「別にぃー、弱いからどうこうって話じゃないんだよ」
声は届かない。何を言っているのかわからない。
「例えば、神崎とか遠山みたいなぁー、あいつを止めれるなら文句はないんだけどさぁー」
止めれるわけがない。止められなかったから、遠山先輩は、あそこまでストイックに強くなったんだから。
「そぉーじゃなくても、逃げれるならぁ、引き際を心得ているならァー、ここまでは言わないけどさぁ」
逃げる? そんなの、私の性分じゃない。逃げれるはずがない。
「お前さぁ、申請書出した時、けっこぉー、
ふざけるな。何が議論だ、骨折しようが、身体が欠損しようが、放っておくのが、教務科《あんたら》だろうが。
「そう、でもさぁー? 死人、死人は困るんだよねぇー?」
死人出て、初めて動く、
「まあ? あいつの友達はぁー、おまえがなれないって、踏んでたしぃ? 受けさせることを許可したんだよ」
はは、まあ、麒麟が戦妹じゃなかったら、四季先輩の戦妹になんて、なれなかったでしょうね。
「なったあともぉー、様子見してたんだけどさぁ。あいつはあいつでやる気ないし、教えんのもうまくないしさぁー」
痛かったなぁ、柔軟体操。まだ一回も、刃物関係で教えてもらっていないや。
「このままじゃぁー、お前っつ―金の卵をぉ、四季っつープテラノドンに食い潰されちまう」
フザケルナ。
「もう、わかったよなぁー? せんせーは、二回おんなじことを言うのが嫌いです、っと」
フザケルナ。
その日の訓練は、散々だった。集中しきれなかったし、西条先輩と話をしようにも、そもそも来ていなかった。遠山先輩も、急な用事とかで来ていなかったが、これは別に珍しくもなかった。あの先輩は、学校にいるほうが珍しいぐらいに、あちこちを飛び回っている。同じぐらいに、浮いた話を聞かない日もないのが、玉に瑕なのだが。
次の日は、一年生と二年生で、普通教科の授業数が一限違うので、一年生が先に来て訓練をすることになっていた。奴隷の一年、等と言われているように、トレーニング器具は二年生が先に使い(三年生は就活やら任務やらでそもそもいない)、一年生はその後急いでノルマを達成しなければいけなくなるのだ。
だから今日のような日は、自分のトレーニングや、同じ科に戦兄や戦姉がいる場合は、稽古をつけてもらえる貴重な日でもある。
「いっちばーん」
虚しい声だと、自分でも思った。綴先生に言われたショックで、ここ二日間は、あかりからも元気が無いと言われてしまった。授業はいつもどおりなのだが、体育にすら集中できなかった。
ため息を付きながら、強襲科の体育館の扉を開けると、体育館の中央に、一人の少女がこちらに背を向け、虚空を眺めていた。一番乗りでなかったコトに舌打ちをするが、そんなイラ正しさよりも、すぐに疑問が強くなっていった。まず、その奇怪な服についてだ。辛うじて、制服だとわかるが、ズタズタに避けており、原型をとどめていない。そもそもあんな背の小さい少女は、東京武偵高にはいなかったはずだ。ましてや、強襲科には、断言できるほどに決していない。
「ゆらぁり、ゆらぁり」
何かをしゃべっていることはわかったものの、その言葉にはとても意味があるとは思えなかった。よく見ると、両手には凶悪なデザインのナイフ二本が握られており、一目見ただけでも身長や体重とは釣り合わない事がわかる。
「ゆらぁり?」
と、その少女がこちらを向いて、ようやく分かった。というか、なぜ、今までわからなかったのだろうか。少女、もとい、それどころか男で、しかも年上の、西条四季先輩だった。
その目は淀んでおり、こちらを見ているのに、自分をまるで見ていないような錯覚を覚えてしまうほどだった。凶悪で身体に吊り合わない大きさのナイフ二本に、淀んだ目、恐らく自分でそうしたであろう武偵高の制服だったズタズタの服。それらと相反するように、アホ毛にはチョウチョが止まっていた。
「あ、あの、先輩、えっとその……」
「ゆらぁり」
何を話そうか、迷っているうちに、というかものの数秒程度で、西条先輩はこちらから興味をなくしてしまったらしい。
――ああ、そうか。先輩はもう私に興味が無いんだ。
――だったら、せめて、最後にせめて……
「先輩。私と決闘してください」
「ゆらぁり」
肯定とも否定とも取れない息継ぎだったが、しかし、その顔は笑っていた。決して、後輩に向ける笑顔ではなかったことを除き、もし、これが狩りを楽しむ笑顔だとすれば、満点がもらえる笑顔だった。
もちろん彼女の勘違いである。と、第三者視点から偉そうに、天の声として弁明しておく。
今回は、普段とはなり方が多少は違ったとはいえ、例によって西条四季は、狂化していた。狂化すると、ある程度強くないと、あるいは何か彼にとって特別でないと、ほとんど無軌道なのだが、中途半端に強い火野ライカに、決闘を申し込まれ、西条四季は即座に行動を起こした。体育館には、チラホラと人が集まりだしており、周りの目は大いにあった。非推奨行為の決闘を行い際には、暗黙の了解として、目立たないところで行うのがならわしのだが、あろうことか、体育館で始まったのだ。
更に不幸なことに、チラホラと集まりだした中に、間宮あかりがいなかったのだ。もしいつもどうりに、火野が間宮と一緒にきていればこのような事にはならなかっただろう。もし、もしの話なのだが、もしも間宮あかりが、西条四季に戦兄を出願していれば、教務科は何も言わなかっただろう。間宮あかりは、分家とはいえ、仮にも殺し名の所属だ。引き際は心得させられているし、彼我の戦力差などは、おおよそ一年生全体で見てもトップに立つことはできる。なによりも、西条四季の『狂化』について、ある程度は知らされていた。だから、間宮あかりがこの場にいた場合、真っ先に火野ライカをぶん殴ってでも、気絶させて戦いを終わらせていただろう。
ズドン、とおおよそ刃物の音とは言いがたい音を出して、何かが、体育館の壁をえぐった。それを投げたのは、西条四季でいつも通りなのだが、なんの警告もなしに、いきなり四方手裏剣を火野に向かって投げたのだ。一年生の多くは、その音に驚き、一目散に二階に逃げていったので、これで火野ライカと西条四季は誰に臆することもなく、誰かがじゃまになることもなく、戦うことができる。
西条四季はもう一本の手裏剣を、投げつけた。予備動作などは、腕を上に上げ、下に振り落としたことぐらいだろう。狙いをつけているようには見えず、たったそれだけの動作であるにもかかわらず、手裏剣は防弾性の壁を安々とえぐりとった。一般に手裏剣の射程距離は7~8メートルと言われているが、明らかに超えている。
その後も西条四季は、矢継ぎ早に投げナイフ、苦無、手裏剣各種を投げ続けていた。それらすべてを、火野ライカは、紙一重で避け続けていた。そしてこれは、避け続けることができるペースで、西条四季が投げていることにほかならない。
西条四季に取って戦いとは、神聖なものでも、大切なものでもない。ただ楽しむだけのものでしかないのだ。その楽しみ方にもいろいろあり、強い相手とまじめに戦い楽しむことや、今のように、弱い相手を疲れさせてからズタズタにして楽しむこともある。要するに、火野ライカは西条四季にとって弱いと区分されている。フィジカルの問題ではなく、技術的な問題で弱い。しかし、これは彼女に限った話ではなく、二年生の強襲科の生徒の大半ですら、彼に嬲られて終わる。中には、相手にすらされないことすらあるほどだ。だからといって、今の彼に決闘を申し込むような、愚かなことをする二年生は皆無なのだが。
「チッ」
と、ようやく到着した間宮あかりが、人目も憚らずに舌打ちをした。見る人が見れば、プレイヤーとわかる目をして。
彼女はすぐに状況を把握し、戦姉である神崎・H・アリアにメールを送った。この学校で、授業中だからメールを見ないなどという、殊勝な学生は摘んだ砂糖をさらに半分にするより少ないだろう。
そして、自分のやれることはやったといった顔で、二階に避難した。勿論、火野ライカならば、今の彼女なら、簡単に止めることはできるだろうが、そんなことをすれば、西条四季の標的が彼女に移り(明らかにさっき西条四季は彼女を見ていた)、プロのプレイヤー同士の熾烈な殺し合いに発展してしまう。プロのプレイヤーの身体能力は、並みの武偵の比ではなく、伝説の殺し屋に至っては、一般人をなでただけで首がもげたらしい。
「あ、麒麟ちゃん」
「ひっ、あ、間宮さまですの……」
間宮あかりの表情をみて、島麒麟は目を見張った。人は表情が違うだけで、こうも印象が変わるのかと。
「言っとくけど、本当は助ける気なんてサラサラないし、あんな馬鹿なことするなら死んでくれたほうがいいと思うよ」
と、冷酷に間宮あかりは告げる。紛うことなきプレイヤーのひとりとして。
「最近、多分あの西条先輩の影響で、私という私がぶれ始めているんだよ」
冷たい目で、正確に状況を把握していく間宮あかり。彼女の目には、10分もしないうちに、火野ライカがひき肉にされている姿が目に浮かぶ。
「だから、私は友達を見捨てるほど、昔に戻っていない」
アリア先輩なら、もしかしたら間に合うかもしれない、と間宮あかりは思案する。
「ゆらぁり、ゆらぁり」
「――ッ!?」
決闘が始まって、ここで初めて西条四季は火野ライカに接近した。この時点で、床には投擲具が大量に転がっており、自由に動くことが難しくなっていた。それに加え、火野ライカの体力も大幅に削れており、息が荒く、汗が吹き出していた。
そこを見計らっての、接近戦。フィジカルで優れている火野ライカであるが、裏を返せば、的が大きいことになりかねない。そもそもCQCを得意とする彼女が、全身に刃物を仕込んでいる西条四季を殴れば、拳が使い物にならなくなるので、相性は最悪と言えた。
こうなってしまえば、フィジカルの優位点などどこにもない。遠山キンジは、確かに西条四季を殴り飛ばしていたが、それはあくまでも、力の向きの制御に秀でた彼だから出来た至高の業である。イチかバチかでやるには、できないことが多すぎる。
「ぐううううううう!」
なんとか、致命傷のみは、タクティカルナイフで防ぐものの、西条四季の攻撃は防ぎきれなかった。矮躯に見合わない重厚なナイフによる遠心力、人間の可動域をはるかに超えた関節の柔軟性、洗練されたナイフさばき、どれをとっても、『Cランク』などというものを、はるかに超えた技量である。
(腕が八本に見えた!? いや、それ以上に一撃一撃が重すぎる! 2,3合逸らしただけなのに、腕がしびれて使いものにならない!?)
何も教えなかったのではなく、自分が何かを教えてもらえるほど強くなかったということを、ひどく痛感する火野ライカ。距離を取ろうにも、後ろに意識を移すだけの、余裕もない。腕のしびれと、目の前の西条四季に意識を向けるので、手一杯である。
ダンッ、と音がした。その後に腹部に熱い何かを感じた。鋭い痛みが遅れてやってきて、視線を下ろすと、西条先輩がいた。手には、薄い刃が曲線を描いている、芸術的なフォルムのナイフが握られていた。
そして、私が最後に見たものは、ピンク色の何かだった。
目を覚ますと、知らない天井で、遠山先輩にぶん殴られた。あのあと私は、授業を抜けだしてやってきたアリア先輩に助けられたらしい。腹部の応急処置は、遠山先輩がしてくれたらしい。わざわざ跡が残るように。
「この、大馬鹿野郎!!」
と言われて、遠山先輩にぶっ飛ばされた(殴られたのとは別に)。周りの先輩方が止めてくださったおかげで、どうにか生きている。
西条先輩は教務科で、お説教を受けているらしい。アリア先輩、遠山先輩、蘭豹の三連戦でも、ピンピンしていたらしい(スゲエ)。
「よくやった、なんて絶対に言わないわよ」
「……はい」
私は、この後、教務科に行って、説教を受けることになっている。その前に、アリア先輩の説教が始まった。
「どれだけ、危険で、無謀なことをやったかわかってる?」
「……はい」
わかっているつもりだった。でも、これっぽっちもわかっていなかった。心の何処かで、躊躇はしてくれるんじゃないかと、高を括っていた。
「死んでもおかしくなかったし、本当なら死んでたのよ。あとで、あかりにお礼を言うことね」
「すみません」
私は死ぬ覚悟もなければ、西条先輩に殺人の罪を着せる可能性すら、考えなかった。
「もう、泣いても何も始まらないでしょ? 四季はあんなんだから、気にしないでしょうけど」
「すみません」
もう、聞きたくない。ここから消えたい。
「今回は、楽器の大馬鹿が、目を離す大ヘマをしたのが原因だから、処罰は軽くて済むわ」
「……違います」
悪いのは、全部私だ。私が、私が……。
「私達も説明しなかったのは、悪かったわ。でも、正気とは思えないわ」
「悪いのは、悪いのは……、全部……」
私だ。
「そうやって背負い込まない。だれだって、勘違いするわよ。『狂化』があんなのだなんて、誰も思わないわ」
「でも、だって……」
もう何も言えなかった。弱いと言われて、悔しくって、無鉄砲になって、死ぬのは私だ。でも、牢屋に入るのは、西条先輩だ。そんな簡単な事も、考えず、自暴自棄に突っ込んで、当たり前のように、殺されかけた。
「……もう何も言わなくて、いいようね。じゃあ最後に」
戦兄妹の契約を切れ、と言われる。そう思ったし、言われて当然だ。
「『契約は切らないからな、大馬鹿野郎』。四季からの伝言よ」
始まりは憧れだった。
身体の大きな私は、格闘関連の訓練なら、簡単に男子にも勝てた。勝って勝って、CQCなら誰にも負けない自信さえあった。だから、なんとなく、それこそ、拳銃よりもCQCに近いからという理由で、ナイフ術も始めた。そこで、お手本にならない最高峰として、西条先輩の戦いを、ビデオで、初めて見た。
カッコ良かった。小柄な身体にも関わらず、自身よりもはるかに大きなCQCが得意なAランクの先輩を圧倒し、無傷で圧勝するその姿が、カッコ良かった。
これでもかと綺麗な軌跡を描くナイフ、遠ざかれば恐ろしい速度で投擲されるナイフ、身体に見合わないナイフを主導権を握ったまま振り回す、どれをとっても、カッコ良かった。自分にないからこそ、憧れた。
だから、悔しかった。自分が弱いと言われたことよりも、西条先輩の指導力が、自分のせいで、自分の弱さのせいで、低く見られることが悔しくてたまらなかった。
キンチャンサマまじキンチャンサマ。あとあかりを若干強くしすぎたかなと。
あと戦犯は楽器です。なんでほっといたのか。馬鹿だからか。