこのボロアパートに独り暮らしをしている。親父さんが県外に単身赴任しており、お袋さんもそれについて行っている。圭一はこの町の高校に通うために1人残ったという訳だ。

 

 圭一が着替えたのを見計らって、早速ゲームを始める。よし、今日は遊びまくるぞ!

 

 

  ***

 

 

 ゲームを初めて、数時間。

 

 目が疲れてきたので、お菓子を食べながら休憩を取る。

 

「タカ、聖深学院で上手くやってんのか?」

 

「まぁ、それなりに。……でも、女子の比率が高くて、毎日めちゃくちゃ気疲れするな」

 

「そりゃ今は共学になってるけど、元々すげーお嬢様校だもんな。……思えば、良くお前そんなところに進学しようと思ったな」

 

「…………撫子に泣き落とされた」

 

「ああ、うん。なるほど。髙野宮さん、昔っからお前にべったりだもんな」

 

 圭一から哀れむような眼差しを向けられた。何か腹立つな。

 

「でも、あんな美人の彼女がいるんだから良いだろ」

 

「……彼女じゃないからな。撫子はただの幼馴染みだっての!」

 

「えっ、何。お前らあんなに毎日一緒にいてイチャついてるのに、まだ付き合ってないのか」

 

「当たり前だ。それにイチャついてなんかない!」

 

「うわ、無自覚かよ。爆発しろ」

 

「するか!」

 

 そんなやり取りをしていると、スマホの着信音が聞こえた。画面を確認する。そこには撫子の文字が浮かび上がっていた。

 

「うわぁ、撫子からだ……」

 

「噂をすればなんとやらだな。早く出てやれよ」

 

「ぐっ、分かってるよ」

 

 圭一に促されて、電話に出る。

 

「……もしもし、撫子か?」

 

『貴弘さん、ご機嫌よう』

 

 スマホ越しに、通りの良い落ち着いた声が聞こえる。

 

「おう。撫子、どうしたんだ?」

 

『貴弘さん、今どちらにいらっしゃるのですか?』

 

「圭一の家だ。一緒にゲームしてる」

 

『木村さんのところ……ですか。私も今からそちらに伺ってもよろしいてしょうか?』

 

「えっ? いや、でも汚い男の部屋だぜ。1日ゲームしてるし、お前が来てもつまらんと思うけど」

 

 汚いは余計だ、という圭一の発言は無視する。事実だろうが。

 

『私は気にしません。いけないでしょうか?』

 

「ちょっと待ってろよ。圭一にすぐ聞くから」

 

 俺はとりあえず電話をそのままにし、圭一に伺いをたてる。

 

「撫子が遊びに来たいんだってさ。良いか?」

 

「そりゃまぁ別に構わないけど……」

 

 許可を取れたので、撫子にそれを伝える。

 

「圭一は良いって。場所、分かるか?」

 

『はい、大丈夫です。では、今から参りますね』

 

「おう、待ってる。道分からなくなったら、また電話してこいよ」

 

『ええ、ありがとうございます』

 

 会話を終了して、圭一に向き直る。圭一は微妙な顔をして、こちらを見詰めてきた。

 

「……なんだよその顔」

 

「髙野宮さんは、遊びに来たいっていうか、タカに会いたいんだろ。馬鹿め。……お前らほんと何で付き合ってないんだろな」

 

 圭一は眉をひそめながら、吐き出すように言った。心底納得いかないような声音だった。

 

 

 

 

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