高嶺の花なご令嬢は自ら俺に摘まれに来ます   作:桂太郎(テムヒ)

9 / 35
今泣いた烏がもう笑う

 

 

 

 流れる水のように清冷な音。

 

 自身が水際にいるのかと錯覚してしまいそうになる。

 俺には音楽の素養が全くないので、その良し悪しなんて分からない。だからと言って、何も感じない訳ではない。

 

 俺は撫子のヴァイオリンを聞きながら、そんなことを考えていた。

 

「さすが撫子お姉様だわ。ああ、なんて素晴らしいの! この音。この表現。そして、確かな技術。完璧っ! お姉様ほど才能に溢れたお方はいらっしゃらないわ。だからこそ、お姉様はリリィーよりもこのローズに相応しい。……アンタもそう思うでしょ?」

 

「……俺が思うのは、お前がうるさいってことぐらいだな」

 

「アンタって男は、レディになんて言いぐさなのっ。反省してるって言いなさい!」

 

「反省」

 

 言われたので、復唱してみる。

 

「お馬鹿! 言えば良いってものじゃないのっ!」

 

「どうしろと」

 

 なんて無茶苦茶な女なんだ。俺は仮にも先輩だぞ。

 冷泉望月(れいせんみつき)、こいつはローズに所属する1年生で、まだ入学して間もないのにも関わらず監督生に選ばれた才女だ。国際的に有名な音楽家の子女で、聞いた話では幼い頃から数々の名のある音楽コンクールの優勝を総なめしているらしい。

 

 彼女は鎖骨よりも少し長い髪をサイドテールにてまとめている。その髪型は、いかにも勝ち気そうな顔立ちと良くマッチしていた。

 

 彼女もモーガンに演奏会の奏者として誘われたらしく、放課後こうやって撫子やモーガンと一緒に練習に勤しんでいるのだ。

 

「ミッキー、とりあえず落ち着こうな。音楽は静かに聞くもんだって、偉い人から教わらなかったか?」

 

「なっ、ミッキーって呼ぶなっ! そもそも、偉い人って誰よ!」

 

「ミッキー。すぐ答えを求めようとするのは、頂けないな。答えはいつだって、ミッキーの中にある。分かったか、ミッキー」

 

「ミッキーって、連呼するなぁ!」

 

 ぷんすかと、威嚇するように手を上げるミッキー。こいつは背が本当にちっこいので、小動物が頑張ってころころしているように見える。

 

 ……何こいつ面白い。もっと、からかおう。

 

「……貴弘さん」

 

 いつの間にか、ヴァイオリンの音が途切れていた。

 静かな声が音楽室に響く。 

 

 あっ、ヤバい。これ、怒っている時の声だ。

 

「そんなに望月をからかっては可哀想よ。本当にいけない人ね」

 

 嗜められる。この有無を言わさない感じ。反論しても無駄なやつだ。俺は決まりが悪くなって頭を掻く。

 

「……悪かったよ」

 

「それから、望月。貴弘さんは貴方の先輩ですよ。言葉遣いを考えなさい」

 

「……はい、すみません。撫子お姉様」

 

 さすがのミッキーも撫子には頭が上がらない。肩を落とし、弱々しく震える望月を見て、撫子は微笑んだ。それから、優しく頭を撫でて言葉を発する。なんという飴と鞭。

 

「分かってもらえたのなら良いのよ。さぁ、望月。次は貴方のピアノを聞かせて頂けるかしら?」

 

「はいっ、お姉様!」

 

 今泣いた烏がもう笑った。

 ミッキーは張り切って、ピアノに向かう。それから程なくして、心地よい旋律が耳に入る。和やかな雰囲気。俺は思わず瞳を閉じて―――

 

「本当に、いけない人」

 

 ―――耳元で囁かれ、二の腕を摘ままれた。

 

 ちくしょう! 

 全然和やかな雰囲気じゃありませんでした。

 

「お、おい、撫子」

 

「私が弾いているのに、望月ばかり見て。ふふっ、妬けてしまうわ」

 

「何言ってんだよっ!?」

 

「貴弘さん、覚悟して下さいね。本番では、私に釘付けにして差し上げますので」

 

 そう言って、撫子はにっこりと笑った。本気も本気という笑みだった。

 

「お、おう、楽しみにしています」

 

 恐ろしくて、思わず敬語になる。

 撫子は典型的な怒らせては駄目なタイプだ。沸点が高く、滅多に怒らないが、一度キレると手がつけられなくなる火山型なのだ。

 

 というか、撫子は俺に対してだけ沸点低くない? 

 露骨に低くない?

 

「……貴弘さん、いつも私だけを見ていて下さい。それだけで良いの。ほら、とても簡単なことでしょう?」

 

 全然簡単なことじゃないと思います。

 でもこれ以上怒らせたくないので、頷いておく。

 

「よろしい」

 

 撫子は満足げに唇を緩めると俺の手に指を絡めた。

 

 そのとき直ぐ後ろの方から、かちゃりと無機質な音が聞こえた。

 

 振り向くと、モーガンが優雅に紅茶を楽しんでいた。先程の音は、彼女が右手で摘まんだカップを左手で胸元に持ってきたソーサーに置いた音であったらしい。 

 

 モーガンは俺の視線に気付くと、上品に目を細めた。

 いや、お前も練習しろよ。何で優雅に茶を飲んでるんだよ。

 

「ミスターヒノ。ふふっ、ステディと仲が良ろしいのは、とてもいいことだわ。指を絡めて寄り添うなんて、紅茶のように味わい深く情熱的ね。……ところでミスター、ご一緒に紅茶はいかがかしら?」

 

「遠慮しとく」

 

「……そう、残念だわ」

 

 にべもなく即答した。

 あと、何でもかんでも紅茶に例えるのはどうかと思う。

 

 それを聞いてモーガンは肩を落として、しゅんとした。

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。