緋弾のアリア -強襲科の狂戦士-   作:南瓜お化け

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第20狂 首吊高校『後編』

「私が西条先輩と出会ったのは、中等部の時でした」

「中学ですか……」

 コーヒーを見つめながら、ぽつりぽつりと話す高天原ゆとりに、相槌を打つように言葉を返す遠山キンジ。

「その時、西条先輩……。ややこしいですね、玉藻先輩は、初等部でした」

「は……? は?」

 明らかにおかしい言葉に、やや、というかかなり混乱する遠山キンジに、不思議そうな顔をする高天原ゆとり。そして、ああ、となっとくしたのか、次のように継ぎ足した。

「『先輩』というのは、実戦部隊での話です」

「実戦部隊ですか」

 ええ、とにこりと笑って返す高天原ゆとりに、ほんの僅かな狂気を感じる。多分、コーヒーに精神安定剤でも入っているのだろう。合法かどうかは、知らないが。もしかしたら、矢常呂イリン先生の試作品かもしれない。

「初めてあった時は、可愛くって可愛くって、思わず頭をなでちゃったんです」

「はあ……」

 自白剤でも混じっているのか、多分、本当のことなのだろう。なんか、妙に熱っぽい顔をしており、それが色っぽい、そう美人が頬を赤らめており、密室空間で二人。正直逃げ出したい気持ちでいっぱいのキンジであるが、ここで逃げ出したら、あとで四季になんて言われるか、たまったもんじゃない。

「そしたら刺されました」

「は……はあ!?」

 頭を撫でたら刺された、撫でるとはあれだろうか? チンピラを撫でるとかの意味合いだったのだろうか? いや、そんなはずはない。というか、そうであってほしくない。頬を赤らめながら、悪い方で撫でるといい、刺されたと語る美人教師などと一緒に居たくない。

「ああ、玉藻先輩の性格を話していませんでしたね」

「いや、あの、その……」

 だめだ、高天原ゆとりの表情を見て直感する遠山キンジ。これは、暴走した時の白雪と同じ表情だと、理解してしまった。理解したくなかったが、分かってしまった以上どうすることもできない。

「あなた達が『狂化』とよんでいる『現象』が常時、途切れることがない。と思っていればいいですよ」

「……」

 どう戦士として使っていたのかが、気になる。いや、そもそも、戦士として使えないから狂戦士なのだ。普段、あれだけ仲の良いアリアに、『狂化』した四季は迷いなくズタズタにしに行った。あれが、常時。チェスに例えると、自分の周りにある駒全てを勝手に破壊するようなものだ。ものというか、現象か。あれを、駒として、戦士として起用するなど、常軌を逸してる。

「私、とろくって、何度も戦場に置いて行かれたんですよ」

「……」

 もうそろそろ、なんて相槌を打てばいいのかに困る内容になってきた。仲間を信じ仲間を助けよ、武偵憲章にある言葉だが、どうも違うらしい。誰が建てた策だかは分からないが、恐らく、この策を建てた策士は、仲間を駒と割り切っているのだろう。と、限りなく正解に近い回答を導き出すキンジだが、それも違う。その程度で、あの策士は語れない。

「そのたびに、玉藻先輩が助けてくれたんです。いえ、ついでに刺されましたけど」

「……」

 多分助けたわけではないだろう。結果的に助かっただけなのだろう。だが、結果的に助けたとも言える。

「いえ、わかっています。玉藻先輩は、ただ単にズタズタにしに来ただけですし、恐らくこれも策の内だったんでしょう」

「そうですか……」

 空になったマグカップを見ながら、懐かしそうに語る高天原ゆとり。目頭は熱くなり、今にも泣き出しそうに、愛おしそうに語る。

 

 たとえ、策士の考えたとおり、策の順当な手順の結果だったとしても

 たとえ、狂戦士の狂戦士たる所業の、恐慌の、結果論だったとしても

 

「でも、……助けてくれたんです」

 

 彼女は、あの小さな狂戦士は、高天原ゆとりを助けてくれたのだと。

 

 

 

「でも、私は……」

 一度、目を閉じ、キンジをしっかりと見て、もう一度語り始める高天原ゆとり。もう、キンジは相槌すら打てなかった。なんて、答えればいいのかが、わからなかった。

「私は、頭に銃弾を喰らい、一般の大学付属高校に編入しました」

 来るとき、いや、将来的に武偵が日本国内で、広く知れ渡るときに備えて、教師となるために。兵士として、使えなくなっても、駒として最大限に活用する。実にあの生徒会長らしい、策士らしいやり方だと、今になって気がつく高天原ゆとり。

「ある時、あの高校に帰ったんです。あの高校が終わった日に、たまたま、帰ったんです」

「……」

 そのことについては、赤神であること以外でも、キンジは知っている。あの『病蜘蛛(ジグザグ)』については、曲絃師の師匠から罵詈雑言とともに聞かされている。

「糸が、掛っていたんです」

「糸、ですか……」

 十中八九、ジグザグの曲絃糸だろう。本来は低いはずの殺傷能力を、極限まで高めた、ある意味でのストリング技術での到達点。師匠は決して認めなかったし、キンジ自身、身につけたいとは微塵も思わないが。

「手を、あと少し、ほんのあと少し伸ばせば、届いたんです」

 手で顔を覆い、嗚咽とともに、それでも逃げずに語る高天原ゆとり。

「あとちょっと、あとちょっと、手を伸ばせば」

「……」

「でも、その勇気がなかった」

 自分自身を憎むように、声を絞り出す高天原ゆとりは、きっと、悔恨の念のなか生きていたのだろう。そう思うに、十分な言葉だった。

「あれだけ助けてもらったのに、命の恩人だったのに、糸に、あの糸に触れれば、自分が殺されるかもしれないと、卑怯な、卑屈な……」

「先生……」

「あの時、死ねばよかったんです」

 ずっとそう思って生きてきました。そう、言った。

 卑怯でもなんでもない、誰だって死にたくはない。だけど、『狂化』した四季ならば、どうだろうか。きっと、ズタズタにすることしか、興味が無いのだろう。

 きっと、西条玉藻は糸に気がついていたのだろう。でも、気にしなかった、自分の命も気にしなかったのだろう。そうやって、何度も高天原ゆとりを助けてきたのだろう。

「たった一度も、先輩のように、命を賭して助けることもできなかったんです」

 震える声で、涙ながらに、語る。きっと、薬はもう関係ないのだろう。ただ、懺悔しているのかもしれない。許されなくてもいいと、思いながら。

 

「片時も、忘れたことはありませんでした」

「四季は……」

「きっと、恨みもしないでしょうね。四季くんは……」

 そう、恨むことさえしてくれない。無邪気に、健気に、母親の事を聞いてくるのだろう。恨んでくれたら、蛇蝎の如く嫌ってくれたら、どれだけ楽なことか。

 

「でも、今度は助けるって、初めてあった日に、決めたんです」

 高天原ゆとりは、西条四季に関して、不自然な行動があった。異常に怖がっていることもだが、なぜか問題行動を四季が起こすたびに、真っ先に庇うのだ。一度、とんでもないことをやらかした時も、彼女が多くの人に掛け合ったおかげで、なんとか退学処分は喰らわずにすんだこともあった。それが、キンジにとっては、不思議で不思議で仕方がなかった。わけが分からなかった。だが、この話を聞いてしまえば、それは極々自然なことになった。

 

 しばらく沈黙が続き、持ってきたダンボールが開いた。開いたというか、四季が我慢できなくなって、中から出てきた。

 そして、ダダっと走って、びっくりしている高天原ゆとりの元まで走って行き、ニコニコ笑って、無邪気に、健気に、あどけなく言った。

 

 

「もっと、お母さんのことを教えてよ!」

 

 

 恨んですらくれない、嫌ってもくれない、無邪気に、健気に、母親の事を聞いてくる。わかっていたことだ、わかっていたから逃げてきた。耐えられないから。

 でも、それは、あの日と同じことを繰り返しているだけだった。あとすこし手を伸ばせば、と後悔し続けているあの日と同じことを、ただ繰り返していただけだった。

 そうわかると、涙が出てきた。自然と、四季を抱きしめていた。四季が体中に携帯している刃物が、肌を、肉を裂くが、知った事か。服が血で染まりながら、四季をしっかりと抱きしめ、涙を流しながら繰り返す。

「ごめんね、ごめんね……」

 ただ、そう涙ながらに繰り返していた。

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