「でも二人の幸せそうな顔を見たら、剛三さんもきっと喜んでいるわね」
「そうだと良いのですが…」
墓参りを終えて霊園から帰る途中。蓮子の育て親でもあるトワ子と話をしていた南部達。そこで彼女から色々と祖父に関する話を聞いた南部達は驚きながら駅まで向かう。
「今度帰って来ることがあったら彼を連れてくるのよ?」
「え?あ、うん。…分かった」
そこでトワ子は孫に小声でそう言うと、彼女はその事を楽しみにしている様子で駅に向かう。そして駅まで彼女を送った二人はその後に家までの帰路に着く。
「随分と快活なお方だ」
「昔から変わらないよ」
彼女はそう話すと電車に乗って南部が住んでいるマンションまで移動する。
以前はアパートに暮らしてバイトの掛け持ちもしていた彼であったが、トワ子が送った事が判明した祖父の遺産相続によって、祖父が持っていたマンションに引っ越したのだ。
その事に泡を食って親戚たちは祖父の遺産が湧いてきた事実に驚愕をしていたが、時すでに遅かった。すでに遺産相続に関して全ての権利を放り投げ、何なら彼という遺児の押し付けあいまでしていたのだから後の祭りである。
一応、戸籍上の親である親族から色々と言われてはいるが、徹底抗戦の構えは崩さない。自分の中にある大人びた自分の姿を投影しながら色々とやってやろうと思っていた。
「マンション暮らしなんだ。へぇ、お金持ち〜」
「祖父が色々と残してくれていたんだ。トワ子さんのおかげだよ」
彼はそう言い駅を降りると、そこでこの地域にある小さなマンションに入る。本当は一等地にもあるのだが、そちらは部屋が大きいので暮らしづらいなと言うのが本音だった。
「お邪魔しまーす」
そこで失礼したのは典型的なワンルームマンション。祖父から預けられたと言うその建物はトワ子によって丁寧な保全がされており、彼はそこで祖父から不労所得の財産を受け継いでいた。
「うわぁ、なかなか良い感じじゃん?」
「曲がりなりにも俺ん家は良い家なんだぞ?」
靴を脱いで小山が部屋に入るのを追って部屋に入る。
「へぇ、こんな感じなんだ」
ワンルームマンションに入り、そので興味深そうに部屋を見回す。
「ちょっと待っててくれ。泊まるなら色々といるだろう?」
「あっ、そこは大丈夫だよ」
そこで彼女は持っていた鞄から着替えや化粧品などを取り出していく。
元々アイドルのようなことをやっていたからなのか、元々の美容意識が高いからなのか、彼女はその学生鞄に入っているとは思えないほど多くの私物を詰め込んでいた。
「元々泊まるつもりだったから色々と準備しちゃった」
「…そうか」
その準備に南部は少し苦笑しつつも彼女が洗面台や部屋に色々と物を置いていくのを見ながら自分は夕食の準備をする。
友達を家に入れたことはあったが、彼女を家に入れたことのなかった彼は、どう対応したものかと思わず携帯を握ってしまう。
「どうしたものかな…」
一人暮らし用の冷蔵庫を開けて彼は少し困った様子で中を見ていた。何せ人を呼ぶ事を前提に生活をしていなかったので、セルフでミニマリストのような生活をしていたのだ。
「悪い、夕飯用の食材買ってくるわ」
「ん、何か食べたいのはあったりする?」
「…それ普通は家主が聞くものだぞ」
そう言いつつも小山は作る気満々であったので、彼女の手料理と聞いて興奮しない男はいないだろう。
「得意料理は?」
「桜鍋」
「んじゃあ、馬肉とか色々買ってくるかね」
少々意外な料理が出てきたが彼は冷蔵庫を閉めて部屋を出る。近くにそう言う特殊肉を扱う店があることは知っていたし、多分近くの肉屋に行けば馬肉も出してくれるだろう。
「行ってくるわ」
「はーい、気をつけて」
小山はそう言って買い出しに向かう彼を見送ると、自分の私物を置き終えて部屋の掃除を始めていた。
その後、買い出しから帰って小山特製の桜鍋が出来上がる。部屋は小山が片付けてくれたことでいつも以上にスッキリとした光景が広がっていた。小山の私物が既に大量に置かれている中で、二人は鍋を前に手を合わせる。
「「いただきます」」
そこで箸を取って二人はグツグツと音を立てる南部に箸を突っ込む。
「んんっ、美味いな」
「あら嬉しい」
良く煮込まれた馬肉は意外とさっぱりとした味わいをしており、味噌と合わせて食べやすく喉を通っていく。
「クセがない馬肉なんだな」
「そこは腕の見せ所よ。おばあちゃんに仕込まれてるんだから」
「なるほど、これが俗に言う『おふくろの味』って言うのかね…」
彼はそう言って満足そうに食事をとっていると部屋のインターホンが鳴った。
「?」
「何か注文した?」
「いや、どうだったかな…」
そこで彼は部屋のドアを開けると、そこでは郵便配達員が立っていた。
「書留です。判子をお願いします」
「はいはい」
何だろうかと首を傾げながら判子を押して手紙を受け取ると、南部は首を傾げながら部屋に戻る。
「何だろう。書留だってよ」
「へぇ」
身に覚えのない書留。しかし宛先はこの部屋であるために首を傾げながら封筒を切ると、その中身を見た。
「なにこれ?」
「白黒写真だな」
その写真はある家族の写真だった。女性の腕の中には赤ん坊が包まれており、夫婦は幸せそうな顔をしていた。
「誰の写真かな?」
「…さぁな」
いきなり書留で送られてきた写真に小山は怪訝に見ていると、南部は思わず出てしまいそうになる笑みを隠してその写真を部屋の中のノートに挟んだ。
「さあ食べようぜ。冷めるのも嫌だしな」
「そうね」
小山はその写真について何か知っている様子の彼に色々と聞きたかったが、多分聞いても答えてはくれないんだろうと予想して忘れることにした。
「ーー思えば、長い時間が経つものだな」
そう言いグラスに貴腐ワインを注ぐ。
そのワインは自分が見ていたあの不思議な夢の中に出てきたワインに最も味が似ている一本だ。
結局、あれが本当であったのかもよくわからない。何せ一日の夢の中で起こったかのように次の日を迎えていたからだ。
「だが、あれは多分実際に起こったことなんだろうな」
そう言う今の彼はすっかり髪の毛は白く染まり、体も恰幅の良い体つきになり、髭も生やして顔中に皺が出来上がっていた。これでもまもなく一三〇になろうかという老体で、歳の割にはとても若く健康的に見えた。
「長く生きた。そうは思わんか、蓮子」
彼はそこでその手に持っていた白黒写真に火を付ける。その写真は、嘗て家族として自分を育ててくれた姉とその子供が写っていた。その写真がゆっくりと燃えてしっかりと塵になったことを確認すると、部屋のドアを開けて一人の従者が飛び込んできた。
「旦那様!」
「…うん」
そこで仏壇の前で座っていた彼はゆっくりと立ち上がるとその従者に言う。
「みんな逃げなさい。応戦する必要はない」
「しかし…」
「大丈夫だから。行きなさい」
そう言って他の従者達を逃すと、彼は応接室のソファに座って部屋を見る。
思えば波瀾万丈な人生を送った。
卒後、防衛大学校に進学をして自衛官として暫く任官した後に政界入りし、一時は国の舵取りを担う仕事を最長在任期間勤め上げた。
既に高校の頃からの仲である妻にも先立たれ、心労を理由に政界を引退して久しいと言うのに、教え子達が毎度相談に来るから困ったものだ。
「ふぅ…」
そこで火をつけて片手に貴腐ワインを傾けて葉巻を吸う。
彼に葉巻を教えたのは、これまた高校生の頃からの友人である。自分と同じ夢を見たと言っており、彼は最終的に元財閥系企業の社長にまで上り詰めていた。おかげで政界入り後も色々と仲良くやらせてもらっていた。しかしそんな友も一〇年ほど前に墓に収まった。
「他の奴らも、みんな死んでしまったな…」
そこで彼は相変わらず脳裏に異世界で軍人として殺し合ったことの記憶が思い出される。今まで何度も命の危険はあったが、あの世界ほど隣で死を感じたことはなかった。
「懐かしいな。もうその同級生でも生き残ったのは俺だけだ」
二年前、病で妻を亡くしたことであの教室の中にいた生徒で、今も生きているのは彼だけであった。病死、事故死、老衰…死因は様々であるが、これだけ長い時を生きていると、流石に死んでしまう事ばかりだ。しかしその中に戦死者は一人もいなかった。
「…二度目の死、かな?」
彼はそう呟いて葉巻を吸うと、部屋の扉が開けられた。
「っ!!」
そして一斉に数人の軍服を纏った軍人が突入してきた。
「南部茂閣下ですね?」
「ああ、何処の陸軍部隊の所属かな?」
余裕な様子で彼は隊員達を待ち構えていると、逆に彼らは驚いていた。
「っ…第3歩兵連隊所属、栗原安弘中尉です」
部屋に入ってきた彼らは全員が武装をしており、明らかにこちらに敵意を持って接していた。ただしその顔に顔には緊張があり、付き従った兵士たちは困惑していた。
「誰の命を受けてここまで来た?」
「…自分の意見に従って動いたまでです」
警戒を崩さず、その陸軍中尉は目の前の老齢な軍政家を見る。
嘗て四〇年以上に渡る政権の中で多くの反対派を処刑し、核兵器を自国で持ち、第三次世界大戦の引き金を引いたとも目されている目の前の男は、銃を突きつけられているにも関わらず平然と受け答え、むしろ突入した兵士達を圧倒させつつあった。
「殺しか?拘束か?」
「…」
その質問に彼らは答えない。しかしそれで十分であった。
「命乞いはしない。そこまで無様な姿を教え子達に見せるわけにはいかないんでな」
目の前で座る男はグラスを傾けたまま答えると、銃を持って突入してきた兵士達にとてもその年とは思えないほど強い感情を持った鋭い視線を向けて話す。
「約束しろ。俺以外に殺さないと」
「「「っ…!!」」」
その時、全員が思わず息を呑んでしまう。
「俺とてほぼ老害だ。些か長生きをしすぎた老人なものでね」
自分の認識を語ると彼らはそれが明らかに嘘であると感じ取る。目の前の男はその何十年も身を置いた政財界において絶大な影響力を持った一族の長であることを知っていた。そして今も彼の頷きがなければ法案は通らない事も。
「大方、君達はアメリカに煽られたか?」
そこで彼は、嘗ては超大国であったが、長年の戦争で疲弊して空中分解を起こしたとある国家の事を持ち出すと彼らは目を開いた。
「傀儡政権にだけはなるなよ?あの国は今でも大国に蘇ろうと虎視眈々とこの国を狙っているぞ」
彼はそれだけを言うとワインを飲み干して言いたい事を言い終えた様子で真っ直ぐ彼らを見つめた。
「さあ撃ちたまえ。君たちの敵は目の前に座っている」
まるで煽られるように余裕があった彼に、栗林は部下に言った。
「…撃て!」
栗原が怒鳴ると全員が拳銃を構えた。元々、拘束を予定していた為に彼らは拳銃以外に武器を持っていなかった。しかしその兵士の持っていた拳銃は震えていた。
彼らが相対している男は今まで多くの反対派を処刑し、血の粛清を行った恐怖政治を構築したのは確かだ。たがそれのおかげで旧弊を一掃し、国を発展させ、憲法を変えて自衛隊を国軍に変えさせた恩人でもあった。その捩れが彼らに引き金を引く事を躊躇させていた。
「しっ、しかし…」
銃口はしっかりと彼を向けている。しかし彼らは引き金を引く事を躊躇した。
「撃つのか撃たないのかはっきりせい!貴様らそれでも軍人か!」
ついには怒鳴られてしまうと、躊躇をしていた兵士たちを見限って栗原が拳銃を握って引き金に指をかけた。
「っ!!」
そして連続で放たれた拳銃弾は応接室に血痕を散らした。
「…ふんっ」
撃たれた南部は、そこで撃たれた自分の体を見て鼻で笑った。
「下手くそめ。貴様らの銃の腕もこんなものか」
彼はそう言うと、銃を撃たなかった兵士の拳銃を血だらけの手で握ってグイッと自分の胸に当てた。
「良くその眼に焼き付けろ。独裁者が死ぬ姿をな」
そう言うと彼はその兵士の指を押して引き金を引かせた。
そして倒れる直前、彼は不敵に笑みを浮かべていた。
この作品はこれをもって完結です。
ここまでのご愛読ありがとうございました。
オリジナル作品の処女作をようやく完結させられることができました。
正直、終わるのにこんなにかかるとは思っていませんでした。(苦笑)
見ての通り、拙作の戦争シーンは某アニメ2期放送中の戦記を参考にしました。
戦後からはなるべくオリジナルでいこうと努力した次第です。
こうしてみるとまだ書き慣れていない頃の残骸が最初の方はあって恥ずかしい限りです。
では、またいつかの機会にお会いできれば。