一番強いのはどこか。これは『裏の世界』ではたびたび議論になることだ。『財力の世界』ならば土地、美術品、信頼、科学力、いわゆるお金に変換できるものをもって強いと定める。『政治の世界』は玖渚一強なので議論にはならない。そして『暴力の世界』は歪だ。それは、戦闘力であり、家族の絆であり、忠誠心であり、正義であり、義侠心であり、清潔であり、運命であり、心であり、武器であり、病であり、支配であり、認識であり、予言であり、それは暴力である。
では、最強はだれか。言うに及ばず、議論の余地なく、人類最強の請負人『哀川潤』だ。
最悪はどこか。それもまた、最悪の代名詞たる『零崎一賊』である。
どこと戦いたくないか。これは議論の余地はあれど、ほぼすべての人間が、生物が抗うことのできない『感染血統奇野師団』という意見が大多数を占めるだろう。
では、どこと出会いたくないか。どこが、もっとも異質か。これは『裏の世界』の誰もが口を紡ぐ。零崎を最悪だ、最悪だ、と言いながらも最悪扱いはしている。呪い名にしても利用しなければいけないときには苦渋の決断をもって利用できる。だが、『石凪』に関していえば、どこもかしこも四方をみても利用しようとする場所はいない。かつて『結晶皇帝』と呼ばれた男が石凪の女に子を産ませた記録があるにはあるが、それはよほどの例外。端数として切り捨てていいほどの例外だ。
「アリア! 逃げろ!」
ド畜生が! なんだってたまたま別件があって五限目の授業に遅れてやってきたら、なんで
「どきなさい! そいつは私に喧嘩を売ってきたのよ!」
「馬鹿野郎! ああもう!
くそっ、最悪じゃないが、状況は極めて悪い! どういうわけかアリアは機嫌が悪い。モトコンポ乗せようと画策してたのに台無しだ!
「あら、あなた……澄百合の忘れ形見さんは、これがみえたの?」
「ああ? 隠したつもりだったの?」
すごいすごい、と子供をほめるように三つ編みの女はぱちぱちと手を叩いて俺は褒めた。それにしても奇妙な死神だ。髪に鎌……それも連結式の暗器としての特性を高くした大鎌を隠している。その技法は俺も爪とかでやったことがあるが、正直一発限りのかくし芸でしかない。知られたら面白みも効果も半減以下。総合的に見るならば、普通に手にもって戦ったほうがよっぽどいい。
「じゃあ、これはどうかしら?」
刹那、何が起きたかわからなかった。何が起きたかはわからなかったが、
「あんた本当にプロのプレイヤーなの?」
「さあ? どうかしら……?」
わあ、すごーい、と銃撃をナイフでそらした俺の妙技をほめる女。 ざっけんな。こいつ、銃を使いやがった。石凪を看破できる人間に、銃なんて効くはずがないのに。こいつの銃撃は所詮、不可視の早撃ち。だからどうした……! 不可視だろうが何だろうが、殺意はある。殺意で銃撃をよけたりそらす俺たちには、早撃ちなんて意味がまるでない。馬鹿なのか、この死神は? 白昼堂々、酔っぱらった蘭豹の前で、強襲科の生徒の前で、アリアを殺そうとしてるし、やっぱり馬鹿なのだろうか。
「こ、こらぁー!」
と、声がした。婦警さん……のコスプレをした理子だな。うん、完成度が異常に高いけど、理子だな。
「石凪調査室。殺し名序列第七位の死神だ」
俺はあのあと蘭豹に説教され(理不尽だ)、今はこくこくとアリアに石凪の恐ろしさを教えている。蘭豹いわく、殺意はなかったらしいが、俺からしたら死神に目をつけられたってことが大問題なんだ。
「もうわかったわよ。あいつの使っている銃の品名もわかったし、次は大丈夫よ」
「次は多分本気で殺しに来るよ」
あっさりと、殺しにくると言い放った俺に眉を顰めるアリア。武偵が武偵を狙うことは往々にしてあることだが、基本的に武偵は狙う側を前提に訓練を受ける。そりゃあ、護衛だってするが、それは狙われているとごく短時間に集中して注意を払えるから仕事として成り立っているだけだ。今回の次となると、四六時中狙われている注意を払う必要が出てくる。こういった状況に武偵は弱い。むしろ、知らないほうがいいかもしれないぐらいに。
「わかったわ。そうね、次が本格的に狙うとしたら、出来れば一人の時、最低でも人通りの少ない場合ね」
「そう。アリアは友達が少ないから、一人の時ばっかだから、怖い顔で睨まないでよ。本当の事じゃん」
「う、うるさいわよっ!? 友達が少ないんじゃなくて、ちゃんとした友達しかいないのよ!」
「レキをちゃんとした友達に入れるなら、採点基準がガバガバなんだけど。だから睨まないでよ」
でもこれは死活問題だ。なにしろ、アリアは寮でもVIPルーム、つまりは一人部屋だ。一人の時間が圧倒的に多い。それをどうにかしようにも、瑠河のやつは仕事がぎっしり(ドラマの仕事が増えたと文句を言っていた)、一年どもじゃ足手まとい。女子寮は男子禁制、さてどうしようか?
「カジノの護衛の仕事をする」
「なに? き……単位でも足りないの?」
一週間ぶりに寮に帰ってきたキンジがカジノの護衛をするとか言い出した。どうもへたくそに煙に巻こうとしてるけど、菊代ちゃんに駄々をこねられたらしい。でも、これはいいかもしれない。カジノは人が多い上に問題なんてそうそう起きえない。なにしろヤーサンが裏でなんやらなんて序の口で、それによって問題起こしたら組同士の戦争になる。核の傘ではないが緊張が平和を作っているのだ。で、契約日数は長いがこれも今回は、アリアを守るという条件からは好待遇になる。またアリアのパートナーであるキンジには今日あったことを話さなきゃいけないので、手短に話したところ……。
「石凪……? 確か呪い名だったよな?」
「殺し名だよ」
こいつ本当に座学弱いな。そんなんだから菊代ちゃんにいいように扱われてるんだよ。
「で、その任務のメンバーは?」
「今のところ、俺とお前、依存夫婦に、アリアだ」
よし、俺の予想だとレキと白雪が加わるな。できれば神足を入れたいところだけど、そうしたら全員いれろとなるので却下だ。そもそも神足は宗教犯罪をメインにしてた諜報科らしいので、畑が少し違う。だからと言って別府や大植を入れようものなら、潜入捜査が破たんする。瑠河は忙しので却下。
「まあ、いいよ。ここ最近、神経削るようなのばっかだったから、たまには息抜きをしないとね」
「仕事で息抜きなんてするな。いくら簡単だとはいえ、仕事は仕事だ」
なーに、まじめ腐ったこと言っちゃってんだ。程よい緊張と多少の娯楽、これが一番リラックスできる状況だと思うんだけどねえ。
このとき俺は気が付かなかった。キンジが本当に単位が危ないことも、それに都合よく表れたこの任務にも、そして任務によって、運命は大きく流転する。
流転って確か意味が違ったような気がしますが、字面がかっこよかったので使いました。宵子のみんなはマネしちゃだめだぞ。馬鹿にされるから。
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