イ・ウーではジャンヌを皮肉って、
先に動いたのは、絵札だった。その圧倒的な実力に裏打ちされた自信からでもあるのだが、それ以上に、アドルファとの長期戦を避けたかったからだ。彼女は、アドルファの噂は聞いていた。運悪くなのか運良くなのかはわからないが、仕事やら気に食わない呪いの品を盗むのやらと、アドルファが来る日がバッティングしてしまい、会う機会がなかったのだ。そして、ヴラドやパトラなどの話を総合して考えられるアドルファの性格と性質は、恐ろしく素直。直情型で、生真面目、ここまでは良かった。口車に乗せればいいだけであるが、この素直さは危険であった。特に、匂宮絵札にとっては天敵とも呼べる天性の才。時間を与えれば、確実に良い方向に成長する彼女を抑えるために、一撃で仕留めるために彼女は動いた。
「『三連月夜雪月花美人』」
先に動いたのは間違いなく絵札であったが、先に仕掛けたのはアドルファであった。彼女は、学内においては四季にしか興味の示さない戦闘狂扱いなのだが、その実、戦闘狂というよりは探求者といったほうが正しい。故に、稚拙とはいえ、イ・ウーにおいて超能力を学び、ドイツでは武偵として技術の向上に励み、日本で実践を用いた最適化を図っている。四季に対する執着は、決勝戦の決着が目的ではあるが、彼がアドルファにとってギリギリのところで、殺し合いにならないラインであった。もし、遠山キンジと戦えば殺し合いは必須。下手をすれば、互いにただではすまないことになる。
だが、目の前の匂宮絵札は違った。たとえこちらが全身全霊後先を一切考えずに特攻をしたとしても、勝ち目どころか一矢報いることさえ難しいだろう。
なればこそ、彼女のとった行動は明白であった。
初見殺しの必殺技を開幕ブッパ。
「……」
「チィ!」
絵札は驚愕していた。そして現状を確認し、理解できていなかった。
アドルファの攻撃を絵札は安々と避けたのだが、アドルファの剣はそのまま床のコンクリートをえぐった。それだけならば大したことはない。精々が切れ味のいい剣と思うぐらいだろう。
問題なのは、そのえぐった痕だった。
えぐった傷は、一筋ではなく三つだった。更にいうと中央は削りとったような痕跡であるにもかかわらず、両端の二本は突き刺したような後だった。もし、絵札がアドルファをジャンプして飛び越えて避けなければ、三つの穴が胴体に開いていたことになる。狭い廊下で、紙一重で避けたとしても、端の一本が身体を貫く。考えただけでゾッとするが、問題なのはそこではない。
(なんだこれは? 超能力にしてもこんなのは聞いたことがない。事象の同時出現だとしても中央の痕で説明がつかない)
一般人からすれば神速の域に達しているアドルファの剣戟をいとも簡単に、考え事をしながら避ける絵札。その実力差は圧倒的であったが、反面余裕は互いになかった。
「ぐぅ!?」
「……」
絵札の右ストレートをぎりぎり避けるアドルファに、ジャブによる連撃が襲う。これは避けれないと後ろに下がるアドルファ。さっきのジャンプで立ち位置は逆転し、絵札と階段を阻むものはないので、このまま階段を登って理子をボコろうかとも考えるが……。
(さっきのはなんだったんだ?)
絵札の直感が、アドルファの謎の攻撃は危険だと警鐘を鳴らす。しかし、本当に皆目検討がつかないのだ。いや、同じことができる魔術やら超能力に心当たりがあるが、それらは莫大な魔力やらなんやらが必要であったり、所詮机上の空論であるものばかりであった。そんな魔力があるならば、廊下を覆う範囲攻撃をするだろう。剣にこだわったとも考えらるが、こいつたまに蹴りもするので、その線もない。そもそもそこまでの魔力を使ったのならば、こんな廊下時空がねじれてヘシャゲてるところだ。
せめてもう一度、もう一度、あの『三連月夜雪月花美人』とか言う外国人が漢字かっこいいからつけたみたいな技を観察すれば、正体をつかめるはずだと思うが、果たして使うだろうか? すでに避けられた技を……。
「『三連雪月花美人朧月夜荼毘』!」
使った。技名も変わって。
「そこを退きなさい! 四季!」
「やめろつってんだよ! アリア!」
この会話により、アリアと四季の戦闘が始まった。互いに一歩も譲らない迫真の戦いであったが、周囲への被害も甚大であった。なにしろ、互いに一級品の武偵。持てる技術のすべてを使って、一方は打ち破ろうと、一方は防ごうとしているのだ。そう簡単には決着はつかない。
周りの人間はそそくさと避難した。止めようと思えば止められるだろうが、放っておい他方が被害が少なくなる上に、この二人に悪感情を持たれるのは、悪手だからだ。
「効かねえんだよ! 銃なんざ!」
「それは、どうかしらね!」
アリアは銃を使うが、それは本来有り得ない選択肢であった。四季は銃弾を避けられることは有名であり、銃を撃つという行動によるロスが、明暗を分けるだ。いや、そもそも『暴力の世界』の住人には、銃弾など輪ゴム程度の脅威にしかならない。
では、何故使ったのか。それもまた、簡単であった。
四季には、銃弾が効かないのではない。銃弾を避けれるだけなのだ。もし、当たれば致命傷にはなるし、痛い。避けざるをえないのが、銃弾であり、息をするように避けれるのが銃弾なだけだ。つまり、避けるという行動が読めれば、決して無駄な行動とはならない。むしろ、次の行動を制限できるというメリットが有り、アリアほどの身体能力ならばロスタイムなど気にしなくてもいいといえるほどの対価である。
戦いは続く。より激しく、戦火をまき散らして。
「そーいうことね」
「……」
匂宮絵札は勝った。否、勝つことそのものは、難しいことではなかった。アドルファ・シュミットの技がなんなのかがわからなかっただけであった。それももう判明した。だから、打ち負かした。
「ハッ、瞬間移動。ロスタイムをなくすことを命題としている。だれだってそう思うわな。こんな使い方があっただなんて……」
アドルファは未だに戦おうと、立ち上がろうとするが、しかし、それはできなかった。全身の震えが止まらない。恐怖ではなく、そういった攻撃だったのだろう。骨にも内蔵にも以上はない。もしかしたら明日は筋肉痛かもしれない。
「ワープに必然的に生じるラグを、オマエは意図的に発生させた。答え合わせだよ。あとで教えてね」
アドルファの『三連雪月花美人朧月夜荼毘』の正体は、瞬間移動の際に生じるラグを意図的に操作したものだった。瞬間といいつつも、消えて移動するまでには、認識するだけの時間がある。一瞬だとしても、そこにラグが生じる。これをなくすのが、この超能力の、魔術の命題だった。だが、この『三連雪月美人朧月夜荼毘』は、相手までの助走中に、刀身のみをワープゲートに入れて取り出すという行為を二回行う。そして相手に対する突きと同時に、射出用のワープゲートを発生させて、三つの突きを擬似的に同時に生じる。ワープに対する魔力消費は自分を起点とした距離と移動させるものの大きさに準じるため、魔力消費は極々少量となる。なくすことのできないものを、逆転の発想で大きくすることで、初見殺しの必殺技に昇華させたのだ。
この『三連雪月花美人朧月夜荼毘』は、注意深く観察させしていれば、見破るのはたやすい。まして、相手が高位の魔女ならば魔力の局所的な集中から何が怒ったのかなど、簡単にわかる。だからこその、一撃必殺だった。この『三連雪月花美人朧月夜荼毘』が一撃で決まらなかった時点で、アドルファの敗北は必定だったのだ。
(しかたないですよね。だって、私なんかよりも、四季なんかよりも、ずっとずっとつよいんですもん)
立ち上がれず、うつ伏せのままアドルファは思う。そう、仕方ないのだ。理子のことなんざ知ったこっちゃない。
(戦うっていう第一目標は達成しましたし、よしとしましょう)
絵札の足音が遠ざかる。急いですら居ないようだ。
(このまま寝よう。もう疲れたし。そうだ、明日四季に言わなきゃなー)
まぶたがゆっくりと、アドルファの視界を覆う。
「って、思えるわけないですよねえ!」
だれが、負けていいといった。いや、負けるのは仕方ない。だけど、諦めるのだけは御免だ!
「え? まじ? 半日は動けないと思ったのに……」
少しだけ、驚く絵札だが、その驚き方は、ひょうひょうとしていた。
結果は変わらない。しかし、それでも彼女は立ち上がった。
廃ビル、というのは外見の話しであり、その実この建物は武偵高が所有する訓練棟の一つである。そもそも学園島は限られた敷地面積に廃ビルだなんて無駄なものが立っている余地はない。そして、その廃ビルの管制室兼モニタールームで、遠山キンジやジャンヌ・ダルク30世を始めとした応援組は、唖然としていた。
あの刀剣競技の金メダリストであるアドルファ・シュミットに難なく勝利した匂宮絵札の強さに、ただただ唖然としていた。あるいは心の何処かで、特に一年生たちは思っていたのかも知れない。きっと、理子たちは勝つと。だが、こんなものを見せられては、勝つというビジョンが見えない。
「おい、
「なんだ」
「夾竹桃の毒は効くと思うか?」
「……効きはするだろうな。あいつが人間離れしているのはあくまでも、技術の話だ。突き詰めれば、努力でたどり着ける領域の人間なんだ。耐毒訓練もしては要るだろうが、それでも限界はある」
ジャンヌの言葉を聞き、目を輝かせる一年生達だったが、キンジとあかりだけは、違った。それもそうだろう。もし毒が効いたとしても、それが匂宮の焦りにつながり、相手を殺してしまうかもしれないからだ。だが、その心配もジャンヌの言葉で消えることとなる。
「もっとも、夾竹桃の毒がトランプに届けばの話だがな」
四季の考えは、概ね間違ってはいなかった。だが、知らなかったのだ。いや、考え付きもしなかったのだ。あの匂宮が超能力を使えるだなんて、考えもしなかったのだ。
我ながらアドルファの超能力の説明はわかりにくいにもほどがあると思いました。ちなみに、技名が二つ出ましたがおんなじ技です。ついでにかっこいい漢字を並べただけで意味はありません。