「オラオラオラオラー!」
ワンサイドゲームもいいところだった。トランプは手から起こる爆発だけで、理子を圧倒していた。技術も何もない。力技だけで押し切っていた。
爆発の魔術は技術であり、身のこなしそのものは美しくさえあるが、攻撃は単純なものだった。爆発の威力そのものは高くなく、火力も制服にすすが付く程度なのが幸いだったが理子は一向に攻撃に転じられない。逃げまわるのが精一杯である。
そしてそれもとうとう壁際に追い詰められて終わった。理子はぎりりと歯ぎしりをする。自身の不甲斐なさもだが、それ以上に悔しかった。こいつはどうしようもなく強い。だから、理子にあわせてどうしようもなく手加減していた。
「おい、
「なんだ、遠山」
モニタールームで一年生が息を呑んで理子を見守っている中、キンジはあること生きがついた。いや、そもそも最初からおかしかったのだ。『武芸百般《メアリー・スー》』という二つ名をもちながら、遠山キンジは存在すら知らず、裏の世界、それもバリバリの『暴力の世界』出身の四季とあかりが顔を知らない。こんな不自然なことがあるだろうか? ましてあの『匂宮兄妹』の後継機。不自然にも程がある。そして、極め付きに四季が絵札の強さを、『キンジよりも強いと思ったけど、蘭豹より強かった』と称した。なぜ、初めに自分と比べたのか。それら一つ一つを紡いでいけば、自ずと答えが見えてきた。
「匂宮絵札は超能力が得意なのか? いや、そもそも……」
「ああそうだ」
ジャンヌはキンジの言葉を遮る形で、肯定した。そして言葉を続けた。後ろの一年生には聞こえないように、小さな声で。
「トランプは超能力を使ったほうが弱い。そしてもう一つ超能力を使っている」
「巫山戯るな! なんで真面目に戦わない!?」
「遊びだから」
壁際に追い込まれた理子の怒鳴り声にすら、まじめに取り合わない。いや、まじめに答えはしているが、取り合っていないだけなのだ。始めっから遊んでいるだけである。それは理子も分かっていた。だからこそ、この場所まで逃げた。この廃ビルを想定したモックにはいくつか、『廃』ビルにはふさわしくない設備がある。電気はコンセントを通せば使えるし、水道だって完備している。そしてもう一つ、人類が文明生活をおくる上で欠かせないものも十分に配備されていた。
「だったら、真面目に戦わせてやる」
理子は壁についてあるハンドル状の栓を思いっきりよく回した。栓からは気体の抜ける音と石油特有の異臭が漏れだした。
理子は壁際に追い込まれたことには違いはなかった。ここに来るまでに何度も反撃を試みたが、全ていなされた。理子の行ったのは、反撃であると同時に理子自身の行動を大きく束縛するものでもあったため、出来る限り使わずにしておきたかった。しかし、もうそうも言っていられなくなったのだ。
理子の策は廃ビルに完備されているガスを流出させ、トランプの爆発を封じることだった。これで理子は勝てるのかと言われれば、そういうわけではない。むしろ勝算は薄くなる。銃は発泡できないし、ナイフだって危険だ。徒手空拳で勝てるわけがない。しかし、徒手空拳で戦わなければいけないのはトランプも一緒だ。トランプは超能力なんて使わずに普通に戦ったほうが圧倒的に強い。超能力を覚えたのは、パトラやヴラドに対向するためであり、対パトラ用と対吸血鬼用に特化させてある。理子に取っては封じたほうが相手は厄介になるのだ。なぜそんなことをしたのかは自分でもわからない。ただ、悔しかったからと言われれば、多分そうなのだろう。これでトランプが本気をだすのかと言われればそうでもない。きっと、舐め腐った喧嘩殺法でくるだろう。それでも一泡吹かせられた。
そう思っていたのだ。
「オマエ馬鹿か?」
ココに来てようやく真面目に取り合う気になったのか、驚いたような顔で理子を見るトランプ。まさか、ここまで驚くなんて思っても居なかった理子は言葉を発せられなかった。
「あー、そういや言ってなかったっけ。わりぃわりぃ」
しかし、どうも様子がおかしい。己の落ち度をみとめるように、気恥ずかしそうに頭をポリポリと掻く姿は一見可愛らしくもあるが、この状況と似つかわしくない。爆破を封じられたものの姿ではない。
「まあ、仕方ねえよなー。これ、地味だし」
躊躇なく爆破させた。いままでになく大規模で、それも理子をすれすれで真っ二つに割れるように避けて、あきらかに制御させた上で爆発を引き起こした。
「わたし、もう一つ超能力使っててさあ。気体操作っていうやつ?」
「……そんなの有りかよ」
口をパクパクさせて、腰を抜かした理子は半笑いで言った。
「あいつの気体操作は、肺を鍛えるために覚えたんだ」
「どういうことだよ」
「あいつの周りの酸素濃度……というよりも気体の割合は、常にエベレストの山頂と同じように超能力で調整してある」
マラソン選手が聞いたら喉から手が出るほどにほしい能力だろうな、と自嘲気味にいうジャンヌだが、こういう使い方があるのは勿論知っていた。そして、夾竹桃の毒がきかなかったわけではなく、そもそも届いていなかっただけということも理解していた。
ジャンヌが理子に教えなかったのは、超能力者にとって超能力がバラされるのは、攻撃パターン全てをバラされるに等しいからだ。もし理子にこの事を伝えていれば、戦いが終わった後にジャンヌ自身がトランプの遊び相手になっていただろう。保身のためと言われればそのとおりなのだが、ジャンヌの行動は超能力者からすれば極々自然なことだった。
「じゃあ、匂宮は部屋中のガスを調整して爆発を起こしったってことか」
「まあな。そこまで難しいことでもないだろう。爆発限界外に設定するだけだしな」
爆発限界とは、呼んで字の如く、可燃性気体の爆発できる空気との割合のことであり、例を挙げるとプロパンガスは2.1~9.5%と狭い割合でしか爆発は起き得ない。トランプはこれをそのまま利用し、ある程度までなら爆発の範囲を制御できるようになっていた。
「じゃあ、理子は……」
「墓穴をほったというやつだ」
もしかしたら、トランプは自分が理子に超能力について教えていると思っていたのかもしれない。そもそもトランプにとって見れば、超能力などかくし芸程度の価値しか見出していないような気がした。せいぜい便利な爆竹。
だとすれば、理子を含めた自分たちは、トランプに取ってかくし芸の練習相手程度の認識なのかもしれない。
「うわっ、こわっ!? まじか! 初めてやったけど結構うまくいくもんだなぁ。オイ!」
トランプが自分で自分の行ったことに驚いている隙に理子は逃げ出した。策を練り直さなければいけない。先ほどの爆発で、壁が吹っ飛び、ガスが漏れ放題になっている。すぐに安全装置が仕事をして止まるだろうが、それまでだけでも十分すぎる燃料をトランプに与えることになる。ならば、ここは逃げるしかない。勝利云々以前に命が危ない。本当にトランプがガスを完全に制御できているかがいまの発言で一気に怪しくなったのだから当然だ。
「おい、逃げんなよ」
「くっ……!」
一瞬で追いつかれた。普通に走って追いつかれた。逃げようにも、ここまで身体能力に差があるのではただ逃げるのでさえも難しい。追い着かれた瞬間、理子は追いつかれた瞬間、銃に手をかけた。しかし、銃はこの可燃性気体が充満している場所で使うわけには行かず、動きが一瞬止まってしまう。その一瞬は、トランプにとっては十分すぎたし、銃をプロのプレイヤーに使おうという発想すら鼻で笑うことだ。理子の脇腹に、一発爆発をかました。
「動かねえほうがいいぞ。いまの爆発の衝撃で、てめえの肋数本外した」
「う、うぅぅぅ!」
「ずれた肋骨は、内臓にとっちゃ鎧じゃなくて既に凶器だぜ」
つまらなさそうに、うつ伏せになっている理子を見下ろすトランプ。そして唐突に後ろにあった鉄筋コンクリートの壁を殴った。殴った拳には特に傷はなく、殴られた柱にはヒビと刃物で斬られたような跡があった。
「手刀ってやつでよお。これ見てどう思うよ?」
勝負はついたとばかりに、話を始めるトランプ。いや、そもそもトランプにとってこれは遊びでしかなかった。興が覚めたらやめる程度にしか思っていなかったのだ。そしてうずくまっている理子を見て、戦いの熱が急激に冷めていった。だから、暇つぶしにお話をすることにしたのだ。
「すげえって思うか? いや、まあすごいんだろうけどさぁ……。でも違うんだよ、こうじゃないんだよ」
違うんだよなあ、と遠くを見ながら繰り返すトランプに、理子はまだ打つ手はないかと必死に考える。肋骨が外れ身動きもろくにできない。隠れようにも先ほどのガスの匂いが染み付いていて、直ぐにバレてしまう。対してトランプは、匂いこそ付いているが無傷そのものだった。打つ手なしという他ならない。
「私はさあ、匂宮出夢と匂宮理澄を超えるための後継機なんだよ。まあ、うまくいくわけないよなあ」
半分成功、半分失敗とどうでもよさそうに話すトランプに、こいつが失敗なら自分は何なんだと悔しさと痛みで涙が自然と出てくる理子。だが、そんなことを気にするほどトランプはやさしくない。そもそも優しければこんなことはしない。
「総合値じゃあ、超えていたんだ。でも殺し屋としちゃぁ『
そもそも、なんでわざわざ二つに分けた役割を一人でできるって思ったのかねえ。と不思議そうに言うトランプに、ようやく理子は気がついた。トランプは自分を遊び相手と見ていても、決して敵視はしていなかったのだと。敵視せずにここまで出来るのももう一つの才能だとは思うが、トランプにとって見れば指導対局のようなものだったのだろう。だから、戦えなくなった理子をみて興が覚めたのだろう。
「んじゃ、そういうことで。これ返してやるよ。いらねえし」
そう言って理子の母の形見である十字架を置いて出て行った。一切の本気も見せず、終始手加減をして。
「んで、おにーさん。答えはでたかい?」
「ああ、そうだな」
廃ビルから匂宮絵札が出ると、そこには遠山キンジが立っていた。それを嬉しそうにニヤニヤと笑う匂宮絵札。
「準備運動は、ちょっとやりすぎて疲れたけど、まあ一戦なら付き合ってやるぞ」
「俺はお前を逮捕する」
できるもんならやってみやがれ、その言葉を皮切りに第四戦が始まった。そしてこの戦いは、どの戦いよりも速く終わりを迎えた。
第0試合 西条四季 VS 神崎・H・アリア
西条四季の粘り勝ち
第1試合 アドルファ・シュミット VS 匂宮絵札
匂宮絵札の圧勝
第2試合 夾竹桃 VS トランプ
夾竹桃の降参
第3試合 峰理子デュパン4世 VS トランプ
トランプの勝ち逃げ
第4試合 遠山キンジ VS 匂宮絵札
匂宮絵札の勝利
教授のこれで逃げきれトリプルスリー講座①
匂宮絵札(トランプ)
さて、今回大勝利を収めた彼女だが、彼女の強さの質は実のところ『地味』なのだよ。恐らくこれが彼女が半分失敗したとされる最大の要因なのだろう。超能力の一つが『爆発』という派手なものなのも彼女のコンプレックスに起因するのかもしれない。
理子くんは彼女の超能力を『爆発』だけだと誤解して、可燃性気体を空気中に散布したわけだが、これが悪手だったのかと言われれば実のところそうでもない。むしろ、少し思考を変えるだけで良い手になっていたはずなのだよ。では、どうするべきだったのか。それは灯油やガソリンをぶっかけるだけでいい。彼女は自分の周りの空気の割合を超能力で制御しているが、彼女を起点として可燃性気体を発生させ続ければ爆発は起こせない。しかし、悲しいかな爆発を封じたところで、今度は『武芸百般』とまで言われる彼女のステゴロによってボコられるだけなのだが。
ちなみに『武芸百般』と言われて入るが、実際に実践で実用に耐えうる武術やらは60ちょっとらしい。しかし、『メアリー・スー』の二つ名は伊達ではなく、割りと彼女が死ぬと泣く人がいる。悲しさでなく人もいれば、嬉しさでなく吸血鬼もいるがね。これもこぼれ話なのだが、彼女のヒルダに対するイジメがあまりにもひどすぎたためか、どういうことかヴラドの人間への対応が、かなり軟化した。特に理子に対しては顕著に現れている。ちなみヒルダをイジメた理由が、金髪うぜえ、というあたりがとんでもない。
彼女が呪いの品を盗んでいる理由は至極単純で、ただ単に呪いがうざいからだそうだ。
最初は理子はもう少し食い下がる予定だったのですが、素手でボコボコにするよりも、肋骨を外したほうがまだいいかな、と思いまして。拷問の件も入れたかったのですが、トランプがする理由がなかったのでできませんでした。
理子の敗因は話を聞かないアドルファを味方に入れたことですかねえ。3人で畳み掛けてたら、なんとかなったかもしれません。